あのエピソードの裏で実はこんなことが起こっていた、みたいな。
ちゃんとチェックしたから、本編と矛盾は無いはず! ……ないと良いなぁ……。
「いやー、いよいよだな」
「これ終わったらよ、天願のお好み焼き屋に行くべ」
「あー根間ういちゃんのサイン貰えねーかなー。せっかく那覇から来てくれてるのによー。ダメ元で出待ちしてみるか」
「厄介ファンやめれー」
エイサー当日。
待機場所で、皆が思い思いにしゃべっていた。
いま演舞している組が終わったら、いよいよ私たち具志川青年会の出番だ。高まる緊張をほぐそうと、みんないつもより口数が多い。
そんな中で、私はかーなーの
「……よし。できあがり」
「ありがと」
かーなーはポニーテールの尾をなびかせて振り返る。
紺色の
ああ、完璧だわ。
その全身を眺めて、私は深い感慨に打ち震えた。
沖縄の水を飲み、沖縄の作物を食べ、沖縄の空気を吸い沖縄の音楽を聴いて育った、これぞ生粋の沖縄娘。もはやこの島が生んだ至高の名産品、いや島人ぬ宝と言っても過言ではないわ。
「こんなに立派に育って……」
「ちょっ、ちょっとやーえー、なに泣いてるば?」
おっといけない。思わず母の心境になってしまったわ。
「ごめんごめん。なんだか、てーるーごときには勿体ないとすら思えてきちゃって」
「まーた言ってる。だから違うって言ってるのに」
あんたこそ、まだそんなこと言ってるのね。
心の中で微笑んだ時、
「ん~……よし分かった! わたあめも付けようね、これでどうよ?」
「えー、いさおーにーにーホントー? 分かったー」
聞き慣れた声がした。
そちらを見やると、なぜかいさおーが、かーなーのトコのちーびー達と話していた。おじいちゃんがお母さんの目を盗んで孫にお小遣いを渡すみたいに、千円札を握らせている。
「すーずー、なおやー?」
驚いたかーなーが、そちらへ駆け寄る。
「あー、やっと見つけたー。ねーねー」
2人もかーなーの元へ駆け寄る。
「何してるば? こんなところに来たらダメさー、関係者以外は立ち入り禁止よー?」
「知ってるけどよー、ふん。にーにーがさー、これねーねーに持ってけーって言ったからよー、ふん」
すーずーはそう言って、ルイボス茶のペットボトルを差し出す。パッケージには「ミネラル満点!」という文字が躍っている。
「本番前に水分補給しとけーって。あとこれも」
その隣になおやーが来て、黒糖を差し出した。うるま市が誇る、世界唯一の塩工場ぬちまーす謹製・ミネラルたっぷり塩黒糖。
「いつも思うんだけど。何なの、あんたの兄貴のミネラルに対する執着っぷり」
「……あんのアホにーにー……!」
かーなーは恨めしそうに
2人の用事は本当にそれだけだったらしく、後は「ねーねーがんばってねー」と言って素直に待機場所から出て行った。
「……で? あんたはあの子たちと何話してたのよ」
いさおーに尋ねると、
「いやあ。もし見かけたらでいいからよ、てーるーに会ったらエイサーのこと色々教えてやってくれって、頼んでたわけよ」
「え」
「俺らはエイサーだし、てんすけーは屋台だべ? てーるーが1人になっちまうなーと思ってよ。誰か解説役が付いてた方が、楽しめるだろーって」
正直、感心した。
私はそこまで気が回ってなかった。ホントこいつ、意外に周り見てるのよね。
「あ、ありがとういさおー。あの、さっきのお金、後で私が払うから」
「いいってことよ。気にすんなー」
かーなーの申し出を、ガハハと豪快に笑い飛ばす。
そのとき、会場のアナウンスが響き渡った。
「ただいまの演舞は、赤野区青年会のみなさんでしたー!」
前の組の演舞が終わったようだ。ということは、いよいよ私たちの出番である。
タタッと、チョンダラー姿のひーなーが私達の前に出てきた。
「具志川青年会~、行ちゅんどー! ちばりよー!」
笑顔で拳を突き上げての鼓舞。
周囲の皆がそれに応じ、「おおー!」と拳を突き上げる。
さすがは本日の、我らがリーダー。私たちも乗り遅れまいと、大きな声で「おおー!」と応じるのでした。
/
「ただいまの演舞は、具志川青年会のみなさんでしたー!」
「ちむどんどんでしたねー、でぃーぱちぱちー」
「続いての演舞は、屋慶名青年会のみなさんです!」
可愛らしい司会の声が会場に響く。
私たちの演舞は無事終了。再び待機場所まで戻ってきて、みんなで集合写真をパチリ。そして青年会の責任者の人が、皆に呼びかけた。
「みんなー、でーじだったばよ。とりあえず今日はこれで解散! あんま時間ないけど、祭りを楽しんでくぃみそーれ。また明日、改めて打ち上げすりょーねー!」
おお、もう解散か。
さっさと皆を自由にして、少しでもお祭りを楽しむ時間を与えようという、これはなかなか粋な計らい。
「かーなー!」
ひーなーが走ってきた。
そのままかーなーの胸に飛び込み、かーなーもそれを当然のように受け止める。
「どうだった? わん、上手にできたかねー?」
「上等、上等。ちゃんとやれてたさー」
今回がチョンダラー初挑戦だったひーなー。大役を果たし、開放感もひとしおだろう。
「えー、ひーなーよー。かーなーに化粧付いてまうどー」
「あ、ごめ」
「いいさー。どうせ洗濯するし」
慌てて離れようとするひーなーを、かーなーは笑顔で逆に抱き寄せる。
「みんなーはどうだった? ちゃんと踊れた?」
「おお、上等よ。列を移動させるタイミングとかよー、バッチリやったし」
「知らない人が見たら、ひーなーが初めてだったなんて、誰も気付かんかったはずよ。そんくらい上等だったと思う」
私といさおーが口々に誉めると、ひーなーはようやく安心したように笑顔を見せた。
「良かったさー。はー、安心したら力抜けた-」
「ちょっとひーなー。さすがに寄りかかられたら重いって……!」
「よっしゃ! せっかくの自由時間だ、屋台巡りにでも繰り出すか!」
いさおーのかけ声にうなずいて、荷物をまとめている所まで移動しようとした時だった。
「ひーなー? お客さんがよー、一緒に写真撮りたいって呼んでるぞー。東側のお好み焼き屋のトコで待ってるってよー」
向こうの方からそんな声がかかった。
「じゅんにな? あい、ええっと……」
「すごいさー。ひーなーのチョンダラーが上等だった証拠よー」
「そうそう。お客さんにサービスして来なって」
逡巡する彼女に、かーなーと私で口々に言ってやる。すると照れくさそうに笑って、
「そうね? じゃあ、わん、ちょっぴぐゎあ行ってくるさー!」
「ひーなー、化粧直して行けよー。崩れてっからよー」
いさおーの呼びかけに手を振って応えながら、パタパタと走って行った。
「ホント、どこでも人気者ね、あの子は」
「ひーなーは昔っからそうだったさー」
改めて3人で荷物置き場に向かい、いさおーが自分のリュックからスマートフォンを取り出した。
「よっしゃ、てーるー呼ぶべ。感想聞かねえとなぁ」
そうそう、それよ。今日はそれがメインなんだから。
演舞の最中に、てーるーが来ていたのは確認済みだ。ここへ連れてきて、かーなーの前で感想を言わせるのだ。この子がどんな顔して照れるのか見ものね。
かーなーは少し身を固くしたようだったが、何も言わない。恥ずかしくてもやっぱり感想は欲しいのだろう。
皆でわくわくして待つが。
「……あれ? てーるー出ねえばーよ」
何ということか。
ここへきて、電話がつながらなかった。
誤算だ。これじゃあ、かーなーの照れ顔が……んんっ、ゲフン。エイサー衣装のかーなーを見せつけて、てーるーにマジックを仕掛ける計画が。
「いさおー、もう一回かけてよ。ううん、私もかけてみる」
私もスマートフォンを取り出そうとするが、かーなーが静かに首を横に振り、それを止めてきた。
「……いいよ、てーるーはてーるーなりに、お祭りを楽しんでるんだろうし。私らが無理に連れ回さなくても」
「かーなー。でも」
「いいって。来てくれてたのは、演舞の途中で見かけたから確かだし。あんまり私らが押し売りするより、てーるーの自由に、沖縄の祭を楽しんでほしいさー」
ああもう。そういう遠慮がちな所がダメだってのに。だってこんなに上等な沖縄娘の姿をアピールできないなんて、あまりにも勿体ないじゃない!
……と、私がいくら思ったところで。
これが比嘉夏菜という女の子なのだから、仕方ないのよね。あんまりここでゴネるのも何だし、いったん引き下がっておきますか。
「ん~……まあ、とにかくどこか行きましょうか。案外、歩いてるうちにバッタリ会うかも知れないし」
「そうだな! どこから回る?」
「てんすけーの屋台はどう? 売り上げに貢献してあげないと」
かーなーの一言で、私たちはてんすけーの天ぷら
/
「てんすけー、
「こっちは
てんすけーの店は、意外にも繁盛していた。
今は顔なじみらしき酔っ払いのおっちゃん達に絡まれているが、店の前にできている行列を見ると、観光客らしき人達もけっこう居る。
「驚いたわね。これだけお客さん居るんなら、私達、いらないんじゃない?」
「まーまー、せっかく来たんだしよ。顔くらい見せとくべ」
列に並んで店先を見やると、タオルを鉢巻き代わりに頭に巻き、長袖Tシャツにジーンズという定番スタイルのてんすけーは、菜箸とフライ返しを巧みに操って次々と注文をさばいていた。
「はいよっ! ウムクジ天ぷらー3つに、スヌイ2人前お待ちっ! イカもおまけで付けといたからな!」
「おっ! 来ゃった来ゃった!」
「
顔なじみの客からの評判も上々のようだ。
ふうん、なかなかやるじゃない。腐っても天ぷら
友達を誉められれば、私としても悪い気はしない。酔っ払い達の声にうなずきながら、私は何の気なしに屋台の看板を見上げた。
『上間流天ぷらー チョコバナナ』
……んん?
目をこすって、もう一度確認する。
しかし店の名前は変わらなかった。
いや待って。天ぷら
そうこうしているうちに、私達の番が回ってくる。
「おっ、みんな来てくれたのかー。演舞見に行けなくてごめんなー、ご覧の有様でよー」
「なんのなんの、店が繁盛してるなら良いことやっさー」
「こっちは気にせんでー。がんばってね、てんすけー」
そう言って、いさおーとかーなーは「俺、魚とササミ。いやグルクンあるのか、じゃあグルクンも追加で」「私はスヌイと島らっきょう」と、それぞれ注文する。
そして次は私の番。
「いろいろ言いたいことはあるけど……とりあえず、この店の名前は何なの」
「いいだろ? ファンシーやっさ。この名前を考えつくのに、3日3晩かかったからなぁ」
なぜか誇らしげ。
こんな事に3日3晩も費やしてしまったの。あんた、もうちょっと人生の時間配分、考えた方がいいわよ。
「って、そうじゃなくて。この名前、出店名簿の登録の時とか大丈夫だったの?」
「ん? いや別に、普通に通ったぞ?」
うちの祭りの運営委員会、ガバガバすぎない?
「……ウムクジ。あとエビ」
「はいよっ、毎度!」
「それにしても、すごい繁盛っぷりじゃない。正直ちょっと意外だったわ」
率直な感想を述べると、てんすけーは笑って「あれよ」と親指で横を指す。
そちらを見ると、段ボールの切れ端にマジックで書いた看板があった。
『雪まつりさん絶賛の天ぷら
「……雪まつりさん? 誰?」
「ローカルグルメの食レポで有名な、インフルエンサーの人さー。今日、ここに来てうちの天ぷらー食べてくれてな、ネットに動画上げてくれたんだ」
「ああ、それで」
どうりで行列の中に観光客らしき人が多いわけだ。こういうネット情報なんかは、内地の人の方が敏感だろう。
「
うんうん頷くてんすけーを見ながら、私は何となく想像してみた。
雪祭りがエイサー祭りでチョコバナナの天ぷらーが美味いと絶賛。
何も知らない人が聞いたら、これもう何言ってるんだかサッパリ分からないと思うんだけど。内地の人って、きっと超人的な理解力してるのね。
「それにしてもよー」
かす揚げで天かすを掬い上げながら、てんすけーはかーなーに振り返って言った。
「かーなー、今日はバッチリ決まってるやっし。上等だべ」
いきなり思いもよらなかった事を言われ、かーなーは為す術なく一瞬で顔を赤くした。
「な、ななな、いきなり何言うば? てんすけー!」
「え? いやそう思っただけやっし。やっぱ髪型が違うからかなぁ? なるほど、これがエイサーマジックって奴か。てーるーにはもう会ったば?」
「う、いや、だから何でてーるー!? てんすけーまで、やーえーみたいなこと言って!」
私は肩をすくめて見せた。
「残念ながら、まだ会えてないのよ。電話がつながらなくてさ。私も、このままじゃ勿体ないと思ってるんだけど」
てんすけーは顎に手を当て、ふむと唸った。
「ひょっとしたら、あそこかもなぁ」
「あそこって?」
「いや、お前達の演舞が始まる前くらいによ、てーるーこの店に来たんだよ。そんとき他にオススメの屋台はあるかって聞かれたから、祭りの終わり頃になったら東側の『天願』ってお好み焼き屋に行ったらいいって言っといたんだ」
菜箸で会場の東側を指しながら言う。
「天願?」
「知らねーか。去年とおととしの屋台グランプリで2連覇してるお好み焼き屋だべ。俺ら屋台組は毎年、『打倒・天願』が合い言葉なんだけどよー。でも確かに美味いんだわ」
いさおーが驚いて口を挟む。
「待てよ。それじゃお前、てーるーにわざわざライバルの店を勧めたってことか?」
「ライバル云々は俺たち屋台組の話で、てーるーには関係ねえべ。内地から来たてーるーには、沖縄のうまいもん食ってほしいじゃねーか。ここは個人の屋台のメンツより、オールオキナワンってやつよ」
てんすけーはニカッと笑って答え、続けた。
「でだ。その天願、祭りの終盤に割り引き始めんのも早くてよ。カチャーシー始まったら客も少ないべ? 早く安く、天願のお好み焼きが食べられるだろうと思ってよ」
感心した。
このときばかりは、私もてんすけーに、素直に感心した。
こいつ、ひょっとして私が思っていたよりも大物なのかも知れない。そう思える器の大きさと、そしてあまりにタイムリーなファインプレーに。どこにいるのか全く見当も付かなかったてーるーの行方が、いきなり特定されたのだ。
「ナイスよてんすけー! ありがとう!」
もちろん、ただの賭けでしかない。
てんすけーに勧められたからといって、てーるーが必ず天願に行くとは限らない。忘れてるかも知れないし、もうお腹いっぱいでお好み焼きなんか買わないかも知れない。
でも、どうせならすべてやっておきたい。天命を待つ前に、尽くせる人事は尽くしておくべきだ。
私はかーなーに振り返った。
「あー、そんな話聞いたら、急にお腹すいてきちゃったわ。天ぷらーだけじゃ足りないかも。かーなー、あんたちょっと天願のお好み焼き、買ってきてくれない?」
かーなーは目をパチクリさせ、それからジト目で私を睨む。
「やーえー。また変なこと考えてるでしょ」
「違うわ、食べたいだけ。ね? お願い」
「天ぷらーがもうすぐ揚がるでしょ? じゃあ、それ受け取ってからみんなで」
私の言葉など全く信じず、かーなーがさらに何か言おうとしたところで。
「おおっといけねえ! 俺としたことがミスっちまった」
てんすけーが、私達の注文した天ぷらーを油から揚げようとして、地面にぶちまけてしまった。
「いやーすまねえ! すぐに揚げ直すからよー。あーでも、また少し時間かかっちまうなー」
わざとらしいが、私達の天ぷらーが地面に落ちた、事実は事実。
さらには、いさおーも便乗して
「何やってるばー? あーもう俺も我慢できねえ。かーなー、俺の分も頼むわー」
かーなーは言葉をなくし、やがてため息をついた。
「何だば、もう……みんなしてー」
「お願いよ。この通りだから」
「……いいけど」
何だかんだで引き受けたのは、きっとかーなーも、一縷の望みを本当はまだ諦め切れていないから。
そうして、かーなーが東側の天願の屋台へ歩いて行ったところで。
「さて。やーえー、いさおー、横にどけてろよ。次のお客さんが注文できねーからよ」
「いきなり扱いが雑になったわね」
「当たり前だば、客はお前達だけじゃねーんだからよ。言うこと聞いてもらうぞ、なんたって今日の俺は、この店の店長だからな」
「はいはい」
苦笑しながら後ろの客に場所を譲った時、司会のアナウンスが会場に響き渡った。
「それでは、ご来場の皆さん。最後はご一緒に、カチャーシー! カチャーシー! カチャーシーッ!!」
ああ、始まっちゃったのか。
私といさおーは顔を見合わせる。
「しゃーねえ。行くか、やーえー」
「そうね。後はもう、なるようになれだわ」
やるだけやって、時間切れ。もう私達にできる事はない。
てんすけーに振り返り、
「先にあっちに行ってくるわ。また後で取りに来るから」
「おお、行ってこいよ。取っといてやるからよ」
お偉い店長様は、文句も言わず気持ちよく送り出してくれる。
私はいさおーと共に、祭りの中心へ向かって歩き出した。
/
どうせならと思い、会場の東側が見える位置まで移動してみたが、残念ながらかーなーの姿もてーるーの姿も見えなかった。
「あい、やーえー! いさおー!」
その代わりに、ひーなーと出会った。
「あれ、ひーなーこっち来てたんだ?」
「写真撮ろうってお客さんがよー、東側のお好み焼き屋で待ってたからよー」
そういえば、そんなこと言ってたわね。
……ん? 東側のお好み焼き屋?
「もしかして、てーるーに会わなかった?」
「はっさ、当たりー。お客さんとこ行く前にお化粧直してたらよー、てーるーとバッタリ会ったわけよー」
「やっぱりね。何か話した?」
「ちょっぴぐわぁーゆんたくしたさー。なんかお礼言われた。入学式んじ、話しかけてくれてありがとうって」
律儀ね。てーるーらしいと言えばらしいけど。
でもこれで、てーるーも天願のお好み焼き屋に行ったことが分かったわ。希望が広がるわね。
私はお好み焼き屋の方に目を向ける。もしも本当にてーるーと会えたなら、頑張んなさいよ、かーなー。
「んで? てーるーはカチャーシー来なかったば?」
「誘ったけどねー、まだうまくできないからって断られたさー。気にせんでいいのにねー」
「はっはっは。前に教室で唐船ドーイやった時よー、確かにひどかったもんな。こんど特訓してやるべ」
「やさ! わったーがしっかり教えんと、てーるーの孫ピンチだからよー!」
「おおよ! ……ん? 孫? まあいいか、ガハハ!」
ひーなーといさおーが、楽しそうに笑い合う。
さらに向こうの方から、すーずーとなおやーもやってきた。
「いさおーにーにー。すーずーよー、ふん。てーるーにーにーによー、ふん。チョンダラー教えてきたー」
「マジか! よくやったべ、すーずー。やっぱお前を見込んだ俺の目に狂いはなかったな。後でお好み焼きも食わせちゃる」
「ほんとー?」
「いさおーにーにー、俺にもカチャーシー教えてー」
「任せろ! 男手はなー、手をグーにしてだなー」
わちゃわちゃしながら、私達は音楽に合わせて踊り始めた。
・
・
・
三線の音色が響く。
聞き慣れた民謡が流れる。
夏の夜風と、大勢の人々の楽しげな熱気。
ああ、楽しい。
こういう時、つくづく思うのだ。やっぱり私も沖縄の人間なんだって。
「ひーなーねーねー、すーずーもチョンダラーやりたいー」
「そうねー? じゃあこっち来て、お化粧だけでもやってみようねー」
島を離れた人が、何かの折に三線の音色を聞くと、泣くほどの懐かしさに襲われるという話を聞いたことがある。
私はまだこの島を離れたことはないけど、いつか大人になって、例えば東京とかに就職して。そしてある時、三線の音色を聞いたならば。
耳にタコができるほど聞き慣れたこの音で泣くことが、私にもあるのだろうか。その時に思い浮かべるのが、いま目の前で見ているこの光景だったりするのだろうか。
「えーひゃあ。あれ見てみー」
不意に、いさおーが呼びかけてきた。
何かと思って振り返り ―――――― 思わず目を見張る。
なんと、一緒に踊っているではないか。
かーなーとてーるーが。
相変わらず下手くそな、ロボットみたいにぎこちない動きのてーるーと。
そんな彼に寄り添い、心から楽しそうな、幸せそうな笑顔で踊るかーなー。
「ありゃまあ」
思わず笑ってしまう。
ああ神様、こんなことってあるのね。こんなの本当にマジックじゃない。
「やーえーよー。約束覚えてるかー?」
いさおーがニヤニヤしながら聞いてきた。
約束。そういえばしたわね。
もしあの2人が一緒にカチャーシー踊るなんてことが実現したら、メイド服着てオムライス作って、ケチャップでハートマーク描いてやるって。私が自分でそう言ったんだった。
だってそれくらい、絶対ありえないと思ってたんだもの。
やれやれ、私としたことが。自らこんな墓穴を掘ってしまうなんてね。
「趣味の悪いこと覚えてるわね、まったく」
「そりゃーこんな面白いネタ、忘れるわけねーべ。それとも何だ?
「ナメんじゃないわよ。分かった分かった、私の負け」
「お? 珍しく素直やっし」
「珍しくは余計よ」
この幸福と引き換えなら、たかがメイドくらい、やってやろうじゃないの。そんな大盤振る舞いな気持ちになれるくらい、私は大満足だった。
間違いない。いつかの未来、私が思い出すのは今のこの光景だ ―――――― そう確信した。
三線の音色が速くなってきた。
お祭りは今、最高潮に達しようとしていた。