アカシヤー蔵馬に咲いた花ー   作:hazeleye

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13章 強く、潔く、美しい生き様
ゲーム対決再び


1月初旬。空気がピンと張りつめた、深い山奥。

一面、雪に包まれた世界の中で、木々は白い衣をまとい、静けさの中に凛とした美しさが漂っている。

 

そんな風景を楽しみながら、葵は手土産を抱えて、雪が積もる階段をゆっくりと登っていた。

 

(雪のおかげで、いろんなことを思い出すわね)

 

ときおり裾についた雪が歩くたびにふわりと落ちて、足元を光のように散っていく。

幻海の家が見えたころ、ほんのりと薪の匂いが風に乗って漂い、冷えきった空気にやわらかな温度が混じった。

 

 

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玄関先に立つと、葵は小さく息を整えた。

 

「新年のご挨拶に参りました」

 

笑顔で頭を下げる葵の姿は、この雪深い山里にひっそりと咲いた早咲きの花のようで、場の空気をふわりと温めていた。

それを、蔵馬のスカウトで修行中の妖怪二人が見つめていた。

 

「珍しいな……。こんな山奥に」

 

「なかなかに目の保養だ。修行中の身ではあるが、声をかけようか」

 

老齢の女性と男ばかりの辺境の地に、潤いが届けられた瞬間だった。

冗談交じりに言いながらも、二人の目は、その楚々とした佇まいに釘付けになっていた。

葵が幻海と親しげに言葉を交わす様子は、ただの客人ではないことを物語っていた。

 

 

「幻海師範。今のは誰だ?」

 

妖怪一人が声をかける。

幻海はしばらく黙って、家の奥に入っていく彼女の後ろ姿に視線を移した。

 

「あの娘はやめておけ。手を出すと、お前たちのよく知っている者に、何をされるかわからないよ」

 

いつになく含みのある声。

妖怪二人は顔を見合わせ、背筋がわずかに伸びた。

 

「……。」

 

「誰かわからんが、師範がそう言うなら……従った方がいい」

 

一番常識のある男がそう言って、もう一人はそれに従った。

 

 

 

その後、葵と幻海は居間にて並んで座り、ゲーム機の電源を入れた。

軽快な電子音が鳴り、格闘ゲームのスタート画面が映し出される。

 

「師範。蔵馬にボコボコに惨敗したから、一矢報いたいの」

 

葵がコントローラーを構えながら無邪気に言うと、幻海は鼻で笑った。

 

「いいだろう。あたしが稽古つけてやるよ」

 

「蔵馬は、戦闘だけでなくゲームも容赦なく強かったわ」

 

「そういや、ゲームが得意だったね。向かって行く相手が悪かったと思いな」

 

肩を軽く上げながら、幻海は記憶の奥を探るように微笑む。

今頃魔界にいるスマートな男が知らないところで、葵の稽古はこうして始まった。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢

 

 

冬休みが終わり、蔵馬が魔界から人間界に帰ってきた1月中旬の休日。

葵は南野家の玄関に来ていた。

白いダッフルコートの姿に、彼は一年前のことを思い出していた。

もちろん表情には出さない。いつものように飄々と彼女を出迎えている。

ただ、その眼差しはより一層深く、花を愛でるように吸い寄せられていた。

 

 

 

「秀一、リベンジしにきたわ」

 

「……リベンジ、ね」

 

(相変わらず、いきなりだな)

 

主語が無くても、何を指しているのかすぐにわかってしまう。

いつもと変わらない彼女に、蔵馬の声は柔らかく微笑んでいた。

 

「上で待ってて。飲み物、持っていく」

 

二階に上がるように促すと、葵は階段を軽やかに登っていった。

その足音を聞き届けてから、蔵馬はキッチンへ向かう。

 

そこでは志保利母が待っていた。盆に湯気の立つカップを載せて、そっと息子に渡した。

 

「部屋でゆっくりするんでしょう?」

 

「そうだね」

 

「私は秀一がいない間に、葵ちゃんとゆっくり過ごしたから。今日は秀一に譲るわ」

 

蔵馬は目元だけで和らげ、静かな表情を浮かべた。

普段は見せない微細な緩み。

盆を受け取ってくるりと背を向ける。

 

「母さんも、葵のことが好きだね」

 

「あら、秀一には敵わないわよ」

 

彼は読めない微笑みを浮かべながら、沈黙を残して、淡々と自室に向かって行った。

 

志保利母は、息子の背中を優しく見送った。

姿が見えなくなると、思わずふっと笑みが漏れた。

 

(会いたくてしょうがなかったって顔ね)

 

 

 

そこから1時間以上が経過した蔵馬の部屋にて。

彼はベッドを背もたれにして、ずっと葵を抱きしめたまま微動だにしない。

腕の力は強くも弱くもなく、ただ離す気配は一切ない。

 

ローテーブルの上の冷めた二つのマグカップ、離れた所にあるゲーム機、そして後ろの蔵馬を交互に見ながら、葵は小さく声をかけた。

 

「……蔵馬。私、リベンジを……」

 

「オレのわがままを、聞いてくれるのが先」

 

このやりとりは、すでに3回目。

葵は肩を小さくすくめ、諦め半分のため息をこぼす。

 

白いセーターの彼女は、温かくて抱き心地がふんわりしていて、蔵馬の今の心境と嗜好にぴったりとはまったようだ。

久しぶりに近くで感じる葵の、ほんのり甘く、どこか懐かしい乳香に似た安息の香り。

心の奥に静かな灯りをともした。

 

ただ、ちょっと物申したい。

 

「だって、オレが魔界から帰ってくるのと入れ違いに、葵が魔界に行ってるんだ。3週間も会えなかったんだから、これくらいはいいだろう?」

 

魔界から帰ってきて、開口一番に母から言われたこと。

 

「今度葵ちゃんは1月中旬の休日に来るって言ってたわ」

 

すぐに会えると思っていただけに、予想外のお預けをくらい、とても長い時間のように感じた。

こういう子供じみた側面を出すのも、人間ならではの感情なのか、それとも計算高い妖狐のものなのか。

この人を通して、時々こうして自分の知らない顔が姿を見せる。

その発見すら、どこかおかしくて。少しだけ、愛おしい。

 

 

部屋の空気は、冬の気配をふわりとまとっていた。

窓の向こうで曇った空が淡く光り、フローリングに薄い影を落としている。

 

蔵馬の腕に軽く身を預けたまま後ろを振り向き、葵は思わず目を瞬いた。

その仕草ひとつで、白いセーターからほろりと淡い香りが流れ、呼吸がほんの僅かに深くなる。

 

「仕事だったの」

 

「うん、わかってる。でも……もう少し、こうしていたい」

 

低く抑えた声は、押し隠した感情を少しだけのぞかせていた。

 

捕まえようとすると、この手をすり抜けるような振る舞いは、盗賊の資質と男の本能を素直に刺激する。

もちろん、彼女には全く悪気はないが、蔵馬との心の距離が縮まってからも、相変わらず天真爛漫にこの男のペースを乱し、理性の間合いをあっさり超えてくる。

 

だからこそ、ずっと新鮮で、飽きずに求め続けている。

追いかけても掴みきれないのに、一度触れれば心の内側まで静かに沁みてくる。

 

 

「葵」

 

囁くように名を呼ぶと、彼女は再び振り返った。

 

蔵馬は、抱き寄せた腕にそっと力を込める。

目元にかかる前髪が微かに揺れ、顔が触れるか触れないかの距離に、切なく深く揺れる眼差しがあった。

 

「ただいま」

 

その言葉を聞いて、葵は気づいた。

背中越しに感じる、蔵馬の鼓動が速くなる。

抱きしめられている腕が、熱くなっていく。

柔らかく、それでいて芯の強い艶のある声には、万感の想いを感じた。

 

(あなたは、ここを帰る場所だと思ってくれているのね……)

 

「おかえりなさい。蔵馬」

 

ふわっと笑う彼女の顔が、目の前にある。

心が喜び、求めるままに、蔵馬はその花唇に、口唇を重ねて味わった。

浅く、深く。名残惜しさを忍ばせる間を挟みながら、幾度も。

 

外の光は曇りがちなのに、部屋の空気はほのかに温まっていく。

 

 

 

 

「リベンジだったね」

 

蔵馬はゲーム機のコントローラーを手に、優雅に微笑んだ。

 

「受けてたつよ」

 

葵は座布団の上にきちんと膝を揃えて座りながら、背筋を正した。

 

「師範に特訓してもらったの」

 

「馴染みになってるみたいだね」

 

肩の力を抜いたまま応じる蔵馬。しかし、心の奥では、嬉しそうに胸を躍らせる葵の仕草に、言葉にしない想いを感じていた。

 

「言いそびれていたけど、師範の所で霊界の事務作業を手伝っているの。だから時々お世話になってるわ」

 

 

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「……いつから?」

 

彼の指先の力だけが一瞬止まった。

 

「蔵馬が魔界に行き始めたころからよ」

 

「……そうか」

 

コントローラーを動かす指の所作は変わらず美しいままだが、蔵馬の頭の中は、器用に瞬時にいろんなことを考え始めた。

心のどこかで、微かな驚きと、ほんの少しの寂しさと誇らしさが同居するような沈黙。

 

(オレの知らない間に、また少し……彼女は世界を広げている)

 

そんな思いにふけった隙をつかれて、ゲームではあっさり敗北した。

 

 

『あ』

 

 

同時に漏れたふたりの声。しかしそれぞれの「あ」の意味は異なった。

葵は「勝った!」、蔵馬は「しまった……」という意味合い。

しかし彼はそんなことを顔には出さない。むしろ、少し悔しそうなふりをして、彼女の小さな勝利を喜ぶ余裕を忘れない。

そしてそんな自分を、客観的に観察している。

 

一勝を許してしまった蔵馬は、顎に手を置きながら、ふっと悪戯っぽく提案した。

 

「君がもう一勝したら、願いを2回きいてあげるよ」

 

案の定、素直な葵は目を輝かせて挑んできた。

彼からの条件付きの提案は、ほぼ結果が確定している。前回もそうだったように。

 

(こんなに素直に喜ぶんだな……。君は、どうして、毎回オレの期待を超えてくるんだろう)

 

そんな想いを噛みしめ、内心にしまい込むと、蔵馬は指先だけ鋭く動かした。

言うまでもないが、次の瞬間からは容赦しなかった。

涼しい顔と華麗な手捌きで次々と技を決め、彼女をあっという間に打ち負かしていく。

 

「今のは仕方ないよ」

 

柔らかい笑顔で流しながらも、ボコボコにして、彼女に勝ちを譲る気は毛ほど見当たらなかった。

 

結局、葵はそれ以上の勝利をつかむことはできず、座布団の上でじーっと隣の蔵馬を見た。

彼はそれに応じて、爽やかな笑顔を返した。

 

「………少しすっきりしないけど、とりあえず1勝したわ。私の願いを一つ聞いてね」

 

「いいよ。何がいい?」

 

蔵馬は、腕を組みながら余裕たっぷりに彼女を見つめた。

本当は、胸の奥では、さっきの距離のまま抱き寄せたい衝動がふわりと横たわるが、表には出さない。ただ静かに待つ。

 

嬉々として勝利宣言をした後、葵は彼を見つめながらしばし固まった。

 

「……考えてなかったわ」

 

目的は、ゲームで一矢報いることであり、蔵馬に願いを聞いてもらうことじゃない。

純粋すぎるというか、諸突猛進というか。損得意識が一滴もない。

 

「……そうだと思っていたよ」

 

予想通り過ぎる彼女に、蔵馬は小さく肩を震わせながらふっと笑った。

ほんの一瞬、瞼が和らぎ、彼女を見る目が春の陽のようになる。

 

これだから、この人はいつまで経っても自分を飽きさせない。

追いかけるほど遠ざかるのに、手を伸ばすとすぐそこにいることもある。

ずっと恋をしているような状態にさせてくれる。

 

「今、これっていうのがないから、今度思いついたときに、お願いするのはどう?」

 

「……いいよ」

 

(きっとこのまま忘れていくんだろうな…)

 

そう思う自分さえ可笑しくなる。

忘れてもいいし、覚えていてもいい。

ただ、そのどちらを選んだとしても、この目の前の人がどうしようもないと想わずにはいられない。

 




本編の13章スタートです。この章は二人の愛の学びがより深くなっていきます。
蔵馬と葵の愛の深化を見守っていただければ嬉しいです。
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