「ふざけんな! そんな答えがあるかよ!」
いさおーの胸ぐらを掴み、てんすけーは怒号を上げる。
降りしきる雨。2人ともすでにズブ濡れだ。
いさおーは掴まれた手を振り払うこともなく、やるせない顔をして目をそらすのみ。そして私は、そんな2人を見ていることしかできない。
「お前はどう思うかって聞いてんだよ、かーなーの気持ちはさあ! どうなんだ!」
「………………」
「ハッ、だんまりか。それくらい察しろってか? 悪かったなぁ、どうせ俺はバカだよ!」
「違う。そんなつもりじゃ……」
「じゃあ何だよ! 俺たち仲間じゃなかったのかよ!」
てんすけーの気持ちは分かる。きっと私達に裏切られたような気分なんだろう。
でも、いさおーの気持ちも分かる。こんなこと、おいそれと口に出せるわけがない。
顔を伝ってしたたり落ちる雨の滴が、まるでてんすけーが泣いているようにも見える。私も同じくらいズブ濡れだけど、そんな事どうでも良かった。
「そういうの、俺の口から言うってのは、なんか違うって言うかよぉ……」
「お前、まだそんなことを!」
煮え切らない態度のいさおーに、てんすけーの怒気が一気に膨張したのが分かる。
いけない、これは。
最悪の展開が訪れる予感に、私は思わず身を固くする。
てんすけーが、いさおーの胸ぐらを掴む手に力を込め ―――――― そして次の瞬間。
「あ。かたぶい止んだ」
私は天を見上げて呟いた。
まるでゲームのギミックみたいに、一瞬前までの土砂降りがピタリと止んだ。これが沖縄名物、
そして、てんすけーは
「ハッキリしろよ! つまりかーなーは、てーるーにメロメロってことだろ? そうなんだろ!?」
そんな恥ずかしいセリフを、全く恥ずかしげもなく大真面目な顔で叫んでいた。
――――――最初から話すと、こういうことである。
今日はてーるーが「海で泳ぎたい」と言うので、みんなで海水浴に行った。
そのてーるーがハブクラゲに刺されるというトラブルはあったものの、海水浴は概ね楽しいイベントとして終わった。
そして帰り道、てんすけーが言ったのだ。
「かーなーがてーるーのこと好きってのは良いんだけどよー。好きってどういう事なんだろうなー」
改まって言われると、非常に答えにくい疑問である。私達が言い淀んでいると、てんすけーはスマホでポチポチと調べ始めた。
やがて言ったことが。
「ふむ。『好きな相手と一緒だと、メロメロになっちゃう』……? なあ、メロメロって何だ?」
何だ、と言われても。
「いさおー、メロメロって何だ。かーなーは、てーるーにメロメロなのか?」
「い、いや、まあ程度ってもんがあるだろうけどよー。まあ、概ねそうなんじゃないか?」
「何だよ、ハッキリしないな。好きってことは、メロメロってことなんだろ?」
「一概にそうだと言えるもんでもなくてだな……だから程度ってもんがだな」
「??? え、何だ? 分かってるならちゃんと説明してくれよ。俺たち仲間だろ?」
「だ、だから、好きは好きだけどメロメロってわけじゃ……多分だけどよー」
お願いだから、そんな真面目な顔してメロメロとか言わないでよ。
答えにくい問いに、いさおーが言葉を濁しつつ必死に取り繕っているうちに、だんだんとエスカレートしてきて……そして冒頭に至る、というわけである。
「かーなーはメロメロなのか!? メロメロなんだろ、そう言えよ畜生!」
てんすけーに問い詰められ、いさおーは途方に暮れたような顔をしている。
そりゃ、いさおーの立場からすれば「クラスメイトがメロメロかどうか」なんて答えられるわけがないのよねぇ。
私だって「そうよ。あの子はてーるーにメロメロよ」とか恥ずかしくて答えたくないし。だいたい何よ、メロメロって。私も何だか分からなくなってきたわ。
「わ、悪ぃ! 実は俺にはよく分かんねえんだ!」
いさおーがとうとう根負けして、ギブアップの声を上げる。
「なんだそうか。じゃあ、やーえーは……」
「ごめんなさい、私も分からないわ」
私は早々にギブアップ。
「やーえーにも分からないのか? なんだ、じゃあ俺に分かるわけねえなー」
てんすけーはあっけらかんと言い、さっきまでの執着が嘘のように笑った。
「あーでも、なーんかスッキリしないなー。何だかむしゃくしゃしてきたぞ。やーえー、ちょっとコンビニ寄って行こうぜ。こうなったら、コンビニというコンビニのメロンパンを食い尽くしてやらないことには、俺のこの怒りは収まりそうもないぜ」
「……それであんたの気が済むんなら、別にいいけど」
夕暮れに染まる家路をちょっと外れて、コンビニに寄り道する。
肝試しイベントの準備は順調だった。
計画は大体できてる。今日みたいに、かーなー達と小さなイベントを重ねて、メインイベントまでの地ならしにも抜かりはない。
すべてが順調。だけど1つだけ、私は問題を抱えていた。
たった1つだけど、でも致命的な問題を。
/
翌日の午前中、私は自分の部屋でクラスメイトの1人とメッセのやりとりをしていた。
『そう言わないで、どこか1日くらい空いてない? なるべくみんなに都合がいいように調整するから』
『そう言われてもなぁ。高校生ともなれば色々あるわけよ。今のところ外に出る予定がないのは、夏休みの終わりがけくらい』
『じゃあ、その終わりがけでもいいから』
『ダメダメ。その頃には宿題やっつけるのが追い込みに入ってる筈だから。ヘタしたら、今よりもっとヒマがないくらいだと思う』
『なにそれ。それが分かってるんだったら、宿題の方を今からやっておけば』
『やーえー。せっかくの夏休みなのに、宿題をいつやるかまで人に指定されたくはないかなー』
やんわりとだが、明確に不快感のこもった返事に、私は一瞬手が止まる。
しまった。凡ミスだ。心の中で舌打ちする。
『だいたいちょっと遅すぎない? もう夏休みも半分過ぎたよ? 今からクラスみんなで何かやろうって、そりゃみんな予定合わないよ。休みに入る前に言ってくれれば、みんなそれに合せて予定組めたのに』
相手からそんなメッセが来て、さすがにちょっとカチンと来た。
はー、ごもっとも。ぐうの音も出ない正論だわ。
でもね。
その程度のこと、あんたに言われなくてもね。こっちはそんなこと分かった上でやってんのよ。
……という言葉が喉元までこみ上げてくるが、こちらがお願いしている立場で、それを言うわけには行かない。
私からの返信が途切れたことで見切りをつけたか、
『まあ一応考えてはみるよ』
『分かった。できればお願い』
相手は体のいい社交辞令で話の締めにかかり、私はそれを受け入れるしかなかった。
関西人の「行けたら行く」や政治家の「前向きに検討します」と同じ、絶対やらない奴のセリフだ。
「あーもう」
私はスマートフォンをベッドに放り投げ、頭をガシガシかいた。
参加者集めがうまく行かない。
そりゃ最初から厳しくなるであろう事は予測してたけど、いざやってみると、現実は想像以上だった。クラス全員に声をかけて、現時点で前向きな返事をしてくれているのは、たったの4人。その4人にしたって、他の人達が参加しないとなれば「やっぱり行かない」と、いつ手のひらを返してもおかしくない。
何とかしないと。
そう思って個別にメッセを送って誘ってみるんだけど、ご覧の有様だ。……いや、さっきのは私があまりにヘタすぎたってのもあるけど。
ベッド上のスマートフォンを拾い上げ、改めてさっきの会話のログを辿ってみる。ちょっと私がガツガツしてる感じが出てしまっている。これじゃあ相手が引いちゃうのも無理ないわ。
焦ってんのかしら。嫌ね、カッコ悪い。
ボフッとベッドに倒れ込む。
昨日会った時、いさおーもてんすけーも何も言わなかったけど、クラスのラインメッセの状況を知らないわけじゃないだろうから、敢えて触れなかったのだろう。
……信用されてる、ってことなのかしらね。
だったらちゃんと応えたい。
「気分転換に、買い物でも行こうかしら」
思いつきを敢えて口に出してみる。
かーなーはそうやって、偶然てーるーと会って初デートを達成することができた。
それにあやかって、同じことをやれば、私にも何か素敵な事が起こるかも知れない。少なくともこのまま部屋でウダウダ考えてるよりかは遙かにマシな筈だ。
「よし、行くわよ!」
思い立ったら即行動。悩む時間がもったいない!
私はすぐに出かける支度を始めた。
神様お願いします。かーなーみたいに、とまでは言わないから、何かちょっとした素敵なことが起こりますように ―――――― そんなささやかな願いを込めて。
・
・
・
「フハハハハ! よもやこんなところで会おうとは! やはり同じ愉悦の道を志す者同士、考えることは同じだなぁ、安慶名八重よッ!!」
……神様。私は何か、前世でよほど悪い事でもしたんでしょうか。
あの、私も一応、かーなーと同じお年頃の女子高生なんですけど。なのに、この扱いの差は一体なぜなんでしょう。
「最悪だわ……」
目の前に現れた男に、私は本当に頭を抱えてしまった。
「ん? どうした、神にでも裏切られたような顔をして。神など最初からアテにするな、己の力で道を切り開いてこその求道者であろう!」
「絶望の元凶に言われたくないわよ」
私の憎まれ口など気にした風もなく、みさきーは高笑いする。その悩みの無さだけは、少しだけ羨ましかった。
「それで、あんたは何してるわけ?」
「むろん来るべき怪談大会に向け、ネタ探しに奔走しているところだ。この俺の力を示す、またとない好機だからな!」
怪談で何の力を示そうとしているのか不明だが、こいつも肝試しが無事に開催されることについては、微塵も疑っていない様子だ。
……嫌ね。本来嬉しい事のはずなのに、これでプレッシャー感じちゃうなんて。
ハア、と無意識にため息をついてしまっていた。
「む? 一体どうしたのだ。何者をも圧倒せんとする、いつもの覇気が感じられんぞ」
「いつ私がそんなもん出してたのよ。……実は、肝試しの人集めがうまく行かなくてね」
恥を忍んで正直に言ったのに、
「なんだそんなことか」
みさきーは軽く鼻を鳴らしただけだった。
「そもそもお前は誘い方が下手なのだ。一体いつになったら、肝試しの目的を皆に話すのだ? やる意味が分かっていなければ、皆が乗ってくるはずもあるまい」
「目的?」
意味不明なことを言われ、私は首を傾げる。
「ちゃんと言ってるじゃない。夏休みの思い出作りに、みんなで肝試しやりませんかって」
「違う。この肝試しの目的は、比嘉夏菜と中村照明にドキドキイベントを用意して、我々が愉悦する事であろう」
「あんた、その濃い顔でドキドキイベントとか言うのやめて」
「つまらん揚げ足を取るな。なぜ真の目的を皆に話さないのかという話をしているんだ」
「いや言うわけないでしょ、そんなの。かーなーの内心を皆に暴露してるようなもんじゃない」
私が言うと、みさきーは「……?」と不思議そうな顔をした。
「だから、私が皆に『肝試しやって、かーなーとてーるーをドキドキさせて、2人の距離を縮めるわよ』とか言ったら、この2人の仲を皆に宣伝してるようなもんじゃない」
まあ今のとこ、かーなーの一方通行なんだけど。このさい細かい事はいいのだ。
これだけ丁寧に説明してあげても、みさきーはなお、理解できない様子でしばらく首をひねっていたが。
「あー」
やがて、ようやく合点がいったというように声を上げた。
「あー、あーあーなるほど、そういうことだったのか。道理でお前にしては回りくどい事をしていると思っていたのだ。何を遊んでいるのかと思っていれば、素だったのか」
「何のことよ」
「構わん、やれ」
言われたことの意味が分からなかった。
「やれって何を?」
「いまお前が言ったことを、そのままラインメッセに載せるがいい。そうすれば万事解決だ」
「あんた私の話聞いてた? だからそれをやったら、かーなーの気持ちがみんなにバレちゃうでしょうが」
「だから、構わんからやれと言っているのだ」
「やるわけないでしょ。あんた、かーなーのこと晒し者にする気?」
愉悦とかふざけたこと言ってるけど、そのへんの匙加減は分かってる奴だと思ってたのに。
ちょっと本気で腹が立って言うが、みさきーは反省するどころか、業を煮やしたように自分のスマートフォンを取り出した。
「ええい分からん奴め。もういい、お前がやらんのなら俺自らがやってやろう」
「ちょっ……!?」
メッセージを打ち込み始めたのを見て、私は慌てて止めに入る。
「ふざけんじゃないわよ、やっていい事と悪い事の区別もつかないの? やめなさい!」
「問題ないからやっているのだ。いいから黙って見ておれ」
「問題ないわけないでしょ! ちょっと、マジでやめなさいってば!」
実力行使でスマートフォンを奪おうとするけど、女の私が、体格も腕力も勝る男のみさきーに敵うはずもない。そうこうしている間に、みさきーはさっき私が言ったセリフをそのままクラスのラインメッセに載せてしまった。
「あんたねえ!」
私は本気で怒るが。
みさきーは「ふん」と鼻を鳴らし、私にラインメッセの画面を突き出してきた。
「見ろ、案の定だ」
その画面上に映し出されていたメッセージとは。
『『『『『なんでそれを早く言わないんだ!!!』』』』
……え?
さっきの今で、もういくつもの返信が乱れ飛んで来ていた。
最初のリアクションは大体みんな同じ。全く同じセリフが被っているクラスメイトも多数いる。
『かーなーとてーるーのドキドキイベントだと!? やるに決まってるだろ、そんなもん!!』
『東京旅行とか行ってる場合じゃねえ!』
『マジで何で早く言わないんだよ! ぜんぜん話が違ってくるじゃねえか!』
『ああもう! それで? 私は何したらいいわけ!?』
『いつやるんだ? 言え、早く!』
今までの私の苦労が嘘のように、みんなが肝試しに乗り気になっている。
さっき私が勧誘に失敗したクラスメイトもだ。『今から宿題やっつけて、時間作んなきゃ!』とか書き込んでる。あんたさっき、せっかくの夏休みなのに宿題をいつやるかまで人に指定されたくはない、とか言ってたじゃない。
「どうだ、これで問題解決だ。安心したか?」
みさきーに声をかけられ、我に返った。
「こ、これって……?」
「お前が知らなかった事の方が驚きだ。わが1年2組は、比嘉夏菜と中村照秋の恋の進展を、日夜歯ぎしりしながら待望している見守り隊だぞ。全員がな」
驚愕の事実だった。
『やーえー、時間と場所はもう決まってるのか!?』
『お化け役は足りてるのか? 何なら俺が……と言っても今からだと、豚のマスクでも用意してウヮーグヮーマジムンくらいしかやれないけど』
『当然、男女ペアでやるんでしょ? かーなーとてーるーを確実にペアにする策はあるの? やーえー!』
『俺は何をしたらいい? 何でも言ってくれ、やーえー!』
どんどん伸び続けているラインメッセを見て、みさきーは私にニヤリとする。
「そら、皆がお前の指示を待っているぞ。図らずも一軍の将となってしまったなあ、安慶名八重よ。これは責任重大だぞ、どうするのだ?」
あんまり認めたくはないけど ―――――― こいつからの友情を感じる、わざとらしい挑発だった。
「………………」
私はパチンと、両手で自分の両頬を叩く。
「いきなり忙しくなったわ。……あんたのおかげで」
「フッ、せいぜい励むがいい。実は俺も忙しい身でな。来るべき時に備えて、とっておきの怪談話の準備をしなければならんのだ」
「そう。せいぜい頑張んなさい」
「お前もな、安慶名八重よ」
みさきーは例によって高笑いしながら去って行く。
……ぜんぶ終わったら、お礼言わなきゃね。
そう思いながら、私はその背中を見送った。
/
「集合」
「「「うおっしゃああああああああああーーーーッ!!!」」」
私の号令ひとつで、クラスメイト全員が私のもとに集う。
「いま連絡が来たわ。かーなー達、ひーなーのおばあさん連れて今からこっちに向かうって」
「そうか! いよいよだな!」
「へへへ……体の震えが止まらねえぜ。これが武者震いって奴か……!」
「水、誰かお水ちょうだい! どうしよう私、今からこんなにドキドキして、最後まで持つかしら……!」
みんな鼻息が荒い。
何をそんな興奮してるのか分からないけど、まあみんなやる気に満ち溢れているんだって好意的に解釈しておこう。
「かーなーったら、お化けにビックリして、てーるーに抱きついちゃったりするのかなぁ!?」
「いや! てーるーもビビって、お互いに抱き合っちまうに違いねえべ! こうガバッとなぁ!」
「きゃーっ! いけないわ、抱き合った拍子にかーなーの唇がてーるーの頬に当たっちゃうなんて、そんなハプニング許されないわっ!」
「おう、よだれよだれ! 自重しれー!」
……やる気満々なのは良い事よね、うん。
あれからの準備はトントン拍子に進み、今日はいよいよ肝試し当日。最後の打ち合わせのため、私達はかーなー達に先行して集合していた。
うちなータイム? いや、沖縄県民だって『仕事』には遅れないから。
「怪談班、準備はオッケー?」
「フハハハ! 誰にものを言っている、俺に任せておけ!」
「ばっちりネタ仕入れて来てるから安心して!」
「お化け班、どうかしら?」
「聞くまでもないだろ、やーえー!」
「こちとら何日前から準備してたと思ってんだ!? 俺は牛だ、もう何日も前からずっと牛だッ!!」
「よし……始めるわよ。みんな配置につきなさい!」
「「「うっしゃあああああああああーーーーーーー!!!」」」
士気は十分すぎるほど高い。
まもなく、かーなー達もやってきた。
夏休みの終わり。私達の、最後にして最大のイベントが幕を開けた。
・
・
・
入念な準備の甲斐あって、イベントは順調に進む。
前座の怪談大会では、やっぱりひーなーのおばあに感謝かしらね。初手でいきなり、完璧な空気を作ってくれたからね。私も大川商店のおばあから仕入れた話で、それなりに貢献できたと思う。
ちなみにあれだけ張り切ってた割に、みさきーの話はあんまりウケなくて、
「不正だ! これは某国の謀略だっ! ええい貴様では話にならん、ホワイトハウスにオンラインをつなげ! 大統領と直接話す!」
とか騒いでた。大統領もあんたに構っていられるほどヒマじゃないでしょうから、あんまり迷惑かけるんじゃないわよ。
で、今は。
「クジ引いて、男子白と女子赤で、同じ番号がペアなー」
いさおーが皆に肝試しのルールを説明している。
もちろん説明されるまでもなく、あの3人以外はすでに全員が知っているんだけど、まあこれも必要な手順だ。こうやってかーなー達の目を引きつけておいて、だ。
そこかしこで、クラスメイト達が互いにアイコンタクトを交わしている。作戦開始だ。
「かーなー。あっちにあんたの妹がいたんだけど。呼んだの?」
クラスメイトの1人が、かーなーに近づいて言った。
「えっ、すーずーが? 呼んでないよ、家で留守番してなさいって言ったのに。どこにいたの?」
「あっち。来て、案内する」
そう言って、かーなーを離れた場所に誘導して行くのを、私はこっそり見守る。
もちろん妹がいたなんて嘘である。
「あれ? おっかしいなぁ、さっきあそこらへんを歩いてたのに。ごめん、やっぱ見間違いだったかも」
「違ってたんならそれでいいさー。でも念のため、ちょっと家に電話してみようかな」
そこへクジの箱を持った別のクラスメイトが現れる。
「かーなー、クジ引いたー? こんなところで何してんのさー?」
「ああ、いや。ごめん」
かーなーは促されるまま、箱に手を入れてクジを引く。
「8番……」
呟いて、皆がいる方向に目をやる。たぶん「てーるーは何番なんだろ」とか考えてるんだろう。
ふふふ、心配いらないわ。
だって、あんたがいまクジを引いた箱は、こっちでみんなが使っている箱とは別物。あんたのためだけに用意した、8番しか入っていない箱なんだから。
「てーるー、始まる前にトイレ行っとかないか? あっちにあるからよー」
「そうだね。うん、行く行く」
こっちでは男子のクラスメイトが、てーるーを連れ出している。もちろん同じ手口で、てーるーにも8番を引かせるためだ。
「よし、じゃあ俺たちも準備すっか、やーえー」
「そうね」
いさおーの呼びかけに、私もうなずく。
「フッフッフ……ついに来ちまったか、この時がよ」
隣ではてんすけーが、腕組みして不敵に笑っていた。
閉じていた目をカッと見開き、まるで全国大会の決勝で主人公チームを迎え撃つラスボスみたいな傲岸不遜な笑みを浮かべて、一言。
「くぐる!」
そんだけキメ顔しといて、もうちょっとましなキメ台詞はなかったの。
・
・
・
……で、実際の肝試しがどうなったかは、周知の通り。
私としては2人が抱き合ってキスまで持って行きたかったんだけど、まあてーるーがかーなーの手を引いて危機から脱出するっていう、ときめきシチュは実現できたしね。
あれはかーなー、脳みそやられちゃったでしょ。だから成果は上々ってとこ。
「かーなー、大丈夫だったねー? 帰ろう、もう帰ろう」
「だからねー」
私が森から戻ってくると、ひーなーがかーなーにすがって泣いており、かーなーが笑って慰めていた。
みさきーが近くにいたので、近づいて行って尋ねる。
「あんた、ひーなーとペアだったんでしょ。ちゃんとエスコートしてあげたの?」
すると。
「そうだね。僕としては精一杯やったつもりだったんだけど……力が及ばなかったようだ。まったく自分の無力を痛感するよ」
殊勝な答えが返ってきて驚いた。
……って、「僕」?
「どうしたの? あんた」
「ん? 何がだい? 僕はね、反省しているんだ。比嘉夏菜さんは、喜屋武飛夏さんの大事な親友だ。その比嘉夏菜さんをからかって遊ぼうだなんて、どうかしていた。これからは心を入れ替えて、彼女の恋を陰ながら応援していくつもりだよ」
なんか目がキラキラしている。
何が起こったのか悟り、私は驚愕した。
浄化されている。どうやらひーなーと一緒にいて、心を綺麗に洗浄されてしまったらしい。
確かにひーなーは昔から、近くにいる人を明るくしたり楽しくしたりするのが得意な、お日様みたいな子だった。
でもだからって、あのみさきーが、こうも簡単にやられるなんて。
恐るべき洗浄力。子供の頃からの友達に、私は静かな畏れを抱いたのでした。
・
・
・
そしてイベントは無事終了、解散となった。
クラスメイトと別れ、いつもの6人で家路をたどる。
「はっさもー、かーなーよー。かーなーがおばあを連れて来ようなんて言うからー、今日はじゅんにでーじやったさー」
「ご、ごめん。あの時はちょっと私もどうかしてたから。……で、でも! あれって元はと言えばひーなーが……!」
「いやでも、イベントとしてはナイスアイディアだったさー。あれでだいぶ盛り上がったからなー」
「だっからよ」
大仕事を終え、みんな足取り軽く、口数も多い。
この開放感に溢れたひととき。私も悪くない気分だった。
「いやでも、やっぱり下地のパーントゥが出てきた時が一番怖かったよ。あ、比嘉さんごめんね、あの時は強引に引っ張っちゃって。とっさだったから、思わず」
「ううん、全然全然。私こそごめん、もともと私が足すくんで動けなくなっちゃってたせいだし」
てーるーの言葉に、かーなーは全力で首を横に振って笑っている。辺りが暗くて、よく見えないのが悔やまれるわね。きっと真っ赤になって、可愛い顔してるんでしょうに。
そうこう言っている間に、かーなーの家に到着する。
「じゃあねー、比嘉さん」
「またやー」
「うん。気をつけてねー」
最後にそう言葉を交わして、かーなーと別れた。
さて、ここね。
残りのメンバーで少し歩いてから、私はあたかも今思いついたように言った。
「そうだ思い出した」
「ん? なんしがやー? やーえー」
「ごめん、片付け忘れてたことがあったわ。ちょっと戻って、やっておかないと」
「片付け忘れてたことって?」
首を傾げるてーるー。
私はいさおーに向かって目配せした。
「ほら、いさおー。あれよ」
「? ……あ、あー! あれか。確かに今日中に片付けとかないとなー。てんすけーも行くぞー」
「俺も? え、何かあったっけ」
「いいから来い」
「ごめんね。私達、行ってくるからここで」
私が強引に話を切り上げると、てーるーもひーなーも
「うん……? 分かった。それじゃ今日はありがとう、お疲れ様」
「またやー、にふぇーでーびる」
首を傾げながらも、笑顔で手を振ってくれた。
「なあ、片付け忘れって何だよ。何かあったっけ?」
不思議そうなてんすけーに、
「ないわよ、そんなもの」
「え?」
「行くわよ。急がなきゃ」
私達は今来た道を逆に戻る。たどり着いたのは、再びかーなーの家の前。
かーなーが、まだそこにいた。
自分の左手を、大事そうに右手で捧げ持ち、何かを思い出している様子。
「お、おおぉ……あれはもしかして!?」
「そうよ、てんすけー。あんたもようやく分かってきたみたいね」
食い入るように見つめるてんすけー。その口元には笑みが浮かんでいる。たぶん私も、同じ顔をしているはずだ。
「やったなぁ、やーえー。かーなーあんなに嬉しそうやっさ」
そう言ういさおーの声こそ嬉しそうだった。暗くて見えないけど、きっと会心の笑顔を浮かべているのに違いない。
さらにスマホが連続で震える。見てみると、ラインメッセにクラスメイト達からの大量の書き込み。
『愉悦』
『愉悦』
『愉悦』
『愉悦』
『愉悦』
まったく、どいつもこいつも。
て言うか、みんな今この場にいるのかしら。こんな狭い場所のどこに、こんな大人数が隠れているのやら。
私は安慶名八重。かーなーの恋心を知る唯一のクラスメイト。
……そう、唯一の。
そう思っていた時期が、私にもありました。
だけど本っっっっっっ当に、それは私の自惚れだったみたい。
私もまだまだね。(笑)
このシリーズを始めた当初の予定では、今回の話が最終回になる予定でした。
しかしここ最近になって、真エンディングとなり得るような話を思いついてしまいました。
思いついてしまったからには、そのアイディアを頭の中から出さずにはいられないのが、物書きという人種でございまして。
というわけで、これが最終回ではありません。
すまんの、もうちょっとだけ続くんじゃ。