アカシヤー蔵馬に咲いた花ー   作:hazeleye

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青い方と黒い方の登場です。


2章 世界の広がり
第7話


蔵馬が霊界裁判を受けた後、彼の紹介で、葵は霊界の仕事を手伝うようになった。

契約時に、人間界での生活権や霊界図書館の一部閲覧権、定期的な手当の支給が確約された。

蔵馬の計らいもあり、報酬としては十分すぎる内容だった。

それ以上に、彼女にとって価値があるのは、この世界について知る権利だった。

 

生まれてまだ日が浅い葵にとって、魔界・人間界・霊界という三つの世界を理解することは、今後を生き抜く上で必要不可欠な力になる。

 

「霊界から正式に公認されれば、君は『安全が保障された妖怪』として扱われ、過剰な監視や排除の対象からは外れるだろう」

 

これが、蔵馬からの思慮深い提案だった。

 

一方、霊界としても葵の存在は見逃せなかった。

人間界と魔界を行き来できる能力は、なかなか貴重だった。

霊界が管理外地域で、魔界を調査できるメリットは大きい。

 

コエンマというのは、霊界を統治する閻魔大王の息子。

700歳を超える知恵を持つ彼は、葵の能力を高く評価していた。

戦闘能力が高いタイプではないことを考慮し、彼は治安状況の良い地域の調査、希少価値の高い資源の採取、魔界全体の社会情報の収集などを主に依頼していた。

 

 

蔵馬が霊界探偵の幽助たちと共に、四聖獣という妖怪たちとの戦いに向かっているころ、葵は霊界に滞在していた。

予定より早く片付いた仕事の報告と、次の依頼を受けてから、コエンマに霊界図書館を案内してもらっていた。

彼は、青いおしゃぶりをくわえた3頭身ほどの子供の姿をしている。

 

静寂に包まれた巨大な書架が、目の前に立ち並ぶ。

清掃が行き届いた館内には、ほのかに書物の匂いがする。二つの足音が響く。

本日は休館日のため、誰もいなかった。

 

「1階から3階までの資料は自由に読むといい。飲食および資料の持ち出しは禁止じゃ」

 

「わかりました」

 

「一つ聞いても良いか?」

 

進んでいた足を止め、コエンマが振り返る。

葵は軽くうなずいた。

 

「蔵馬は、暗黒鏡を盗んだ罪の免罪のため、霊界の依頼を引き受けることとなった。しかしお前には、そのような理由はない。霊界にとって、お前のように魔界と人間界を行き来できる妖怪の協力は、大きな利益だが、葵にとって何の得があるのか。どうして霊界の仕事を引き受けたのか、理由を知りたい」

 

一瞬の沈黙。

広大な図書館の中に、コエンマの声が静かに反響する。

二呼吸置いて、葵が口を開いた。

 

「興味があったんです」

 

「興味?」

 

「魔界で聞いていた人間界の印象と、実際に人間界に来てみて、印象が違ったんです。魔界には魔界の、霊界には霊界の、人間界には人間界の正義と常識があります。それぞれの見解をただ聞くよりは、実際に行って、その世界を体感することでわかると思いました」

 

コエンマは目を見開いた。

その表情には、感心とも、少しの驚きとも取れる色が浮かんでいた。

 

「…葵、お前は妖怪だが、独特の考え方をするんじゃな」

 

「人間界を見ていると、面白かったんです。それで霊界にも興味を持ちました。もし私のことを疑うのなら、監視をつけてもらっても構いません。仕事は、信用と信頼で成り立ちますから」

 

「…なるほどな。蔵馬がお前を紹介した理由が、ようやく腑に落ちた。自由に学ぶといい。何かあれば、ワシにも聞いてくれ。これでも、お主よりは長く生きておるからな」

 

葵は感謝を伝えた。

そしてコエンマに案内してもらっている間に、ふと気になることがあったのを思い出した。

 

「そういえば、先ほど廊下ですれ違った妖怪ですが、見覚えがありました。人間界で、何度か顔を合わせたことがあります。彼は何かしたんでしょうか?」

 

「奴は、人間界で強盗殺人を3件繰り返した。そのため霊界が連行した」

 

「……。」

 

その妖怪とは、霊界で言うところのD級以下の妖怪で、人間界で2,3度会話を交わしたこともあった。

ごく普通に、人間の中に紛れて、何気ない日々を生きていたように見えた。

少なくとも、彼女が見かけていた時までは。

 

「以前に見たときと、顔つきが明らかに変わっていました。そのような、犯罪をするような妖怪に見えなかったので…」

 

 

コエンマと別れて、葵は霊界の入り口にある審判の門の前に立っていた。

高くそびえたつ荘厳な建物を見上げながら、胸には一つの思いが渦巻いていた。

 

(表面的に見えているものと、真実と乖離(かいり)のがある。どの世界でも、それは同じ)

 

葵は確信した。

本当に理解するには、そこに身を置いて、目で見て、肌で感じるものだと。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 

四聖獣との戦いが終わって、数日たった夕方。

木の上に腰かけた葵は、遠くの空を見つめながら、蔵馬の帰りを待っていた。

静かな林の気配に、耳を澄ませていた。冬の風の音、鳥の羽ばたき、そして…異質の気配。

 

ピリ、と空気が裂けた。殺気だった。

 

葵の身体が、本能的に横へ跳ねた。

刹那後、剣の一閃が風を切り、腹部すれすれをかすめて通り過ぎる。

 

「ちっ、よくかわしたな」

 

現れたのは、短く逆立った黒い髪、黒づくめの小柄な妖怪。

吊り上がった大きな目と鋭い剣を手に、こちらをまっすぐに見据えていた。

確か飛影という妖怪だった。その姿は、夜の闇に溶け込む影のようだった。

 

 

彼も霊界裁判後の免罪のため、四聖獣との戦いに同行していたと聞いている。

敵対する理由は、彼女にはない。

 

「物騒なものはしまって。私は戦いに向いていないの」

 

「関係ないな!」

 

低く吐き捨てると、飛影は次の一歩で間を詰め、剣が鋭く閃いた。

素早い剣裁きをどうにか避けながら、葵は人気(ひとけ)が少ない林の奥に身を翻して逃れる。

後ろから迫る殺気は、どこまでも正確についてくる。

 

飛影は躊躇なく木を切り倒し、彼女の逃げ道を塞いでいく。

容赦のない追撃、無駄のない動き。

葵の額に、汗がにじんだ。

 

(なんて正確で、鋭い…)

 

葵がそう思ったときに、飛影の姿が視界から消えた。

 

「っ!?」

 

直感が身体を動かす。

後方へ跳ぶが、わずかに遅れて、左肩に鋭い衝撃が走った。

 

「ほぅ、この程度で済んで良かったな」

 

「…手加減してくれたみたいね」

 

 

【挿絵表示】

 

 

葵は、痛みに軽く顔をしかめる。

間合いを取りながら、出血し始めた傷を服の上から抑えた。

赤い血が、指先に染み込んでいく。

 

「フン。予想より弱いなら、殺していた」

 

そう言って、飛影は剣をしまった。

彼の大きな目は、妖気で傷を治癒する彼女をしばらく眺めていた。

喉の奥から低い声で短く笑うのが、静かな林に響く。

 

「なんだ。傷も治せるのか」

 

「…少しだけね」

 

赤く染まる指先を見ながら、飛影が一歩、また一歩と近づいた。

 

「お前、蔵馬のところを出入りしているだろう」

 

「…?」

 

右手で傷を止血しながら、葵は飛影を見た。

彼は口角を上げながら、彼女の後ろに視線をやる。

 

 

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