ドールハウスでの日々は、甘く、退屈で、そして神経を焼くような痺れに満ちていた。
朝目が覚めれば、レオンか、あるいはレオンに仕える、物言わぬ侍女、これもまた、人形のように完璧に整えられている女性たちが、その日のアリスのために選ばれたドレスを用意している。
柔らかな布地が肌を滑る感触。肌着の繊細なレースが体を撫でる甘美さ。男性だった頃の俺なら、こんなものは想像すらしたことがない。体が、その心地よさに慣れていくのが恐ろしい。
レオンは毎日、決まった時間に俺の部屋を訪れた。
彼は常に完璧な身なりで、穏やかな笑みを浮かべている。彼の声を聞くたび、あの甘く、抗いがたい痺れが脳を支配した。
それは、最早ただの快感ではなかった。彼の言葉、彼の存在そのものと結びついた、甘く、そして全身を支配する波だ。
この痺れが、思考の邪魔をする。警戒心を鈍らせる。そして、レオンへの反発心を、甘い霞で覆い隠す。
「アリス、今日の君は、庭のバラよりも美しいよ」
レオンは、俺を窓辺の椅子に座らせ、庭園を見せながらそう言った。
広大な庭は、信じられないほど丁寧に手入れされており、色とりどりの花々が完璧に配置されていた。かつて知っていた「庭」といえば、ビルの隙間の、雑草だらけの空き地くらいだ。この現実離れした美しさは、俺の荒んだ感性には眩しすぎた。
「君のために、この庭を作ったんだ。全ての花は、君の美しさを引き立てるためにある」
レオンは、アリスの髪に指先で触れた。その指先から伝わる温もりと、痺れる快感。
彼は、俺の――アリスの髪の柔らかさを楽しみながら、優しく梳いてくれた。男性だった頃、他人に髪に触られるなど、考えられないことだった。常に警戒し、隙を見せなかった。
だが、レオンの指先はあまりにも優しく、そして痺れる快感は抗いがたい。体が、その甘さに身を委ねてしまう。
彼は、アリスの好きなものを尋ねた。音楽は好きか? 絵は? 詩は? 荒々しい裏社会で、「好き」などという感情は贅沢品だった。生きるために必要なものを得るだけで精一杯で、感情は邪魔だった。だが、レオンは、アリスに「好き」という感情を持つことを求めている。
「まだ分からない? 大丈夫だよ。私が、君が好きなものを見つけてあげる」
そう言って、彼は美しい音楽を流したり、見たこともないような絵本を見せたりした。彼の声で語られる物語は、甘く、心地よく、そして痺れを伴っていた。抵抗しようとしても、脳が、この甘さに溺れていく。
逃げ出すことは不可能だと、悟り始めていた。
この体では、レオンという檻に囲まれたこの屋敷から脱出することなどできない。そして何よりも、レオンの甘さと、その声から来る痺れる強制力が、思考力と行動力を奪う。抗えば抗うほど、痺れが増し、快感は混乱と結びついて、身動きが取れなくなる。従う方が、遥かに楽で、そして甘い。
男性としての矜持が、ギシリと音を立てて罅割れていくのを感じる。
俺は、裏社会で誰にも媚びず、力で全てを勝ち取ってきた男だった。だが、この場所では、力は無意味だ。必要なのは、美しさ、従順さ、そしてレオンに愛されること。それは、男性として培ってきた価値観の全てを否定するものだった。
鏡を見る。
そこに映る美しい女は、レオンの甘い言葉に微笑んでいる。
その微笑みは、演技ではない。
レオンの喜びが、アリス自身の喜びとして伝わってくるからだ。
男性としての「俺」は、その光景を遠い場所から見ているかのようだ。この体は、もう「俺」のものではないのかもしれない。それは、レオンが作り出し、甘い蜜と痺れで満たされた、「アリス」という名のドールなのだ。
抗うことは、この甘い世界から引き剥がされることだ。この心地よい痺れる快感を失うことだ。それは、死よりも恐ろしいことのように思え始めていた。男性としての矜持は、もう、粉々に砕け散る寸前だった。
――レオンの甘さと、痺れる快感の波に、抗いきれない。