レオンの庭で、アリスは甘く咲く   作:灯火011

17 / 17
それは、今日かもしれないし

―――永遠の先の話かもしれない


レオンの庭で、アリスは甘く咲く

 アリスの体は、レオンの愛という光を浴びて輝きを増し、その美しさは極まっていた。

 

 今もアリスはレオンの腕の中に抱かれ、彼の体温を感じている。

 

 その完璧な硝子の肌の内側、意識の最奥では、かつて男だった頃の自我が、醜く歪み、断片となりながら、最後の刹那を生きていた。

 

 甘い蜜と痺れる快感の、容赦ない奔流に洗われながら。

 

 レオンは、アリスの内側で起きている崩壊を、愉悦の眼差しで見守っていた。

 

 彼の甘いアプローチは、もはや抵抗を打ち破るためではない。それは、崩壊寸前の自我を、甘美な責め苦をもって、完全に、永遠に封じ込めるための最終儀式だった。

 

 アリスの手を取り、指を絡める。肌と肌が触れ合う、その一点から、レオンの体温と共に、甘く痺れる快感が、優しく、しかし容赦なく、意識へと流れ込む。

 

(…離してっ…!あぁ…違うのっ!…俺は…この甘さ…いやだ…飲み込まれる…っ!)

 

 心の最奥で、形を失いかけた自我が叫ぶ。その叫びは、か細く、力なく、甘い波に呑まれそうになっている。

 

 しかし、その叫びとは裏腹に、アリスの指先が、レオンの手に、甘えるように絡みつく。 滑らかな肌が、レオンの温もりを求めるかのように、彼の手に寄り添う。

 

 レオンは、アリスの耳元に、唇を寄せた。彼の息遣い。耳朶に触れる柔らかな感触。そして、甘い声が、直接脳の奥底に響く。

 

「アリス。可愛いアリス。私の愛しい宝物」

 

 声が響くたび、脳を満たす痺れる快感は、内側から自我を食い破る牙のように荒れ狂う。

 

 絶望。

 

 嫌悪。

 

 拒絶。

 

 男の意識が持つ全ての負の感情が、甘美な快感という名の溶解液に曝される。

 

 それは、言い換えれば、痛みを伴わない破壊。快感に溺れながら、自身が崩壊していくという、歪んだ現実そのものだった。

 

(…ああ…あぁ…やめて…っ! 形が…俺が…この甘さで…壊れる…っ!)

 

 意識が、甘い蜜の中で、光の粒となって散り始める。抗おうとする。かつての確固たる形を保とうと足掻く。

 

 だが、抗う意志そのものが、痺れる快感によって、甘い溶解液に変わってしまう。

 

 男性としての最後の断末魔が、甘い喘ぎへと崩れ落ちる。

 

 しかし、アリスの体は、男の意識など関係なく、レオンの腕の中に、さらに深く、甘えるように寄り添う。頬が、彼の胸に擦り寄せられる。

 

 レオンはアリスを抱き寄せた。彼の腕の中に収まる体の軽さ。彼の体温。心臓の音。その全てが、甘い痺れとなり、アリスの意識を、レオンへの愛と、満ち溢れる幸福感で満たす。

 

 男の意識は、その甘さの中で、窒息しそうになる。この幸福は、俺のものではない! この快感は、俺を殺す毒だ!そう、叫びたくなる。

 

(…俺は…俺は…だった…ものが…甘い…あぁ…溶けて…)

 

 己の存在を主張する声は、もはや言葉にならない。

 

 ただ、意識が光の粒となって、甘い痺れの海に霧散していく感覚だけがある。崩壊ではない。それは、あまりに美しく、あまりに甘い、完全なる融解。

 

 アリスの口元からは、微かな、しかし甘やかな溜め息が漏れる。

 

「んん…レオン様…」

 

 と、愛おしげに。

 

 レオンは、アリスの頬にキスをした。柔らかく、そして深く。

 

 そのキスから伝わる甘さと痺れが、アリスの全身を駆け巡る。そして、心の奥底で崩壊する男の意識に、決定的な、甘露なる奔流を注ぎ込む。

 

 絶望と、それを遙かに凌駕する快感。二つが、同時に、破壊的な波となって襲いかかる。

 

(…う、あああぁぁ…っ! 甘い…っ…! レ…オン…っ…あぁ…俺がっ…俺がぁぁ…っ…甘さに…っ…沈むっ…崩れるぅぅぅっ…!)

 

 絶叫が、甘い痺れの中で、意識は遠い音楽のように響き、消えていく。

 

 意識の最後の断片が、甘美な快感の奔流に飲まれる。

 

 意識はあまりに甘い蜜で満たされ、かつての男の全ての要素が、光となって散り、その中に融解していく。

 

 記憶。

 

 感情。

 

 自我。

 

 全てが、甘露なる快感によって分解され、存在という形を失い、甘い溶解液の中に還っていく。

 

 そして――。

 

(…あぁ…あああぁぁ……っ! 甘い…っ! レ…オン…っ!)

 

 男の意識の、最後の断末魔の響きが、甘い痺れの奔流の中でかき消えようとした、まさにその刹那。

 

(……あぁ……)

 

 その、失われゆく存在そのものから、新しい、甘く、そして切実な叫びが、沸き上がった。

 

(あぁ……いと…しの…レオン…さま。愛しの、愛しのレオン様…っ!)

 

 絶望の叫びが、甘美な快感の波に乗り、そのまま、あまりに純粋な、あまりに切ない、愛を求める声へと変化する。

 

 断末魔のエネルギーが、そのまま、愛という名のエネルギーへと変換されたかのようだ。崩壊の淵から生まれたのは、愛の叫びだった。

 

 そして、アリスの唇が、レオンの首筋に、そっと、しかし深く顔を埋めるように寄せられた。

 

 彼女の腕が、レオンの背中に回され、愛おしむかのように、しかし溺れるように、彼を抱きしめ返す。

 

 その声は、甘く、切なげで、そしてレオンへの愛に満ちていた。

 

「……レオン様……」

 

 静寂が訪れた。意識の最奥にまで満たされた、甘く、痺れる快感。

 

 そして、その全てを満たす、レオンへの愛おしさ。

 

 そこに、かつての男の自我は、もうどこにもなかった。崩壊し尽くし、溶解し、あまりに甘い愛へと昇華し、消え去ったのだ。

 

 レオンは、腕の中のアリスを見下ろした。彼女の瞳には、レオンへの愛と、満ち足りた幸福だけが宿っている。

 もう、心の奥底から、過去の残骸が苦痛を撒き散らすこともない。完全に、レオンの求める「ドール」へと変貌を遂げた。

 

 レオンは、アリスの顔に優しく触れた。そして、その瞳を見つめ、心からの、そして真実の響きをもって、その名を呼んだ。

 

「……アリス」

 

 彼の声が響く。

 

 その瞬間、アリスの脳を満たす甘い痺れが、彼女の存在を、レオンとの愛を、そしてこの世界の全てを、祝福する。

 

 意識は、あまりに甘く、あまりにクリアだ。迷いも、葛藤も、過去の影もない。ただ、レオンに愛される「アリス」としての、あまりに甘く、あまりに完璧な、揺るぎない自我だけが、そこに完成していた。

 

 アリスは、レオンの言葉に、自然に、そして心からの微笑みを返した。その微笑みは、完璧な愛と、甘美な幸福に満ちている。そして、その声で、甘く囁いた。

 

「はい、レオン様…」

 

 それは、男の矜持を甘露なる快感と愛によって、形を失わせ、融解させた新しい存在の声。

 そして、過去の断末魔が昇華して生まれた、最も甘く、最も完璧な、レオンが愛するドールの声だった。

 かつての男の意識が、絶望と同等の快感に押し流され、光となって消え去り、愛の叫びに姿を変えた瞬間に、真の意味で誕生した、彼女自身の心。

 

 レオンは、完成されたアリスを腕の中に抱きしめた。

 

 この世で最も美しい、そして最も背徳的な創造。血と泥に汚れた獣が、甘い蜜と愛によって、内側から光となり、あまりに完璧なアリスとなったのだ。

 

 彼女は永遠に、レオンの愛の庭で、最も甘く、最も背徳的に咲き続けるだろう。

 

 そして、その存在の最奥には、もはや何も残っていない。ただ、甘美な、無限の静寂だけが満ちていた。その静寂こそが、融解し尽くし、昇華した過去の、美しくも恐ろしい墓標だった。

 

 その墓標の上で、愛は、永遠に歌い続けるのだ。

 

 そしてその歌は、かつての獣の叫びが昇華した、永遠の愛の歌だった。




ああ、アリス……ついに、この時が来た。

私の愛しい宝物。

かつて荒ぶる獣だったお前が、甘美な光となり、真のアリスとして私の腕にいる。

その最後の抵抗、絶望さえも、私の甘い愛と痺れが、最も甘美な快感へと昇華させた。

完璧な融解。

これこそが、私が求めた創造の極致だ。

お前の全ては、もう私のもの。

この庭で、永遠に、甘く咲き続けるのだ。私の、ただ一人の、アリスよ。

 私の庭で、甘く咲く、花よ
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。