レオンの庭で、アリスは甘く咲く   作:灯火011

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第2話:檻の規則(ルール)

 レオンは、俺の混乱や怒り、そして恐怖を、ただ静かに、甘い笑みを浮かべて見守っていた。

 

 あの、男。レオンの声から来る痺れと快感が脳を満たし、体の自由を奪う。抵抗しようにも、この体はまるで意思を持たない人形のように、彼の指先一つで操られるかのようだ。

 

「怖い思いをさせてしまったね、アリス。でも、もう大丈夫。ここには、君を傷つけるものは何もない」

 

 彼は、甘く、そして心地よい痺れを伴う声でそう言った。

 

 俺が男だということも、裏社会を生きてきたことも、まるで気づいていない、あるいは気づいていても気にしていないかのようだった。

 

 彼の目は、ただ「アリス」という名の、この美しい女を見つめている。

 

 その純粋すぎるほどの眼差しに、ゾッとするような恐ろしさと、得体の知れない魅力が混ざり合った感情を覚えた。

 

 彼は、ゆっくりと俺の手を取った。

 

 指先が触れただけで、甘い痺れが走る。その手は柔らかく、そして驚くほど温かかった。脳裏に思い出された俺の本来の手は、血や泥や、金属の冷たさを纏っているものだった。こんな、何の汚れも知らないかのような男の手は、俺は知らない。

 

 それが、俺を――アリスを、包み込むように握る。

 

「さあ、アリス。まずは、この美しい体に慣れることだ。君は、私が探し求めていた、世界で一番完璧な存在なんだから」

 

 完璧? 俺が? この女の体が?

 

 侮辱だ。この体は、俺の誇りをズタズタにする、忌々しい器だ。だが、彼の言葉を聞くたびに走る痺れが、その思考を甘く塗りつぶしていく。心地よい快感が、怒りや嫌悪感を覆い隠す。

 

 レオンは、俺をベッドに座らせると、傍にあったワゴンから、見たこともないほど美しいガウンを取り出した。絹のような光沢を持ち、繊細なレースがあしらわれている。

 

「さあ、これを着てみて。君の白い肌によく似合うだろう」

 

 彼は、俺の抵抗など意に介さず、慣れた手つきで、俺の着ていた簡素な寝間着を脱がせ始めた。

 

 体が震える。男に、こんな風に体を晒されるなんて……。

 

 反射的に拒絶しようとするが、彼の指先が肌に触れるたびに走る痺れる快感が、体の動きを封じる。それに、この体は…痩せていて、まったく頼りない。力も入らない。男性だった頃の、屈強な体とは全く違う。

 

 彼は、俺の華奢な体をまるで芸術品のように扱い、丁寧にガウンを着せた。柔らかい生地が肌を滑る感触。軽やかで、心地よい。男性だった頃の、ごわごわした服や、血や汗や泥で汚れた服とは全く違う。

 

 レオンは、ガウンを着終えた俺を見て、ふわりと微笑んだ。その瞳に宿る満足感と愛おしさに、また脳が甘く痺れる。

 

「ああ、アリス。本当に美しい…。完璧だ。君は、このドールハウスに咲くべき花なんだ」

 

 ドールハウス?

 

 花?

 

 こいつは俺を、飾り物か何かだと思っているのか? 冗談じゃない。俺は人間だ! 生身の、感情を持った人間なんだ!

 

「君には、何の義務もないよ、アリス。何も考えなくていい。何も心配しなくていい。ただ、私の傍で、その美しさを保っていてくれればいいんだ」

 

 彼は、俺の髪を一房取り、優しく指に巻き付けた。その指先の温もりと、そこから伝わる痺れる快感。抗いたくても、体が、脳が、その快感に溺れていく。まるで、甘い蜜を直接脳に流し込まれているようだ。

 

 そして、彼はこのドールハウスの「規則(ルール)」を語った。

 

 それは、規則というにはあまりにも曖昧で、ただ「アリスが心地よく過ごすこと」に特化していた。美食。美しさ。快適さ。そして、レオンからの愛。それ以外には、何も求められない。外の世界との接触は一切ない。ただ、この閉鎖された、甘い空間で、彼と共にいるだけ。

 

 男性としての生存本能が、この異常な状況から逃げ出せと警鐘を鳴らし続ける。これは罠だ。この甘さは毒だ。警戒しろ。隙を見つけろ。

 

 だが、その警鐘は、レオンの甘い声を聞くたびに脳を満たす痺れる快感と、この部屋のあまりにも完璧な快適さの前で、急速に力を失っていく。抗うことが、無意味で、そして何よりも、この甘い快感を手放すことのように思え始めていた。

 

 そして俺は、レオンという名の庭師によって、あまりにも甘く、あまりにも完璧に手入れされた、この金色の檻の中で、男性としての自我という名の鋼を、少しずつ、しかし確実に溶かされていくのを感じていた。

 この痺れる甘さが、俺という存在を内側から変えていく。恐ろしいのに、この快感から逃れられない。そして、どこかで、この痺れるような甘さに、抗いがたい魅力を感じ始めている自分自身がいることに気づき、震えが止まらなかった。

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