かーなーがもしキレるとしたら、こんな風にキレそう。いやー愉悦、愉悦。
いろいろ考えた結果、イベントは肝試しをやることにした。
夏休みに入ってからの遅いスタートだし、誰も知らないような新しいイベントを立ち上げるより、みんなが内容をすぐイメージできる鉄板イベントの方が確実だろうって思ってね。
というわけで、台風も通り過ぎた今日、公民館にいさおーとてんすけーを呼び出した。
「他のスタッフも募集かけてるけど、やっぱり言い出しっぺの私達が、一番がんばって準備することになると思うわ。2人とも、そのつもりでいて」
「見ろ見ろ! 今朝届いたばかりの、米軍仕様のギリースーツやっさ!」
「なんの、こっちは内地からわざわざ取り寄せた牛マスクだべ!」
「フハハハハ! 比嘉夏菜を恐怖のどん底に突き落とすため、徹夜で百の方法を考えてきたぞ!」
気の早いことに、いさおーとてんすけーは早くも仮装の準備を進めていたようだ。
まあ、主要スタッフとなる2人がやる気満々でいてくれるのは良い事ね。
「今日はまず場所の選定よ。私の方で候補を3つ用意してるから、実際に現地を下見して、イメージを膨らませましょう」
「これをこうやって着るとだなぁ……どうよ! これどう見ても、正真正銘のパーントゥだろ!」
「こっちこそどうよ、このリアリティ? あらゆる人間の股を絶対にくぐってやるという闘志に溢れた、この面構えを見ろ!」
「おののけ、ひれ伏せ、我が鬼謀神算を称えるがいい!」
私はゆうべ自宅のパソコンからプリントアウトしたマップを取り出す。
グー●ルマップに候補地をポイントしたものだ。ちなみに候補は運動公園と慰霊塔、あと少し離れてるけど、浜千鳥の歌碑があるところ。
「じゃあ早速だけど、ここからだと運動公園が一番近いから、まずはそこから……」
「食らえパーントゥ! 必殺、ドリル股くぐりーーーッ!」
「なんの、マジムンごときが来訪神に勝てると思ったかや! 泥まみれパーンチ!」
「恐怖し、絶望し、地面に膝を屈し赤子のように泣く比嘉夏菜……フフフ、想像しただけで嗜虐心がそそられるわ! 愉悦、愉悦!」
マップを手渡そうとするけど、いさおーもてんすけーも私なんか眼中にない様子。
差し出したマップが、まるでバカにしたようにヒラヒラと風に揺れる。
「………………」
「グフゥ、さすがはパーントゥ。やはり俺も真の力を解放せねばなるまい!」
「何ィ? この力はまさか! お前、ただの牛マジムンではないな!?」
「心して聞けぃ! 第一の策謀、こんにゃくヌルヌル作戦ッ!」
ばんっ
「あんた達いい加減にしなさいっ!!」
「やーえーが怒ったぞー」
「うわあ逃げろー」
「フハハハ、撤退! 戦略的撤退だー」
男どもはなぜか嬉しそうな悲鳴を上げながら、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。小学生か、おのれらは。
「いくら夏休みだからって、ふざけ回ってたら時間なんてアッという間になくなるわよ。ほら、とっとと下見に行くの。ついて来なさい」
「そう怒るなって、やーえー。それより見てくれよ、このギリースーツのすげえポイントはよー」
「そんなことより俺の苦労話を聞いてくれよ、やーえー。俺なんてマスク買いに、わざわざ那覇のド●キまで行ったんだけどよー」
「説明してやろう、安慶名八重! こんにゃくヌルヌル作戦とは」
「1人ずつしゃべんなさい!」
逃げたと思ったらワラワラと私に群がってきて、3人いっぺんに話しかけてくるもんだから、うるさくて仕方がない。
……て言うか、いいかげん無視するのも限界ね。
「どうでもいいけど、なんでアンタまで居るのよ、みさきー。アンタは呼んでないわよ」
「フフフ、愉悦あるところに我あり。比嘉夏菜で愉悦するための策謀に乗り遅れたとあっては、愉悦の求道者の名折れ!」
「ボキボキに折れてしまえばいいのよ、そんな名」
どうしてこんなことになってしまったのかしら。
まだ始まってもいないのに、この肩にドッとのしかかってくる疲労感ときたら。
「……まあ、私達の邪魔さえしなければ何でもいいわ。ともかく行くわよ」
初っぱなから先行きの不安を覚えながらも、今の私にできるのは、肝試し会場の下見に行くことだけなのでした。
・
・
・
わが街のメイン道路、8号線に沿って運動公園へ向かう。
その途中で偶然、ひーなーとかーなーに出会った。
「あい、やーえー。いさおー達も。みーるーさたんやー(久しぶりだね)」
「久しぶりって、こないだ登校日で会ったばかりじゃない」
「5日も会わんかったらみーどぅーさん(久しぶり)よー」
ひーなーは、いつも人に出会うとパアッと太陽のように明るく笑いかけてくれる。
こういうところが、皆に好かれる理由なんだろうな。ホント私には真似できない、この子の長所よね。
「みんなーして、まーかいがー?(どこ行くの)」
「実は夏休みの間に、クラスのみんなを集めて肝試しやろうって思いついてね。いま場所を選んでいるところなの」
私は敢えて正直に答えた。
案の定、2人は「「え”」」と引きつった笑顔で固まる。
「あぎじゃび。あ、ちゃーあらんでよー、なまからまぎー(準備)してたらでーじ(大変)やっさー?」
「そ、そうそう。みんな予定入れちゃってるかも知れないし、厳しいんじゃないかな~」
あわあわしながら、遠回しに拒否の姿勢を示してくる。
ふ。いい顔ね、2人とも。このまま眺めているのも良いかも知れないけど。
だけど残念。こちとら、そんな反応は想定済みなのよ。
「大丈夫、私がんばるから。みんなに楽しんでもらえるように、一生懸命やるから期待しててね」
私は明るい笑顔を浮かべて、2人に告げる。ひーなーのようには出来ないけど、できるだけ天真爛漫に、やる気に満ちた顔で。
「あい……」
「う……」
案の定、2人は言葉に詰まる。
悪いわね、これでも長い付き合いだから、あんた達の攻略法は分かってるのよ。お人好しな2人のことだ、人が純粋な善意から「みんなのためにがんばる」と張り切っている事を、無碍にはできまい。
「2人も参加してよね? せっかく準備したのにお客さんが少なかったら、とっても寂しいからさ」
さらにこんな風に、ちょっと同情を引くようなことを言ってやれば完璧である。
「だ、だぁるね~。その……でーじ楽しみやっさー……」
「夏らしい、良い思い出になりそうね。うん、楽しみ……あはは……」
2人は明らかに無理をした笑顔を浮かべながら、弱々しくうなずいてくれた。
うーん我が親友ながら、チョロい子たちね。大好きよ。
「なんと。比嘉夏菜ばかりか喜屋武飛夏までも、かくも華麗に説き伏せるとは。やはり我が野望に欠かせぬ存在。フフフ……安慶名八重、やはり欲しい……」
後ろで何か聞こえた気がするけど、気付かなかったことにしよう。うん。
「ところで2人はどこ行くば?」
いさおーが尋ねると、かーなーは手に提げていた包みをちょっと掲げて見せる。
「にーにーにお弁当届けに行くところ。いまビーチで魚捕ってるから」
「ああ、鉄さんが。台風の後はよく捕れるって言うもんなぁ」
「捕れない時もあるけどね」
「台風って言えばよー。あの台風、ホントついてなかったよなー」
いさおーはそのまま空を見上げてぼやく。
つい2日前に台風が通り過ぎたばかりの空は、よく晴れていた。
「だからよ。あと少し早く来てくれてれば、登校日なくなってたのによー。どうせ来るんなら、せめて役に立ってほしかったよなー」
「まったくだ。あの無能めが、忌々しい」
てんすけーとみさきーもうなずく。
先週、クラスのラインメッセで持ちきりだった話だ。5日前に登校日があって、その直後に台風が来たため、「なんでもっと早く来なかった」とクラスのほぼ全員が恨み節を呟いたのだ。
「あんた達まだ言ってるの。いいかげん諦めなさい」
そう言って男どもをたしなめるものの、もちろん私も内心では同意だ。
と、その時だった。
私はふと気が付いた。
「…………。…………っ。……~~~……」
なんか、かーなーが焦っている。
もっと正確に言うと、内心で焦っているのを周囲に悟られまいと、必死にポーカーフェイスを取り繕おうとしている。
ふむ? これは……台風の時に何かあった?
私は素早く思考を巡らせる。かーなーが焦る事と言えば。
「そういえば、あの時てーるーって結局どうなったのかしら? メッセで『心配かけてごめん』みたいなメッセはあったけど」
台風が来たあの日、てーるーがクラスのラインメッセで「ヤバい」の一言だけ残して、しばらく音信不通になった時間帯があった。
その後に無事の報告があったので、私もそれっきり、気にもしてなかったんだけど。
カマをかけてみると、かーなーは逆にこっちが気の毒になるくらい、分かりやすくギクリとした。やっぱりてーるー絡みか。ホントに嘘がつけないわね、この子。かわいそうに。
さーてと、気付いちゃったものは仕方が無い。どうやって隠し事を吐いてもらおうかしら?
私が脳内でかーなーに自白させる算段を立て始めた、その矢先だった。
「心配ないさー。あの日はてーつーにーにーに車出してもらってよー、わんとかーなーで、てーるーの家まで迎えに行ったからよー。その後みんなーで、かーなーの家に泊まったさー」
ひーなーが太陽のような笑顔で、特大級の大暴露をかましてくれた。
「てーるーお腹空いてたみたいでよー、かーなーが作ったソーミンチャンプルー、ペロッと平らげてたさー」
それだけに飽き足らず、聞き捨てならないスキャンダルまで、惜しみなく大公開してくれた。
「ん?」
「お?」
「あら」
「ほほう」
私達は四者四様の声を上げた。
「ひ、ひーなー……ッ!!!」
かーなーは、この世の終わりみたいな顔をしていた。
「?」
そして、ひーなーだけが、ひとり平和に天真爛漫な笑顔を振りまいていた。
うん、これは。
さすがに同情するわ、かーなー。
「あの嵐の中、わざわざてーるーの家まで行ったのか? かーなー」
確認するように、いさおーが尋ねる。
「しかもその後、自分の家まで連れて帰った……?」
よく分からない顔のまま、残酷な事実を指摘するてんすけー。
「そして連れ帰った後は、自分の家で手料理をふるまって?」
同情はしても見逃すつもりもない私が続き。
「そのまま中村照秋と、同じ屋根の下で一晩を共にした、と?」
みさきーは完璧なとどめの一言を言い放った。
かわいそうに。
かーなーは為す術もなく耳まで真っ赤になり、「
「ち、違……。だって、ユニオンが閉まってて……すーずーが……だって、シュークリームが……ソーミンは……ローソクが……」
なんか壊れた翻訳機みたいに、意味をなさない単語を吐き出している。うーん人間って脳に負荷がかかり過ぎると、こうなっちゃうのねー。
そんなことを考えていた私の隣で、みさきーが恍惚の面持ちで身を乗り出してきた。
「おおお! 比嘉夏菜よ、その表情たるやっ!」
あ、まずい。
「愉悦ッ!!」
「いさおー、黙らせなさい」
「おう」
いさおーの手により、安らかな眠りに就いてもらった。
「やさやー。てーつーにーにーとかすーずーとかとよー、映画見たり、島札やって遊んだりしたさー。うむさたっさー(楽しかった-)」
壊れてしまったかーなーの隣で、ひーなーが相変わらず一人平和に当時の状況を説明してくれる。
まあ実際はそんな所だろう。知ってたわ。
「な、なんだそうか。俺はてっきり、てーるーが比嘉家に餌付けされて、飼育されてしまったのかと思ったぜ」
「あんたの思考も相変わらずどうかしてるわね、てんすけー。……まあ、みんなと一緒なら、てーるーも心強かったでしょ」
もうちょっと何かあって欲しかったとは思うけどね。
せっかく家にまで連れ込んでおいて何もなしってのは、さすがにヘタレが過ぎるんじゃないかしら。あの夜は停電もあったことだし、どうせならロウソクが消えるハプニングでも起きて、暗がりでお互いに気付かず、偶然お互いの唇が触れてキスしちゃった ――――――くらいのイベントがあれば面白かったのに。
まあさすがにそんなこと、あるわけないか。
「ふふ……ふふふ……」
不意にかーなーが不気味な笑い声を上げた。
ユラリと前に出て、ギギギ、と音が鳴りそうなぎこちない動きで私の方に振り返る。
「やーえー、さっき肝試しやるって言ってたよね……?」
なんか目が据わっている。
「私、いいこと思いついちゃった。肝試しの前にさ、雰囲気を盛り上げるために、みんなで怪談大会をするっていうのは……どうかなぁ?」
驚愕の提案だった。
まさか、かーなーの方からそんな事を言い出すなんて。
ひーなーも驚いて振り返る。
「か、かーなー? どぅーしちゃー?」
「ああ、そうだそうだ……そういえば、ひーなーのおばあ、怪談が
「かーなー!?」
ひーなーは真っ青になって絶叫する。
「おばあはダメさー! かーなーもわーがーやー?(分かってるでしょ?) わらばーの時分、2人しておばあにさんざん泣かされたさー!」
「そうだねー。懐かしいねー。だからきっと、怪談大会も大成功まちがいなしだよー。あははー……」
あー。これアレだ。
恥ずかしさが限界突破して、怒りに変換されちゃってるわ。
もちろん肝試しに怪談大会まで加わったら自分もただでは済まないのに、今のかーなーは自爆上等、覚悟ガンギマリになっちゃってる。
「か、かーなー? もしかして、なんか怒ってる……?」
「ううん? 何にも怒ってないよー? 肝試し、楽しみだねー、ひーなー?」
「でーじ怒ってるやっさー!? わん、わん何かしたかねー?」
まあ元はと言えば、ひーなーが無邪気に大暴露しちゃったのが原因だしね。
ひーなー。天然ボケもね、許される場合と許されない場合があるのよ。
さてと、これ以上ここにいるのは危険ね。
「それじゃ私達、そろそろ行くわ。肝試し、参加よろしくね」
「分かったー。楽しみにしてるから頑張ってねー、やーえー。あははは……」
「かーなー! わんが悪かったから、正気に戻てぃめんそーちー!」
虚ろに笑うかーなーと、彼女に抱きついて必死に呼びかけるひーなーを残して、私達は再び歩き出す。
「お、おい。さっきのかーなー、なんかヤバくなかったか……?」
いさおーが戸惑いを浮かべて言う。
「くっ……! お、俺は最強の牛マジムン! この俺が恐怖を感じるなど……!」
てんすけーもしっかりビビっている。
「う、美しい……! 比嘉夏菜、まさかあんな顔を隠し持っていたとは……!」
みさきーは……こいつはいいか。
「まあ、普段おとなしい子ほど、怒らせると怖いってことね」
綺麗にまとめるものの、私も内心ではちょっと冷や汗ものだった。すぐにあの場を離れたのは我ながら英断だったと思う。あの子をからかうのは匙加減が命ね、いや本当に。
「それにしても、怪談大会とは良いアイディアね。せっかくかーなーの方からリクエストしてくれたんだし、検討してみましょう」
まあそれでも、あの子のことだからすぐに戻るでしょ。
当日、正気に戻ったあの子が、自分のしでかした事にどんな顔するのか今から楽しみね。
頭の中であれこれイメージを膨らませながら、私はほくそ笑むのでした。
――――――この時はまだ、私は知らなかったんです。
後日、ラインメッセでクラスメイト達に肝試しを呼びかけると、参加者がたった4名しか集まらないという危機的状況になるなんて。