アカシヤー蔵馬に咲いた花ー   作:hazeleye

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母の結婚式ー家族がひとつになる日ー

7月某日。

晴れ渡る空の下、風はやわらかく、木々の葉を静かに揺らしていた。

陽射しは控えめで、まるで今日という日を祝福しているかのような穏やかさだった。

 

そんな中、畑中家と南野家の結婚式がしめやかに執り行われた。

お互い再婚ということもあり、蔵馬の母は身内でのささやかな式を選んだ。

 

母の隣にいる男性、蔵馬にとって新しい父親となる人は、穏やかで落ち着いた人柄を感じる笑顔でこう言った。

 

「古いけど、これからは僕があなたの支えになる」

 

無理に自分を飾らず、誓いの言葉を大切に口にする。

母への言葉と態度に、蔵馬はそれなりに頼もしいと思った。

二人は幸せそうだった。

 

実父が亡くなった後、女手一つで自分を育ててくれた母の晴れの日に、息子として感慨深いものを感じていた。

 

 

そんな蔵馬を、葵は離れた所からそっと見ていた。

彼にしかわからない、様々な想いが詰まった横顔だった。

何千年も生きた妖狐でありながら、今の彼は人間界の「息子」の顔をしている。

彼女の胸に、温かくて優しい何かが静かに灯っていた。

 

 

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スーツ姿の蔵馬は、長身の長い手足や均整の取れた体のラインがよくわかり、眉目秀麗に磨きがかかっている。

さらに今日の彼は、花嫁の息子ということもあり、母を見守る優しさと誠実さが、その優雅な佇まいに更に色を添えて、周りの注目を集めていた。

 

(やっぱり、麗しいわね)

 

式が終わり、落ち着いた空気の中、葵は彼の母に呼ばれた。

その後ろ姿を、蔵馬は横目でちらりと確認しながら、傍にいた桑原と軽く言葉を交わしていた。

 

しばらくして、向こうから歩いてくる彼女が見えた。

両手には、小さなブーケを抱えている。

蔵馬はゆっくりと、その花姿の想い人に歩み寄った。

 

「頂いたの。…きれいね。嬉しいわ」

 

淡く優しいサーモンピンクのガーベラと、薄緑色のバラと小花がまとまっているものだった。花の香りを胸いっぱいに吸い込んで、目を瞑る葵。

その仕草がどこか神聖にも見えた。

 

(……ブーケの意味は、知らないだろうな)

 

 

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彼女の表情にそんな無垢な気配を読み取りながら、蔵馬はひとり静かに思う。

そういうところも、葵らしい。

 

すると、長身で茶髪にリーゼントの男が近づいてきた。

桑原だった。

蔵馬の友人代表で、本日招待されていた。

 

「……ねーちゃん。コホンッ。幸せになれよ」

 

咳払いをしつつ相変わらずのぶっきらぼうな口調ながら、どこか照れくさいような真っ直ぐさがあった。

桑原の言葉に思わず微笑む蔵馬と、言われた意味がよくわからない葵がいた。

彼女は不思議そうに、彼と桑原を交互にみていた。

 

(……そうか。だからオレに聞いていたんだな)

 

結婚式前の準備中、母からブーケについて相談を受けていた。

 

「これってどうかしら?」

 

「母さんの好きなものを、選んだらいいんじゃないかな」

 

見本を見せながら尋ねてくる母に、好みと少し違うものだと思いながらも、蔵馬は選ぶのを手伝っていた。

 

(始めから、葵に渡すつもりだったんだな)

 

息子として、母の想いを受け取る。

そして母と自分との関係を、偶然か必然か、より良く演出してくれているかのような葵の存在に、蔵馬は胸の奥でふっと笑った。

 

 

桑原と別れて、周囲の喧騒が遠ざかる。

二人だけの、穏やかな空間が生まれた。

蔵馬は改めて、今日の葵の全身を眺めた。

 

自分が選んだ紺色のレースのドレスを身にまとった姿は、女性らしい曲線がほどよく演出されてきれいだ。色素の薄い髪と肌の色に、しっとりと溶け込むように似合っている。

肩にかかるほどの長さの髪は、ハーフアップにまとめた。顔と首のラインがすっきりと良く見える。

足元は少しヒールの高さがあるパンプスで収めていて、全体を美しく引き立てている。

花を抱いて立つその姿は、どこか祈りのように清らかで美しい。

 

 

「どうしたの?」

 

「……見惚れていたんだ」

 

包容力のある優しい眼差しを、彼女は正面から受け止めた。

女としては、一般的にもらって嬉しい言葉に、その意味をどう解釈したのか。

 

すると、葵は深い双眸をきらきらと輝かせた。

そして予想の斜め上をいく発言と笑顔で、この男を一瞬黙らせた。

 

「私も、さっきあなたに見惚れていたわ」

 

「……。」

 

(そう来るか……)

 

葵の場合、どういう意味で見惚れていたのか詳細を聞く必要がある。

おそらく自分と違う意味で、この言葉を使っている。

それをわかっていても、同じ言葉を、同じ空の下で交わせたことが、蔵馬は嬉しかった。

 

 

「秀一!葵ちゃん!」

 

少し離れた所から母の声が飛んできて、二人は同時に振り返った。

その瞬間、シャッター音が響いた。

中学生の新しい弟が、楽しそうにカメラを構えていた。

 

「秀一さん。今度渡しますね!」

 

意気揚々と走っていく義弟の背中を、蔵馬が微笑ましく見送った。

 

(こういう時は、お兄さんの顔をしているのね……)

 

今日という時間は、きっと一度きりのもの。今の穏やかで幸せそうな蔵馬の一瞬が、写真に収められて残る。

それが彼女は楽しみだった。

 

「撮って良かった?」

 

「もちろん」

 

人間として生きる蔵馬と、その傍らにいる者としての、静かな足跡だった。

 

 

 

二人で何気ない話をしていると、控えめな足音と共に、蔵馬の母がゆっくりと近づいてきた。

葵は姿勢を正し、改めて祝福と感謝の言葉を贈る。

 

「葵ちゃん。そのワンピース、とても素敵ね。髪型もよく似合ってるわ。ほんと、ハイセンスね」

 

やわらかな声音と共に、母の目尻の笑みが深まる。

 

「ありがとうございます。………えっと、これは」

 

「あ!オレもそう思うよ。よく似合ってる」

 

その言葉を遮るように、隣の彼が軽やかに声を重ねた。

いつもより弾んだように高い声に、葵は横目で蔵馬を一瞥する。

 

「……。」

 

南野親子に言われては、空気を読むしかない。

そう思い、彼女は口にしかけた言葉をそっと飲み込んだ。

隣の男は、いつも通り平然とした涼しげな表情で、満足そうだった。

 

♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢

 

♢おまけ  「湖畔の蛍」 時系列的には結婚式1か月前頃。

 

6月の夕暮れ。

湖畔の小道を、二人は並んで歩いていた。

湖面には細やかなさざ波が広がり、薄く立ちのぼる霧が涼しい風にゆらめく。

西の空はわずかに朱を残しながら、ゆっくりと群青に沈んでいく。昼と夜の境目に漂う、あやふやな静けさ。

 

水辺を渡る風がふっと頬を撫でるたび、葵の髪がさらりと肩に舞い、彼女の乳香のような香りと草木の青い香りが混じり合う。

蔵馬はその横顔を、言葉なく眺めていた。

彼女の表情は穏やかで、どこか遠くを見つめるように柔らかい。

 

「静かね」

 

葵がぽつりと呟いた。

 

「まるで湖が、眠っているみたい」

 

「眠っているなら、夢も見ているかもしれないね」

 

二人の声は小さく、湖面のさざ波に吸い込まれていく。

 

やがて、木々の間の薄闇から、小さな黄緑色の光がひとつ、またひとつと現れた。

蛍だった。

 

「……あ」

 

思わず漏れた葵の声に、蔵馬は目を細めた。

彼女の視線の先で、淡い光を宿した蛍たちが、ゆっくりと宙を漂い始めている。

水面に映る揺らめきが、波と共に揺れ、星空が地上に映し出されたようだった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「蛍……」

 

「人間界でも、まだこんな光景が見られるんだな」

 

葵は足を止めた。

一匹の蛍が、導かれるように近づき、差し伸べられた手のひらに降り立った。

 

「……っ」

 

葵は驚きに目を瞬かせる。

小さな手の上で、命の灯火はかすかに点滅を繰り返す。

冷えてきた山の空気の中で、その光はほのかに温もりを帯びていた。

 

「……この夜空の星の光のようね」

 

「……ずいぶん詩的だね」

 

「そう見えるの。空に飛んでいく前に、覚えておきたくなる光ね……」

 

彼女の睫毛の影、細い指先の震え、手のひらに宿る儚い光。

どれもがあまりに繊細で、触れれば消えてしまう幻のように思えた。

蔵馬は、目の前の光景に息を呑んだ。

 

(……葵が、この光とともに、どこか遠くへ行ってしまいそうだ)

 

「葵」

 

「ん?」

 

「……その光は、君に似ている」

 

「そう?」

 

(触れようとすると、すぐに遠ざかりそうで……。目を一瞬でもはなすと、もう見失ってしまうような)

 

形のない不安が、胸の奥を静かに通り過ぎる。

言葉にできない想いが、喉の奥で滞り、ただ呼吸だけが深くなる。

 

「それって、褒めてるのかしら?」

 

「……さあ、どうだろう」

 

言葉を濁しながらも、彼女が見た蔵馬の眼差しは冗談めかしたものではなかった。

勘の鋭い彼女が何かを感じ取った時だった。

 

気づけば、蔵馬は葵をそっと抱きしめていた。

彼女の肩がわずかに跳ね、驚きが伝わってくる。

しかし、彼は言葉を継がない。

その小さな体を自分の体温で強く包み込んだ。

 

「……蔵馬?」

 

「……。」

 

葵が小さな声で名を呼ぶ。

答えは返さない。代わりに腕にこめる力を少し強め、逃がさぬように抱きしめる。

胸元に感じる鼓動が、互いの静けさを震わせた。

 

二つの体の間を、手のひらにとまっていた蛍が、ふわりと宙に舞い上がった。

光の軌跡が二人の間をすり抜け、夜空へ吸い込まれていく。

残された暗がりの隙間に、飛び交う小さな光が一つ、また一つと増えていく。

 

湖は黄緑色の星空と化した。

 

葵は、蔵馬の腕の中で小さく笑った。

 

「飛んで行ったわね」

 

「……うん。でも、君を選んで、最後まで照らしていたよ」

 

「そう思うの?」

 

「葵は……よく、そういうものを引き寄せる」

 

蔵馬はいつもより低く、優しい声でそう答えた。

葵の髪にそっと顔を寄せ、その柔らかな香りに目を閉じる。

言葉ではなく、このひとときを、この存在を刻みつけるように。

 

(この温もりだけは、決して、失いたくない……)

 

彼の腕の中で、葵がゆっくりと息を吐いた。

彼女の手が、蔵馬の広い背中に回り、その鼓動を感じ取る。

 

「ねえ、蔵馬」

 

「……うん」

 

「……こうしていると、どこにも行かなくていいと感じるわ」

 

「……そう思ってくれるなら、オレも安心だ」

 

 

湖畔の静けさの中、無数の蛍の光が漂い、ふたりを囲むように瞬いていた。

夜は深まりゆき、光と闇の境界が、静かに溶けていく。

 

 

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「湖畔の蛍」は短編で出そうかおまけにしようか悩んだのですが、時系列的にこのタイミングで挟むのがちょうどよいと感じて、この形にしました。
蔵馬は魔界行きが決定している中、葵の儚さへの想いから人間らしい不安で揺れている様子を描いてみました。

そんな葵も、自分の命の期限について言えないままでいます。
二人のこれからを、ともに温かく見守っていただければ嬉しいです。

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