こちら沖ツラ愉悦部 安慶名組!   作:時給

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最終話 ニライカナイ

「しっかし、本当に台風来てるば? 今日もこの天気だしよー」

休み時間に窓の外を見ながら、てんすけーが首を傾げた。

今日は雲こそ多いものの青空も見えており、秋晴れと言って差し支えない空模様だ。確かに台風が近づいて来ているようには見えない。

いさおーが黒糖をポリポリかじりながら、それに答える。

「今日の夕方過ぎてからがヤバいらしいぞ。しばらくフィリピン沖で止まってたのがよー、今朝になって急にダッシュで北上を始めたってよ。今、沖縄めがけて爆進中なんだとか」

「なんだそれ。なんで急にやる気になった?」

「さあ……そういう年頃なんじゃねーの」

てんすけーは「これだから若さってやつは」と知った風な顔で首を横に振り、てーるーに向き直る。

「てーるー。今度こそ台風の準備、しっかりしとけよー」

「分かってるって。もう失敗しないよ」

苦笑いしながら、てーるーはうなずいた。

「水も保存食もモバイルバッテリーも完璧だよ。今なら1週間くらい、家から出られなくても大丈夫だね」

「おー気合い入ってんなー」

てんすけーと笑い合っている後ろで、かーなーが密かにガッカリしているのだが、てーるーは気付かない。

「あとは、そうだな。暇つぶし道具は? 映画のDVDとか」

「あっ! そうか、それがあった! まだ何も用意してなかったよ」

「てーるーよー。まだまだだなー」

「帰ったら急いで行かなきゃ。台風前はレンタル屋に行列ができるんだよね。せっかくだし、ちょっとそれも見てみたいかも」

妙なところでワクワクしているてーるーに、いさおーが苦笑しながら口を開く。

「うまいことタイミングが合えば、学校が臨時休校になるからよー。シリーズ物とか借りとくと、一気に消化できて良いぞ。海外ドラマシリーズとかなー」

「なるほど。でもせっかくなら、沖縄関連のものがいいかな。沖縄が舞台の映画とか、何があるのかな」

「あー、映画は戦争ものが多いんだよなー。まあ仕方ないと言えば仕方ないんだが。でも何年か前には、朝ドラになったりもしたぞ。朝ドラどうだ? 見るのにメチャクチャ時間かかりそうだけど」

そのとき、急にひーなーが「はいっ!」と元気よく挙手して話に入ってきた。

「てーるー。沖縄もんでシリーズもんなら、とっておきのがあるさー」

「えっ、とっておき? なになに?」

「琉神マブヤー!」

いさおーとてんすけーがズッこけた。

「ひーなー。子供かや」

「確かにご長寿シリーズだし、暇つぶしにはなるだろうけどよー」

「えっ、みんなマブヤー見ないの? 台風だのに!?」

「台風だからマブヤーって、意味分からんが……さすがに高校生にもなって、DVD借りてまで見ねえわー」

「ゆくしー!?」

 

 

沖縄MEMO.××: 琉神マブヤー

 

琉神マブヤーとは、いわゆる沖縄のご当地ヒーロー。

2008年10月に初回テレビ放送され、最新作は2017年の琉神マブヤーARISE。漫画化、映画化もされ、現在も沖縄各地でヒーローショーや握手会などが行われている。

子供たちに沖縄の言葉や文化、歴史を伝えていく試みも盛り込まれており、「わからないウチナーグチが出てきた時に、親やおじいさん、おばあさんに聞くなど、家族間で沖縄文化を語り合うコミュニケーションになれば」ということで、台詞の中に出てくるうちなーぐちには、あえて解説はつけられていない。

 

??「悪の軍団マジムンから、マブイストーンと沖縄の魂を守るため、マブヤーは戦うわけ。新作が待ち遠しいさー」

 

 

「かーなーは見るよねえ!?」

「いや、さすがに見ないって……」

「なーんでやっさー!」

絶望の声を上げるひーなーを見て、てーるーが慌てて言った。

「お、面白そうだね! 俺は見てみるよ、喜屋武さん!」

「じゅんに?」

「うちなーぐちの勉強にもなりそうだしね! うん、すっごく興味あるなあ!」

ひーなーはパアッと顔を輝かせる。

「てーるーよー! わんは嬉しいさー!」

「じゃあ早速、放課後に家に帰ってすぐ……あ、でも、そういえば一番近いレンタル屋ってどこなんだろう?」

首を傾げるてーるーを見て、ピンと来た。チャンスよ、かーなー。レンタル屋への案内を口実に、てーるーと放課後デートよ!

……って、いつもの私だったら、ここですぐに口を挟んで、口八丁でかーなーとてーるーを丸め込んでいたことだろう。そう、いつもの私だったら。

「……あ、あの……」

だけど現実の私は、か細い声を出すので精一杯だった。

声が小さすぎたのだろう。仲間達には気付いてもらえず

「わんが案内してあげるさー! 任しちょけー」

「喜屋武さんが!? いいの? ありがとう!」

ひーなーの元気な声にかき消されてしまった。そう言われて、てーるーは嬉しそう。

そして、

「えっ……じゃ、じゃあ私も……!」

かーなーが慌てて2人について行こうとするが、まるでそれを遮るように、いさおーが大声で割り込んできた。

「ひーなー。どうせ行くなら美里の方を案内してやったらどうだー? あそこならサンエーも近いからよ、ついでにちょっと遊んで来たらいいべ」

ギクリとした。サンエーは、かーなーが夏休み中にてーるーと初めてデートした場所だ。

まさか、いさおー。かーなーの唯一のアドバンテージをなくそうっていうの!?

「………………ッ!」

思わず立ち上がる。

が、何も言えない。何と言えばいいのか分からない。

急に立ち上がった私に、不思議そうな視線を向けてくる面々。何も言えない私。沈黙の中に流れる、何とも言えない微妙な空気。

「あ~っと……。でもアレだね、学校帰ってからあそこまで行ったら、帰りが夜になっちゃうかも。もっと近い所にないのかな?」

場を取り繕うように、てーるーが話を続けてくれた。

ひーなーも気を取り直して頷く。

「じゃあ、やっぱり市役所の近くにある方に行こうねー」

かーなーは意気消沈した様子で、何も言わない。いさおーに割り込まれたことで心が折れてしまったようだ。

「………………」

けっきょく私も、無言のまま座る。本当に、他の人達からすれば、なんで立ち上がったのか意味不明だろう。

ふと、いさおーと目が合った。

「………………」

たまたま目が合ったんだ。

そう言わんばかりに、何の感情も浮かんでいない表情のまま、ゆっくりと目をそらされた。

 

 

 

 

放課後。いつもの海辺のベンチに、かーなーと2人で来ていた。

風が強い。空を見上げれば、すごい勢いで雲が流れて行っている。

目の前の海は辛うじて夕暮れの赤い光に包まれているが、この分ではいくらもしないうちに、灰色の景色になってしまうのだろう。台風は確実に迫って来ているのだ。

「いさおー達と、ケンカでもしたの?」

強風に髪を押さえ、ふとかーなーがそんな問いを発してきた。

驚いて振り返る。彼女は海を見つめたまま、言葉を続けた。

「ひょっとして、私のせいかな」

「別に。何でよ」

「なんとなく」

心の中で、自分に舌打ちする。

かーなーは決してバカな子ではない。むしろ感受性豊かで、周りに気配りができる子だ。うまくごまかしているつもりでいたが、この子なりに感じるものがあったのかも知れない。

この子に心配かけるなんて、これは私の失態だ。

「……あんたには何の関係もないわ。私が、うまく立ち回れなかっただけ」

そう答えると、彼女は小さく笑った。

「やーえーでも失敗することなんてあるんだ」

「当たり前でしょ。私を何だと思ってるの」

「何でもできる人。頭が良くって、テキパキしてて、いつでも自信満々で。どんくさくて気も小さい私と違って、やりたいこと全部できて、欲しいものは全部手に入れられる人」

「そんなわけないでしょ。何にもできないわよ、私なんて」

「やーえーが何もできない人だったら、私なんていよいよダメだなあ」

今ごろ、ひーなーとてーるーはレンタル屋にいるのだろうか。きっとひーなーは、自慢の沖縄知識を存分に披露して、あれやこれやと沖縄関連のDVDを勧めているのに違いない。

いさおーとてんすけーは放課後まで一緒に行くとか言っていたくせに、いざ放課後になったら「急用を思い出した」とか言って、2人について行かなかった。絶対にわざとだ。

「あんたは何もできないんじゃない。何もしていないから、何もできていないだけ」

「やーえー厳しい」

かーなーは私の言葉に苦笑を返しただけだった。

そして何を思ったか、立ち上がり、近くに生えていたススキの葉っぱをちぎって結ぶ。

サンだ。うちなーんちゅが、近しい人や大切な人への思いやりを込めて結ぶ魔除け。

「………………」

できあがったサンを両手で包み、目を閉じて何事か祈る。手の中にあるサンと、そして目の前に広がる海の彼方に想いを込めて。私にはそれが、何か尊い儀式のように見えた。

何を想っているのだろう。どんな想いを託しているのだろう。てーるーのことだろうか。それはきっと清らかな、マースの結晶のように美しい真心に違いない。

だけど彼女は、そんな想いがこもったサンを、てーるー本人に渡すのではなく。

階段を降りて、海に還してしまうのだ。台風のせいで荒い波に呑まれ、サンはすぐにどこへ行ったのか分からなくなってしまう。

私は彼女の想いを呑み込んだ海を眺める。具志川は島の東側にある町だから、この先は遙かな太平洋だ。

ニライカナイ ――――――

ふと、沖縄に伝わる伝承が思い起こされた。

遙かに遠き東の海の彼方にある、神様の住まう場所。すべての命が来たり、そしてすべての命が還る場所。死後七代にして、その魂は子孫の守護神となる。

そんな、この世ならざる場所。

「みんなが仲良くできたら良いのにね」

ひょっとしたら、かーなーのように。

琉球の民は遙か昔から、この海に自分の大切な想いを託してきたのかも知れない。ニライカナイへ届けと。争いもなく悲しみもない、海の彼方の理想郷へ届けと。

「………………」

さっき、私はこの子に「あんたは何もしていない」と言った。

だけど実際はそうじゃない。この子は頑張っている。自分にできる精一杯をやっている。確かに足りないけど、そう思うのは私が何のリスクも負わない、気楽な外野の立場だからだ。

大切なものができると、人は臆病になる。大切だからこそ壊したくない。壊したくないから軽率に動けない。当たり前だ、誰だってそう考える。それを一体誰が責められるというのだ。

「このままじゃダメだってことは、私も分かってるんだよ」

へにゃ、という擬音がピッタリくるような、穏やかで悲しい笑顔でかーなーは笑う。

もしかしたら、彼女はすでに色々と察し始めているのかも知れない。

親友のかすかな心の動きも。私達が、裏でコソコソやっている事も。そして ――――――もしそうなったなら、自分に勝ち目など無いことも。

たまらなくなった。

私は両手で彼女を抱きしめる。

「わ。どうしたの? やーえー」

こんな私なのに。口も悪くて役にも立たない、こんな私なのに。

それなのに、ふんわりと穏やかに私を抱きとめてくれるのだ、この子は。

「冗談じゃ……ないってのよ……っ!」

いさおーやてんすけーの言うことも分かる。私だって同じだ。ひーなーが居なきゃ、私の友達関係は、きっと今とは全然違うものになっていた。

小ずるくて可愛げのない私なんかに、まともな人間関係が築けたとは到底思えない。少なくとも今みたいに、こんなに心から安心して無防備でいられる友達なんて、絶対に作れなかった。私にとっても、ひーなーは恩人なのだ。

でも、だからって。

みんながひーなーの味方したら、この子は1人ぼっちになってしまう。誰も助けてくれないこの子の恋がどうなるかなんて、火を見るより明らかだ。きっと人気のない山奥に咲いてしまった花のように、誰にも気付かれず、誰の目にも触れないまま、ただ枯れて行くのだ。

こんなに綺麗に咲いているのに、そんなのあんまりじゃない。どうしてこの子がそんな目に遭わなければならない? 誰か1人くらい、この子の味方になったって良いはずだ。

それがひーなーへの裏切りになるって言うんなら……私は、裏切り者でいい。

当たり前じゃない。こんなに良い子が、こんなに純粋で一途な想いが、報われてほしいと思うのって、そんなに悪い事!?

抱きついたまま何もしゃべらない私に、かーなーは何も聞かなかった。

「そうだ」

ただ、ふと思いついたように言った。

「これが叶ったら、もうちょっと頑張ろうかな。……やーえー、情けないって言わないでね」

 

 

海からの帰り道、通りがかった1本の木の前で、かーなーは立ち止まった。

ポケットを探り、ハンカチを取り出す。ミンサー織りのハンカチだった。てーるーからもらった、きっとこの子にとっての宝物。

かーなーはそれを木の枝に結びつける。

「……よし。明日の朝まで、このハンカチがこのままだったら、もうちょっとがんばる」

「台風来てんのよ」

ただ1回結んだだけで、固結びすらしていない。これでは強風にあおられたら、簡単に解けてどこかへ飛んでいってしまうだろう。

「だからこそだよ」

かーなーは笑った。

「だから無事だった時は、がんばるの。神様のお告げだと思って」

「大事なものなんじゃないの。なくしちゃうわよ」

「うん。まあその時は……ニライカナイにでも行ったんだと思うことにするさー」

「……そう」

笑わないでね、とかーなーは言った。

笑わないわよ、と私は答えた。

笑うわけがなかった。

 

 

八重と夏菜が立ち去った後。

曲がり角から1人の男が姿を現した。

さっきまで2人がいた木の前に立ち、枝に結んであるミンサー織りのハンカチを発見する。

「……ふむ」

そして、男 ――――――古謝(こじゃ)古謝実咲樹(みさき)は、小さく唸った。

 

 

 

 

日が落ちてから、台風は本格的に沖縄へ接近してきた。

近年にない足の速い台風で、今夜一晩のうちに接近、上陸、通過して行く見込みで、予想上陸時間は今夜1時ごろ。そして明日の朝には中国の方へ過ぎ去っているだろうとのこと。

中心の気圧は980ヘクトパスカル。ついこないだ、教室でいさおー達と「雑魚ね」と鼻で笑っていた。

「私が悪かったわよ……雑魚なんて言ってごめんなさい」

レインコートを引き裂かんばかりに荒れ狂う風。容赦なく体を打つ無数の雨粒。台風の猛威に晒されながら、私は小さく詫びた。

ハンカチごとタオルを巻き付けた枝を、両手で必死に支える。とにかくハンカチを守れればそれでいい。結び目がほどけて風に飛ばされさえしなければ、それで勝ちなのだ。

風に体があおられる。自分が飛ばされないよう踏ん張るだけで、どんどん体力を削られていく。今、何時だろう。8時にこっそり家を出て、もう何時間も経ったような気もするし、まだ1時間くらいしか経っていないような気もする。

――――――本当に、朝まで守り切れるの? これ。

ちょっとでも気を緩めると、すぐに弱気が頭をもたげてくる。そのたびに強く首を横に振って、その考えを追い払う。

守り切れるの、じゃない。守り切るのだ。できるかできないかじゃなくて、やるのだ。

バカなことをしている自覚はある。こんな所、親や大人たちに見つかったら大目玉だ。だけど仕方が無い。かーなーのためにできる事が、これくらいしか思いつかないのだから。

手が冷たい。指先の感覚はもう怪しくなってきている。このまま行ったら、そのうち自分が本当に枝を掴んでいるのかすら分からなくなってしまうんじゃないだろうか。掴んでいるつもりが、実は掴んでおらず、それでハンカチが風に飛ばされてしまったら。そう思うと恐ろしくなる。

夜闇はどこまでも深く、本当に朝なんて来るのかと、自然の摂理すら疑わしくなってくる。目に涙がにじんでくるのが分かる。全身が冷え切った中で、目頭だけが驚くほど熱い。

 

「何でもできる人。頭が良くって、テキパキしてて、いつでも自信満々で。やりたいこと全部できて、欲しいものは全部手に入れられる人」

 

ああ、嫌だ、嫌だ。あの子は私のことを、そう言ってくれたのに。

私は何でもできなきゃいけないのに。

実際の私はこんなにもバカで、何もうまくできなくて、自分の限界と夜の闇に怯える臆病者で。あの子のために頑張りたいのに、それもできなくて。友達も楽しい日々も、欲しいもの全部なくしちゃうような人間なんだ。

嫌だ。嫌だ。こんなはずじゃなかったのに。

心を押しつぶしてくる大きくて重いものに、思わず唇を噛んだ、その時だった。

突然、背後から大きな手が伸びてきて、力強く枝を掴んだ。

驚いて見上げると、いさおーの横顔がそこにあった。と同時に、

「ククク、とんだ醜態だな安慶名八重よ。無様、無様。フハハハハ!」

「やーえーよー。さすがにこれはシャレになってねえぞー。危ねーだろうがよー」

振り返ると、みさきーとてんすけーもそこにいた。

「……なんで……」

「俺が呼んだのだ。夕方、ここで貴様と比嘉夏菜を偶然見かけてな。もしやと思って、この2人を呼んで様子を見に来てみれば、案の定だったとは! 貴様の考える事など、所詮は俺の手のひらの上なのだ! フハハハハ!」

高笑いするみさきーの隣で、てんすけーがやれやれと肩をすくめて言う。

「お前の親、お前がいなくなってる事に気付いたぞ。俺らのところに連絡が来た。とりあえず俺らと一緒に、内地の人間の真似してコンビニにコロッケ買いに行ってることにしてるからよー。今すぐ帰れ、今ならあんまり怒られねーだろうから」

「後は俺らがやっとく。よく分かんねーけど、この枝に巻き付けてるモン守ればいいんだろ? 詳しいことは明日聞くからよー」

耳元でいさおーが言う。信じられなくて、私は彼を見上げて尋ねた。

「なんで……? だって、あんた達は……」

「いや確かに、ひーなーにつくとは言ったけどよー」

いさおーは目をそらし、照れくさそうに言う。

「そりゃあくまで、ひーなーとかーなーが全面対立することになったらの話だ。今はまだ、ひーなーの気持ちがどうなのか、ハッキリしてねえじゃねーか」

「だって、今日だって、ひーなーとてーるーをレンタル屋に」

「お前の目にどう映ってるのかは知らねーけどよ。現状はどっちかって言うと、かーなーの方にアドバンテージありすぎだろ。フェアじゃねーからバランス取っただけだよ」

「でも」

「……確かに、いつかはひーなー側とかーなー側に別れて、俺らが対立する日も来るのかも知れねえよ。でも」

なおも言い募ろうとする私の言葉を遮って、いさおーは言った。

「少なくとも、それは今日じゃない。てことは、今日の俺らは、かーなーとお前の味方ってことだよ」

その力強い言葉に、私は何もしゃべれなくなってしまった。

私は、何もなくしてなんかいなかった。

そう思ったら力が抜けて、枝から手を離してしまった。だけどタオルも、その下にあるハンカチも、風で飛ばされたりしない。いさおーが掴んでくれているから。その事実に泣きそうだった。

みさきーが、ふと真剣な顔になって尋ねてくる。

「いちおう確認する。この件、別にこんなバカな真似をしなくても、単に比嘉夏菜のハンカチをほどいて家に持ち帰り、台風が過ぎ去るのを待って、明日の朝にまた元通り枝に結んでおけば、それで済む話だ。それは分かっているか?」

「ええ。そんなことは真っ先に考えたわ」

「……そうか。分かっているのなら良い。敢えてやることに、意味があるということだな」

みさきーはそれ以上、多くを尋ねようとはしなかった。

「みさきー、やーえーを家まで送ってやってくれないか。さすがにこの雨風の中を1人で行かせるのはアレだからよー」

「フハハハ、いいだろう! この俺に任せておけ。安慶名八重の1人や2人、この俺の手腕にかかれば ――――――危ないッ!」

不意に、みさきーが私に覆い被さってきた。

と同時に、ゴンと鈍い音が。

「ぐ、ぬぅ……」

何ということか。風で飛んできた金属の看板が、みさきーの頭に直撃してしまった。

ガクリと膝をつくみさきー。

「だ、大丈夫!?」

「ふ、ふは、ふはは……なんのこれしき」

頭から血が出ている。重傷だ。

私は頭が真っ白になりかけるが。

「あーあ。こういうことになるから、早く帰れって話なんだよなー。その怪我じゃ無理だろ、みさきー。お前も帰った方がいいぞ」

いさおーは何ら慌てる様子もなく言った。

「見くびるな、下地勲……我が求道は、こんなことでは……」

「いや、普通に怪我人に居座られた方が迷惑やっし」

「ちょっと、そんな言い方しなくても。怪我してるのよ?」

あまりのことに私は思わず口を挟むけど、いさおーはすっとぼけたように首を傾げる。

「んー? なんだ、もう動けないか? みさきー。助けてほしいか?」

「貴様、耳が聞こえんのか! 我が求道を見くびるなと言っておろう!」

「こう言ってるぞ」

まるで何も問題など起きていないかのように、私の言葉を一蹴する。

「しょうがねえな。てんすけー、やーえーは心配みたいだからよー、お前が2人まとめて家まで送ってやってくれよ」

「おー」

そして、てんすけーもまた呑気にうなずいて、いさおーに首を傾げてみせる。

「送ってくるのは良いんだけどよー。その間、お前1人で大丈夫かー? 2人を送り届けて帰ってきたらお前までひっくり返ってて、かーなーのハンカチ飛ばされてた、なんてのはカンベンだからなー?」

「しなすぞー。何なら2人を送り届けたついでに、お前も帰ったって構わねえんだからなー? てんすけー」

「お前こそ、しなすぞー」

そう軽口を言い合い、笑い合う。

「あ、あんた達……」

「まあ俺らに任せとけ、やーえー」

いさおーは私にニカッと笑いかけ、言ったのだった。

「前から思ってたんだよなー。やっぱこの沖縄に男と生まれたからにはよー、台風と真っ向勝負がしてみてえってなー」

「分かるわー、それなー」

バカだ、と思った。

どうして男の子ってこうなんだ。なんでこの状況で、そんな風に笑えるんだ。

「さ、行くぞ。やーえー、みさきー」

そう言って私の肩を押して促すてんすけーの手が、思っていたよりずっと優しくて。

私は自分でも思いがけず、泣いてしまっていた。

 

 

 

 

長い、長い夜が明けた。

まだ日も昇らぬ早朝、私は家を抜け出して海へ向かった。

昨夜の暴風が嘘のように、穏やかな風が吹いていた。まだ外は薄暗いが、道が見えないほどじゃない。

息を切らして走った先。

あの木の下に、2つの人影がうずくまっているのが見えた。

「いさおー、てんすけー!」

名前を呼ぶが、人影は動かない。

2人のもとへ駆けつけて、私は思わず息を呑む。

かつてこれほど憔悴した人間を見たことがない ――――――そう言えるほど、2人はやつれ切っていた。疲れ果て、衰弱し、生気というものを完全に失っている。台風という人の身に余る災害を相手に一晩中戦い続けた人間の、それが代償だった。

2人がゆっくりと顔を上げる。声が聞こえたというより、私の声という音に反応した、という感じで。そして焦点の合わない目で私の顔を見ると、のろのろと腕を上げ、木の枝を指さす。

タオルが、枝に巻き付いたままそこにあった。

私は立ち上がり、濡れて重くなったタオルを慎重に外す。

ミンサー織りのハンカチは、昨日と変わらぬ姿でそこにあった。びしょ濡れだが、しっかりと枝に結びついたままでいた。かーなーの想いは、ニライカナイなんかに行くことなく、今もここに在り続けていた。

思わず2人に振り返る。2人が、笑ったような気がした。

だけどそれを確認することはできなかった。なぜなら、2人はそのまま気を失って地面に倒れてしまったから。

2人に駆け寄り、額に手を当ててみる。信じられない高熱だった。

「き、救急車!」

私は慌ててスマートフォンを取り出し、電話をかけた。

 

 

いさおーとてんすけーは肺炎の一歩手前というひどい状態で、一週間入院した。

3日間は面会すらできず、学校でもちょっとした騒ぎになった。

4日目にようやく面会が許され、てーるー達と一緒にお見舞いに行った。2人はあくまで「台風と男の勝負がしたかったんだ」と言い張ったらしく、周囲の大人達を呆れさせ、両親からは散々に怒られたと笑っていた。

そのお見舞いの帰り道、かーなーが私に尋ねてきた。

「ねえ、やーえー。私のハンカチのことなんだけど……。もしかして、何かした?」

「何かって? 何もしてないわよ。私は指一本触れていないわ」

嘘はついていなかった。だって私もいさおーもてんすけーも、本当にハンカチには指一本触れていないのだから。

「そういえば、あのハンカチってどうなったの?」

「無事だった」

「へえ、すごいじゃない。ザコとはいえ台風が通ったってのに」

「ねえ。あの2人って、もしかして」

「かーなー」

彼女の言葉を遮って、私は言う。

「本人達が言ってたでしょ。あの2人は、台風と男の勝負とやらがしたかっただけ。バカなんだから放っておけばいいの。そんなことより、あんたが考えるべきはこれからのことよ。あんた言ってたわよね、あのハンカチが台風を耐え切ったら、もうちょっとがんばるって」

「………………」

「がんばりなさい。きっと神様が、あんたにがんばれって言って、ハンカチを守ってくれたのよ」

「……神様が」

「そう。だからしっかりがんばらないと、神様に怒られちゃうわよ。ワシらの苦労を返せってね」

かーなーは微笑んだ。

「そっか。うん、がんばる」

「そうしなさい」

「でも知らなかったな」

「何が?」

「ワシらってことは、神様って何人かいるんだね」

 

私の言いたいことは、ちゃんと伝わったようだった。

 

 

 

 

そして、現在 ――――――。

 

 

「てーるーが風邪を引いたわ」

私はいつものように、中庭にいさおーとてんすけーを連れ出していた。

「お見舞いイベントよ。放課後、てーるーの家にお見舞いに行くの」

「よし分かったぜ!」

てんすけーが鼻息も荒く、食い気味にうなずく。

「てーるーが弱っている今なら、俺達の勝利は決まったも同然! 見てろ、俺が今から勝利のカチャーシーを」

「踊らなくていいから。家まで行くのはいつものメンバーで行くとして、勝負はてーるーの部屋でいかにして、かーなーと2人きりにするかって事なの」

「それなら俺に考えがあるぞ!」

私が説明しようとしたそばから、自信満々な声に割って入られる。

「要は喜屋武飛夏さえ何とかすれば良いのであろう! 俺に任せろ。中村照秋の家に着く前に、偶然会ったふりをして、俺が言葉巧みに喜屋武飛夏を連れ出してやろう!」

どこから現れたのか、みさきーがベンチの上から、文字通りの上から目線で言ってくる。

「いや、あんたひーなー相手だと、簡単に洗脳されるじゃない。返り討ちに遭うのがオチよ」

「ぐぬっ……! た、確かに肝試しの時は不覚を取ったが、しかし安慶名八重よ! 強大な敵を乗り越えてこそ、我が求道は更なる高みへ……!」

「はいはい。て言うか、なんであんた、いつも呼んでないのに居るのよ」

「お見舞いに行くならよー、何かおみやげ持って行かないとなー。何にする?」

唯一、いさおーだけが建設的なことを言ってくれる。

「そうね。おみやげ選びは大事だわ。小道具次第で、それを2人きりの状況を作るキッカケにできることもあるんだから」

建設的に話を進めようとするけど、そのとき私のスマートフォンが連続で震えた。

見てみると、ラインメッセにいくつもの着信が入っていた。

ちなみにグループ名は「愉悦部」。 ……本当に誰がこんなグループ作ったのかしら。招待を受けちゃった私も私だけど。

 

『聞いたぞやーえー! てーるーのお見舞いにかーなーを連れて行くんだってな!』

『ライブ実況よろしく! いい盗聴器があるんだが、使うか?』

『ダメよ、いけないわ! 「風邪って人に移すと早く治るんだって」とか言って、夕暮れの部屋で2人の顔がゆっくりと近づいて行くなんて、そんな王道ながらも甘く爛れた展開なんて許されないわっ!』

『おかゆよ。かーなーはおかゆを作らなければいけないわ。そして弱ったてーるーに、ふーふーしてあーんよ! これしかないわ!』

 

いや、うるさっ。

勝手に大盛り上がりしている外野の様子に呆れてしまう。

「ええい面倒だ。こうなったら、てーるーの家でマブヤー見ようぜ。愛と勇気の物語で場を盛り上げてだなー」

「マブヤーでそういう空気になるわけねーべ」

「だから俺に任せろと言っておろう! 俺の頭脳には、すでに50の方法が」

どいつもこいつも、あれやこれやと好き勝手にまあ。

目の前ではいさおー達がわけの分からない議論を繰り広げ、スマホの中ではクラスメイト達が愉悦愉悦と大暴れ。ホント何で私の周りって、こんな変なのばっかりなの。

私はもはや言葉もなく、狂乱の様を眺める。

「……まあ、でも」

確かに呆れているのに、自分の顔が笑顔になっていくのが分かった。

台風の一件で私も気付かされた。かーなーだけじゃない、私にとっても今が一番楽しい時なんだって事に。

いつかは変わる、変わるしかない、期間限定の理想郷。

だけどそれは今、確かにここにある。

だったら今を楽しもう。いつか来る変化を嘆くよりも、変わった後でも「あの時って楽しかったよね」と、ここにいる皆と笑い合えるように。

「よし。もういいわ」

「やーえー?」

「今回はもう出たとこ勝負よ! たまにはかーなー本人に任せてみましょう。その代わり、チャンスがあればその時は……これで行きましょう!」

私の宣言に、男どもは一瞬あっけに取られ ――――――それから笑顔になる。

「そうだな、たまにはそういうのも良いか」

「な、なるほど! 最後はかーなー自身にキメさせるんだな、熱いじゃないか!」

「作為のない、偶然が生み出す愉悦……フフフ、なるほどそれこそが本来の、純粋なる愉悦! ここで極みを求めるのも悪くない!」

「はい、それならもう解散! 勝負は放課後よ、いいわね!」

私は手を叩いて男どもを急かし、ひーなーとかーなーが待つ教室へ帰って行くのでした。

 

 

ここは沖縄。

うちなーぐちと三線の音色が聞こえる島。

独特の文化と、ニライカナイの伝説が息づく島。

あとそれと。

とびっきりの美少女と、彼女の恋にちょっかいを出しては愉悦する、愉快な仲間達がいる島。

沖縄よいとこ一度はめんそーれ。

 

……なんてね。あはは。

 

 

 

 

こちら沖ツラ愉悦部 安慶名組!

 

おしまい

 

 

 




恋愛事って、当事者2人が大変なのはもちろんなんですが。
周囲の人間も、あれやこれやとあるわけなんですなぁ。
ちなみにこの後は、原作43話につなげてるつもり。まふゆーが来る直前までのお話でした、ということで。

ここまでお読み頂き、ありがとうございました&お疲れ様でした。
さて、後は原作の第11巻とアニメ2期の発表を待つだけだ!www
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