アカシヤー蔵馬に咲いた花ー   作:hazeleye

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3章は、R15範囲内の描写(暴力、残酷、血液描写など)があります。そちらが大丈夫な方のみ、お進みください。


第10話

ベラドンナのように危険な魔界の植物の調達を、なぜ葵に任せたのか。

その疑問が、蔵馬の胸の奥に深く根を下ろしていた。

 

先日聞いたとき、彼女が霊界から受けた依頼の中に含まれていなかった。

そもそもコエンマが、彼女に危険な依頼をするはずがない。

 

蔵馬の中で、違和感はますます強くなっていった。

 

(だめだ…。胸騒ぎがおさまらないっ)

 

彼の勘は、すぐに霊界へと足を進ませていた。

 

霊界に着いた蔵馬は、まっすぐにコエンマの元へ向かった。

ちょうど、執務室で書類を整理していたコエンマが、彼の姿に気づいて陽気な声を上げた。

 

「蔵馬じゃないか。珍しいのう。どうしたんじゃ?」

 

「葵のことで、急ぎ聞きたいことがあります。数時間前に、霊界に来ているはずなんだが」

 

「ああ。今日は依頼の報告日じゃからな。だが、その時ワシはどうしても手が離せなくてのう。ぼたんに代行してもらったんじゃ。依頼内容はたしか」

 

そう言って、コエンマは机上に積まれた帳簿の中から一つを手に取り、目を細めて記載を確認した。

 

「……おかしい。こんな依頼はしておらん」

 

コエンマは帳簿内容を再度確認し、彼の眉間に深い皺が刻まれていく。

 

「どういうことです?」

 

「この帳簿は、葵に依頼した仕事内容を収めてある。今回の依頼は、魔界のX地区の情報収集と不老不死の泉の採取。これに加えて、わしの知らんところで、毒草のベラドンナの採取が足されておる」

 

「依頼を彼女に伝えたのは?」

 

「わしじゃ。だが、3つ目は伝えていない。そもそも魔界のベラドンナは危険性が高い。そのようなものを、わざわざ葵に頼まん」

 

(やはりそうか…)

 

蔵馬の表情は変わらないが、目の奥は鋭さを増す。

 

「何者かが、帳簿を改ざんし、葵に偽の依頼を伝えたということか。帳簿をそのまま残しておいたのは、葵が報告に来た時に居合わせて、説明するつもりだったのか」

 

蔵馬が考えを巡らせていると、コエンマが呼び出したぼたんが入ってきた。

事情を話すと、驚いて口を押さえた。

 

「そ、それ…私が枉鵬(おうほう)参謀長に伝言を頼まれたんです。コエンマ様から追加の依頼があるって。私、依頼書もあったので、てっきり本当のことだと思って……。それで葵に伝えました。持ち帰ったベラドンナは危険だから、すぐに直接研究棟まで持って行くか、参謀長に報告するように言われたんです」

 

ぼたんが申し訳なさそうに、一連の経緯と、先ほど葵と枉鵬が研究棟に向かったことを話した。

 

(最悪のケースだ…。まずいな…。葵が無事だといいが…)

 

蔵馬は心の中で舌打ちをした。

取り越し苦労であってほしい自分の勘は、当たっていた。

 

「枉鵬は、元々強引な性格でな。自分の正義に固執しすぎる。融通が利かんどころか、職権乱用で、霊界の中で被害を受けている者も多いと聞く。帳簿に関しても、何かしら言い逃れをするつもりだったか、それともワシが気づくのさえも、構わないほどのことだったのか」

 

コエンマが腕を組んで語るなか、蔵馬はこの一件の全体像を把握し、おおよその検討を付けていた。

枉鵬が、コエンマを通さず葵に花を運ばせた。それは花の採取だけが目的ではなく…。

 

「最初から、葵が目的だった可能性がある」

 

「え!?どういうことだい?」

 

「コエンマ。急いで枉鵬を呼び出してくれ。彼女が危ない」

 

多方面に考えを巡らせてはいるが、葵の身の安全の保障がない今、蔵馬は焦りを感じている自分に気づいた。ぼたんの口から聞いた参謀長の名前も、彼の焦りを助長する。

蔵馬のいつもより低い声に、コエンマもぼたんも緊張を走らせた。

 

 

程なくして、枉鵬が部屋に入ってきた。

蔵馬と目線があった瞬間、彼の眉がぴくりと動き、一瞬霊気が乱れたのを蔵馬は見逃さなかった。

 

「お呼びですか?」

 

「枉鵬参謀長。先ほど、葵と共に研究棟に向かったそうだが、その後彼女はどこに行ったか知っておるか?」

 

「さて。研究棟を簡単に案内した後、私は別の用事を済ませていたので存じませんな」

 

「…そうか、知らぬか」

 

ぼたんが不安げに枉鵬と蔵馬を交互に見ている。空気が一気に重くなる。

蔵馬は終始無言で、その表情からは何を考えているのか読み取れない。

 

「御用は以上でしたら、私は急ぎの任務がありますので、これで失礼します」

 

枉鵬は平静を装い、退出しようとした。

その時、蔵馬が沈黙を破った。

 

「待て」

 

蔵馬の声は、静かに、しかし絶対的な威圧をもって響いた。

枉鵬の背中が、わずかに硬直した。

 

「どうしたかね?」

 

「知らないと言ったが、お前から血の匂いと彼女の香りがする」

 

それに混ざって、ベラドンナの香りも強い。ベラドンナの甘く異質な匂いは、一度嗅ぐと忘れることはない、特有のものだ。そして蔵馬は元妖狐、嗅覚が優れている。

 

冷徹な言葉に、その場の空気が一気に凍りつく。

蔵馬は枉鵬の前に出た。妖気が彼の周囲で静かにざわめき始める。

 

「なんじゃと!?」

 

コエンマとぼたんは驚いて、枉鵬を見た。

 

「匂いを消したつもりのようだが、オレの鼻は誤魔化せない。今までどこで何をしていた?」

 

枉鵬のこめかみが、ピクリと動く。

 

「…気に食わない、妖怪のくせにこの神聖なる霊界で偉そうにっ」

 

声が低く唸りを上げたその瞬間、憤怒の表情で枉鵬が蔵馬に向かって突進した。

 

「っ!」

 

本棚をなぎ倒しながら向かってる枉鵬を、蔵馬の冷静な目がそれを一瞥し、瞬時に反応して避ける。書類や書籍が、宙を舞う。

 

「お前たち妖怪は、悪の元凶!我々の神の意志の元、粛清されるべきなのだ!」

 

コエンマの制止も聞かず、焦点の合っていない目つきで、枉鵬は何度も蔵馬に拳を振るう。

もはや正気でなかった。

 

「蔵馬!気をつけろ!こいつは恐らく正聖神党(せいせいしんとう)のものだ」

 

その名に、ぼたんが息を呑む。

 

「霊界の中にも、狂気的な信仰心を持つ者もいるんじゃ。奴らは一方的な正義で、霊界の秩序を度外視した、過激な活動をしておる!」

 

蔵馬は冷静に動きながら、目は枉鵬を鋭く追っていた。

 

「動機や背景は、今はどうでもいい。彼女はどこにいる!?」

 

防戦一方だった蔵馬は、首の後ろ髪から一輪の赤い薔薇を取り出した。

鋭い棘のついたしなやかな鞭に変化させると、男に対してかまえた。

コエンマは、ぼたんに警備兵を呼びに行かせていた。

 

枉鵬は口元を歪めて(わら)う。

 

「あれは利用価値が高い妖怪だ。研究棟に捕らえてある。貴様や飛影のことを聞き出そうとしたが、強情な女だ。ずっと黙秘を続けていたから、つい力が入ってしまったよ。ひどく弱っていたがな」

 

「…っ!」

 

わずかに表情を変え、蔵馬の中の何かが音をたてた。

それは感情的に切れる音か、自分が設けたリミッターが外れる音か。

 

「蔵馬!貴様のような人間界でのさばる妖怪が、私は憎くて仕方がない!ここで神の元、粛清してやる!」

 

「やめんか!枉鵬!」

 

コエンマの制止を聞かず、枉鵬が地を這うように、低い姿勢で跳びかかろうとした。

しかし、その動きが唐突に止まった。

 

「…っ!?な、ぜだ?!どういうことだ?貴様、何をしたっ!?」

 

枉鵬の顔が驚愕に歪む。

蔵馬は静かに答える。

その声は、わずかに低く押し込めながら、恐ろしい迫力と怒気が込められていた。

 

「お前の体に、ある植物の種を植え付けた。それが成長し、お前の神経に根を張り、筋肉の動きを止めている」

 

氷のような冷ややかで射るような視線は、この場にいる誰も見たことがないかつての彼を覗かせる。

鋭い刃のような妖気が、部屋に立ち込める。

コエンマは息を飲み、声を上げることすらできなかった。

 

「なに?!」

 

「もう一度聞く。葵はどこだ?」

 

「誰がお前に話すかっ」

 

言った直後、右腕から緑色の蔦が、皮膚を裂いて突き進み、男の腕を胴体から引きはがした。

枉鵬が大きく叫ぶ。

 

「今のは、ほんの小手調べだ。返答次第で、貴様の体の末路は…もっと壮絶なものになるだろう」

 

「……蔵馬っ、貴様っ」

 

男はぎりぎりと歯を食いしばり、血走った眼で彼を睨みつけた。

長身長髪の男は、冷徹にただ見下ろしていた。

 

蔵馬の剣幕に一瞬のまれていたコエンマは、我に返って仲裁に入った。

 

「蔵馬!ここで、それ以上はご法度じゃ!いくらお前でも、霊界の掟に背くぞ!」

 

彼は冷酷無情な魔の瞳で、静かに枉鵬を見据えたまま、コエンマの呼びかけに答えなかった。

コエンマの背中に、冷や汗が流れる。

 

数分間、蔵馬が作った沈黙がこの空間を支配した。

数十分とも感じられる長い静寂の後、空気が動いた。

 

「…研究棟の、隠し部屋に捉えてある」

 

観念したのか、枉鵬は呻くように葵の居場所を白状した。

その瞬間、まるで男のその言葉だけを待っていたかのように、蔵馬は武器をしまい、コエンマを見た。

 

「コエンマ、この男はもう動けない状態だ。色々と聞きだしたいこともあるだろう。後は任せた。オレは葵を探す」

 

「あ、ああ。そうだな!」

 

コエンマが、おおよその場所を蔵馬に伝える。

警備兵が到着したのと入れ違いで、蔵馬は研究棟のほうへ急いだ。

 

 

蔵馬が枉鵬に使ったのは、クロシマネキ草という魔界の植物だった。

シマネキ草と同じく、体内で成長し宿主の体の自由を奪う。

その終末は爆発的に開花し内側から突き破り、死を招く。

それに加え、クロシマネキ草には「自白作用」がある。

 

彼が盗賊時代に、相手を供述させるために使っていた手段の一つだった。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

意識の底から、ぽつりぽつりと光が浮かび上がるように、葵の意識が再び現実に引き戻された。

瞼をわずかに開けると同時に、痛みが全身を包み込んだ。

 

「……っ」

 

鈍く、鋭く、焼けつくように。全身の打撲や切り傷の痛みが波のように押し寄せて疼く。

声にならない悲鳴が上がる。

蹴られた衝撃で、腹部にたまっていた血だまりをごぼっと吐いた。

 

血に混じって、酸味のあるような味が口内に広がる。

視界がぼやけて、輪郭がにじむ。

かすかに見える天井は、先ほどと同じ、あの密閉された無機質な部屋の天井だった。

 

(体に力が入らない…。意識を保つのが精一杯。早く霊界から出ないと…)

 

意識だけが先を急ぐ。どうにか立ち上がろうと、痛む体を無理やり動かした。

沈もうとする力に逆らって、震える手を床について上体を起こそうとした。

しかし、妖気が体から漏れていくようだった。

 

「…っあ」

 

その直後、葵の体は支えを失って崩れ落ち、無機質な床に沈んだ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

(あなたの勘って、すごいわね…蔵馬)

 

気がどんどん抜けていき、感覚がなくなっていく。腕に力が入らなくなり、指先が震えた。

体が冷たくなる中、瞼が彼女の意志と関係なく閉じていった。

 

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