夜の街は、常に私の収集心を刺激する。表の光が届かない場所。人間の本能と欲望が剥き出しになる場所。そこにこそ、真に興味深い「素材」が転がっていることがあるからだ。
あの夜も、私は気まぐれに、街の澱のような路地裏を歩いていた。雨上がりの地面は濡れ、空気は血と、錆びた金属の臭いが混じっていた。そして、その臭いの源に、私は引き寄せられた。
路地裏の突き当たり、ゴミ箱の脇で、一人の男が倒れていた。
腹部を抑え、肩で荒く息をしている。明らかに、致命傷を負っている。その顔は、泥と血に汚れていたが、剥き出しの敵意と、決して折れることのない強固な意志を宿していた。まるで、最後の瞬間まで抗おうとする、傷ついた獣のようだった。
私は、ゆっくりと男に近づいた。彼は私の気配に気づき、血塗れの手で何かを掴もうと地面を探る。ナイフか? あるいは、まだ息のある仲間か。
どちらにしても、抵抗する意志だけは、まだ強く残っている。その、死に瀕してもなお衰えない、荒々しい生命力に、私は静かに興味を覚えた。
「…て、めぇ…何の、つもりだ…」
男が、掠れた声で呟いた。その声には、恐怖の色はなく、ただ純粋な警戒と、敵意だけが込められている。
この状況で、これほどの目を向ける人間は少ない。多くの者は、命乞いをするか、絶望に打ちひしがれるだけだ。だが、この男は違う。
私は、男の目の前に膝をついた。そして、汚れた彼の顔に、手袋越しの指先でそっと触れた。その冷たい感触に、男の体がピクリと反応する。警戒心は、頂点に達している。
「素晴らしい目だ」
私は、偽りのない称賛を込めて言った。
この、獣のような瞳の中に、私は見たのだ。容易には屈しない、強固な「個」の輝きを。暴力と生存本能によって研ぎ澄まされた、純粋な意志の力を。
それは、私がこれまで収集してきた、どんな美しい宝物よりも、稀少で、そして魅力的だった。
彼は、私が何を考えているのか、理解できないといった顔で私を見つめた。当然だろう。彼は、私の世界とは全く無縁の場所に生きてきたのだから。
「お前は、面白い」
私は、静かに言った。そして、彼の血塗れの顔を見ながら、構想を巡らせた。
この、力強く、決して他者に膝を屈さない、荒々しい「獣」。
これを、私の手で、私の理想の形へと作り替えるとしたら?
その強固な自我、その譲れない矜持を、内側から溶かし、柔らかく、美しく、そして私だけを深く愛する、完璧な「ドール」に仕立て上げるとしたら?
……それは、私がこれまでに行った、どんな「収集」や「創造」よりも、困難で、そして甘美な試みになるだろう。
獣の牙を抜き、爪を切り、柔らかい毛並みに磨き上げる。その荒々しい魂を、甘い蜜で満たし、私の愛の形へと染め上げる。抵抗すればするほど、それは面白い。強固であればあるほど、完成した時の美しさは、他に類を見ないものになる。
男は、私の視線から、そして私の言葉の響きから、何か異常なものを感じ取ったようだった。警戒が、さらに強まる。
「…近寄るな…俺に、指図するんじゃねえ…」
途切れ途切れの言葉に、弱々しさはなかった。最後の力を振り絞った、獣の唸り声だ。
その、最後の抵抗の意思に、私の心は甘く震えた。
これだ。私が求めていたのは、これほどの「素材」なのだ。
私は、男の顔から指を離し、立ち上がった。そして、彼を見下ろしながら、決定を告げた。
「お前を、私の庭に連れて行こう」
男の目が、かすかに見開かれた。諦めか? いや、違う。それは、理解できない運命に対する、困惑の色だった。
「そして、そこで、私の愛しい宝物へと育て上げよう」
私は、静かに微笑んだ。この男が、これからどのような姿に変わるのか。
その荒々しい魂が、私の甘い愛と、私の声から生まれる痺れる快感によって、いかに溶かされていくのか。
そして、最終的に、私の理想の「アリス」として、私を心から愛するようになるのか。
想像するだけで、私の心は、底知れぬ甘美さと、熱く、震えるような背徳感に満たされた。この「獣」は、私が探し求めていた、最高の「素材」だ。
私は、傍らに控えていた従者に視線を送った。彼は無言で頷き、処理の準備を始める。私はもう一度、倒れている男に目をやった。意識は朦朧としているようだが、まだ瞳にはかすかな光が宿っている。その光も、じきに私の色に染まるだろう。
さあ、始めよう。私の、最も愛おしい、そして最も背徳的な創造を。
―――この傷ついた「獣」を、私の完璧な「アリス」へと変えるのだ。
ご覧頂きありがとうございました。
始めてこう言うジャンルを描きましたが、楽しいもんですね。
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