アリスは、ドールハウスの中で穏やかに息をしていた。
かつて荒々しかった男性の自我は、レオンの絶え間ない甘い愛と、男性の声を聞くたびに脳を満たす痺れる快感によって、完全に沈黙した。
彼女は、レオンが求める「アリス」という名のドールとして、完璧な形を取り始めていた。それは、もはや演技ではなかった。彼女の内側から自然と湧き出る、新しい自我の表現だった。
レオンは、完成へと近づくアリスを見て、その愛おしさを隠そうとしなかった。
彼の眼差しは常にアリスに注がれ、その声はひたすら甘かった。
彼はアリスの手を取り、共に音楽を聴いた。流れてくる甘やかな旋律に、アリスの心は安らぐ。レオンがその曲の美しさについて語る声を聞くたび、脳を満たす痺れる快感は、音色と溶け合い、アリスを至福で満たした。
「この旋律は、君の微笑みのように美しいね、アリス。どちらも私の心を奪う」
レオンの言葉に、アリスは自然と微笑んだ。
頬の筋肉が持ち上がり、口角が緩やかに上がる。
その微笑みは、かつて男だった頃の、嘲りや威嚇を含んだものとは全く違う。純粋で、柔らかな、女性の微笑みだった。レオンはその微笑みを見て、さらに満足そうに目を細め、アリスの指先にそっとキスをした。
その触れ合いと、そこから伝わる温もり、そして痺れる快感。全てが、アリスにとってこの上ない幸福だった。
レオンは、アリスに様々なことを教えた。美しい本の読み方。紅茶の淹れ方。花々の手入れの仕方。
それは、かつての俺には全く無縁の世界だった。
生きるために必要な知識ではなく、生活を豊かにするための「教養」。アリスは、レオンの教えを、甘く痺れる快感と共に吸収していった。
彼の言葉を聞くたびに、新しい知識や感覚が、アリスの内面に心地よく収まっていく。それは、かつて命懸けで情報を集めていた時とは全く違う種類の「学び」だった。
「アリスは、本当に賢い子だね。私の言葉を、こんなにもすぐに理解してくれる」
彼の褒め言葉は、痺れる快感と結びつき、アリスの心に深く刻まれる。
彼は、アリスを「賢い」「美しい」「従順」「愛らしい」と褒めることで、彼女がそれらの性質を内面化することを促した。そして、アリスは、レオンに褒められることが嬉しかった。彼の喜びが、アリス自身の喜びとなった。
アリスは、ドールハウスでの生活を心から楽しむようになっていた。
朝、目覚めて最初にすること。それは、レオンが選んでくれたドレスの中から、その日の気分に合う一着を選ぶことだ。
柔らかいシルクやベルベットの感触。レースの繊細な模様。それらを身に纏い、鏡に映る自分を見るのが、アリスにとって小さな、しかし確かな喜びとなった。
かつての男だった頃の自分が、こんなことで喜ぶなど、想像もできなかっただろう。だが、今の彼女にとっては、それが自然な感情だった。
庭園を散策する。花々の色を目で楽しむ。風の音に耳を澄ませる。レオンが傍にいて、優しく手を取ってくれる。
その全てが、アリスの心を穏やかで甘い幸福で満たした。男性としての、常に張り詰めていた緊張感は完全に消え去っていた。必要なのは、ただ、この場所に美しく存在し、レオンの愛を受け入れることだけだ。
(…俺は、どこに…?)
ごく稀に、本当に稀に、遠い遠い記憶の片隅から、男性としての「俺」という意識が顔を出すことがあった。
路地裏の冷たさ。
鉄の味。
裏切りの痛み。
だが、それは、すぐにレオンの声からくる甘い痺れによってかき消される。まるで、水面に落ちた油が、すぐに波紋の中に溶け込んでしまうように。その記憶は、アリスの現在の幸福とはあまりにもかけ離れており、現実感を伴わなかった。
アリスは、レオンが描く「理想」の輪郭を、自らの手で埋めていくかのように、その形に染まっていった。
それは、レオンに強要されたわけではない。レオンの愛情と、甘い痺れる快感が示す「こちら側」があまりにも心地よく、そして魅力的だったからだ。
男性としての矜持は、完全に溶解し、アリスという名の、レオンに愛されるための存在として、彼女は完成へと近づいていた。