アカシヤー蔵馬に咲いた花ー   作:hazeleye

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琥珀に秘めた想いと秘密の素顔

琥珀は、数千万年から数億年前に繁茂(はんも)していた樹木の雫が、時を越えて化石となったもの。

彼女の手の中の琥珀の中には、花や植物の欠片が多く含まれている。

夜の柔らかい光を受けて輝き、金色の光が指先を照らす。

 

「とても、きれいね」

 

葵は琥珀の価値を知っていた。

通常、花や植物を含む琥珀は魔界でも希少価値が高く、値段が付けられないほどだ。

その事実が、蔵馬の無言の愛情を、さらに深く胸に届けた。

 

一般的には宝石のように加工して使用されるが、最も有効かつ、知る人ぞ知る使い方があった。

 

「琥珀は、装飾品として使うのもいいけど、そのまま飲んで体内に取り入れることで、生命の力を引き出し、深い補気と癒しを与えるんだ。葵の体には、特になじみやすいだろう」

 

花から生まれた彼女の体を考慮して、同じ植物でできた樹脂の化石なら親和性が高い。

その中でも、蔵馬は彼女に安定的に作用すると見越して、太古の空気や水、羽毛、虫、小動物ではなく、花や植物の欠片が多く含まれているものを選んだ。

 

彼の言葉を聞きながら、その想いを葵は真っすぐに受け取った。

そして。

 

 

「ありがとうっ」

 

風に舞う声のように、彼女の言葉が夜空へ溶けていった。

琥珀を握りしめたまま、葵はためらいもなく蔵馬の胸へ飛び込んだ。

 

「っ………葵!」

 

屋根の上、夜空の星々の見守る静寂の下で。

不意を突かれながらも、蔵馬の腕は迷いなく彼女を受け止める。

 

胸に触れる柔らかな髪、彼女の重さに、命の鼓動を感じた。葵は、今確かに生きている。

彼女の香りが近づき、全身が反応する。

 

「あなたの心遣いが、私は嬉しいっ」

 

 

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顔を上げた彼女の瞳が、満天の星のように輝いていた。

胸の内側で鳴り響く心臓の高鳴りは、シャツ越しに、きっと伝わっているだろう。

心そのものが、彼女に触れているかのようで、息をのむ。

 

(…君は本当に、予想もつかないことをする)

 

蔵馬は小さく笑い、葵を腕の中にさらに深く抱き寄せた。

その動きには、静かな強さがあった。

あらがいようのない、魂が導くような動き。

 

 

彼女の小さな背中に手を添えながら、蔵馬は夜空を見上げた。

月は淡く、雲の切れ間から星がいくつも顔を覗かせている。

まるで、命の記憶が点在しているような星々だった。

 

(心はずっとこうしたかった…。理由なんて、もういらない)

 

愛しいという想いを込めた深い双眸で、蔵馬は再び彼女を見つめた。

伝わるか伝わらないかは、重要じゃない。今は、この心に素直でいたい。

 

「葵が喜んでくれて……オレは嬉しい」

 

蔵馬はそっと彼女の頭に手を添え、優しく引き寄せた。

そして、そっと肩口に顔を埋める。

その香りに誘われるように、葵の肌に口唇を落としたくなるのを、彼は堪えた。

 

代わりに、彼の指先が、葵の髪をそっと撫でる。

花びらのような感触の髪は、つややかで柔らかい。

何も言葉にせず、ただ、指先で永遠を刻むように。

 

(いつの間にか、葵はオレの帰る場所になっていたんだな…)

 

抱きしめた彼女から伝わる体温。

それは確かに、いまを生きる温もりだった。

葵がどこか遠いところへ行ってしまわないように、蔵馬の腕に力が宿る。

それは、奪うものではなく、共に在ろうとする願いの強さだった。

 

こんなにも側にいるのに、恋い焦がれている自分に気づいた。

この想いを言い表せる言葉が、魔界にも人間界にも、きっと存在しない。

 

(オレは、オレを理解しているつもりだったが、まだまだだな…)

 

葵を抱きしめながら、蔵馬は目を閉じた。

この心の震えを、深く刻むように。

 

 

(この人は、こんなにも深く私を想ってくれているのね)

 

静かに心をくすぐる涼やかな匂いは、蔵馬のものだった。

その匂いに包まれる中、彼の胸の鼓動が聞こえる。

慈愛に満ちた瞳は、ずっと前から彼女を見守ってきた。

その想いは、少しずつ葵に伝わっていた。言葉にしなくても、彼の瞳が伝えていた。

 

(ありがとう…蔵馬)

 

熱い彼の腕に包まれながら、葵は琥珀をそっと握りしめた。

手の中の悠久の結晶は、生きているかのように細かく振動していた。

 

 

蔵馬は言わなかった。琥珀の飲用のもう一つの作用を。

不老長寿の効果があり、琥珀を服用したものの中には、向こう何百年生きた者もいる。

 

実用的な意味だけでなく、琥珀を贈ることにはいろんな意味がある。

彼はそのすべてを言わない。

蔵馬という男は、自分の中の深い意図を言葉に委ねすぎることはしない。

 

言挙(ことあ)げせずとも、深い愛は生き続ける。

 

 

(生まれてきてくれて、ありがとう…。君と共に生きたいんだ)

 

そっと胸の内で、何千年も旅してきた魂が、初めて安息の地を見つけたかのように、確かな誓いを立てる。

 

魂の旅路に終わりはないけれど、たしかにここが今の居場所だと知る。

どれほど時間が流れても、星が消えても。この手を、離したくない。

 

 

 

その決意を胸に刻んで、蔵馬はそっと彼女を抱きしめていた腕を解いた。

その指先が名残惜しそうに離れた瞬間、風が懐を通り過ぎ、淡く切ない温度が夜空に溶けていった。

 

ふと視線を落とせば、葵の手の中には琥珀が静かに輝いていた。

 

「飲めそう?…ちょっと大きいけど」

 

ほんのわずかに息を含ませながら、柔らかく紡がれた声が、耳に優しかった。

 

「大丈夫。やってみるわ」

 

葵は両手でそっと琥珀を包み込んだ。

遥か太古、幾千万年、あるいはそれ以上前に滴った、木々の涙が宿っていた。

 

琥珀の中には、花びら、しなやかな蔓、名もなき草のかけらたち。

光にかざすと、それらが星々の反射と共にゆっくりと浮かび上がり、悠久の命の記憶が光のなかで目覚めていくかのようだった。

 

「ずっと眺めていたいほど、美しいわね」

 

小さく息をのんで、葵は親指の腹で、そっとその表面を撫でた。

冷たいはずなのに、違う温度が伝わってくる。

 

「不思議ね…。温かく息づいているように感じる」

 

琥珀を包む葵の指先が、そっと震えた。

 

「小さなささやきが、胸の奥に響いてくるの」

 

夜の屋根の上。

沈黙がふたりを包み、月明かりがその言葉をそっと撫でた。

 

彼女の言葉に、蔵馬は身を乗り出した。

その瞳は夜の湖のように深く静かで、どこか少年の面影を宿していた。

密やかな好奇心の光が、その底に揺れている。

 

「……どんな声?」

 

言葉は優しく、葵の内側へ静かに降りてゆく。

彼女は、琥珀を見つめたまま、まるで遥か昔の森に想いを馳せるように目を細めた。

 

「あなたの手に渡ったことを喜んでる。そして蔵馬は、『命を運ぶ人』と言っているわ」

 

その一言に、蔵馬の眼差しがふっと揺れた。

驚きというより、胸の奥をそっと触れられたような、わずかな波紋。

 

「……そんな大層なものじゃないさ」

 

口唇の端をわずかに持ち上げて、苦笑する。

けれどその表情の奥に、ふっと影が射す。

彼自身さえ気づかぬほどの古い記憶。流転(るてん)と孤独をまとい、長い時を生きてきたものだけが持つ、遠い色。

 

葵は黙って、その顔を見つめた。

星の光がそっと頬に落ち、彼の瞳の奥に深い色を灯す。

夜の奥底に潜む、静けさと孤高さ。

優しさと、壊れそうなほどの繊細さ。

 

 

「……私も、あなたが命を運ぶ人だと思うわ」

 

その声は静けさの中に、凛とした強さと真っ直ぐな意志がこもっている。

 

その瞬間、夜風が二人の間を通り抜けていった。

心と同じように、蔵馬と葵の髪が揺れる。

夜の静けさが、言葉より多くを語った。

 

蔵馬は何も言わず、その深い瞳で優しく彼女を包み込んだ。

その目に映るものは、何ひとつ偽りのないもの。

彼女という存在そのものだった。

 

 

ふっと微笑みがこぼれる。

気づかなければ通り過ぎてしまうほど、わずかな変化。心の奥底から生まれた灯り。

 

その微笑みを、葵は見逃さなかった。

 

「ねぇ、蔵馬……」

 

 

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夜の静けさが、ふっと二人の間に間を作る。

その一言の続きを、彼は静かに待った。

瞳の奥に、無意識に、ささやかな興味と警戒を忍ばせながら。

 

「今……笑ったでしょ?」

 

不意を突かれた蔵馬は、すっと目を伏せる。

その瞼の下に潜むのは、わずかな照れか、あるいは迷いか。

 

指先が静かに口元へ運ばれる。

その手のひらに、柔らかな吐息が閉じ込められた。

かつて幾度も心を守るために重ねてきた仕草。けれど今、彼の目の前には、その壁をそっと越えてくるものがいた。

 

(また……君は、核心に触れてくる)

 

胸の奥がふわりと揺れる。

危うさと安らぎ。希望と、戸惑い。

 

「……オレは元々こんな顔だよ」

 

いつもの癖が自然と出てしまう。

わざとそっけなく。

しかし、その横顔に滲むものは隠しきれない。

長い年月の静けさの中で、少しずつ生まれた優しさの光。

 

葵はふわっと微笑む。

春先の、柔らかな風のように、彼の守りをふわりと解いてゆく。

 

「なんとなく…わかるの。あなたが時々、嬉しいときにする顔……。思い出し笑いの時とはちがう笑顔なの」

 

夜の風がまたそっと吹き、二人の長い髪が揺れた。

その揺らぎは、互いの気配を映すようだった。

 

「そういう時は……隠さなくていいのよ」

 

小さく囁くように、葵はそっと手を伸ばす。

蔵馬の口元に添えられたその手に、指先で触れていく。

 

ぬくもり。

長い年月を越えてきた彼の生の証し。

今ここに、彼女の指先の下で鼓動している。

 

彼は、ほんの少し息を飲む。胸の奥で、ひとひらの理性が崩れ落ちる音がした。

 

(もう頃合いか…)

 

長く心を守ってきた壁が、葵の声と気配によって、音もなく解けてゆく。

理性が、感情の熱に静かに飲み込まれていく。

 

素の自分、剥き出しの心が、静かに赦されていく。

それは少しくすぐったくて、ほんの少し戸惑いに似た気持ち。

でも心地いい。

 

蔵馬はそっと口元から手を離した。

彼の手と共に、そこに触れていた葵の手も下がっていく。そしてゆっくりと二人のぬくもりが離れた。

 

今度はもう、何も隠さない。

そのまま、真っ直ぐに葵を見つめ、蔵馬は静かに微笑んだ。

 

それは誰にも見せたことのない、柔らかくあたたかい表情だった。

 

「……じゃあ、見せるよ。君だけにね」

 

優しい響きだった。

透明感のある柔らかな音に、芯の強さを感じる。

葵の頬がほころび、淡く色づいた。

 

驚きと喜びと、言葉にならない想いが、夜空に咲く星のようにきらめく。

その光が、蔵馬の胸の奥に、もうひとつ新しい記憶を刻んだ。

葵の中にも、確かにひとつ、消えないあたたかな記憶が生まれた。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

琥珀の煌めきを映す葵の顔を見つめながら、蔵馬は思いを巡らす。

 

今の彼にとって、理性とは、まるで「薄氷の上に咲いた一輪の花」のようだった。

 

妖狐として生きた長い年月。

冷たく、幾重にも積み重ねられた氷の層。

誰の熱も届かず、誰の声も染み込まない。

 

それは生存のためであり、戦いのためであり、裏切りと罠と野心、策謀に満ちた世界で、唯一守るべきものだった。

それが、理性という名の氷。

 

しかし今、 その氷の表面に、葵という存在によって、花が静かに咲いた。

この花は、「今の蔵馬」の象徴だった。

 

まだ小さく、根も張っていない花。

風が吹けば散ってしまいそうな、微かな命。

熱を帯びれば氷が割れてしまいそうな、危うさの上に。

 

本能と理性の綱引きの間に、葵という存在が入り込んでいる。

それはほんのわずかな「ずれ」を生む。

けれど、その微細なゆらぎが、心の奥底にさざ波を立て続けている。

これまで決して乱されることのなかった深層に、葵の気配が染みこんでいく。

 

理性という冷たい氷の膜は、葵を守りながらも、その柔らかな微笑みにひび割れてゆく。

たった一輪の花の重みすら、この氷には負担だというのに。

 

しかし蔵馬は、その花を払い落とすことも、氷を補強することもない。

ただ静かに、そこに立ち尽くしている。

胸の奥に満ちる、どうしようもない優しさを抱えて。

その重さを、痛みを、すべて感じながら。

 

(もう……戻れないな)

 

ふっと心の奥底で、その思いがゆるやかにほどけた。

長い間凍りついていた何かが、静かに溶け出していく音がする。

 

葵の指が、自分の手に触れたとき、その僅かなぬくもりだけで、氷の表面に一筋の水が走る。

ひびか、それとも溶け出した跡か。

確かめる気は、もうとうに失われていた。

 

けれど彼女が望むなら、せめてこの花だけは、守り抜こう。

氷が割れて、すべてが崩れるその瞬間まで。

 

そう静かに決意しながら、蔵馬は夜の風に身を委ねた。

星々の光がなおもふたりを見守り、淡い輝きが薄氷の上に降り注ぐ。

 

その花は、まだ、消えていなかった。

夜の静けさの中で、確かにそこに咲いていた。

 

 




葵の画像、籠手を装備させてAI画像を駆使するもまだ難あり…。
(*- -)(*_ _)ペコリ
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