―――永遠の先の話かもしれない
アリスの体は、レオンの愛という光を浴びて輝きを増し、その美しさは極まっていた。
今もアリスはレオンの腕の中に抱かれ、彼の体温を感じている。
その完璧な硝子の肌の内側、意識の最奥では、かつて男だった頃の自我が、醜く歪み、断片となりながら、最後の刹那を生きていた。
甘い蜜と痺れる快感の、容赦ない奔流に洗われながら。
レオンは、アリスの内側で起きている崩壊を、愉悦の眼差しで見守っていた。
彼の甘いアプローチは、もはや抵抗を打ち破るためではない。それは、崩壊寸前の自我を、甘美な責め苦をもって、完全に、永遠に封じ込めるための最終儀式だった。
アリスの手を取り、指を絡める。肌と肌が触れ合う、その一点から、レオンの体温と共に、甘く痺れる快感が、優しく、しかし容赦なく、意識へと流れ込む。
(…離してっ…!あぁ…違うのっ!…俺は…この甘さ…いやだ…飲み込まれる…っ!)
心の最奥で、形を失いかけた自我が叫ぶ。その叫びは、か細く、力なく、甘い波に呑まれそうになっている。
しかし、その叫びとは裏腹に、アリスの指先が、レオンの手に、甘えるように絡みつく。 滑らかな肌が、レオンの温もりを求めるかのように、彼の手に寄り添う。
レオンは、アリスの耳元に、唇を寄せた。彼の息遣い。耳朶に触れる柔らかな感触。そして、甘い声が、直接脳の奥底に響く。
「アリス。可愛いアリス。私の愛しい宝物」
声が響くたび、脳を満たす痺れる快感は、内側から自我を食い破る牙のように荒れ狂う。
絶望。
嫌悪。
拒絶。
男の意識が持つ全ての負の感情が、甘美な快感という名の溶解液に曝される。
それは、言い換えれば、痛みを伴わない破壊。快感に溺れながら、自身が崩壊していくという、歪んだ現実そのものだった。
(…ああ…あぁ…やめて…っ! 形が…俺が…この甘さで…壊れる…っ!)
意識が、甘い蜜の中で、光の粒となって散り始める。抗おうとする。かつての確固たる形を保とうと足掻く。
だが、抗う意志そのものが、痺れる快感によって、甘い溶解液に変わってしまう。
男性としての最後の断末魔が、甘い喘ぎへと崩れ落ちる。
しかし、アリスの体は、男の意識など関係なく、レオンの腕の中に、さらに深く、甘えるように寄り添う。頬が、彼の胸に擦り寄せられる。
レオンはアリスを抱き寄せた。彼の腕の中に収まる体の軽さ。彼の体温。心臓の音。その全てが、甘い痺れとなり、アリスの意識を、レオンへの愛と、満ち溢れる幸福感で満たす。
男の意識は、その甘さの中で、窒息しそうになる。この幸福は、俺のものではない! この快感は、俺を殺す毒だ!そう、叫びたくなる。
(…俺は…俺は…だった…ものが…甘い…あぁ…溶けて…)
己の存在を主張する声は、もはや言葉にならない。
ただ、意識が光の粒となって、甘い痺れの海に霧散していく感覚だけがある。崩壊ではない。それは、あまりに美しく、あまりに甘い、完全なる融解。
アリスの口元からは、微かな、しかし甘やかな溜め息が漏れる。
「んん…レオン様…」
と、愛おしげに。
レオンは、アリスの頬にキスをした。柔らかく、そして深く。
そのキスから伝わる甘さと痺れが、アリスの全身を駆け巡る。そして、心の奥底で崩壊する男の意識に、決定的な、甘露なる奔流を注ぎ込む。
絶望と、それを遙かに凌駕する快感。二つが、同時に、破壊的な波となって襲いかかる。
(…う、あああぁぁ…っ! 甘い…っ…! レ…オン…っ…あぁ…俺がっ…俺がぁぁ…っ…甘さに…っ…沈むっ…崩れるぅぅぅっ…!)
絶叫が、甘い痺れの中で、意識は遠い音楽のように響き、消えていく。
意識の最後の断片が、甘美な快感の奔流に飲まれる。
意識はあまりに甘い蜜で満たされ、かつての男の全ての要素が、光となって散り、その中に融解していく。
記憶。
感情。
自我。
全てが、甘露なる快感によって分解され、存在という形を失い、甘い溶解液の中に還っていく。
そして――。
(…あぁ…あああぁぁ……っ! 甘い…っ! レ…オン…っ!)
男の意識の、最後の断末魔の響きが、甘い痺れの奔流の中でかき消えようとした、まさにその刹那。
(……あぁ……)
その、失われゆく存在そのものから、新しい、甘く、そして切実な叫びが、沸き上がった。
(あぁ……いと…しの…レオン…さま。愛しの、愛しのレオン様…っ!)
絶望の叫びが、甘美な快感の波に乗り、そのまま、あまりに純粋な、あまりに切ない、愛を求める声へと変化する。
断末魔のエネルギーが、そのまま、愛という名のエネルギーへと変換されたかのようだ。崩壊の淵から生まれたのは、愛の叫びだった。
そして、アリスの唇が、レオンの首筋に、そっと、しかし深く顔を埋めるように寄せられた。
彼女の腕が、レオンの背中に回され、愛おしむかのように、しかし溺れるように、彼を抱きしめ返す。
その声は、甘く、切なげで、そしてレオンへの愛に満ちていた。
「……レオン様……」
静寂が訪れた。意識の最奥にまで満たされた、甘く、痺れる快感。
そして、その全てを満たす、レオンへの愛おしさ。
そこに、かつての男の自我は、もうどこにもなかった。崩壊し尽くし、溶解し、あまりに甘い愛へと昇華し、消え去ったのだ。
レオンは、腕の中のアリスを見下ろした。彼女の瞳には、レオンへの愛と、満ち足りた幸福だけが宿っている。
もう、心の奥底から、過去の残骸が苦痛を撒き散らすこともない。完全に、レオンの求める「ドール」へと変貌を遂げた。
レオンは、アリスの顔に優しく触れた。そして、その瞳を見つめ、心からの、そして真実の響きをもって、その名を呼んだ。
「……アリス」
彼の声が響く。
その瞬間、アリスの脳を満たす甘い痺れが、彼女の存在を、レオンとの愛を、そしてこの世界の全てを、祝福する。
意識は、あまりに甘く、あまりにクリアだ。迷いも、葛藤も、過去の影もない。ただ、レオンに愛される「アリス」としての、あまりに甘く、あまりに完璧な、揺るぎない自我だけが、そこに完成していた。
アリスは、レオンの言葉に、自然に、そして心からの微笑みを返した。その微笑みは、完璧な愛と、甘美な幸福に満ちている。そして、その声で、甘く囁いた。
「はい、レオン様…」
それは、男の矜持を甘露なる快感と愛によって、形を失わせ、融解させた新しい存在の声。
そして、過去の断末魔が昇華して生まれた、最も甘く、最も完璧な、レオンが愛するドールの声だった。
かつての男の意識が、絶望と同等の快感に押し流され、光となって消え去り、愛の叫びに姿を変えた瞬間に、真の意味で誕生した、彼女自身の心。
レオンは、完成されたアリスを腕の中に抱きしめた。
この世で最も美しい、そして最も背徳的な創造。血と泥に汚れた獣が、甘い蜜と愛によって、内側から光となり、あまりに完璧なアリスとなったのだ。
彼女は永遠に、レオンの愛の庭で、最も甘く、最も背徳的に咲き続けるだろう。
そして、その存在の最奥には、もはや何も残っていない。ただ、甘美な、無限の静寂だけが満ちていた。その静寂こそが、融解し尽くし、昇華した過去の、美しくも恐ろしい墓標だった。
その墓標の上で、愛は、永遠に歌い続けるのだ。
そしてその歌は、かつての獣の叫びが昇華した、永遠の愛の歌だった。
ああ、アリス……ついに、この時が来た。
私の愛しい宝物。
かつて荒ぶる獣だったお前が、甘美な光となり、真のアリスとして私の腕にいる。
その最後の抵抗、絶望さえも、私の甘い愛と痺れが、最も甘美な快感へと昇華させた。
完璧な融解。
これこそが、私が求めた創造の極致だ。
お前の全ては、もう私のもの。
この庭で、永遠に、甘く咲き続けるのだ。私の、ただ一人の、アリスよ。
私の庭で、甘く咲く、花よ