アカシヤー蔵馬に咲いた花ー   作:hazeleye

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11章は流血、暴力シーンが一部あります。大丈夫な方はお進みください。





蔵馬のささやかな隙

 

ゲームが始まると、蔵馬の指先は迷いなく滑った。

無駄のない動きで、鮮やかにコンボを決めていく。彼は屈指のゲーマーでもあった。

冷静な横顔には余裕が漂い、画面のキャラクターが流れるように相手を叩き伏せていくたび、葵の目が大きく瞬いた。

 

彼女には勝つ糸口が全く見つからないまま、開始からわずかのうちに5回戦が終わった。

圧倒的な力量さ。

コントローラーを握る葵の肩は小さく落ち、彼の部屋には、なんとも言えない沈黙が満ちた。

静かに流れる時計の針の音と、遠くから聞こえる車の走行音だけが響いている。

 

彼女は視線をゆっくりと横へ向けた。

 

「……。」

 

「勝負は勝負ですから」

 

淡々とした声。だが目尻にはうっすらと笑みが浮かぶ。

 

「蔵馬が、こんなにゲームに強いなんて知らなかったわ」

 

「葵、防御しようとしないから」

 

くすりと笑う彼の表情は、どこか呆れながらも温かい。

「もうしょうがないなぁ」という顔で、隣の葵を見ていた。

 

「攻撃は最大の防御って言うでしょう?あなたに勝てるところ、何もないのが……ちょっと悔しいわ」

 

戦闘では決して蔵馬には敵わない。ゲームならもしかしたらと思っていたが、甘かった。

 

(どうして、こういうところで子供っぽくなるんだ……)

 

その無邪気な負け惜しみに、蔵馬はわずかに肩を震わせた。

理知的に見えるはずの彼女が、妙なところで真っ直ぐすぎる。

笑いを堪えるのが精一杯で、表情を崩すまいと視線を画面に落とした。

 

 

体の扱い方を覚えるいい方法として、葵にはまだ早いと思われる格闘ゲームを進める師範も師範だが。

それを鵜呑みにして、1か月練習していたのかと想像すると、目の前の人が可愛くてしょうがない。

 

そして予想通り、自分が魔界に行っている間、師範の稽古付きの練習をして、この状態だ。あまり、いや全く強くない。

やはり彼女は、器用に不器用だった。

 

「オレに勝とうとしなくていいんだよ」

 

「む」

 

珍しく負けん気を小さく露わにしているのが新鮮で、蔵馬は仕方ないなぁと笑った。

せっかくめったにない彼女からの挑戦を、このクールで好戦的な男が受けないはずがない。

蔵馬流のおもてなしで、受けて立つ。

 

「それじゃあ賭けをしよう。これから10回勝負をして、1回でも勝ったら君の勝ちにしよう。けれどもし、君が全部負けた場合は、オレの願いを一つ聞いてください」

 

「……願いの内容にもよるわ」

 

「それを言ったら、面白くなくなるよ?」

 

「……。」

 

「どうする?葵に有利すぎるかな」

 

「………わかったわ」

 

なんだかうまく丸め込まれている感覚がする中、彼女は再びコントローラーを握り直した。

目元を引き締め、真剣に画面へと向かう。

 

しかし蔵馬から条件付きの提案を出された時点で、基本勝敗はもう明らかだった。

この男が差し出す条件は、すでに結果が確定している上での誘いだから。

 

 

 

 

「……。」

 

無機質な画面に浮かぶ文字。

右には「Loser」、左には「Winner」。

 

負けの文字を見つめた葵は、なんとも言えない顔で隣に視線を向けた。

 

「そんな目で見ても、勝敗は変わらないよ」

 

涼しい顔をした蔵馬の声音は、心の底から楽しんでいるようだった。

 

先ほどよりも情け容赦一切なしで、隠し技まで駆使してコンボを決め、徹底的に圧勝したのだ。

この男を本気にさせると何をするかわからないと、葵は改めて実感した。

 

 

やがて蔵馬がゲーム機の電源を落とすと、休日の静かな部屋に再び安らぎが戻った。

彼は横目で葵を見て、淡々と告げる。

 

「オレが勝ちました」

 

「……言わなくても、わかってるわ」

 

小さく息をつく彼女。

その様子を眺め、蔵馬はふっと口元を緩めた。

 

次の瞬間、彼は音もなく姿勢を変え、隣に座る彼女へ寄り添った。

膝を立てて座り直すと、前触れもなく葵の左肩に自分の頭を預ける。

 

突然の心地よい重みに、葵は小さく驚いて蔵馬を見た。

肩口から伝わる体温、静かに心をくすぐる涼やかな匂いが、体の奥に沁みていく。

 

「……蔵馬?」

 

「今日は……こうしていたい気分なんだ」

 

囁くような、繊細で柔らかい声だった。

葵の香りが近くなることで、気持ちがさらに穏やかになっていく。

蔵馬は安息の中で、ゆっくりと目を閉じた。

 

葵はしばし黙ってその重みを受け止めた。

わずかに開いた窓から、涼やかな風が通り抜け、カーテンをやさしく揺らす。

しばらくして、彼女の肩に預けられた頭から、規則正しい静かな寝息が聞こえてきた。

 

 

葵はそっと左手を伸ばし、彼の頭を包み込むように指を添えた。柔らかい髪を撫でると、すぐにその重さを肩へ引き寄せる。

耳にかすかに触れる呼吸と、頬に伝わる温もり。

肩口に触れた彼の髪が揺れて、ほのかに甘い草木の匂いが鼻先をかすめた。

 

頬を蔵馬の頭にすり寄せると、すぐそこから胸の音が聞こえてきた。

重なり合うように、自分の胸の内からも答える音が返ってくる。ゆるやかに、静かに。

二つの鼓動が寄り添うたびに、心の奥が優しく溶けていった。

 

(あなたは、見えない所で苦労しているのね……)

 

葵は、戦闘能力が低い妖怪のため、戦いの中で彼の役に立つことはできないと割り切っていた。

それは蔵馬の邪魔をしないという約束もあるが、男と女という性差もあり、彼女自身の役割や立ち位置を心得ていた。

そして何よりも、蔵馬を信じていた。

 

だから一緒にいる時間は、彼の背負っているものを少しでも感じたい。

蔵馬から直接聞かなくても、静かに傍にいるだけで伝わるものがある。

 

 

床に投げ出された蔵馬の右手に、葵の指がふと触れた。

驚くほど自然に、手の甲へ自分の手を重ねる。

下からすくうようにして、その手を自分の膝の上へ導いた。

 

手の重さと大きさ、長い指先の節張った硬さ。

そのすべてに、今までどれだけ救われてきたかを思い知らされる。

 

耳の奥に、過去の声がよみがえった。

 

『この手は、君が望むとき、いつでも掴めるように空けてあるんだ』

 

そう言われた時、言葉に言い表せない想いが溢れた。

感謝と敬意、そして慈しみの気持ちが高まり、胸が温かくなる。

葵はふっと微笑んだ。

 

(今は安らかに、おやすみなさい……)

 

 

彼女の肩に沈む重みは、次第に深い眠りの気配を帯びていった。

蔵馬の長い睫毛がかすかに震えたのち、動かなくなり、彼女の胸の優しさにしばらく眠った。

 

世界はとても静かで、優しかった。

 

 

 

カーテンの隙間から差し込む太陽の光が、床に柔らかい影をつくる。

その一条が伸びて、蔵馬の足を温めたとき、彼ははっと目を覚ました。

 

どれだけぶりに、1時間にも満たないながらも深い睡眠をとった。

彼は小さく息を吐き、光に目を細めた。

 

隣の葵は、彼の気配に気づき、ゆっくりと瞳を開けた。

深く透き通る色は、つややかに光をたくさん映し出して、彼を見つめた。

 

「おはよう、蔵馬」

 

 

【挿絵表示】

 

 

目線の高さはほぼ同じ。

時が止まったように、間近で見つめあう。

ずっと体を支えてくれていた彼女に、蔵馬は胸が熱くなった。

言葉を交わさなくても、伝わる想いがそこにあった。

 

寄りかかっていた体を少し起こすと、自分の右手に彼女の手が重なっていることに気づいた。

 

嬉しさと切なさが胸に入り混じり、今度は彼が葵の手を取る。

ゆるやかに引き寄せ、口元へ運ぶ。

ひと呼吸分の沈黙ののち、手の甲に静かな口づけを落とした。

そして彼女の手の甲に告げる。

 

「葵……。ありがとう」

 

吐息とともに紡がれた言葉に、葵は微笑んだ。

彼女の存在のおかげで、心の大事な部分を充填できる。

人間の自分も、妖怪の自分も、どんな自分も受け入れられて、赦されているようだった。

 

 

「人の重みを感じるのは、心地よいわね」

 

「……うん」

 

短い返事の奥に、幾重もの想いが滲む。葵はただ、その温度を受け止める。

 

(あなたが背負っているものが、少しでも和らげばいい……。ほんの一時でも)

 

優しい無音の世界。

その中で、二人は寄り添い互いを慈しみあっていた。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

蔵馬が魔界から戻り、人間界での日常を取り戻してから、数週間が過ぎた。

夏が過ぎ、乾いた風が秋の気配を感じさせる。

人間界の空気は、無意識に心の隙間にするりと入り込んでくる。

そこはかとない違和感のようなものが、彼の胸を時折きしませていた。

 

葵は、近ごろの蔵馬にいつもと違う気配を感じていた。

南野秀一として人間社会に適応しているのは変わらないのだが、ふとした拍子にその輪郭が揺らぎ、鋭利な妖気がスパーク上に変化することがあった。

 

蔵馬自身もそれに気づいているようだ。

人間と妖狐の狭間で、何かが拮抗している気配が漏れ出ていた。

 

葵は敢えて言葉にしなかった。この聡明な男に無用な問いは必要ない。

ただ黙って見守り、淡々とやりとりを重ねる。

その方が互いの心に余白を残せると知っていたから。

 

しかし蔵馬の内側では、制御しきれぬ何かが蠢き始めていた。自らの妖怪の血に翻弄される危うさをやり過ごしていた。

 

(今、彼女に会ったら、オレは何をするか……)

 

だからこそ、会う回数を意図的に減らしていた。言葉も、視線も、必要最低限に。

 

そんなある日、起こるべくしてことは起こった。

避けようとすればするほど、そのことを引き寄せてしまうのは、運命だった。

皮肉なほどに正確に、狙ったように『その夜』を用意していた。

 

 

葵はコエンマからの伝言を携え、彼のもとへ向かっていた。

人間界での時刻は21時。

幻想的で孤立したような満月の夜だった。

町の灯りから遠く離れたその道は、人の気配も妖の影もなく、ただ冷たい夜風が静かに漂っていた。

 

 

突然、葵は何かに足を取られた、いや巻き付いた何かに引っ張られた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「…なに!?」

 

驚く間もなく、そのまま森の奥へと引きずり込まれる。足に絡みつくのは太いつる草で、ぞくりとする妖気が彼女の肌を撫でる。

 

冷たい。

鳥肌が立つのは、夜気のせいか、それともこの恐ろしいほどの妖気のせいか。

 

「オレを……探しているんだろう?」

 

水面に落ちる雫のように澄んだ声が、闇に響いた。

聞き覚えのある声に、葵ははっと身を起こした。

足元の蔦が意思を持つようにゆっくりと離れていく。

肌に絡んでいた感触が、奇妙に名残惜しく残る。

 

月明かりの下、音もなく歩み出たのは、銀白の髪をなびかせた妖狐。

白装束に包まれたしなやかな体躯。鋭く涼やかな妖気が、立ち込める。

その瞳は冷ややかな光を宿し、月そのものを映したかのように輝いていた。

 

 

【挿絵表示】

 

 




最後までお読みいただきありがとうございました。

次回シーンは、目が離せない回かもしれません。
この終盤から次回シーンは、書いていても二人を思って切なくなりました。



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