アカシヤー蔵馬に咲いた花ー   作:hazeleye

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第8話

その時、林の奥から風を切るような中性的な声が響いた。

 

「飛影!葵!何をしているんだ!」

 

「お迎えがきたようだぜ」

 

 

【挿絵表示】

 

 

葵は息をのんで、声のする方を振り返った。蔵馬だった。

木立を通り抜け素早く走って、飛影と葵の間に入ると、彼女に背を向けるように立った。

柔らかい癖のある髪が、風に揺れる。

 

「蔵馬。お前がこんな面白いやつを、隠しているとはな。遊びついでに、こちらから挨拶に来てやったぜ」

 

「…別に隠していたわけじゃないさ」

 

「フン、白々しい」

 

(いずれ飛影が接触すると思っていたが、予想より早かったな)

 

蔵馬は、飛影がここにいる目的を予想していた。

彼が葵の能力を知ったら、確実に興味を持つと思っていた。

 

「お前、魔界に行けるというのは本当か?」

 

(やはり、葵の魔界に行ける能力に目を付けたか…)

 

蔵馬は小さくため息をついた。

 

「ええ。自分しか移動できないけど」

 

飛影の目が鋭く光った。

 

「…お前に頼みたいものがある。報酬はわたす」

 

最初からそれが狙いだったようだ。

飛影としても、彼の見立てより弱い者に、わざわざ依頼をしない。

彼なりの見極め方だった。

 

「飛影、あまり無理難題を言うなよ」

 

「随分と過保護だな」

 

「…彼女は、戦闘向きではない、特殊能力型の妖怪だ」

 

「今の動きで問題ない。オレの依頼に素直に応じれば、何でも構わん」

 

「……。」

 

葵は、蔵馬の背中越しに、二人が対峙する様子をみていた。

一触即発とまではいかないが、ただならぬ雰囲気を感じた。

蔵馬は、飛影の性格を理解しつつ、彼女への無闇な依頼をやんわりと牽制しながら、交渉していた。

 

しばらくの沈黙の後、彼女が口を開いた。

 

{IMG218395}

 

「受けるわ。能力的に、できることとできないことがあるけど」

 

「フ。交渉成立だな」

 

飛影は少し重みのある袋を、彼女の足元近くに投げた。

立ち去る間際、彼は葵を一瞥する。

 

「名前を聞いていなかったな。覚えておいてやる」

 

「葵よ」

 

返答はなく、彼は素早く林の奥へ消えて行った。

 

黒い影がいなくなり、しばらく無言の空間が広がった。

時折聞こえるのは、木々の葉が風で揺れる音と、カラスなどの野鳥の声。

 

蔵馬は軽くため息をつくと、ゆっくりと彼女の方へ向き直る。

 

「葵。良かったのか…?」

 

「拒めば殺されそうだから」

 

「飛影は、少々強引なところがあるんだ。依頼内容の難易度が高ければ、断っていい」

 

「案じてくれているのね。ありがとう」

 

その言葉に、蔵馬の胸の奥が微かに波打つ。

それは、正体のわからない感情だった。

一瞬時が止まる。しかし彼は、それを確かめようとしなかった。

 

その深い双眸で、彼女の左肩を見つめた。淡藤色の服が、じんわりと赤く染まっている。

 

「…肩の傷を見せて」

 

葵は頷くと、治癒を施していた手を外して、出血のついた右手を拭った。

そして道着の上半身を脱ぎ、肌着から左肩を出す。

 

出血は止まっていた。傷は浅いほうだが、筋肉がしっかりと裂かれている。

蔵馬は、所持していた薬草を当てて、ハンカチで簡易的に彼女の肩口をしばった。

 

「飛影は、君のことを気に入ったようだね」

 

「そうには見えなかったわ」

 

「彼なりの挨拶の仕方なんだ」

 

少しひねくれているけどねと続ける彼に、葵はふわっと微笑んだ。

蔵馬から他者のことを聞くのは珍しく、その物言いからある程度の仲だということがわかる。

 

「飛影は、あなたを信頼しているように見えたわ。だから私にも興味を持ったんじゃないかしら」

 

「…どうだろうね」

 

彼は目を伏せて苦笑した。

 

 

服を整えると、葵は飛影が投げた袋の中身を確認した。

宝玉の塊が数個と、依頼内容が記された紙が入っていた。それほど難しい内容ではなさそうだ。

紙を手にしながら、ふと横の男を見上げると、葵はある直感が働いた。

 

「蔵馬…。もしかして、また怪我をしているんじゃ?」

 

一瞬眉が小さく動く。しばらく無言で彼女を見ると、無垢な視線がなぜか心に柔らかく刺さる。

彼女には誤魔化しは効かないと、諦めて小さく頷いた。

 

「……まぁね」

 

(どういうわけか、こういう所は妙に勘がいいんだ)

 

葵自身、たった今怪我を負ったにもかかわらず、彼の状態に感づく。

相変わらず自分自身のことには、無防備だった。

蔵馬からすると、もう少し自分の体の変化を、気にかけてほしいところだ。

 

「もう出血は止まっているから、手当ては必要ないよ」

 

葵は立ち上がって、彼を見た。そして何を思ったのか、右手を蔵馬の腹部に当てた。

 

「少し気を流しておくわ」

 

「…助かるよ」

 

温かい彼女の妖気に触れ、細胞が活性化するのを感じた。そして不思議なことに、彼女の治癒は、傷だけでなく、内側から妖気を整えるようだった。

先日、飛影から受けた傷の手当てをしてもらったときも、同じだった。

自分の知らない所で、葵も成長していた。

 

 

「飛影の依頼内容は?」

 

「宝玉の塊で、古文書の買い付けね。ちょうど霊界の依頼も受けたところだから、このまま魔界に戻るわ」

 

「霊界の依頼も順調そうだね」

 

「おかげさまで。今回は、X地区の調査と、魔界にある不老不死の泉の水を持ち帰る任務よ」

 

「その泉は、かなり辺境の場所にあるはずだ。大丈夫か?」

 

「うまく、亜空間の移動を繰り返して行けると思う」

 

(霊界は、魔界の管理外地区の調査に力を入れているようだな)

 

コエンマが霊界の利益重視で、葵を利用することは考えにくい。

あくまで簡単な調査が中心だ。

しかし飛影の仕事も引き受けるようになった今、彼女の負担は少なからず増すだろう。

 

(霊界にも、適宜確認を取っておいた方がよさそうだな)

 

 

「そうだったわ。コエンマからの伝言よ。霊力の落ちている幽助、桑原の二人を護衛をすること、だそうよ」

 

桑原とは幽助と同じ中学に通う霊力の高い人間で、四聖獣との戦いにも同行していた。

早速、葵は伝言役として働いていた。

 

「承知した」

 

 

飛影から預かった袋を背負うと、彼女の身体は半分以上覆われてしまった。

袋の中で、ゴロゴロと大きな宝玉の塊が、複数こすれる音がする。

その重さが、彼女の身体に与える負担を計算してしまうのは、もはや癖のようなものだ。

 

この状態で、亜空間移動に支障はないのかだろうか。

自然と蔵馬の足が近づいた。

 

「重そうだけど、大丈夫か?」

 

声は穏やかで、感情を帯びぬように抑えられていたが、その根幹には、別の揺らぎがあることを本人も気づいていた。

 

「平気よ。ところで、今回あなたから何か依頼はあるかしら?」

 

「オレまで頼むと、負担にならないか?」

 

「大丈夫よ」

 

「それなら、サクラガイの殻を5つ、二枚貝の状態でお願いしたい」

 

それは、以前から作ろうと考えていたものに必要な素材だった。

母の病気のことや、四聖獣との戦いなどが続き、後回しになっていた。

今日の出来事で、蔵馬はその必要性をより感じていた。

 

葵はその言葉に、少し驚いたように目を丸くした後、ふわっと笑った。

 

「あら。もしかして好きな子にあげるの?」

 

「…ん?」

 

突然の予想外の問いに、彼は敢えて聞き返した。

依頼の理由は明確だったはずなのに、彼女の一言が不意を突いた。

 

「今、魔界で縁結びや恋愛成就の意味を込めて、意中の人に渡すのが流行ってるのよ。お店で品薄御免になってるところもあるみたい」

 

魔界を離れて数百年たつが、そういえば、千年以上前にもサクラガイを渡すのが一時流行していた記憶がある。

 

「君の予想を裏切るようだが、オレは実用的な用途で欲しいんだ」

 

「そう。あなたが好きになる相手がどんな人か、少し興味があったわ」

 

「オレは、君が惹かれる相手がどんなタイプか気になるけどね」

 

蔵馬は柔らかく、冗談めいた口調に包んで言いながら、心の内で距離を測っていた。

理性が指先のように繊細に働き、どこまで踏み込めば波風が立つのかを探っている。

 

その一方で、葵の無邪気な微笑みや、不意に投げられる問いかけが、その理性を試すように絡みついてくるのも、また事実だった。

彼女は意図せず、彼の防壁の一部に触れてくる。どこに扉があるかを知らないまま、直感で正確に、その取っ手に手をかけるかのように。

 

「あら、奇遇ね」

 

葵はふっと笑うと、顎に手をやって少し考えた。

背中に重い荷物を背負いながら、真面目に考えているのがどこか微笑ましい。

 

「うーん。そうねぇ…。今まで考えたことなかったわ。私、まだ生まれたばかりだから」

 

「はは。そうだったね」

 

お互いがお互いの好きになる相手に興味があるようだが、答えを言い合うことはなかった。そのまま自然な流れで、それぞれの帰る場所に向かった。

 

 

(きっと、蔵馬は相手に不自由しないだろうから、好きになるのは本気ね。タイプは想像がつかないけど)

 

 

誰かを想う気持ちは、音もなく心に差し込む。

気づいたときには、「もうそこに在る」。そんな静かな始まりだった。

 

蔵馬はまだ、その感情に名をつけようとはしない。

理性という鎧の内側で、わずかに芽吹いた感覚に耳を澄ませるだけ。

 

葵は、ただまっすぐに、誠実に、自分の道を進んでいる。

けれどその無垢な在り方が、彼の心を揺らす。

 

今はまだ、互いに交差する視線の奥を、確かめることはない。

けれど、心の奥に生まれた一滴の波紋は、やがて、静かな湖面を変えてゆくのだろう。

二人の物語は、まだ始まったばかり。

 

静かな運命の糸が、いま、音もなく結ばれようとしている。

 

 

 

 




おまけ♢


「おい、これはなんだ?」

飛影は手にした物をじっと見つめ、軽く葵を睨みつけた。

「お土産よ。気前のいい、よろず屋のお兄さんがおまけしてくれたの」

邪王炎殺拳の古文書を買うと、炎殺拳を応用する秘儀の巻物も渡してくれたのだった。

「…フン」

飛影は短く笑って、彼女に麻袋を渡した。土産に少しの興味を持った様子だった。

「葵。次はこれを頼んだぞ」

今度は剣の調達を依頼された。
蔵馬の気にかけていた通り、飛影はこの後も定期的に依頼するようになった。
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