「もうすぐ夏休みよ」
いつものごとく中庭に連れ出した2人に向かって、私は言った。
「言うまでもなく、夏休みは青春のボーナスステージ。このチャンスを生かせるかどうかで、かーなーの恋の行方は……ううん、あの子の人生は大きく変わると言っても過言ではないわ!」
「おう!」
てんすけーが、食べかけのコッペパンを振りかざしながら同調する。
「俺達がミスれば、かーなーの人生が狂っちまうのか……へへ、興奮してきたぜ……」
ペロリと舌なめずりして不敵に笑う。
カジノで最後の大勝負に出る主人公みたいな大物感出してるけど、あんたがやると、普通に負けて地下労働送りになる小物感しかしないから、やめた方がいいわよ。
「夏休みって、まだ1ヶ月も先やっさ」
「いさおー。『まだ1ヶ月』じゃないの、『もう1ヶ月』なのよ。今からちゃんと考えておかないと」
「大丈夫じゃね? かーなーも何だかんだ、てーるーとはよく話してるし。どっか遊びに行く約束くらいするだろ。ひーなーもいるしよー」
「甘い! 甘いわっ!」
あまりにも楽観的すぎるいさおーの見解を、私は全身全霊で否定する。
「あの子がそんな積極的に動いてくれる子だったら、苦労はないのよ! どうせあの子のことだから、誘おう誘おうとモタモタしているうちに夏休みになっちゃって、そのまま何日も休みを浪費して、その頃になってようやく『学校で誘うよりスマホで改めて誘う方がハードル高い』って事に気が付いて、けっきょく何もできないまま死んだ魚の目をして『十時茶まで待てない』を見てるような……そんな青春のムダ遣いをやらかすに決まってるわ!」
「お、おう……? なんかやけにリアルだな」
だからこそ、今のうちから考えておく必要があるのだ。どんな準備をすればいいかしら。そうね……。
まずはアイディア出しから始めようとしたが。
「でもよー」
いさおーが再び口を挟んできた。
「今日から青年会の稽古が始まるべ。まさか忘れてないよな?」
しまった。心の中で舌打ちする。
そうだった。夏のエイサー祭に向けて、具志川青年会で稽古が始まるんだった。
「もちろん今年も出るば? やーえー」
「出るって言うか、出るしかないわけよ。うちは
「そういやお前のおっとー、そうだったな。俺は去年から大太鼓でよー、割と楽しみだわけさ。やっぱ楽器持つと違うわ」
「てんすけーは? あんた男手踊り?」
尋ねると、てんすけーは待ってましたとばかりに答えた。
「俺は屋台で天ぷらー揚げてるぞ」
そういえば天ぷら
聞けば、去年までは父親の手伝いだったが、今年は父親の方がサポートに回るから店主としてやってみろ、と言われたらしい。
初めてのくせして、てんすけーはなぜかキメ顔で自信満々に言う。
「見とけ、俺はやるぜ。祭り当日は俺の天ぷらー鍋が火を噴くべ!」
それ普通に火事になってない? 大丈夫?
まあてんすけーの屋台だから、どうでもいいけど。
しかし弱ったわね、面倒な用事が割り込んできたものだ。いやエイサーに罪は無いけど、他にやることがある時に来られると、少々やっかいだ。
エイサーか。……ん? エイサー……?
「これよ」
私はひらめいた。
「この機会を利用しない手はないわ。エイサーマジックを狙うわよ」
「「エイサーマジック?」」
2人の声がきれいにハモった。
沖縄MEMO.××:エイサーマジック
エイサーマジックとは、お祭りに来た女の子が、エイサー衣装を身にまとって踊る男子の姿を見て、コロッと恋に落ちちゃうこと。学校で見慣れた普段とは、装いも雰囲気も違うため、今まで気にもしていなかったはずの男子が妙にかっこよく見えて、そのギャップにやられてしまうのだ。
似たような現象は全国各地のお祭りで見られるが、沖縄のエイサーはその独自性から、特にその傾向が強い。
??「でも結局はお祭りテンションだから、あくまでもキッカケ。その恋が実るかどうかは、その後の努力次第さー」
「ほおー、じゃあ俺にもチャンスあるば?」
「理屈の上ではね。なに、あんた狙ってる女子でもいるわけ?」
「いんや。正直、女子と付き合えるならもう誰でもいい」
「よくそこまで最低な答えを思いつけるわね」
ガハハと笑ういさおーの隣で、てんすけーは何事か苦悩していた。
「どうにかして衣装の調達を……いや、そういえば押し入れにおじいの一張羅があったはず……あれで天ぷらーやれば……」
「一張羅で天ぷらー揚げるバカがどこにいるのよ。おじいに怒られるわよ」
まったくこの男子どもは。
パンパンと手を叩き、私は話のまとめに入った。
「本来は女の子が男の子にコロッと行っちゃう事を指す言葉だから、今回は逆エイサーマジックよ。かーなーを完璧な沖縄娘に仕立て上げて、ギャップを狙うの。目標は、そうね……てーるーから『かわいかった』か『綺麗だった』か、それに類する言葉を引き出すこと」
「そんなんでいいば? それくらい、祭りの感想聞いたら普通に言いそうだけどな、てーるーなら」
「そうだけど。たぶんあの子は、そんなのでも十分だと思うから」
せっかくのアイディアだ、もっと生かしたいという思いは当然ある。しかし高すぎる目標で、失敗したら元も子もないのだ。
「本当は私だって、もっと高い目標にしたいわよ。例えば、かーなーとてーるーが、2人で一緒にカチャーシーでも踊ってくれたら言う事ないんだけど……さすがにそれは高望みし過ぎでしょうし」
「そうかな。それこそエイサーマジックとやらでよー」
「ないない」
いさおーの言葉を、私は鼻で笑って否定した。
「もしそんなことが実現したら、メイド服着てあんた達にオムライス作って、ケチャップでハートマーク描いてあげるわよ」
「いや、やーえーにそんなのやられてもなぁ」
「口の利き方に気をつけなさい」
真顔で失礼なことを言ってくるてんすけーの肩に、私はポコンと軽いゲンコツを入れるのでした。
/
青年会の稽古は夕方、日が落ちてから始まる。
稽古に限らず、沖縄で何かをするとなると、たいてい夕方以降から始まる。理由は、日中は暑いから。
「よーし、じゃあちょっと休憩ー。次は7時からな」
リーダーの宣言と同時に、私とかーなーはヘロヘロとベンチへ向かう。
「暑っつー! もうすっかり夏ね」
そしてベンチに着くなり、かーなーはジャージの上を脱ぎ捨てて座り込んだ。日が落ちたとは言え、気温はまだまだ高い。ちょっと動くと汗だくだった。
シャツの胸元を掴んでパタパタと風を送る姿に、私は苦笑する。
「なかなか大胆ね。眼福、眼福」
「なんでよー。暑いんだからしょうがないでしょ? やーえーしか見てないんだからいいさー」
「……ん? あんた聞いてなかったの?」
「何を?」
「あ、いや。何でもないわ」
首を傾げるかーなーの隣に座り、私は水筒のスポーツドリンクを一気飲みする。
「でも実際、ハードよね。なんか去年より全然キツい気がする。歳かしら」
「まだ16だけどね」
ツッコむものの、かーなーも同じらしく、苦笑いしている。
ご年配の方々には「いい若い者が何を」と怒られそうだが、実感としてはそうなのだ。小学生や中学生の頃の方が今より絶対、体力あった。……単なる運動不足? それはそう。分かってるから黙ってて。
私は改めて隣のかーなーを見やる。
中学校のジャージ姿である。髪も簡単に二つ結びにしているだけ。あんたそれ、田舎の女子高生の自宅スタイルじゃない。いくら何でも油断しすぎでしょ。
「何? ジロジロ見て」
「いやー。てーるーには見せられない姿ねー、と思って」
「何でてーるー? あのね、この際だからハッキリ言わせてもらうけど。やーえー絶対、何か勘違いしてるでしょ」
「はいはい、私が悪かったわ」
「まだ何も言ってない!」
ぷんすかしているかーなーを適当にあやしていると、遠くから「おーい」という声が。見れば2つの人影が近づいて来ていた。てーるーとてんすけーだ。
「お、来たわね」
学校からの帰り道、今日の稽古の話をすると「じゃあ俺、差し入れに行くよ」と言っていたのだ。
私が手を振って居場所を知らせると、2人はまっすぐこちらへやってきた。
「ちょうど休憩中みたいだね、良かったよ。差し入れ持ってきたから飲んで飲んで」
てーるーはコンビニ袋を広げて見せる。中にはよく冷えたスポーツドリンクやお茶、あとチョコレートや飴玉などが入っていた。
「ありがとう。自分で持ってきたドリンクだけじゃ、全然足りなくなりそうだったから。正直助かったわ」
「今日、暑いもんね。夕方になってもまだこんなに」
「かーなー、ありがたく頂きましょうか」
振り返ると。
かーなーはさっき脱いだはずのジャージの上を着込み、姿勢正しく膝をそろえて座っていた。
「おやおや」
私はこれ見よがしに、ニヤニヤと笑って見せた。
彼女のピッタリ真横に座り、わざとらしく顔をのぞき込んでやる。
「えーと? 私の勘違いが、何だっけ。かーなー?」
「いや、別に……これは違うし……」
何が違うんだか。
「あらあら、そんな首元まできっちりファスナー上げちゃって。暑いでしょ?」
「そう思うんなら、ちょっと離れてよ……暑苦しいから」
いい。いいわよ、かーなー。その表情。
さっき強気に出ちゃった分、もう言い訳できなくなっちゃったのよね?
絶対に私と目を合わせるまいと、そんな頑張っちゃって。苦しい? ねえ苦しい? うーん苦しいわよねぇ、分かるわよぉ?
「ほら、せっかくてーるーが差し入れ持って来てくれたのに。お礼も言わんの?」
「い、いま言おうと思ってたの!」
ふふふ……かーなー選手、防戦一方であります。やーえー選手に手も足も出ません。
今ならこの子を、どこからでも好きなだけ攻め放題。いけないわ、これは覚えちゃいけない
私が悦に入っていると、不意にかーなーはキッと顔を向けてきた。
恥を忍んで、と言わんばかりの決死の表情で、私にひそひそ声で聞いてくる。
「やーえー、知ってたば? てーるー……と、てんすけーが来るって」
「知ってたも何も。学校から帰ってる時に、普通に話してたわよ」
「言ってよ……! 私なんて中学ジャージ着て来ちゃったじゃない……!」
「いいじゃない。可愛いわよ?」
「可愛くない! し、知り合いに見られたら恥ずかしいに決まってるさー!」
知り合いねえ。
それを言うなら、ここまで一緒に来た私もひーなーもいさおーも、みんなあんたの知り合いなんだけど?
「はい、比嘉さん。ポカリでいいかな?」
こちらの葛藤など一向に気付かない様子で、てーるーはペットボトルを差し出す。
「あ、ありがと……」
かーなーは引きつった笑顔で、それを受け取るのだが。
「?」
てーるーは首を傾げる。それもそのはずだ。
遠い。
かーなーは思いっきり上体を後ろにそらし、両手を伸ばして指先だけで受け取ったのだから。誰が見ても不自然である。
「なにしてんの? あんた」
「いや、だって……」
「比嘉さん?」
不思議に思って、てーるーが距離を詰めようとすると、かーなーは大慌てで彼を押しとどめた。
「ま、待って! てーるー、ストップストップ!」
「え? なんで」
「そのっ……! わ、私、いま汗かいてるから……っ!」
かーなーは顔を真っ赤にして、観念したように答える。
あー、なるほど。
ようやく私も合点がいった。まあ恥ずかしいわよね、好きな相手に汗のにおいを嗅がれるのって。私的には、むしろてーるーの首根っこ掴んで「嗅ぎなさい」って命令したいくらいだけどね。ネットで仕入れた情報によると、汗にはフェロモンが混じっていて、その匂いには異性を惹きつける効果があるんだとか。
……とは、さすがに気持ち悪すぎるから言わないけどさ。
「そんなの気にしないで。練習してるんだから当然だよ。ほら、リラックスリラックス」
てーるーは相変わらずの善人オーラ全開で、鬼畜なことを言っている。
「や、やーえー……!」
かーなーはもはや涙目になって、私に助けを求めてきた。
ま、これ以上はさすがに可哀想か。
私は助け船を出してやることにした。話題を変えるべく、さっきから敢えて無視し続けていた、てんすけーの方に目を向ける。
「で、あんたは何なの。その格好」
てんすけーは、なぜかボロボロの空手着を身にまとっていた。まるでたった今、山ごもりを終えて下山してきたかのような。
私の疑問に対し、てんすけーは爽やかに笑って答える。
「言ったべ。俺、今年は屋台の店長やるからよ。本番に備えて、今日は勝連にある琉球空手の道場に出稽古に行ってきたんだ」
うん。
……うん?
「道場の師範とうちの
「待った。天ぷら
「天ぷら
「……あの、天ぷら
「だから天ぷら
え、私がおかしいの? これ。
「すごいよ上間! 沖縄の屋台の店長って、そんなに厳しいものなんだね!」
てーるーはなぜか疑うこともなく感心している。
てんすけーは照れくさそうに「へへへ」と笑い、
「まあ苦労した甲斐はあったかな。この経験を生かして、新メニューにオジサンの天ぷらーを追加することにしたんだ」
「オジサン! 知ってるよ、魚のオジサンだよね!」
「………………」
ははぁ、なるほど。分かってきたわよ。
これ、深入りしちゃいけないやつだわ。
この会話の先に、深淵の闇が見える気がする。下手に理解しようと頑張っちゃうと、いつの間にか帰って来れなくなってる的な。
どうやら
「てーるー。この後は練習見て行くの?」
何と言って言いくるめようかと考えながら尋ねると、てーるーの方から意外な言葉が返ってきた。
「最初はそのつもりだったんだけど、やっぱりやめとこうかなって。みんなに差し入れ配ったら帰るよ」
「え?」
「俺、エイサーって初めてだし。どうせならつまみ食いせずに、本番を初見にしようかなって思ってさ。そっちの方が、より感動できそうだし」
拍子抜けしたものの、こちらとしては願ったりだった。
「いい心がけじゃない。こちらとしても初見のお客さんがいるなら、いっそう気合が入るってものだわ」
「うん。じゃあ、えっと……喜屋武さんは?」
「ひーなーだったら、向こうの建物で稽古してるわよ。あ、でも。本番まで初見を取っとくのなら、行かない方がいいわね」
今年のエイサーでは、何とひーなーがチョンダラー役に大抜擢されていた。
チョンダラーは、その役割の幅広さ、要求される芸能レベルの高さ、責任の重さから、知識も経験も体力も充実しているベテランのおじさんが担うことが多い。まだ高校生で、しかも女の子であるひーなーが選ばれるなど、異例中の異例なのである。
そのぶん、今ごろあの建物の中で猛特訓中のはずだ。
「えー、何なに? 喜屋武さんは何やってるの?」
「ふふふ、本番までのお楽しみよ。差し入れは私が届けておくから」
「分かったよ、申し訳ないけどよろしく。あー、本当に楽しみになってきたなぁ」
そう言って、てーるーとてんすけーは帰って行く。
遠ざかる2人の会話が、風に乗って聞こえてきた。
「……でだ! これを見ろ、てーるー。5人の猛者を相手に戦い抜いた証として、師範からもらったのが! このエプロンだ! これで祭り当日の商売繁盛は間違いなしだべ!」
「おお! 沖縄にはそんな文化があるのか! すごいなー」
あってたまるか、そんな沖縄文化。
てーるー、あんたはもうちょっと人を疑うことを覚えた方がいいわよ。
私はかーなーに振り返った。
「なんか面倒くさくなってきたわね。かーなー、あんたちょっと明日にでも、体中にリボン巻いて『プレゼントは私』って、てーるーにやってきなさい」
「は!? いきなり何言い出すば? そんなの頭がおかしい女だと思われるさー!」
「大丈夫。『これも沖縄の文化だ』って言えば、てーるーは信じるから」
「そんなわけないさー。もー、やーえーよー。変なこと言わんけー」
そんなわけありそうだから言ってんのよ。
なんか書いてるうちに長くなってしまったので、前後編に分けました。内容は……上間を活躍させたかったんだ、許してくれ……。