古謝君ってアレですよ。肝試しで、ひーなーとペアになった彼。アニメ本編の端々でちょこちょこ出番とセリフがあった、七三分けの彼のことですよ。
名前はアニメEDのスタッフロールで確認したから、間違いない、はず。
……いや、ちょっと言い訳させてほしいの。
エイサー祭りで、かーなーはてーるーとカチャーシーを踊ったのよ。
私の予想を遙かに上回る、大金星を挙げてくれたのよ。
私は嬉しかった。あの子の成長が。
だからこそ、恥を忍んでメイド服も着たし、オムライス作ったし、ケチャップでハートマークも描いたわけよ。あの子が成長してくれた代償だと言うのなら、これくらい何でもないって、そう自分に言い聞かせてね。
これだけの事ができたんだから、夏休み前に遊びの約束くらい出来るだろうって、普通そう思うじゃない?
それがまさか……
なんっっっっっっっっっにも出来ないまま、貴重な夏休みを一週間もムダにして、死んだ魚の目して『十時茶まで待てない』を見てるなんて思わないじゃない!!!
「なあああああぁぁにやってんのよ、あんたはーーーーっ!!」
かーなーから送られてきたメッセージを見て、私は自分の部屋で思わずスマホに向かって絶叫してしまっていた。私がいさおーやてんすけーの前で受けた、あの時の屈辱、どうしてくれんのよ!
あまりのことに返信も打てずにいると、こちらの怒りなど露知らないかーなーは、『気分転換に買い物でも行ってくる』などと呑気なメッセージを送ってきた。
だからその買い物に、てーるー誘えば良いだけでしょうが! 何でその考えに行き着かないのアンタはっ!!
「ぜーっ、ぜーっ。……甘かったわ。完っ全に考えが甘かった!」
私は急いでいさおーとてんすけーにメッセージを送った。
『緊急事態よ。急で悪いんだけど、これから集まれない? かーなーのことで相談したい事があるの』
幸い、いさおーからすぐに返信が返ってきた。
『悪い。今サンエーにいるんだわ。てんすけーも一緒だ。そうだ、ヒマならやーえーもこっち来ないか? そしたら相談にも乗れるぞ』
くっ……まあ仕方ないか。
『分かった。これからすぐ支度するから、少し時間潰してて』
バスあるかしら。この炎天下に1時間遅れとかだったら、さすがにキツい。どうかうまいことタイミングが噛み合って、すぐ行けますように。
私は天に祈りながら支度を始めた。
――――――沖縄ではバスに乗るのに、神に祈る必要があるのです。
/
幸いバスは15分遅れと、軽傷で済んだ。
サンエーのフードコートでドリンクだけ注文し、席を確保する。
私が現状を話して聞かせると、てんすけーはテーブルに拳を叩きつけて悔しがった。
「くっ、何てことだ。俺がもっと強ければ、こんなことには……! 力が、力が欲しい! すべてを圧倒する絶対的な力が……っ!」
なぜか激しく自責の念に囚われているけど、下手に構うと面倒なことになりそうだったので放っておく。
「しかし参ったな。あのエイサーの夜は、まさしく一夜限りの
「そうね。残念ながら、そう認めざるを得ないわ」
「せっかくメイド服まで着たのに、残念だったなー、やーえー」
「……思い出させるんじゃないわよ。忘れなさい」
ニヤニヤしながら言ってくるいさおーに、私は苦り切った顔を返す。
「とにかく、そういうわけだから。やっぱりこの夏休み中に、私達でイベントを企画する必要があるわ」
「そうだなー。イベントか……パッと思いつくのは、やっぱ肝試しとかか」
「鉄板ね」
ありきたりだが、かと言ってバカにもできない。鉄板は「それをやれば間違いない」から鉄板なのだ。候補としては充分にアリだろう。
「肝試しとなると、お化け役が必須だけど。今からメンバーを募っても、そんな面倒くさい事を引き受けてくれる人なんて居なさそうよね」
イベントというものは、当日参加するだけのお客さん側は気楽だが、企画運営するスタッフ側は当日までの準備が色々あって、ひたすら面倒なものである。もう夏休みに入ってしまって、今さらスタッフのメンバーから集めようとしたところで……。
「俺、牛! 牛マジムンやるどー! たとえ全てを失おうと、このポジションだけは誰にも譲らねえ!」
……いや、なぜか1人だけ、やる気満々な奴がいたわ。
「そう? まあやってくれるんなら、こちらとしては有難いけど」
ちなみに牛マジムンというのは、沖縄に伝わる牛の姿をした妖怪のことだ。
その特徴は、やたらと人間の股を
「くぐるぜー?
てんすけーは溢れんばかりのやる気を漲らせて言う。
正直、牛マジムンの何が彼をそこまでかき立てるのか、サッパリ理解できない。
「てーるーの股は俺のもんだべ!」
誤解を招くような発言をするんじゃないわよ、サンエーのフードコートで。
「いさおー、黙らせなさい」
「おう」
いさおーに命じ……お願いして、ひとまず穏やかに眠ってもらった。
「やっぱりイベントを企画するとなると、ちゃんと計画を練らなきゃ。時間かかりそうね」
「そうだなー」
「それにイベントだけじゃないわ。それ以外にも、普段からもっと私達で呼びかけて、集まる機会を用意してあげなくちゃ。イベントまでの地ならしも必要だわ」
「なるほど、そういうのもあるか。まったく、夏休みなのに急に忙しくなってきたな。世話が焼けるぜ」
いさおーが苦笑いしながら頭の後ろで手を組み、背もたれにもたれかかった時だった。
「イベントだと? ククク……手ぬるいぞ、安慶名八重」
フルネームで名前を呼ばれた。
私の知る限り、こんな呼び方をしてくるような輩は1人しかいない。
ほぼ確信に近い嫌な予感に、顔をしかめながら振り返ると、予想通りの男がそこに居た。
「そんなザマでこの俺の好敵手を名乗るとは、片腹痛いわ!」
顔が濃い。
テカテカに固めた七三分けだとか、委員長やるために生まれてきたような風貌だとか、表現の仕方は色々あるのかも知れないけど。私の口からはこれしか言えない。
顔が濃い、と。
「みさきーじゃねえか」
呆けたように、いさおーがそいつの名を呼ぶ。
そう、こいつは
クラスメイトで、いさおー達はたまに遊ぶくらいの付き合いがあるみたいだけど、私とはほぼ絡みがないっていう、非常に中途半端な距離感の相手だ。
「……あんたと好敵手って、初耳なんだけど」
「俺が決めた。最近な。すぐ夏休みになったから、君が知らないのも無理もない」
「分かるわけないでしょ、そんなの。だいたい私とあんたが何のライバルだってのよ。私ら、何か張り合うようなことあった?」
「フフフ、しらを切る気か。むろん、比嘉夏菜で愉悦する者同士という関係においてだよ!」
最高に意味不明なこと言い出したわね、こいつ。
「……愉悦って何?」
「とぼけても無駄だ、こちらには分かっているのだよ! 下地勲、上間天介、そして安慶名八重! 君たちが比嘉夏菜によって愉悦を堪能しているのは!」
「いや、だから、その愉悦ってのが何かって質問してるんだけど。あとフルネームやめて」
それに、かーなーが何だって?
知りたいから訊いてるんだけど、こちらの質問を置き去りにして、みさきーはフッと髪をかき上げる。
「そんな悠長にしていて良いのかな? あれを見るといい」
親指で指された方向。そちらを見やり、私は驚いた。
かーなーがいる。てーるーと一緒に。
「ええっ! 『行こうね』って、一緒に行こうって意味じゃなかったの!?」
「うん……。『行く』って意味」
何か話しているようだが、ここからでは会話の内容までは聞き取れない。
なんであの2人が一緒に?
説明を求めてみさきーに振り返ると、余裕たっぷりの笑みを返された。
「なに、バス停で偶然会っただけのようだよ。そのまま2人でここまで来た。何か勘違いがあったようだけど、そこまでは俺の
「もしかしてあんた、あの2人を追って、ここまで付いてきたわけ?」
「タクシーでな。フフフ……比嘉夏菜、彼女はいい。いま俺が最も注目している、最高のエンターテイメントだよ」
エンターテイメント?
その言葉に不穏な響きを感じ取り、私は眉をひそめる。
「いや、だからよ。その愉悦って何だばよ?」
「君たちがやっている『それ』のことさ、下地勲。比嘉夏菜に恥辱を与え、慌てふためく彼女の反応を愉しむ……分かるとも、最高に愉快だ」
「悪趣味ね」
「君がそれを言うのかい? 俺には分かるよ、君も『愉悦の者』だろう?」
変な命名をされた。
かなり露骨に不快感を顔に出して睨んでやるが、
「そんな怖い顔をしないでくれ、安慶名八重。同じ志を持つ仲間じゃないか」
相手は全く気にした風もない。
「これでも俺は、君を高く評価しているんだよ。ぜひとも君を俺の仲間に引き入れたいとすら思っている」
「は? 仲間? 私が、あんたの?」
「聞くところによると、君は比嘉夏菜とは小学生以来の友人だそうじゃないか。比嘉夏菜の過去を知る君がいてくれれば、さらなる愉悦が楽しめることは必定。フフフ……欲しい。我が愉悦の道を極めんとするため、是非とも欲しい人材だ」
「気持ち悪いわね。て言うかあんた、かーなーに何か余計なことをしたんじゃないでしょうね」
私の知らない所で。私のかーなーに。
「したと言えばしたな。何、ほんの挨拶代わりの軽いものさ。愉悦とは、この微妙な匙加減こそが肝心だからねぇ」
みさきーは悪びれた様子もなく、むしろ自分の手柄を自慢するように嬉々として語り始めた。
「夏休み前、中村照秋に東京の友達の写真を見せてもらう機会があってね。俺はそこで、比嘉夏菜にも聞こえるような声で言ったのさ。『やはり東京の子はみんな色白だな。肌が白いと、それだけで綺麗に見える』と」
……は?
「比嘉夏菜がピクリと反応したのは分かった。そこで俺は、更にこう言ってやったのさ。『色白と言えば、東京の女子の間では今、ウェディングホワイトという美白化粧水が大人気らしいな』とな!」
「ウェディングホワイト? 聞いたことないわね。そんなのが流行ってるの?」
「ないさ」
「え?」
「その場で俺が適当に考えただけだよ。そうとも知らず、スマホでありもしない化粧水を必死に探す比嘉夏菜の姿は見ものだったね! 愉悦、愉悦!」
「………………」
その光景を思い出して高らかに笑うみさきー。
だけど、こちらとしては全っ然笑えない。
何してくれてんの、こいつ。あの子は日焼けしやすいのがコンプレックスで、すっごく気にしてるのに。
「残念ながら、俺が比嘉夏菜の恋慕に気付いたのは夏休み直前でね。語れるのはまだこれくらいしか無いんだ。2学期まではおあずけかと残念に思っていたところだったが……それが今日、こんな偶然に出会えるとは! やはり俺は神に選ばれた男!」
みさきーはそのまま、かーなー達の方向へ歩き出そうとする。
「どこ行くのよ」
「むろん比嘉夏菜のところだよ。偶然を装って、挨拶でもしてやろうかとね」
「は? あんた、あの2人の邪魔する気?」
「せっかくだ、ここは俺自らが動いて、君達にも愉悦を恵んであげようじゃないか。クラスメイトとバッタリ出会って、秘密のデートを目撃されてしまう……フフフ、比嘉夏菜がどんな顔をするのか、見ものだとは思わないか?」
何てこと考えてんの、こいつ。
それが今後、かーなーのトラウマになっちゃったらどうしてくれんのよ。この先てーるーと2人きりになっても、すぐ逃げるようになっちゃったら、恋の進展なんて絶望的じゃない。こいつ本当に、自分が楽しむことしか考えてないわね。
いさおーもそう思ったのだろう、ユラリと立ち上がった。我慢の限界に達したようだ。
「……みさきー、てめえ……」
「やめなさい、いさおー」
それを私は制する。
「やーえー、なんで止めるば?」
「気持ちは分かるわ。でも、こいつは分かっていないだけよ。制裁を加えるにはまだ早いわ」
「ほう?」
私の言葉に興味を引かれたか、みさきーは戻って来た。
「俺が何を分かっていないと?」
傲然と見下ろしてくる相手の視線を、私は座ったまま、真っ向から睨み返して言う。
「バカなあんたにも分かるように、あんたのレベルに合わせて話してあげる。さっきから得意げに口にしている、その愉悦とやらよ。口では愉悦愉悦と言いながら、あんたは愉悦が何なのか、まるで分かっていない」
みさきーは恍惚の表情を浮かべた。
「何と! まさかこの俺に、愉悦を説こうというのか!? 面白い、やはりお前は面白いぞ、安慶名八重!」
「フルネームやめなさいって言ってるでしょ」
「よかろう、ならば見せてもらおうではないか! 安慶名八重、お前の愉悦をッ!!」
あーあ。
こっちは作戦会議するために、わざわざバス代まで払って来たってのに。何でこんなアホらしいことに時間使わなきゃいけないのよ。
心の中でため息をつくが、かーなーを守るためにも、ここはやるしかない。
「お、おい。大丈夫なのか、やーえー」
いつの間にか復活していたてんすけーが、ヒソヒソ声で言ってくる。
「まあ考えもなしに、こんなこと言わないわよ」
私は余裕の笑みで答えた。
「てんすけー、てーるーにメッセ送りなさい。今から私が言った通りに」
・
・
・
「あれ、上間からだ。ごめん比嘉さん、ちょっと」
着信に気付き、てーるーはスマホを開く。
『てーるーヒマか? 今いさおーと公民館にいるんだけどよ、ヒマなら一緒にどっか行かねーか?』
残念ながら無理な相談である。てーるーはすぐに返信した。
『ごめん、出かけちゃってるんだ。いまサンエーってショッピングモールに来ててさ』
『サンエー? さっきやーえーに聞いたんだけどよー、かーなーがそっち行ってるらしいぞ。服でも見に行ったってよー。もし会ったら、買い物に付き合ってやったらどうだ?』
『分かった。じゃあ今日はごめん、また今度誘ってよ』
『おおよ、ムームーでも勧めてやれ。じゃあなー』
メッセージ交換を終える。
「……ムームー?」
「てんすけー、何て?」
聞いてくるかーなーに、てーるーは答える。
「ヒマなら遊ばないかって。また今度って言っといた」
「ああ。ごめんね、私に付き合わせちゃって」
「比嘉さんが謝る事じゃないって。俺が勘違いして、勝手に付いて来ちゃっただけなんだから。それより比嘉さん、ムームーって何?」
「えっ? なんでムームー!?」
「いや、上間が比嘉さんにムームーでも勧めてやれって言うから」
「なんで私がムームー!? あ、いや、ムームーっていうのは……」
・
・
・
「はい、これがムームー」
洋服売り場に移動し、かーなーが実物を手に取って見せると、てーるーは目を輝かせた。
「わあー、すごくカラフルで綺麗なドレスだね! 軽くて涼しそうだし、なんだか南国って感じがする!」
そして率直に思ったことを言った。
「きっと比嘉さんにも似合うよ。もともと比嘉さんも服を見に来たんだよね? もうそれにしちゃったら?」
「えっ!?」
思いがけない言葉に、かーなーは一瞬で顔を赤くする。
「て、てーるー! ムームーは子供が着るもんさー!」
「そうなの?」
「これも、すーずーに新しいの買ってってあげようかなーって思っただけで。しかもパジャマ代わりに着る部屋着だよ? だから私が着たら、色んな意味で変なーなるの!」
「そうなんだ。こんなに綺麗なのに、何だかもったいないなぁ」
綺麗。もったいない。
それが当たり前である地元民では、まず出てこないであろう言葉に、かーなーは戸惑う。
その時、今度はかーなーのスマホが震えた。
やーえーからだ。まずい、てーるーと一緒にいる時に……!
そう思って一瞬ギクリとしたが、
『おっすー。どう? 服選びは順調?』
送られてきたのは、ごく普通のメッセージだった。ホッと胸をなで下ろす。
そ、そうだよね。てーるーと偶然会って一緒にお買い物してるなんて、やーえーに分かるはずないんだから。慌てる必要なんて無いんだ。
『いや、もともと気分転換に来ただけだから』
『てんすけーに聞いたんだけどさ。そっちにてーるー行ってるらしいから、探してみたら? ……いや、案外もう会ってたりしてー』
『そんなわけないさー!』
食い気味に返信してから、かーなーは少し考える。
ムームーのこと相談したい。でも勘のいいやーえーに下手に話を振って、感づかれたくない。
ドキドキする心臓をおさえながら、慎重に言葉を選んで追加のメッセージを送った。
『でももし、てーるーに会ったらさ。かりゆしウェアとか欲しがりそうだよね』
『てーるー、沖縄的なもの好きだもんね。良いやつ選んであげたらいいわ。ついでにあんたも、ムームーでも着て見せたら? てーるー喜ぶわよ』
再びドキリとしてしまう。
い、いや落ち着け。さすがにこれは単なる偶然だ。いくらやーえーでも、たったこれだけで、こちらの状況を察するなんて出来る筈がない。これは私の疑心暗鬼だ。むしろあっちの方からムームーの話題を振ってくれて、願ったりではないか。
『なんでよー。ムームーなんて子供が着るもんさー』
『でもてーるーは、そんなこと知らないでしょ? 大人がムームー着るなんて恥ずかしいと思うのは、沖縄県民だけの感覚よ。てーるーにとっては、いかにも南国っぽい、綺麗なドレスだとしか思わないんじゃないかしら』
確かに。
実際、たった今、てーるー本人からそう言われたばかりだ。
ゴクリと生唾を呑み込み、いよいよかーなーは本題に入る。
『じゃあ、もし。もしだよ? もし本当にてーるーに会って、ムームー姿が見たいとか言われたらさ。着て見せてあげた方が良いと思う? ほら、サービス的な意味で』
やーえーからの返信は光速だった。
『思う思う。前にも言ったでしょ? 沖縄への関心に応えてあげるのが、われわれ沖縄県民の役目では?』
『またそれ?』
一番聞きたかったことを聞けて、ホッとした。
免罪符を得たような気分だった。
そう。これは言わば、はるばる内地から来てくれたお客さんに対する、沖縄県民としてのサービス。おもてなしの一環だ。だから私がムームーを着るのも、断じて変などではないのだ。
「安慶名さん、何て?」
尋ねてくるてーるーに、かーなーは意を決して顔を上げた。
/
「ば、バカな。あの比嘉夏菜が、自らムームーを着て見せるだと……!?」
信じられない光景を前に、みさきーは茫然自失となっていた。
試着室から出てきたムームー姿のかーなーを見て、てーるーはここから見ても分かるくらいに大喜びしている。
そして賞賛の言葉を浴びせられたのだろう、かーなーは顔を真っ赤にしながらも、嬉しそうに照れ笑いしている。その笑顔の可愛らしいことといったら。
恥ずかしい。でも嬉しい。喜んでくれて良かった。がんばって良かった。
そんな幸せいっぱいの光景に、みさきーは戸惑いも露わに自分の胸を押さえる。
「それに一体何だ、この気持ちは? この感覚は……うっ!? まさか、これは……愉悦? バカな! なぜ俺は愉悦を感じているのだ!?」
混乱するその様は、さながら哀れな迷子のよう。
そんなみさきーに、私は
「あなたが言っていた愉悦は、言葉を変えれば『他人の不幸は密の味』みたいなもの。他人の哀れで不幸な姿を見て、自分の優位性を喜ぶ。すべてを見下ろす神の視点にいられる事に、たまらない優越感を覚える。そういう類のものでしょ?」
「そ、そうだ! それこそが愉悦ではないか! 俺がたどり着いた、究極の娯楽ッ……!」
「浅いわね」
「何だと!? あ、安慶名八重、きさま、いま我が愉悦を浅いと言ったのか……!?」
「ええ言ったわよ。何ならもう一回言ってあげましょうか? あなたの愉悦は、浅いわ。まるで蟻の行列を踏み荒らして悦に入る幼児のよう」
憤怒か、あるいは羞恥か。
顔を真っ赤にして言葉を失くす彼に、私は続ける。
「見なさい、この光景を。あなたも沖縄県民なら、かーなーが今、どれほど恥ずかしいのを我慢してるのか分かるはずよ」
「お、おお、分かるとも。内地民にとってはドレスでも、沖縄民にとってムームーは子供服であり、部屋着だ。すなわちムームーは沖縄のロリータファッションであり! その姿を見せるというのは、相手に最も恥ずかしいプライベートな自分を見せることと同義!」
あんたムームーにそんな妄想抱いてたの? 気持ち悪いわね。
まあいいか、勝手に誇大解釈してくれてるみたいだし。
「だからこそ! あの比嘉夏菜が、自らそれをやったのが信じられんのだ! ましてや、なぜその姿を見ることが愉悦となるのか……!」
「死ぬほど恥ずかしいのに、好きな人が喜んでくれるならと、その一心でムームーまで着ちゃう。どう? あの健気さ。あのいじらしさ。本当はあなたも今、感じているはずよ。そんなあの子が可愛いと。愛おしいと」
私の言葉に、みさきーはハッと顔を上げる。
「愛おしい……? ま、まさか……愛!? バカな、愛など愉悦から最も遠い感情のはずだ!」
「だから言ってるのよ、あなたは愉悦を分かっていないと。愉悦と愛はね、共存できるの。他人を不幸にしなきゃ愉悦を得られないなんて、それはあなたの勝手な思い込み」
「!?」
雷に打たれたかのように、みさきーは体を震わせた。
「愉悦と愛の共存……まさか、そんなことが……」
いままで自分が信じてきた価値観を揺るがされた人間ほど、脆いものはない。
ふむ、チャンスね。私はこの機を逃さず畳みかける。
「あんたに足りないものを教えてあげるわ。あんたの愉悦にはね、美学がないのよ」
「び、美学……だと……!?」
「かーなーを幸せにし、なおかつ自分達も愉しむ。他人の不幸なんかに頼った幼稚な悦びではなく、愛に包まれた、より高次の悦びを追求する」
よろめくみさきーに傲然たる視線を突き刺し、私は高らかに宣言してやった。
「愛ある愉悦。それこそが私の理想であり、私の美学よ」
ガクリと。
みさきーはその場に崩れ落ちた。
「な、何という崇高な志……! 完敗だ、まさか我が愉悦が、かくも未熟であったとは……!」
勝負ありだった。
いやまあ、実際のところ、適当にそれっぽい事をもっともらしく言っただけなんだけど。私の口八丁も、まだまだ捨てたもんじゃないわね。
「か、感動したぜやーえー! やっぱり俺たちのリーダーはお前しかいねぇ! 俺はお前について行くぜっ!」
なぜかてんすけーの忠誠心まで上がってたけど、それはまあ、うん。
「いいのよ、分かってくれれば。さ、今日のところはもう帰りなさい。お家でもう一度、自分を見つめ直すといいわ」
「う、うむ、そうだな。感謝するぞ安慶名八重、おかげで俺は愉悦の深遠を再確認することができた。やはりこれこそ、俺が生涯をかけて極めるに値する道……!」
「はいはい、がんばって。何度も言ってるけど、フルネームやめてね」
みさきーは立ち上がり、ボロボロの体を引きずって立ち去って行く。
何事かブツブツ呟いてたので、ちょっと耳を澄ませてみると。
「俺の遙か先を行き、より深きを知る女……フフ、フフフ……安慶名八重、やはり欲しい……」
まだ懲りてないのか。
ここまでくると、それはそれでちょっと感心しちゃうかも。
「やーえーよー。なんか面倒なのに気に入られちまったみたいだぞー。大丈夫かー?」
「まあ良いでしょ。これからイベント企画するんだし、どんな繋がりにせよ、ツテがあるに越したことは無いわ」
洋服売り場を見ると、てーるーとかーなーも居なくなっている。もう夕方だし、そろそろ帰ったのかもね。とにかくまあ、2人の初デートを守れて良かったわ。
私はパンパンと手を叩いて、いさおーとてんすけーに呼びかける。
「さあ、時間もないから急いでイベントの企画考えるわよ。まだ何にも決まってないんだから」
そう。こんだけかかって、まだ何一つ決まっていないという、恐ろしい事実。
ホントに何て無駄な時間を過ごしてしまったのかしら。先が思いやられるわね、まったく。
そんなことを考えながら、私は追加のドリンクを買いに席を立つのでした。