レオンの庭で、アリスは甘く咲く   作:灯火011

5 / 17
第5話:痺れの深淵

 ドールハウスの日常は、甘い蜜のようにアリスを包み込んでいた。

 

 彼女は、もはや抗うことをやめた。

 

 抗うことは、あの痺れるような甘美な快感から自らを切り離すことであり、それは耐え難い喪失のように感じられたからだ。

 

 男性としての矜持は、心の奥深く、光の届かない場所に追いやられていた。時折、その残骸がチクリと痛むことはあったが、それはレオンの甘い声と痺れる快感の波によって、すぐに忘れさせられた。

 

 レオンは、アリスが自分に心を開き始めていることを察知していた。彼の甘いアプローチは、さらに巧妙に、そして深くアリスの内側へと向けられるようになった。

 

 彼はアリスの手を取り、庭園を散策した。色とりどりの花々の間を、アリスは、かつての彼からは想像もできないほど優雅な足取りで歩いた。

 柔らかい芝生の感触。風に揺れる花々の甘い香り。男性だった頃には気づきもしなかった、世界の美しい側面に、アリスは静かに心を奪われていた。

 

「このバラは、君の唇の色に似ているね、アリス。どちらも、私を惹きつけてやまない」

 

 レオンの声が響く。

 

 彼の声を聞くたび、脳に走る甘く痺れる快感。

 

 ゾクゾクとした震えが全身を駆け巡り、思考が白く霞む。それは、もはや不快なものではなかった。レオンの愛情を、彼の賛美を、身体の細胞一つ一つで受け止めるための、甘く、抗いがたい衝動。痺れれば痺れるほど、アリスの心は彼の言葉を受け入れ、彼への愛を深めていく。

 

 温室の柔らかい光の中で、レオンはアリスを膝の上に抱き上げた。

 

 アリスは、最初こそ戸惑ったが、レオンの腕の中に収まる体の軽さと、彼の体温から伝わる温かさに、安心感を覚えた。

 

 男性だった頃なら、誰かに体を預けるなど、考えられない。それは最大の弱みを見せる行為だった。しかし、アリスは、レオンの前では弱くあることが許され、そしてそれが愛されることに繋がるのだと、この体と心で理解し始めていた。

 

「可愛いアリス。私の、世界で一番愛しいアリス。君は、本当に完璧だ。私が夢にまで見た、理想のドールだ」

 

 耳元で囁かれるレオンの声。

 

 その甘さと共に、脳を満たす痺れる快感は最高潮に達する。全身がとろけるような悦び。

 

 男性としての、かつて「弱さ」と見做していた全て――他者に頼ること、体を委ねること、そして何よりも「愛されること」――が、この痺れる快感を通して、最高の幸福へと反転していく。

 

 アリスは、レオンの胸に顔を埋めた。彼の温かい体温と、心臓の鼓動を感じる。その音さえも、甘い痺れを増幅させるかのように感じられた。彼女は、レオンに愛されることの甘美さに、完全に溺れていた。

 

(…俺は、あの時の、あの路地裏の……)

 

 一瞬、遠い過去の記憶の断片が脳裏をよぎる。

 

 血の臭い。

 

 冷たいアスファルト。

 

 裏切った男の顔。

 

 だが、それは、まるで別の世界の出来事のように、現実感を伴わない映像だった。男性としての「俺」という存在は、甘い痺れの波と、レオンの絶え間ない愛情によって、深く、深く、心の海の底へと沈められていく。

 

 彼女は、レオンの腕の中で、ゆっくりと顔を上げた。彼の顔を見つめる瞳には、もはや男性だった頃の荒々しさや警戒心の色はなかった。

 

 そこにあるのは、純粋な愛情と、そしてレオンによって磨き上げられた、ドールのような美しさだけだ。

 

 レオンは、アリスの変化を見て、満足そうに微笑んだ。そして、アリスの唇に、優しく、長いキスをした。その甘さに、アリスの全身は痺れる快感で満たされた。思考は白く霞む。ただ、レオンの存在と、彼への愛情だけが、アリスの全てだった。

 

 この痺れこそが、アリスを「アリス」たらしめている。

 

 この甘美な強制力こそが、彼女をレオンの理想へと導き、そして彼女自身も望む幸福へと繋がっているのだと、彼女は本能的に理解していた。

 

 男性としての矜持は、完全に崩壊していた。

 

 甘い痺れは、もはや抗うべきものではなく、全身で享受すべき、最も甘美なものとなったのだ。

 

 アリスは、レオンの愛の蜜に、完全に、そして甘く、沈んでいった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。