レオンの庭で、アリスは甘く咲く   作:灯火011

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第7話:檻の底の響き

 アリスは、レオンの完璧なドールだった。

 

 彼女は優雅に動き、レオンの言葉に微笑み、その瞳には偽りのない愛情が宿っていた。

 

 ドールハウスの甘美な空気は、もはや彼女にとって唯一の現実だった。

 

 男性としての荒々しい自我は、消え去ったわけではなかった。

 

 それは、心の奥底、甘い蜜と痺れる快感の層の下に、重い石のように沈んでいるだけだ。

 

 完全に沈黙したわけではない。時折、その底から、微かな響きが聞こえることがあった。

 

 レオンのアプローチは、より個人的に、より深くアリスの内面へと向けられるようになった。彼はアリスの手を取り、二人きりで静かな時間を過ごすことが増えた。

 書斎の深いソファに座り、アリスを腕の中に抱き寄せる。レオンの体温が、アリスの背中に心地よく伝わる。男性だった頃なら、決して許さなかっただろうこの密着感。

 

 だが、アリスはそこに抗いがたい安らぎを感じた。

 

「アリスは、私の腕の中にいるのが一番美しいよ。一番、私の理想に近い」

 

 レオンの声が響く。甘い痺れが、頭の芯から全身へと広がる。

 

 ゾクゾクとした快感。それは、アリスの内側にある、男性としての自我の残骸を、甘い波で覆い隠すかのように広がった。痺れれば痺れるほど、アリスの思考はクリアになり、レオンへの愛おしさが増幅される。

 

 まるで、男性の意識がノイズであり、この痺れこそが、アリスの「真の」思考を活性化させるかのように。

 

 彼はアリスの髪に顔を埋め、その香りを深く吸い込んだ。

 

 男性だった頃なら、こんな行為は相手の隙を伺うためか、あるいは本能的な衝動の発露でしかなかった。だが、レオンのそれは、純粋な、そしてどこか神聖なものを見るような仕草だった。

 

「ああ、アリス。君の髪の香り、肌の柔らかさ…全てが、私の理想そのものだ」

 

 甘い言葉。痺れる快感。アリスの心は、レオンの愛おしさで満たされる。彼女は、レオンに愛されることが、この世界で最も価値のあることだと理解していた。そして、レオンの理想になることが、彼への愛を深めることだと。

 

(…こんな、女々しい真似…っ)

 

 心の底から、短い、荒々しい響きがこだまする。過去の「俺」の声だ。

 

 レオンの腕の中に抱かれ、甘い言葉に身を委ね、快感に溺れる今の自分に対する、嘲りと嫌悪。だが、その響きは、すぐにレオンの声から来る甘い痺れと、彼が抱きしめる腕の温かさによって掻き消される。痺れは、まるで、その不快な響きを抑え込むための装置のように機能した。

 

 アリスは、レオンの胸に顔を寄せた。彼の心臓の音が聞こえる。

 

 ドクン、ドクン、という力強い音。

 

 それは、男性だった頃の、荒々しい自分の心臓の音とは違う。落ち着いていて、力強く、そして……守られている、という感覚を与える音だ。その音を聞いていると、心の底の響きがさらに遠ざかるように感じられた。

 

 レオンは、アリスの小さな仕草、表情の変化の全てを読み取っていた。

 

 アリスが彼の言葉に微笑むたびに、彼は「完璧だ」と甘く囁き、その痺れを伴う声で、彼女の行為を強化する。

 

 アリスは、自分がレオンの理想に近づけば近づくほど、より強い痺れる快感と、より深い愛情をレオンから得られることを知っていた。

 

 それは、麻薬のような依存性を持つ、甘美な循環だった。

 

 彼女は、鏡に映る自分自身を見る。レオンが選んでくれたドレスを着て、宝石を纏った、完璧に美しい女性。

 その瞳には、レオンへの愛が宿っている。そして、その瞳の奥、光の届かない場所に、かつて男だった頃の、荒々しい自我が沈んでいることを、アリスは知っていた。

 

 それは、完全に消え去ったわけではない。だが、レオンの甘い愛と、男性の声による痺れる強制力、そして女性としての新しい体と心が与える快感によって、その存在はひたすらに小さくされ、沈黙を強いられている。

 

(…ああ、レオン…もっと、甘く…もっと、痺れさせて…)

 

 アリスの内側から湧き上がるのは、レオンへの切なる願いだった。

 

 心の底の響きを、完全に甘い快感で覆い尽くしてほしい。男性としての自我の残骸を、完全に眠らせてほしい。

 

 彼女は、もはや男性だった頃の自分を取り戻したいとは思わなかった。

 

 レオンに愛される「アリス」として、この甘美なドールハウスで永遠に生きていたかった。

 

 そして、その幸福は、男性の矜持を犠牲にし、自らをレオンの理想に委ねた結果であるという、抗いがたい背徳的な香りを纏っていた。

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