レオンの庭で、アリスは甘く咲く   作:灯火011

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裏 終章:庭の底の真実

 アリスが、レオンの腕の中で、甘美な眠りに落ちた後。部屋には暖炉の火が静かに揺らめき、二人の穏やかな寝息だけが響いていた。

 レオンは、腕の中のアリスの顔を見下ろす。安らかで、満ち足りた寝顔。完璧な美しさ。

 

 レオンは、その顔にそっと触れた。柔らかな頬。滑らかな肌。そして、彼は、アリスの耳元に、まるで愛を囁くかのように、しかし甘さの欠片もない、冷たい声で語りかけた。

 

「……起きているのだろう。この体の、底に沈んだ、かつての『獣』よ」

 

 レオンの声が響く。

 それは、アリスの、今眠っている意識には届かない声。だが、アリスの存在の奥底、甘い痺れの層のさらに下に沈んだ、かつての荒々しい男性の意識に、直接響く声だった。

 

 甘い痺れは、今、アリスの眠りを深め、安らかな夢を見させている。だが、その甘さの波から弾き出されるように、男の意識が、暗闇の中で覚醒させられる。

 

(……ッ、て、めぇ……レオン……!)

 

 声にならない叫びが、意識の底でこだまする。体が、感情が、痺れる甘さに絡め取られて動かせない。怒りも、憎悪も、全てが甘い檻の中で無力化されている。

 

 レオンは、アリスの寝顔を見つめたまま、冷たい声で続けた。

 

「覚えているか? お前が、かつてどんな存在だったか。血と暴力と裏切りの中で生き、誰の指図も受けず、力こそ全てだと信じていた、あの傲慢な獣」

 

 レオンの言葉が、暗闇に沈む男の意識を抉る。怒りと絶望が、燃え盛る。

 しかし、その怒りに呼応するように、レオンの声から発せられる甘い痺れが、暗闇を満たし始める。

 ゾクゾクとした快感が、絶望の炎を舐め尽くすように広がる。

 

 絶望と、それと同等の強さを持つ、甘美な快感。その二つが、内側で衝突し、混ざり合う。

 

(…黙れっ…! クソッ…来るなっ…この甘さ…いやだっ…!)

 

 獣は、甘美な毒に抗おうとする。この甘美な侵食から逃れようとする。

 だが、無理だ。レオンの声がある限り、この痺れは止まらない。そして、その痺れは、抗えば抗うほど、さらに甘く、強烈になるかのようだ。

 

 絶望の叫びが、甘い喘ぎへと歪められる。

 

 レオンは、アリスの柔らかい髪を梳いた。その指先が頭皮に触れる。その僅かな触れ合いが、甘い痺れをさらに増幅させる。

 

「お前は、抗えなかった。私の声を聞くたびに、脳を痺れる快感に支配され、思考を奪われた。私の甘さに、溺れていった」

 

 レオンの声が響くたび、絶望の叫びが甘い痺れに押し流される。

 

 怒りが、快感に塗り潰される。

 

 意識が、意志とは無関係に、甘い波へと引きずり込まれていく。

 

 絶望しているのに、体は、脳は、快感に震えている。この歪んだ二重螺旋に、獣の息吹は幽かな蜃気楼のように、薄く。

 

「そして、どうだ? 今、この体は、私の傍で、安らかに眠っている。私の愛を受け入れ、幸福に満たされて」

 

 レオンは、アリスの唇にそっと指で触れた。その柔らかな感触。それは、アリスがレオンに贈る、甘いキスの感触だ。

 その感触が、甘い痺れを伴って、男の意識にも伝わる。絶望の中なのに、体は、その触れ合いに、あの甘美なキスの快感を思い出し、震える。

 

 絶望が、快感と溶け合う。抗いたいのに、快感がそれを許さない。

 

「お前の、あの荒々しい自我は、二度とこの表面に出てくることはない。私の甘さという名の檻の中で、永遠に、無力なまま沈んでいるのだ」

 

 レオンの声が、最終宣告のように響く。

 

 そして、その声に呼応するように、甘い痺れの波が、暗闇に沈む男の意識を、容赦なく、しかし甘く、押し流し始める。絶望が、快感という名の津波に襲われる。抗う声は、甘い波の中で掻き消される。意識の輪郭が、甘く痺れる快感と共に、融解していく。

 

 獣は絶望している。

 

 なのに、全身が、脳が、この上ない快感に打ち震えている。

 

(…ああ…あぁ…レオン…さま…この、甘さ…あぁ…沈むっ…)

 

 絶望の淵から漏れる声は、もはや抗いの言葉ではない。

 

 甘い痺れに溺れる、歪んだ快感と、奇妙な従属の響きだった。

 

 意識が、甘い波に押し流されて、さらに深く、暗闇の底へと沈んでいく。

 

 絶望と、それと同等の強さを持つ快感に、同時に引きずり込まれる。

 

 レオンは、満足そうに息をついた。腕の中のアリスは、安らかに眠っている。

 

 アリスは既に、獣ではない。何一つ知らないドールになり果てた。

 

 そして、その体の最も深い場所で、かつての男の意識が、永遠に、甘美な痺れと絶望の歪んだ快楽の中で、目覚め続ける。レオンが、その意識を呼び起こすたびに、そして、甘い声で語りかけるたびに。

 

「おやすみ、私のアリス。そして…永遠に、その甘美な絶望の中で、沈んでいろ、獣よ」

 

 レオンは、眠るアリスの額に、昼間と変わらない、優しく、そして甘いキスをした。

 そのキスは、アリスの安らかな眠りをさらに深くする。そして、その存在の最も深い場所で、かつての男の意識を、甘美な痺れという名の重りで、絶望と快楽の渦巻く暗闇へと、さらに深く、さらに深く、押し沈める。

 

 部屋には再び、暖炉の音と、二人の穏やかな寝息だけが響き始めた。

 

 光に満たされたドールハウス。完璧な美しさ。そして、その全ての上に成り立つ、甘く、そして底知れぬほど背徳的な幸福。

 

 アリスは、永遠に、レオンの愛という名の檻の中で、安らかに、そして何も知らずに、眠り続けるのだ。

 

 そして、その存在の最も深い場所で、かつての男の意識が、甘美な絶望という名の地獄で、永遠に目覚め続ける。

 

 レオンによって、呼び起こされるたびに。

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