アカシヤー蔵馬に咲いた花ー   作:hazeleye

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9章はR15範囲内の描写(暴力、残酷、血液描写など)があります。そちらが大丈夫な方のみ、お進みください。



妖狐、怒りの覚醒

蔵馬視点♢

 

 

蔵馬は、秘密裏に葵の髪にヤドリギを仕込んでいた。

魔界のヤドリギは、宿主の体の一部に寄生し、危機を察知すると爆発的に妖力を発生し、数センチの芽を出す。

同時に、その気配は植え付けた彼自身にも伝わる。

言わば、警告と探知の役目を果たす植物の芽だった。

 

異変は、三限目の授業中に起こった。

突然、蔵馬の中を駆け抜ける強い妖気の波動、それはヤドリギが発動した証。

脳裏に赤い警鐘が鳴り響く。

 

(……っ、来たか)

 

教室のざわめきが、遠のく。

椅子を静かに引いた彼は、巧みにその場をやり過ごし、教室を後にした。

 

(間に合ってくれっ……)

 

ヤドリギが発する妖気を辿って走る。制服の裾を風がなびかせる。

足元を、怒りにも似た焦燥が押し上げてくる。

やがてたどり着いたのは、人里離れた朽ちかけた廃墟。

 

(ここなのかっ…)

 

目に飛び込んできたのは、割れた窓という窓から立ち昇る赤い炎。

蔵馬は絶句した。

思考の深い所で、あらゆる可能性が点灯する。

 

 

瞬時に冷静さを取り戻す。

気配を消して建物に近寄ると、近辺に霊気が2つ。武装した覆面姿の男だった。

廃墟の周辺に特殊な障壁を作り、普通の人間には見えないようにしているようだった。

 

火の回りが異常に早い。どこかで、火を煽っている者がいるはずだ。

蔵馬は静かに建物の裏から潜入した。

 

崩れかけた元ビルの中。四方から炎が立ち上り、壁も床も黒く煤けていた。

煙に混じって、鼻先に微かに届く乳香に似た香り。

間違えるはずがない、葵の匂いだった。

 

花から生まれた彼女は、十中八九火に弱い。まともに包まれればひとたまりもない。

背中を嫌な汗が流れた。

 

(……無事でいてくれっ)

 

蔵馬は、火を操っている2名を見つけた。

妖気を込めた耐火性の蔦が床を走り、彼らを瞬時に絡めとる。

男たちを瞬時に引き倒し、意識を断つ。

何のためらいもなかった。

 

ヤドリギの反応を頼りに、彼は炎の中をさらに奥へと進んだ。

 

「……っ!?」

 

移動途中、ヤドリギの気配がぷつんと途切れた。

全身の血が凍る。

彼の中で、焦燥感と不安が最高潮に達した。

 

蔵馬は急いで足を走らせた。焦げた鉄骨を跳び越え、崩れた階段を駆け上がり、灼熱の空気を割るように進む。

 

火の熱が渦巻く中、彼女の悲鳴が聞こえた。

 

視界の奥、崩れた瓦礫に両足を挟まれ、呻く葵。

覆面の男が、その後頭部へと手刀を振り下ろしていた。

焦げた花の匂いが、彼の鼻を刺した。

 

 

その瞬間、蔵馬の中で感情が大きくキレた。

体内の妖気が爆発的に上昇した。

 

流れるような銀髪が背中を撫でる。

姿は人間のそれを凌駕し、白装束に身を包んだ妖狐へ。

二メートルを優に超える本来の姿に変じていた。

 

 

それはほんの一瞬の出来事だった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

気を失った葵に触れようとした男に忍び寄ると、蔵馬は薔薇の鞭で男を絡めとった。

そして、炎の向こうに召喚した蕾型の食肉植物の中に放り込み、餌にした。

一度閉じた蕾は、中身が溶解するまで開かない。遠くで男の断末魔が聞こえた。

 

「葵……!」

 

蔵馬の金色の瞳が、炎の奥で倒れる彼女へと向けられた。

胸を締めつける痛みと、燃えさかる怒りを押し殺し、彼は一歩踏み出した。

 

瓦礫を鞭で切り裂くたび、鞭のしなやかな曲線が炎の残滓をまとい、先端が焼け焦げて煙を上げる。嫌な予感が胸を締めつけた。

 

(やはりか…)

 

案の定、熱を帯びた瓦礫の下になっていた葵の下腿は、熱傷になっていた。

淡い布地は焼け爛れ、ところどころが黒く炭化している。

赤く腫れた皮膚に無数の水疱が浮かび、火傷の深さが容易に見て取れた。

心臓が冷たい氷に掴まれたように、ぞわりと音を立てた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

骨折の可能性もあるため、一刻も早くこの場から離れようとしていた時のことだった。

妖狐の耳が小さなきしむ音を拾う。

 

ドーンッ!という轟音と共に、ひび割れた天井が大きく崩れて、二人の上に落ちてきた。

舞い上がる土煙、降り注ぐ炎の粉塵。

蔵馬は反射的に葵を抱きかかえ、火の勢いが及ばぬ建物の隅へと身を翻した。

彼女の身体は驚くほど軽く、腕の中でふっと力を失っている。

 

その瞬間だった。ふいに、異質な感覚が蔵馬の全神経を刺した。

 

(……これはっ)

 

かすかな違和感が、腕の中の彼女から伝わる。

首筋の感触が、いつもと違う。

視界の隅、ちらりと映り込んだのは、焼け焦げて短くなった淡い花色の髪。

 

(……まさか)

 

息をのみながら、彼はそっと彼女の体を起こし、その背を覗き込む。

花の燃えた匂いが、鼻腔を刺す。

首筋から背中にかけて、火が這った痕が生々しく刻まれていた。

白い彼女の肌が、黒く、赤く、哀れに染め上げられている。

 

蔵馬の瞳が見開かれた。胸の奥を冷たい刃で突き刺されたような衝撃が走る。

 

「葵!しっかりしろっ」

 

切迫した声が聞こえる。

それに応えるように、葵の意識がわずかに浮上する。

小さく声が漏れる。

薄く目を開けると、焦点の合わない視線が、微かに、金色に揺れる目を映す。

 

(…蔵…馬…?)

 

どうして、そんな顔をしているの?

そう声を上げたかった。男に手を伸ばしたかった。

しかし自分の意志とは反して、深い泥に沈むように意識が遠のいていった。

すぐに葵の瞼は閉じられた。

 

「……葵っ」

 

蔵馬の呼びかけに、反応は無くなった。

脱力した小さな体を抱きとめながら、彼の中で何かが音もなく砕けた。

 

胸を焦がす激情とは裏腹に、月華のような双眸が、冷えた冬の月のように冴え光る。

憤怒の感情が強くなればなるほど、その表情は静かに、酷薄に研ぎ澄まされていく。

冷静に冷徹に、その金色の瞳の奥はますます深く沈んでいった。

 

(オレを怒らせた罪、死をもって償え…)

 

 

葵の身をその胸に抱き寄せる。

その軽さが、痛みとなって心臓を締めつける。

 

 

気配を消して瓦礫の影へと滑り込んだ直後のことだった。

隊長との連絡が取れないため、外に控えていた2人が廃墟へと足を踏み入れた。

 

蔵馬の深い瞳が、氷のごとく細められる。

呼吸も鼓動も、冷たい殺意に染まる。

 

音もなく足元に現れたのは、鋭く伸びたオジギソウ。

彼の意志と共鳴するかのように、荒ぶる魔界の植物が膨れ上がり、無数の鋭い棘を揺らす。

 

ギィ……ッ!

 

彼が召喚した気性の荒い魔界の植物は、建物ごと完全に破壊しつくし、根こそぎ「無」に還った。

そこにあったはずの建物も、気配も、血の臭いすらも、何一つ残らない。

まるで最初から、その場所には何もなかったかのように、廃墟は跡形もなく更地となっていた。

 

蔵馬の逆鱗に触れた武装集団5人は、この世から消滅した。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

廃墟を後にし、山あいの道をしばらく駆けたところで、蔵馬は遠くに水の音を聞きとった。

 

耳を澄ませてその場所へ駆ける。

岩肌の間から細く白い滝が落ちている。初夏の午後の陽光が滝を照らし、飛沫が陽の粒となって宙を舞い、滝壺の水面にきらきらと波紋を描いていた。

 

焦げた匂いや破壊の名残がなおも漂う中で、その音だけが別世界のように澄んでいた。

荒ぶる感情に突き動かされた妖気は、清らかな水の流れと共鳴するように、彼の内側でゆっくりと凪いでいく。

 

 

【挿絵表示】

 

 

滝のそばに葵を静かに寝かせると、蔵馬は傷の様子を確かめた。

焦げた布は背中からほとんど焼け落ち、白い肌には無残な熱傷の痕が広がっている。

下腿も同じだった。

破れた衣からのぞく足には、赤黒く腫れた皮膚がむき出しになり、触れるのもためらわれるほどだった。

 

(……よく……これで……)

 

言葉にならぬ思いを抑え、蔵馬はそっと滝壺の清水を掬った。

持参していたネンジュモという藻に含ませ、じんわりと熱傷部に当てた。

微かに泡立つ音がして、熱気を吸い取るように冷気が広がってゆく。

次いで、火傷に効果が高い紫根をすり潰して塗り込むと、草木の香りが煙に焼けた匂いを押しのけていった。

 

煙の熱で肺が焼けていないか、それが一番の懸念だったが、彼女の胸が規則正しく上下する様子に、軽く安堵する。

熱傷以外に大きな外傷はみられない。

 

籠手で覆っていた腕は傷一つなく、耐火効果があることが窺える。

あの混乱の中で致命傷を避けられたのは、偶然か葵の強運か、あるいはよろず屋の店主のおかげだった。

 

 

蔵馬は耳をわずかに伏せ、視線を巡らせる。

妖狐の聴覚と嗅覚、第六感を研ぎ澄まし、新手の気配がないか常に注意する。

風のそよぎ、鳥のさえずり、遠くでせせらぐ水音、いずれも自然界の音。

人の気配は……ない。敵は既にすべて滅んだようだ。

 

 

(生きて依代になれば、五体満足じゃなくてもいい……そんな扱いか)

 

葵の捕らえ方は、あまりに荒々しく、連中の焦りが見て取れた。

しかしもう少しスマートなやりようがあったものを。

 

顔や手など、軽い火傷を冷やしていると、葵の喉から小さく声が上がった。

閉じた瞼がわずかに震えている。

意識の覚醒が近い。

 

蔵馬の指先は、まだ熱傷の冷却を続けていた。

呼吸の状態、皮膚の温度、汗のにじみ。どれも目と指で確かめ、決して彼女を見失わない。

 

一通り応急処置が終わると、改めて横たわる葵の顔を見た。

 

薄く焼けた頬、力なく閉じられた瞼、少し苦悶にひそめられた眉、短くなった髪。

いつも以上に無防備に、脆く、痛ましく映った。

 

胸の奥で、どうにもならない感情が渦巻いた。

憤り、悲しみ、憂い、安堵など例えようがなく、どの言葉にもできない、形のない何か。

 

(これほどまでに……苦しいものだったか)

 

妖狐の姿になっても、南野秀一の肉体の時と同様に、胸の痛みは変わらなかった。

 

 

先日葵が襲撃を受けたとき、選択肢は二つあった。

一つは、彼女をすぐに魔界に戻すか、安全な所に避難させて、時が過ぎるのを待つ。

もう一つは、彼女の選択を尊重する。

 

迷いに迷って、蔵馬は、後者を選んだ。

「もう少し様子を見たい」と言った葵の言葉に戸惑いながらも、信じて見守った。

必要な時は、必ず助けると。

考え抜いて出した結論だった。

 

(その考えが、甘かったようだな……)

 

守ると決めていたのに。この手は、彼女の痛みすら奪えなかった。

 

蔵馬は今にもしおれそうな彼女をそっと抱き上げ、火傷のない額に頬を寄せた。

 

「……葵っ」

 

その名を呼ぶ声に、静かな痛みが滲む。

胸に広がる、言葉にできない苦しさ。

 

蔵馬は、己の無力さを深く刻みつけていた。

そしてその奥に、静かにひとつの誓いが生まれていた。

 

(もう二度と、葵を……)

 

午後の光が降り注ぐ滝の傍で、蔵馬は彼女を抱きしめ、微かな息遣いを確かめ続けていた。

 

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