アカシヤー蔵馬に咲いた花ー   作:hazeleye

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黄泉様ご登場です。


12章 共に歩む、そのために
癌陀羅の危機と蔵馬の秘策


夏休みを終えて蔵馬が人間界に戻った2か月後のこと。

 

黄泉の国の首都、癌陀羅で新種のウイルスが流行した。

2週間で感染者は1万を超え、治療方法が確立されていないために、そのうちの1割は死亡している。

症状は、発熱、咳、喘鳴、呼吸困難、胸痛、頭痛、神経麻痺、血管障害、消化器症状、倦怠感、関節痛など様々。

感染症状が出現してから、早くて3日で重篤になる者もいる。

 

 

 

未知の感染症に、魔界三大勢力である(むくろ)雷禅(らいぜん)による生物兵器ではないかと噂されるほどになった。

しかし、その感染症は、国を超えて広がっていった。

黄泉は、感染が集中している首都を一時的に封鎖した。

 

国家の一大危機のため、蔵馬の所には、定期的に黄泉からの使者が訪れていた。

 

「医療班は、なんと言っている?」

 

「感染症に精通している者が手薄で、あの手この手で対症療法を試しているが、効果はそれほどないそうだ。回復した者の体内の研究も始めているが、治療薬・予防薬の開発に時間はかかる。中には、繰り返し感染する者もいるということだ」

 

使者の声は控えめながら、切迫感を含んでいた。

 

「こちらで、すでに手立てを講じている。あと1週間もすれば、ウイルスに対する治療薬が作れる見通しが立つと伝えてくれ」

 

黄昏の光が、壊れかけたビルのコンクリートを薄く染めている中、蔵馬の声は淡く、だが確信に満ちていた。

使者は一瞬、安堵と疑念が交錯する表情を浮かべた。

短く会釈すると、夕闇へ紛れるように姿を消した。

 

 

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さかのぼること3日前。

蔵馬は、魔界にいる黄泉と電話でやりとりをしていた。

 

「蔵馬、この国難にお前の知略知慮を発揮してほしい。ここでお前が成果をあげれば、我が国の古株たちに、新参者のお前の実力を大いに示すことができる」

 

「新種のウイルス、カラツキの対応策については、すでに考えている」

 

極めて冷静沈着に、削ぎ落された蔵馬の音だけが残る。

 

「お前ならそう言うと思っていた」

 

「ただし条件がある」

 

「……ほう。金なら請求してもらって構わん」

 

「いや、別の条件だ」

 

電話口の向こうの黄泉がしばらく押し黙った。

長年の付き合いから来る、読み合いの時間だ。

 

蔵馬が条件を提示する場合、必ずといっていいほど彼にとって都合の良い方向へことが進む。黄泉はそれを思い出していた。

気づいたときには、蔵馬の術中にはまっているのだ。

 

そしてこの男の真意は奥深く、いかに詮索しても読めない。

蔵馬との交渉は慎重かつ、腹の探り合いをする必要がある。

 

「……とりあえず聞こう」

 

「まず、カラツキに対する抗体を作る。そのためにエキナセアという植物を使う。エキナセアは、植物では珍しく、細菌やウイルスに感染すると自ら抗体を作る。その抗体ができたエキナセアから予防薬、治療薬を制作するつもりだ。ただ、今までの情報によると、罹患しているのは妖怪のみで、一般的な動物や植物には影響がないようだ」

 

蔵馬はゆっくりと事の筋を話し始めた。

声は変わらないが、言葉一つ一つが慎重に選ばれている。

 

「エキナセアが感染しないと、抗体を作れないということか」

 

「そうだ。そこで、ある者の協力が必須となる。彼女は花の妖怪だ。彼女にエキナセアを寄生させ、その状態で感染させることで、エキナセアも感染させて抗体を作らせる。エキナセアは寄生対象を選ぶ。これは、エキナセアと親和性の高い彼女だからできることだ」

 

言い終えると、蔵馬は窓の外の夕焼けを眺めた。

電話の向こうで、魔界の雷鳴が響く。

 

次に出た声は、新月の夜の無人の神殿に、鐘が響き渡るような音だった。

 

「黄泉。お前がオレの身辺を調査し、お前の部下が独断で襲撃した者だ」

 

「……ほう」

 

電話の向こうで、黄泉の息遣いがかすかに変わるのがわかった。

否定も肯定もしない彼の返事に、蔵馬は続けた。

 

「金輪際、お前とお前の部下が彼女に関わりを持たないことが、オレからの条件だ」

 

電話口の向こうで、黄泉はその言葉を反芻するように息を吐いた。

しばらくの沈黙の後、皮肉が混じった言葉が返ってくる。

 

「抗体ができる前に、ひ弱なその女が感染で命を落とすか、やや毒性の強いエキナセアの寄生に負けるか、という可能性もある。それを承知でするとはな」

 

「……。」

 

「その女がお前にとってのアキレス腱だと思っていたが、それさえもお前は利用するのだな」

 

目的のためなら手段を選ばないお前らしいと、黄泉は付け加えた。

ひときわ強い雷鳴が電話の向こうで轟き、地響きの音さえもする。

蔵馬は冷ややかな双眸で、言葉を放つ。

 

「……好きなように言うがいい」

 

挑発的な発言にも蔵馬の心拍数は変わらない。電話口の声色も変動しない。

その深い意志は、揺るぎないものだった。

 

黄泉は一瞬黙り込み、やがて低い笑いを零す。

 

「わかった。その条件、飲もう」

 

彼の提示した条件は、黄泉にとって不利なものではない。

女1人に関わらないことを条件に、蔵馬の明晰な頭脳と植物を操る能力を、国のために発揮できるなら容易いことだった。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

人間界の休日の昼間。

蔵馬は自室で、魔界から来た葵の報告を受けていた。

 

「魔界の様子はどう?」

 

彼の声はいつもより低く抑えられ、慎重な響きを含んでいた。

葵は床に敷かれたカーペットの上に座り、淡々と答えた。

 

「感染が拡大していて、いくつかの都市が自主的に封鎖しているわ。街の往来も減って、多くは家や住処に閉じこもっている状態よ。私が行った地域は、癌陀羅から離れた場所だったけれど、黄泉が自作自演で未知のウイルスを流行らせたのではないかと、噂されていた」

 

「感染の発生源が癌陀羅ならば、そうした噂も出るだろう」

 

想定の範囲内だった。

黄泉と敵対する躯や雷禅の都市部では、どのような根も葉もないことを言われてもおかしくはない。

 

 

蔵馬はほんのわずかに目を伏せ、椅子から音もなく立ち上がる。

静かに歩みを進め、彼女の正面に腰を下ろした。

カーペットの繊維がわずかに擦れる音が、二人の間の静けさを満たした。

 

「……葵、もう一度確認する。……本当に良いのか?無理に受ける必要はない」

 

抑揚の少ない声の奥に、言葉にしない揺らぎが潜む。

 

問いかけが意味するのはただ一つ。

魔界のエキナセアを体に寄生させた後、新型ウイルスのカラツキを感染させて、抗体を取り出す。その危うい役目を、彼女に託すことの確認だった。

 

先を見越して、葵がこれ以上黄泉とその部下との接触がないよう考えた策だったが。

エキナセアはやや毒性があり、寄生すれば宿主を死に至らせることもある。

 

「今回のことは、あなたの立場にも、私自身の安全にも関わる。ある意味で絶好の機会だと思うの。私は、あなたの考えに賛同するわ」

 

彼女の声音には、ためらいの影がなかった。

 

「……わかった」

 

「それに、前回ハナクグツと同化したこともあって、もしかしたらエキナセアとも同じことが起こるんじゃないかって思ってるの」

 

純粋な言葉に、蔵馬はほんの一瞬瞳を大きくした。

そして口唇がかすかに弧を描く。

 

「……その考えは、面白いな」

 

葵は、彼の思考を超えていくことが多い。

いつも驚かされ、その直感に何度も救われてきた。

この人を絶対に護り抜くと、心の奥の誓いが浮上する。

 

 

「君の体調は大丈夫か?」

 

魔界に滞在中、感染が流行していることを知り、葵は人間界に移動してきたところだった。

 

「大丈夫よ。何かあればすぐ主治医に言うわ」

 

 

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軽やかに返す声音に、場の空気がやわらぐ。

蔵馬は合わせていた視線を静かに外す。

 

「その主治医っていうのは……言われ慣れてないから、不思議な気分だな」

 

「蔵馬は私の治療だけでなく、体の管理もしてくれているから主治医でしょう?今こうして生きているのは、あなたの手が何度も私を助けてくれたからよ」

 

星を宿したような瞳が、まっすぐ彼を見上げた。

純粋な感謝と敬意は、言葉にしてもしきれない。想いを込めて、葵は全身で蔵馬に伝える。

 

「……君の言葉は、いつも誠実だな」

 

淡い吐息とともに漏れる声。

まっすぐな気持ちの伝え方に、真綿で触れられるようなくすぐったい感覚になった。

蔵馬の目元が、微かに和らぐ。

感情を大きく表には出さぬ男の、かすかな揺れだった。

 

 

黄泉の国で参謀として務める中、昔の自分を追体験するような感覚になることがある。

そんな中、人間界に戻り葵と過ごす時間は、彼の心を根底から支えていた。

 

帰る場所がある。その事実が、どれほどの力となるか。

 

 

ややあって、蔵馬は静かに告げた。

 

「2日後、君の体にエキナセアを寄生させる。馴染んだのを確認してから、ウイルス抗原を体内に入れる。後のことは、オレに任せてくれ」

 

葵が静かに頷いた。

恐れも迷いもなく、この男に任せていれば最良に運ぶと感じていた。

花笑む表情が、彼に無言の言葉を贈る。

 

 

『あなたの生き様は、気高く、美しいわ』

 

その声なき声を受け取ったのだろうか。

蔵馬はそっと手を伸ばし、ためらいなく彼女の肩を抱き寄せた。

腕の内に収まった葵は、小さな花のように軽やかで、思いのほか温かかった。

 

「……葵」

 

低く囁くと、その名は自室の静けさの中にたゆたう。

光を含んだ髪が頬に触れ、絹のようななめらかさが肌に優しく残る。

 

葵は彼の胸元に顔を預け、ゆっくりとまぶたを閉じた。

耳に届くのは、ゆっくりと刻まれる心臓の響き。

かすかな衣擦れと共に、静かに心をくすぐる涼やかな匂いを感じ、心にぽっと灯りがともる。

 

(私は……安心してるのね)

 

無意識の吐息が、蔵馬の胸をやわらかく温めた。

 

 

自分の決断に身を任せている彼女への深い想いが増す。

守るものができて強くなることを、蔵馬は実感せずにはいられない。

 

(不思議な縁だな……)

 

盗賊時代、奪うこと、勝ち取ることで何かを得ようとしていた。

でも今は、盗まなくても、勝ち取らなくても、必然的に必要なものが巡ってくることを知った。

 

この現実も、手に入れようとしてあるわけじゃない。

人間として、彼の母親からたくさんの愛情を与えられて、彼もまた母へ愛を示した。

そしてその経験が、葵に無償の愛を与えていた。

与えることがめぐりめぐって、この瞬間を運んできたのだ。

 

抱き寄せる腕に、蔵馬はほんの少し力をこめる。

 

「……葵。オレと共にいてくれて、嬉しい」

 

「私が、あなたといることを、望んだのよ」

 

葵は目を開き、まっすぐに見上げた。

頬には光が差し、瞳には曇りのない意志が宿っていた。

 

「……そうだったね」

 

出逢ったころの彼女の言葉が脳裏によぎる。

あのとき芽吹いた種が、今こうして花を咲かせている。

すべては必然。そう思える静かな確信が、彼の中に広がっていた。

今回のことも、きっとお互いにとってなるべくしてこうなっているのだろう。

 

葵の酔芙蓉の香りは、彼に安息と癒しを与えてくれる。

胸いっぱいにその香りを吸い込み、目を閉じる。

そして蔵馬は、今この瞬間、共にあることの喜びを感じた。

 




12章は3話ほどで終了します。合間か12章終わりに、短編を差し込む予定です。

蔵馬のクエストクラス(支配階級)である植物を駆使するお話しを書いてみたくて生まれたものです。

蔵馬と黄泉の会話は、ピリッとすると言いますか、締まります。
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