アカシヤー蔵馬に咲いた花ー   作:hazeleye

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11章は流血、暴力シーンが一部あります。大丈夫な方はお進みください。




満月の夜、妖狐と花の妖怪の逢瀬

「……蔵馬」

 

その潤いのある声は、彼の胸の奥をいろんな意味で震わせる。

しかし蔵馬は、その揺らぎを奥深くに押し込めた。

 

本能的に身の危険を感じると後ずさるように、葵も無意識で半歩下がった。

その一瞬の動きが、彼の狩猟本能に火をつけた。

求めていたわけではないのに、それでも引き金になったのは彼女だった。

 

「そういえば……手合わせが保留になっていたな」

 

蔵馬は、過去の記憶をなぞるように低く告げた。

それは、暗黒武術会の決勝戦前日に、予期せず邂逅したときのことをさしていた。

 

「せっかくの機会だ、相手をしてもらおう」

 

「っ!?」

 

声が終わると同時に、蔵馬の姿が霧のようにかき消えた。

直感だけを頼りに、葵は身をかわす。

頬にひやりと走る痛み。

 

樹霊妖斬剣の切っ先が葵の左頬をかすめ、細い傷を刻んだ。

血がわずかににじみ、数本の髪が宙を舞う。

 

 

蔵馬は気づいていた。 触れそうになった指先を、寸前で押しとどめた自分に。

あのまま触れていたら、別の感情があふれ出すことを、本能で知っていた。

 

(まだだ……。 今は、許さない……)

 

彼は冷たく吐息をこぼすと、再び姿を消した。

 

相手にならないのは百も承知。しかし彼女はひるまず、必死で彼の攻撃を受け止め続けた。

蔵馬はそのぎりぎりを見極め、避けきれるか否かの境界を突き続ける。

鋭さと優しさの狭間で揺れるように。

 

しばらく攻防が続き、葵の呼吸は荒くなり、汗が頬を伝った。

 

「どうした?まだ半刻も経っていないぞ」

 

気まぐれに、彼は涼しい顔で攻撃の手を止めた。

まるで狩人が、逃げ惑う獲物に余裕を見せるかのように。

月明かりの下、静まり返った森で二人は対峙する。

 

「……っ、はあ、はあ」

 

肩で息をしながらも、葵は蔵馬をまっすぐ見た。

月の光を背負った銀髪の妖狐と、汗に濡れながらも、一歩も引かぬ小さな花の妖怪。

静かな夜に、互いが互いを想い向き合っている。

 

 

どうして彼女は逃げないのだろうか。

なぜ恐れないのだろうか。

 

蔵馬の胸の奥で、答えの見えない疑問が静かに芽吹き、膨らんでいく。

それは、理性を備えた蔵馬にも、妖狐の本能にも、その理由は見出せなかった。

ただ、その問いが、内側に新たな衝動を育て始めているのを、確かに感じていた。

 

夜気に混じる草の香りを吸い込み、葵はふぅと息を吐いた。

その一呼吸で迷いを振り切るように、彼女は一歩踏み込み、拳を突き出す。

鋭さよりも真っ直ぐさが勝る一撃。

しかし届く前に、蔵馬は月影を滑るように身を翻した。

 

「……ふ。今の踏み込みは、なかなか良かったぞ」

 

低い声が夜に溶け、葵の耳をかすめる。

その音だけで、妖しく、荘厳で、場の空気を震わす。

 

息を切らしながらも、彼女は精一杯の意志を込めて見上げた。

視線の先には、月を背に静かに立つ蔵馬。

呼吸一つ乱さない涼やかな表情。

まとう妖気は鋭く研ぎ澄まされ、獣が牙を見せる直前の好戦的な気配を含んでいた。

 

 

彼に挑むには、あまりにも力の差が大きすぎた。

妖狐の蔵馬は、人間の姿の時よりも危うく、誰が見ても圧倒的だった。

それでも、葵は退かなかった。

 

 

幾度か距離を取り、必死に走り回る。

その瞬間、全身に冷たいものが絡みついた。

 

「くっ……!?」

 

足から肩まで、細いつる状の植物が巻きつき、彼女の体を近くの木へと強く縛りつける。

軋むような締めつけに、葵の顔がかすかに歪んだ。

葉が擦れる音が夜風に混じり、逃げ場のなさを告げる。

 

静寂を割ることなく、蔵馬が歩を進めてきた。

銀の髪が月光を受けて揺れ、歩みとともに影が長く伸びていく。

 

妖艶さと冷たい刃のような危うさを伴っていた。

二人の距離が縮まり、もう彼の吐息を感じられるほどになった。

 

「……ふ。なかなかいい眺めだな」

 

「……。」

 

声は静かだが、背筋をなぞる冷たさと熱さという矛盾を同時に感じさせる。

 

「さて……どう料理してくれよう」

 

「……料理も何も、あなたの勝ちよ」

 

葵のささやきに、蔵馬は口角をわずかにあげた。

囚われた彼女を、まるで希少な花を愛でるかのように眺める。

痛みに耐えながらも光を失わないその瞳は、儚くも美しい。

むしろこの状況が、彼の嗜虐心を静かに煽った。

 

「息が上がっているな」

 

「……運動不足だったみたいね」

 

意味を持つようで、持たないような言葉のやりとり。

その直後、風すら止んだかのように、音のない世界が支配する。

 

冴えた美しい表情で、蔵馬は眉一つ動かさず彼女を見つめていた。

その無表情の奥では、激情という熱が渦を巻いていた。

 

 

やがて、彼は無言のまま、つるを解き始めた。

絡みついていた植物がするすると解け、自由を取り戻した葵は、安堵のようにまばたきを繰り返す。

 

 

【挿絵表示】

 

 

しかし次の瞬間、視界から蔵馬の姿が消えた。

 

 

 

(ちがう、近いっ)

 

「っ!?」

 

肩を掴まれると、そのまま地面に押し倒された。

目の前に迫る金色の瞳。そこに映るのは自分の姿。

蔵馬の匂い、体温、圧倒的な妖気、そのすべてが一気に押し寄せてきた。

もう、どこへも逃げられない。

 

蔵馬の眉がかすかにひそめられ、呼吸が喉の奥で途切れる。

ほんの一瞬の躊躇い。

けれど、その迷いはすぐに熱に飲み込まれ、二人の距離は零となった。

 

「蔵……んっ…」

 

蔵馬の口唇が、葵の口唇に重なった。

触れるだけではなく、感触を深く確かめて、奪うように侵食していく。

舌が絡まり、捕らえられたまま離れない。

葵の呼吸がどんどん奪われていく。彼の熱に包まれ、飲み込まれていく感覚。

 

腕は地面に押しつけられ、逃げ道を塞がれていた。

覆いかぶさる体から伝わる熱は、彼女の思い描いていた以上に高く、胸の内側の激情がそのまま流れ込むかのようだった。

 

蔵馬の中で、好きだから大切にしたいという想いと、好きなものを全て自分のものにしたいという想いが葛藤していた。

ただ今回は妖怪の性が強く出た。

 

 

「…っは…っ」

 

戦闘後のなけなしの体力の状態。その濃厚な口づけは、すぐに息が上がる。

密着する体の下で、葵の胸が空気を求めて上下するのを感じた。

しかし蔵馬は構わず、さらに深く息を奪い、熱を与えるように続けた。

 

葵の心に抵抗はなかった。

ただ戸惑いと、体が知らぬ感覚に痺れていく混乱。

抑えられた小さな腕は、蔵馬の手の跡が付きそうなほど、力強く捕らえられていた。

 

熱い舌が何度も絡むたびに、葵の体は自分のものでないように火照り、脳髄が痺れていく。

もう何も考えられない。

ただただ感じて、その熱を受け入れることしかできなくなっていた。

 

 

抵抗のない彼女を、泣かせてみたい。奪いつくしたい。

そんな衝動が、胸の奥でくすぶる。

激情の血潮が、蔵馬の心を熱で満たし、耳の奥でざわめきを立てた。

 

他の者に奪われる前に、その全てをこの手に閉じ込めたい。

 

それでも一線を超えないのは、一握りの人間としての理性が残っているからだった。

 

花のように柔らかい口唇だけでは足りない。

口移しだけでなく、もっと深く、もっと奥で葵が欲しい。

 

口づけを繰り返すたびに、その欲は溺れるように強くなり、魔の血が叫んでいた。

 

満ち欠けを忘れたような繊細な満月が、二人を見守る。

その光は冷たくも優しく、繰り返される狂おしい逢瀬を淡く照らしていた。

 

 

 

「……葵」

 

蔵馬はわずかに上体を起こして、葵の顔を見下ろす。

恐れも、不安もない表情。

その恍惚の目はわずかに開かれていて、蔵馬をまっすぐ見上げていた。

吐息に濡れた瞳は、曇りなく彼の姿を映している。

 

鼻先が触れ合うほどの距離。

蔵馬の右手がその口唇を指先でなぞり、微かな震えを確かめる。

傷の残る左頬を撫でると、汗の雫が指に触れ、月明かりを受けて光った。

 

葵の花色の吐息が頬にかかる。

かぐわしい香りに似たそれは、甘美で鋭い刺激となり、彼の呼吸を一瞬途切れさせた。

 

 

その時、葵の頬に添えている蔵馬の手に、いつも以上に小さく見える手が、ゆっくりと重なる。指先は細かく震えていた。

どうして震えているのかなんて、聞かなくてもわかる。

 

葵の潤んだ双眸の中に映る月の光が、妖狐の自分が、揺れていた。

 

(……オレは、何をしているんだ…)

 

少し冷静になって、我が身を振り返る。

迷いから思わず体を引こうとしたとき、葵の腕がその動きを止めた。

 

「……っ」

 

蔵馬が息をのんだ。

柔らかくも確かな力で、彼女の腕が彼を抱き寄せる。

豊かな銀髪が葵の頬を覆い、温もりと香りが彼女の胸に落ちた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

(ここに、いて…)

 

言葉にされずとも、その願いが伝わる。

細い腕が首に回され、葵の妖気が蔵馬の胸の奥へと沁み渡っていく。

 

どれくらいそうしていたか、わからない。

時間という概念が無くなるほど、長くてそれでいて一瞬のように感じた。

 

彼女の作った温かい沈黙は、囁くような声によって破られた。

 

「……蔵馬。私は、ここにいる。今のあなたも、どんなあなたも、受け入れるわ」

 

それは責めるでも、驚くでもなく。ただ静かに包み込むような囁き。

その言葉は彼の奥底に届き、心を開く鍵のように作用した。

夜空と一体となるような声は、しなやかで強い芯があり、優しかった。

 

その瞬間、蔵馬の抱える過去と現在が一つに繋がり、この生涯を丸ごと受け止められているように感じた。

彼は、自分自身に、何かに赦されていくような深い感覚が胸に広がった。

それは、言葉にするには到底及ばないものだった。

 

「お前は……いつも、変わらないな」

 

満月に静かに響く声。

今度は蔵馬が葵を抱きしめた。

壊すような激しさではなく、護るように、静かに。

彼女の柔らかい香りと温かい肌に、高揚していた熱い血潮が中和されていく。

 

気づけば、南野秀一の姿になっていた。

細い肩に顔を埋めるようにしながら、胸の奥で言葉にならない感情が波打つ。

 

(……オレは、本当に葵を想っているんだな…)

 

彼女は、どんなときでも、彼を拒んだことはなかった。

何をしても、一度はすべてを受け入れてくれる。母のように、無条件に。

 

(母のよう……か)

 

今やっと理解した。

葵は、母親のように自分を包んでくれていたのだと。

 

(それに対して、オレは……壊すように相対したんだな…)

 

全てを受け入れてくれる葵に、無意識で甘えていたのかもしれない。

彼女なら許してくれると、受け止めてくれると。

わかっていながら、確かめるように試していた。

 

それでも葵は、変わらなかった。

胸に残るのは、悔恨と、安堵という矛盾した感情だった。

 

 

顔を少し上げて、葵を見つめた。

蔵馬の薄く開いた深い瞳が、わずかに揺れる。

目の前の星を宿したような瞳に、今宵の満月と人間の自分の姿が宿る。

 

「……葵。ごめん」

 

口元がかすかに震える。

そう告げる声には、切なくどうしようもない想いがにじんでいた。

 

「……謝らないで。私は、あなたの心に抱えているものに、寄り添いたいって自分で決めたの」

 

この振る舞いに対して、葵が彼を責める様子がどこにも見つからない。

むしろ柔らかに差し伸べられる手のように、蔵馬の胸の奥を包み込む。

だからこそ、胸の深いところが締め付けられる。

 

 

愛しているから切ない。

大切だからこそ狂おしい。

それでも、離れられなくて、寄り添いながら共に生きたい。

 

彼女の柔らかい愛が、凍りついた心の奥へ静かに沈み込み、ただ抱きしめるように存在していた。

そうして、切ない月夜がゆっくりと流れていった。

 

 




最近AI画像がうまく生成できず、苦労しております。
細かく見ると、文章と差がある画像の場合もありますが、ご容赦ください。


11章の一番の山場のシーン。蔵馬がなけなしの理性でどうにか踏みとどまったと言いますか、妖狐と人間の狭間で揺れる愛の感情を体験して、彼も成長していると思います。

今後も二人を見守っていただければ嬉しいです。

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最後までお読みいただきありがとうございました。
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