アカシヤー蔵馬に咲いた花ー   作:hazeleye

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第40話

蔵馬と離れて、葵は静かな森を抜け、市街地から遠く離れた洞窟へと向かった。

人の気配のないその場所は、荷物を隠しておくには最適だった。

 

湿った岩肌のにおい、冷たい空気、時折ポタリと落ちる水滴の音。

誰も近づかないその洞窟で、彼女は必要なものを黙々と整えていく。

 

出口に差し掛かった瞬間だった。

 

「……っ」

 

空気が変わった。

鋭い気配が、前方から押し寄せてくる。

立ちふさがったのは、見知らぬ妖怪が三体。

 

魔界でも同じ目に合っていた葵は、直感で霊界のさしがねだと思った。

その妖怪たちのまとう妖気は、どこか妙で、魔界の自然な妖気とは異質な冷たさがあった。以前、霊界の追手につけられた時と似た、粘着質な気配だ。

 

(…つけられていたのね)

 

葵は手にした荷物を躊躇なく放り投げ、踵を返して森の奥へと駆けだした。

 

後方から妖気が迫る。スピードも妖力も、彼らの方が上。

しかし、本気で捕らえる気はない。

彼女が避けられるギリギリの攻撃を繰り返しながら、特定の場所に誘導するように追い回していた。

 

 

 

呼吸を整え、身をかわし、枝を飛び越え、森を駆け抜ける。

目の前の景色がふいに開け、平原のような何もない場所に出てしまった。

 

 

跳躍していた時、空中で体に絡みつくものがあった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「なっ?!」

 

光を帯びた網。

それは生き物のように収縮し、葵の体にぴたりとまとわりつく。

逃れようと動くたびに、締め付けが強くなり、ついには身動きすら取れなくなった。

体は空中で静止し、囚われたまま宙に浮かぶ。

 

もがきつつ視線を落とすと、森の陰から現れたのは、顔を覆面で隠した五人の武装者。

 

 

(霊界の者…)

 

蔵馬の顔がふと脳裏をかすめる。

このままでは、連れ去られてしまう。

 

 

葵は息を整え、亜空間移動を試みようと両手に妖気を集めた瞬間。

 

「っ!?」

 

バチバチという音と共に、体中を駆け巡るはずの妖気が堰き止められたかのように霧散する。

彼女が捕獲されたのは対魔用の光子網だった。霊界が開発した特殊捕縛具。

内部に囚われた妖怪は、妖力の行使が不可能になる。

 

(しまったっ……)

 

「連れていけ」

 

主導者と思しき男の命令で、三体の妖怪が光子網ごと葵を運びに近づいてきた。

 

……その時だった。

 

森の奥。

風の流れがわずかに変わった。

 

何かがうねるような音とともに、緑の閃光がはしる。

3匹の妖怪は、しなる武器によって瞬時に細切れになった。

断面はあまりに滑らかで、彼らは斬られたことにすら気づかないほどだった。

 

「……っ」

 

葵の目が音のした方へ向く。

見慣れた影が、木漏れ日の向こうに立っていた。

長身、長髪、学生服。

風に髪をなびかせながら、蔵馬が緑の鞭を手7に構え、静かに歩み出る。

 

「葵一人に、ずいぶんと大人数だな」

 

その声に、普段の穏やかさとは異なる冷ややかな棘が含まれていた。

静かな怒りが、空気の温度を数度下げたかのようだった。

 

(霊界は変わらないな。かつてのオレを追ったときと同じ……多勢で囲い込むやり方)

 

 

「…お前は、妖狐……蔵馬か」

 

主導者の男が、低く含みを込めて言い放った。

合図と同時に、覆面の男たち2人は、蔵馬に向かって行った。残りの者は、葵に近づいてくる。

 

空気が凍りつくような、緊迫の瞬間。

蔵馬の目が鋭く光り、鞭の先がしなった。

 

 

先ほどの蔵馬の攻撃によって、葵を拘束していた光子網に小さな裂け目が生じていた。

彼女は身をくねらせ、体の柔軟さを活かしてわずかな隙間へとじりじりと体を寄せていく。その裂け目に指先が触れた瞬間、その手に妖気が宿った。

 

(ここからなら、使える)

 

わずかな希望に賭けて、彼女は指先に妖気を集中させ、意識を裂け目へと向ける。

光子網の繊維がきしむ気配を感じながら、心に浮かんだ古代の呪文を口にした。

 

「ソドム!(はじけろ)」

 

声と共に、裂け目から光が弾けた。

次の瞬間、激しい閃光と爆発音が轟き渡り、衝撃波が荒れ狂うようにあたり一帯を包み込んだ。

 

「なにっ……!?」

 

蔵馬を含む全員が反射的にその場で身構え、砂煙と風圧に視界を奪われる。

覆面の武装者のうち、葵に迫っていた二人は爆風に煽られ、遠くへ吹き飛ばされた。

彼女自身もまた、自ら作った衝撃波に弾き飛ばされ、空中へと高く舞い上がる。

 

「…っく!」

 

風に煽られ、無防備なまま宙を舞う葵の体。

そのまま地面に叩きつけられる…。

そう思った刹那、しなやかな影が空中へと駆け上がった。

 

「葵っ!」

 

蔵馬だった。

彼は跳躍し、柔軟な身のこなしで彼女の体を抱きとめる。

 

「蔵馬っ」

 

「…っ!間に合ってよかったっ」

 

 

 

彼女を抱いたまま、蔵馬は地面へと着地する。

その瞬間、周囲の空気が張り詰めた。

覆面の武装者たち五人が、再び二人を睨みつけていた。

 

蔵馬は葵を背中にかばい、静かに立ち上がる。

その細められた双眸は、鋭く敵を射抜いた。

そして主導者の男に向かって、いつもより低い声で宣言した。

 

 

「次に会った時は……敵としてお前たちを容赦しない」

 

その言葉に乗せられた怒り。

妖気が一瞬にして高まり、鋭利な刃のように周囲の空気を震わせる。

それを感じ取った覆面たちは、わずかに身じろぎし、視線を交わし合った。

 

「……A級妖怪をこのまま相手にするほど、我々は愚かではない。今日の所は引き下がろう」

 

主導者の男が静かに告げると、彼らは一斉に上空へと撤退した。

 

 

静寂が訪れる。

平原に残されたのは、風に揺れる草木の音と、森の香り、そして妖怪たちの亡骸。

蔵馬はしばし周囲に五感を研ぎ澄ませ、敵の気配が完全に消えたことを確認する。

 

「……ここは開けた場所のため、見つかりやすい。移動しよう」

 

「ええ」

 

彼女を先導し、森の奥へと歩き出す。足音も静かに、警戒を解かぬまま。

再び確認すると、何者かの気配はせず周りに潜んでいる様子もない。

 

やがて茂みの影で足を止めた蔵馬は、振り返り、深く真剣な眼差しで葵を見つめた。

 

「…まったく、君は……」

 

ふうと、小さくため息をつくと、彼は呆れ半分、心配半分の様子で目を細めた。

 

「なんて……無茶をするんだ」

 

そう言いながらも、その声音には怒気はなく、むしろ安堵が滲んでいた。

 

先ほどの爆発、光子網ごと吹き飛ばす強烈な衝撃波。

受け身も取れず、彼女は無防備なまま空中へ舞い上がっていた。

自分がいなければ、どこかへ叩きつけられていただろう。

まさに、紙一重だった。

 

「あんなに衝撃波が強くなるとは思わなかったの」

 

 

【挿絵表示】

 

 

「怪我はない?」

 

「大丈夫。あなたが、ちゃんと受け止めてくれたから」

 

その言葉に、蔵馬はようやく少しだけ表情を緩めた。

 

彼女の話では、衝撃波を作る寸前に古代呪文が頭に浮かび、それを唱えてみたらこうなったと。

こういう咄嗟の機転は利くが、後先考えないところは無謀につながることもある。

この点に関して、蔵馬はいつも心中穏やかでいられない。

 

(油断したのは、オレのほうだな……。二度と、目を離さない)

 

心の中では、静かに自責の念が渦巻いている。

戦闘経験が浅い彼女ならではの直感的な判断。葵らしいと言えばそれまでだが。

 

蔵馬は小さく息を吐くと、何とも言えない表情で彼女を見た。

 

「……君を、密かに付けている者がいたから、後を追ったんだ」

 

「……え?」

 

蔵馬の双眸には、いつか見た底知れぬ憂いの色が混ざっていた。

それを見て、葵は息をのんだ。

この人は、心から心配しながらも、自分の気づかない所で、助けてくれている。

 

「…いつから、気づいてたの?」

 

「木の上にいる君を見かけた時からだよ」

 

「……そう。私はあなたに会いに行ったことで、また救われたのね」

 

 

彼がどれほどの想いで、自分を助けに来てくれたのか伝わり、言葉では言い表せないほど深く安堵していた。

 

 

ありがとうと微笑む葵に対して、蔵馬の頭の中は忙しくあらゆる可能性を考えて、3つ先のことを予測していた。

 

3カ月前に、葵が霊界で負傷した時と同じだった。嫌な予感が、胸の奥で静かに形を成す。

 

「彼らは霊界の者だ。何か心当たりは?」

 

「…あるとしたら、枉鵬(おうほう)の一件ね」

 

「……。」

 

(やはり、枉鵬との関わりはそう簡単に片付いていなかったか……)

 

蔵馬は目を細めた。

次に取るべき行動が明確に定まっていく。

 

「奴らは近いうちに、また君を狙って来るだろう。安全を考えて、どこかに身を隠す方が得策だが……。君はどう思う?」

 

その声は、感情を抑えた冷静なものだった。蔵馬は真剣な深い眼差しを向ける。

しばらく考えて、葵は彼女らしい選択を言葉にした。

 

「危険なのは、わかっているわ…。でも……もう少し、様子を見たいの」

 

そう口にしたとき、自分でもその理由を言葉にできなかった。

けれど胸の奥で、何かが囁いた。

 

『ここで向き合わなければ、いけないものがある』

 

ほんのわずかな不安を隠して、葵は目の前の男の湖の底のような瞳を見つめた。

 

蔵馬はその眼差しを受け止めた後、静かに目を伏せた。

昔の自分なら、彼女の意見は聞かずにどこか安全な場所に閉じ込めていた。

しかし、葵のまっすぐな瞳をみていると、迷いと葛藤の中、新しい選択を選んでいた。

 

「……わかった。君の選択を、信じる」

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢

 

おまけ♢

 

人間界に来る数日前のこと。魔界D地区郊外のよろず屋にて。

葵が練薬を口に含んでいるとき、店主が気さくに話しかけてきた。

 

「葵、そりゃ紅か?お前にも男ができたか?」

 

「これは苦い薬よ。試してみる?」

 

葵は少しだけ微笑みながら、手元の二枚貝に入った藻色の薬を差し出した。

その色合いは、まるで夜の海の底から引き上げたかのような深い緑。

もちろん美味しそうには見えない。

 

「すごい色だな…。こりゃまた刺激が強そうだな、目が痛いぜ」

 

店主の緑鬼、赤星は、薬を手に取った。

 

「良く効くのよ」

 

赤星は一瞬ためらったものの、薬を口に含んだ。

瞬時に顔を歪め、目を細めながら涙目になった。

 

「かーーーー、確かに効きそうだな!オレも仕入れてみるかな」

 

「非売品なの。人間界でお世話になっている人が植物に精通していて、作ってくれたの」

 

「へぇ、面白いな。いつか紹介してくれ。直接販売交渉してみるわ」

 

冗談めいた赤星の声に、葵は微笑みながら、軽くうなずいた。

 




ここから霊界との複雑な展開が始まります。7.8章がほのぼの甘めだったので、私もハラハラしながら書き進めました。


枉鵬については、3章をご覧ください。
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