ドールハウスの日常は、甘い蜜のようにアリスを包み込んでいた。
彼女は、もはや抗うことをやめた。
抗うことは、あの痺れるような甘美な快感から自らを切り離すことであり、それは耐え難い喪失のように感じられたからだ。
男性としての矜持は、心の奥深く、光の届かない場所に追いやられていた。時折、その残骸がチクリと痛むことはあったが、それはレオンの甘い声と痺れる快感の波によって、すぐに忘れさせられた。
レオンは、アリスが自分に心を開き始めていることを察知していた。彼の甘いアプローチは、さらに巧妙に、そして深くアリスの内側へと向けられるようになった。
彼はアリスの手を取り、庭園を散策した。色とりどりの花々の間を、アリスは、かつての彼からは想像もできないほど優雅な足取りで歩いた。
柔らかい芝生の感触。風に揺れる花々の甘い香り。男性だった頃には気づきもしなかった、世界の美しい側面に、アリスは静かに心を奪われていた。
「このバラは、君の唇の色に似ているね、アリス。どちらも、私を惹きつけてやまない」
レオンの声が響く。
彼の声を聞くたび、脳に走る甘く痺れる快感。
ゾクゾクとした震えが全身を駆け巡り、思考が白く霞む。それは、もはや不快なものではなかった。レオンの愛情を、彼の賛美を、身体の細胞一つ一つで受け止めるための、甘く、抗いがたい衝動。痺れれば痺れるほど、アリスの心は彼の言葉を受け入れ、彼への愛を深めていく。
温室の柔らかい光の中で、レオンはアリスを膝の上に抱き上げた。
アリスは、最初こそ戸惑ったが、レオンの腕の中に収まる体の軽さと、彼の体温から伝わる温かさに、安心感を覚えた。
男性だった頃なら、誰かに体を預けるなど、考えられない。それは最大の弱みを見せる行為だった。しかし、アリスは、レオンの前では弱くあることが許され、そしてそれが愛されることに繋がるのだと、この体と心で理解し始めていた。
「可愛いアリス。私の、世界で一番愛しいアリス。君は、本当に完璧だ。私が夢にまで見た、理想のドールだ」
耳元で囁かれるレオンの声。
その甘さと共に、脳を満たす痺れる快感は最高潮に達する。全身がとろけるような悦び。
男性としての、かつて「弱さ」と見做していた全て――他者に頼ること、体を委ねること、そして何よりも「愛されること」――が、この痺れる快感を通して、最高の幸福へと反転していく。
アリスは、レオンの胸に顔を埋めた。彼の温かい体温と、心臓の鼓動を感じる。その音さえも、甘い痺れを増幅させるかのように感じられた。彼女は、レオンに愛されることの甘美さに、完全に溺れていた。
(…俺は、あの時の、あの路地裏の……)
一瞬、遠い過去の記憶の断片が脳裏をよぎる。
血の臭い。
冷たいアスファルト。
裏切った男の顔。
だが、それは、まるで別の世界の出来事のように、現実感を伴わない映像だった。男性としての「俺」という存在は、甘い痺れの波と、レオンの絶え間ない愛情によって、深く、深く、心の海の底へと沈められていく。
彼女は、レオンの腕の中で、ゆっくりと顔を上げた。彼の顔を見つめる瞳には、もはや男性だった頃の荒々しさや警戒心の色はなかった。
そこにあるのは、純粋な愛情と、そしてレオンによって磨き上げられた、ドールのような美しさだけだ。
レオンは、アリスの変化を見て、満足そうに微笑んだ。そして、アリスの唇に、優しく、長いキスをした。その甘さに、アリスの全身は痺れる快感で満たされた。思考は白く霞む。ただ、レオンの存在と、彼への愛情だけが、アリスの全てだった。
この痺れこそが、アリスを「アリス」たらしめている。
この甘美な強制力こそが、彼女をレオンの理想へと導き、そして彼女自身も望む幸福へと繋がっているのだと、彼女は本能的に理解していた。
男性としての矜持は、完全に崩壊していた。
甘い痺れは、もはや抗うべきものではなく、全身で享受すべき、最も甘美なものとなったのだ。
アリスは、レオンの愛の蜜に、完全に、そして甘く、沈んでいった。