こちら沖ツラ愉悦部 安慶名組!   作:時給

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第8話 違和感

トマス・モアっていうイギリスの思想家が、『ユートピア』って言葉を作り出した。

日本語だと、それは『理想郷』と訳される。

同じような言葉はトマス・モアより遙か以前から、世界中にある。それこそ太古の伝説や、神話の中にさえ。

旧約聖書のエデン。ケルト神話のティル・ナ・ノーグ。アーサー王伝説のアヴァロン。中国詩の桃源郷。日本だと日本神話の常世の国、あるいは宮沢賢治が唱えたイーハトーブ。

神様が住まう神界とか、死後の世界とかと同一視されることもあるけど、共通するのは要するに「この世ならざる世界」であるということ。

全てが完璧な世界。争いもなく、憎しみもなく、死の憂いさえない。悲しいことなんて何もない。全ての人が善人で、誰もが笑顔で、幸せだけを感じながら永遠に生き続けられる世界。まさに理想郷という名の通り、人が理想とする世界。

……沖縄はどうかって? よくぞ聞いてくれました。

あるのよ、沖縄にも。本土とは違った独自の歴史と文化を育んだこの島が、独自に生み出した、沖縄だけの理想郷が。

遙かに遠き、東の海の彼方にある神様の住まう場所。すべての命が来たり、そしてすべての命が還る場所。死後七代にして、その魂は子孫の守護神となる。

この広い世界の中で、この小さな沖縄という島だけに語り継がれる、理想郷の伝説。その名前は ――――――。

 

 

夏休みも終わり、2学期が始まってしばらく経った。

最初の頃は毎朝決まった時間に起きなきゃいけない事が本当に憂鬱だったけど、さすがに2週間も経てば体がすっかり平日モードを思い出したみたいで、そこまで苦ではない。

1限目が終わったところでトイレに……んんっ、お花摘みに行った時のことだ。

「え~と。ハンカチ、ハンカチ……っと」

ポケットからハンカチを取り出し、それを口にくわえて、手を洗うため水道の蛇口をひねる。

親から「行儀が悪いからやめなさい」って言われてて、自分でもそう思うんだけど、子供の頃からやってたから癖になっちゃってるのよね。

備え付けの石けんをつけてゴシゴシやっていると、後ろでカツッと足音がした。

振り返ると、かーなーが立っていた。

なんかビックリした顔してる。私を見つめて「あ……あ……あ……」と言葉が出ない様子で、プルプルと小さく体を震わせている。

ほーひはほ(どうしたの)?」

ハンカチくわえたままなので、変な言葉になってしまった。いま手が石けんまみれなので、外すこともできない。

でも意味は通じたらしく、

「あ、い、いや、別に……。あは、あはは……」

かーなーはハッと我に返ると、下手くそな愛想笑いをしながら足早に私のそばを通り過ぎ、トイレの個室に入ってしまった。

何だったのかしら。

私が石けんで手を洗っているだけの絵面に、何を驚く要素があったんだろう。

首をひねりながら手をすすぎ、くわえていたハンカチを取って、手を拭こうとして。そこで私はようやく気が付いた。

このハンカチ。こないだてーるーから貰った、ミンサー織りのハンカチだ。てーるーのおっとー(お父さん)が石垣島に出張に行って、仕事でたくさん貰ってきたらしく、クラスメイト達に配って回っていたから私も貰ったのだ。

ということは。

かーなーのさっきのアレは、「てーるーから貰ったハンカチを口にくわえる」という行為に反応したということか。

「……ふぅむ?」

さてはあの子、自分でもその行為に心当たりがあったり? てーるーからプレゼントされたハンカチを口に持って行って ――――――それで何を?

特大のチャンスの予感に、自分の頬が緩んでいくのが分かる。

ふと洗面台の鏡に映る自分と目が合った。

我ながら、とても人様にお見せできない顔をしていた。

 

 

 

この頃、ちょっとした違和感を感じることがあった。

何がと聞かれると困る。それくらい、何が変なのかも分からないくらい、微妙な違和感なのだ。

それは例えば、こんな昼休み。

 

 

「まーた台風だってよー」

昼休み、いつものメンバー(イツメン)で集まってお弁当を食べていると、いさおーがそう言って話を切り出した。

おかずの卵焼きをパクつきながら、私は尋ねる。

「まだまだシーズンだしね。何ヘクトパスカル?」

「いくつだったかなー。朝のニュースで見ただけだから。ちょっと待ってろよ……」

いさおーはパンを片手に、もう片方の手でスマートフォンを操作して答える。

「フィリピン沖で発生。現在の勢力は、中心付近の最大風速が30メートル、最大瞬間風速は45メートル。中心の気圧は……980ヘクトパスカル」

雑魚(ザコ)ね」

雑魚(ザコ)だべ」

「イユグヮーやっさー」

「ひーなー、その雑魚(ざこ)じゃない……」

私とてんすけーが鼻で笑う一方で、ひーなーだけ違う意味の雑魚を口にして、かーなーから苦笑交じりのツッコミを受けていた。

「いゆぐわ? え、何?」

そして一人、置いてけぼりのてーるー。

「あ、ごめんね。ひーなーが言ったのは、イユぐゎー。取るに足らない小さな魚のことで、本来の意味の雑魚(ざこ)ってことさー」

「あ、そうだったんだ……って、喜屋武さん、ひょっとして今のってギャグだったの?」

てーるーから確認され、ひーなーは顔を赤くする。

「い、言わんけー。真面目に聞かれると恥じかさっさー」

「え? あ、ごめん」

「謝らんでー! 謝られたら、ますますへんなーなるさー!」

「あはは……ちょっとてーるーには、伝わりにくいギャグだったね」

かーなーも含めて3人でわちゃわちゃしている。

そんな一見平和な光景を眺めながら、私は考えていた。

ひーなーが、ギャグ? そんな子だったっけ。

いやもちろん、ひーなーだってたまには冗談の1つも言う。でも、何て言うんだろう。こんな風にウケ狙いのギャグを言ったことって、今まであったかしら?

 

――――――違和感。

そんな、ちょっとした違和感。

 

 

 

 

またこんなこともあった。

ある日の放課後、みんなで下校していると、てーるーのスマートフォンが着信音

を奏でた。

「あ」

画面を見て、てーるーは少し嬉しそうな声を上げる。

「どぅーがししゃん?」

「どうしたの? って」

「ああ、うん。東京の友達。今日、体育祭だったみたいでさ。写真が送られてきたんだ」

思わず皆が一斉に振り返る。てーるーは、ほら、と言って私達に画面を見せてきた。

体操服にハチマキ姿の男女が6人、ピースサインしたり変なポーズを取ったりと、楽しげな様子で写っている。

「へー! これがてーるーの東京のどぅしぐゎーか」

「良い奴らっぽいなー。でも東京モンってことは、このうちの何人かは電車通学してるんだよなー。こんな善人みたいな顔してよー」

「別にいいじゃない。電車通学が犯罪みたいに言うんじゃないわよ」

やるせない顔をして、電車通学に対するひどい偏見を述べるてんすけーをたしなめる。

ふと見ると、かーなーが何かそわそわしていた。

画面をチラチラ見ては、てーるーを見て、そして何事か考えている。

「……これが……東京の……」

あー、なるほど。

すぐにピンと来た。写真の中には女の子もいるから、それが気になっているのだ。

これは全国共通だと思うけど、私たち地方在住の女子にとって、東京の女の子っていうのはどうしてもコンプレックスを感じてしまう相手だ。日本一の大都会・東京に住んでいる。それは圧倒的で揺るぎないステータスであり、自分が「持たざる者」であると自覚させられる。

それが単なるイメージでしかなく、コンプレックスなど感じる必要は何も無いのだと分かっていても、だ。

写真に写っているのも、ショートヘアの子が1人と、おさげ髪の子が1人。見るからに庶民派で、素朴で人柄の良さがにじみ出ている感じだ。ボランティアで浜辺のゴミ拾いとかやってそうな。

「てーるー、この子たちも友達?」

どうせかーなーは聞きたくても聞けないだろうから、私が代わりに聞いてあげる。

「うん。こっちの子は小坂さんって言って、中学の時に同じクラスだったんだ。そしてこっちは浜崎さん。もともと小坂さんの友達で、高校に入ってから知り合ったんだよ」

「ふーん。どっちかと、なんか良い話でもないの?」

「良い話って?」

「どっちかと付き合ってたとか」

こんなこと聞ける立ち位置にいるのは、たぶん私だけ。だから私が聞く。

チラリとかーなーを見やると、両手を組んで気が気でない顔をしていた。あんたもその顔。本当に自分の気持ちを隠す気あるの? まあ大丈夫でしょ、てーるーだし。

てーるーは案の定、「ええっ!?」と驚きの声を上げた。

「ないよ、ないない! 2人とも友達だよ!」

でしょうね。知ってたわ。

「ホントか~? こっちの小坂さん? とか、中学から一緒だったんだろ~?」

「下地、それ浜崎さん」

「ははーん分かったぞ。それならこっちだな?」

「上間、それは宮本! 男だよっ!」

よっぽど安堵したのか、ホッと胸をなで下ろしているかーなー。本当に緊張してたみたいね、隠す余裕もなかったらしい。

耳元で「良かったわね」とでも言ってやろうかしら。ふふふ、良い顔しなさいよ、かーなー。

そう思って、かーなーのところへ行こうとして ――――――私はふと気が付いた。

ひーなーが、ホッとしていた。

てーるーを見つめて大きく息をついたのが、肩の動きで分かった。その顔に浮かんでいる表情。かーなーのようにあからさまではないが、でも確かに見える、安堵の色。

「……ひーなー?」

「ん? なんねー?」

声をかけると、その色は消えていた。

無意識だ。直感的に分かった。この子、自分がいま安堵したんだってことに気付いていない。

「ううん、やっぱいいわ」

「?? なんねー、やーえーよー。言ってくれんとわさわさーするさー」

そう言って明るく笑うひーなーは、もういつものひーなーだった。

「よーし! こうなったら俺達も写真撮って送りつけるべ。東京モンに負けちゃいられねえ!」

てんすけーが謎の対抗心を燃やしてそう言った。

「おっ、いいなー。売られた喧嘩は買わねえとなー」

「体育祭の写真送ってくれただけだよ!?」

「てーるー知らねえば? 沖縄じゃ、それは宣戦布告と見なされるんだべ」

「いや嘘だよねそれ!? どう考えても!」

私にとってはちょうどいいタイミングだった。心のざわつきを止めるため、おふざけに乗っからせてもらおう。

「いいじゃない。てーるーが沖縄でもちゃんと友達ができたんだって見せれば、向こうも安心するでしょ」

「それはもう言ってあるんだけど……」

「証拠写真よ。ほらほら」

近くにあった壁の出っ張りに、てーるーのスマートフォンを立てかけてセット。ひーなーとかーなーも呼び、6人で集合写真を撮った。

「ほら、早く送って」

「うん。お、き、な、わ、の、と、も、だ、ち……っと」

てーるーはメッセージを付け加えて、写真をラインメッセにアップロードする。

すると、瞬く間にスマートフォンが連続で着信音を奏でた

 

『女子のレベル高っ!』

 

宮本という人物からの返信。

ちなみにアイコンは、なぜか液体洗剤のボトル。

 

『友達って、この女子3人も? メチャクチャ可愛いじゃねーか!』

『沖縄ってレベル高いんだなー。そういや芸能人も沖縄出身って多いしな』

『おい中村、個別の写真ないのか? もっとよく見たい!』

『詳細求む! 出せ、早く!』

 

男子トークのノリ丸出しの書き込みに、てーるーは気まずそうに私を見た。

「ご、ごめん。みんな俺がいま1人だと思ってるみたい」

「別に構わないわよ。男子の本音が覗けるなんて滅多にない機会だし、東京の人からレベル高いって言われて悪い気はしないわよ」

私は笑って答え、さらに一歩踏み込むことにした。

「面白そうじゃない。私だったら写真オッケーよ、なんなら今撮る?」

「ええっ!?」

「やーえー!?」

驚くてーるー。ひーなーとかーなーもだ。

「そ、それは何と言うか……まずいんじゃないかな」

「やさ、なんかすけべーやっさー。わったー、見世物あらんどー」

「そうだよ、やーえー。それに今どき、ネットに写真上げるなんて危ないし……」

まあこういう反応になることは分かっていた。ひーなーとか、こういうのあんまり好きじゃないしね。

でもこれは、かーなーに自信を付けさせるチャンスなのだ。東京って聞いただけでビビる必要なんか無い、地方女子ナメんなって。

「いやいや、いま集合写真上げたじゃない。ラインメッセでしょ、別に不特定多数に顔出しするわけじゃないし。それに試してみたかったのよねー、私って東京だと、どれくらいの立ち位置なのかを」

そのために私がファーストペンギンになる。確かに好ましくない評価が来てしまうリスクはあるけど、それもまず私が受けて、そこでやめればいいのだ。

「さ、撮って。東京の友達にジャッジしてもらいましょう」

「ええ~……本当にいいのかなぁ」

「私がいいって言ってるんだから良いのよ」

ポーズは適当にピースサイン。ぐずぐず悩むてーるーを急かして、写真を送ってもらう。

反応はすぐに返ってきた。

 

『イイネ!×10』

『おお、クール系の子! これは一定数の需要が見込めるな』

『確かに万人受けはしないけど、一部で熱狂的なファンが付くタイプだな。 俺? ふつーにブッ刺さったけど何か?』

『いやみんな何言ってんだ、明らかに美人だろこの子! マジで沖縄なんなの、こんな子が普通にクラスにいるとか』

 

あら、思ったより好感触。

私で試して感触が良くないようだったら、ここでやめるつもりだったけど、これなら大丈夫そうね。

かーなーに振り返り、安心させるように笑いかけてあげる。

「見てよこの反応。私、東京でもそこそこイケるみたい。なかなか面白いわよ、あんたもやってみたら?」

「ええ~……。そ、そりゃあ、やーえーは自信満々でカッコいいから、いけるのかも知れないけど。でも私は……」

「あら、ありがと。そんなに気にすることないわよ、こんなのただの遊びなんだから。占い気分で軽くやってみたら?」

「でも」

「虎穴に入らずんば虎児を得ず、よ。いつまでもビクビクしてていいの?」

言葉に少しだけ力を込めると、かーなーはハッとしたように私を見た。

私が言外で言わんとする事が伝わったようだ。

「じゃ、じゃあ……軽~く1枚だけ……」

「いいの? 比嘉さん」

「まあ、1枚だけなら……こう、軽~く、ね? あはは……」

東京の女の子に負けたくない。私だって大丈夫なんだって確信がほしい。

きっとこの子にとっては、清水の舞台から飛び降りるような覚悟だったに違いない。それでもかーなーは、自分から写真を撮ってもらうよう志願した。あっぱれである。大丈夫よ、あんたは沖縄の至宝。この私が通用して、あんたが通用しないわけがないんだから。

「じゃ、撮るよー」

「う、うん!」

てーるーにスマートフォンを向けられ、かーなーはヘナチョコなピースサインをする。私の真似したんだろうけど、もうちょっと元気よく……まあいいか。

ラインメッセにかーなーの写真がアップされる。

果たして、その反応はある意味で予想外のものだった。

 

『中村●ね』

 

まず上がってきたのは、いきなりの殺意表明。

 

『裏切り者』

『お前だけはそんな奴じゃないと信じてたのに』

『残念だが俺たちの友情はここまでだ』

 

続々とアップされる恨み節。

これはどういうことかと言うと。

 

『何だよ、何なんだこの子!?』

『え、これ実在の人物? AIとかで生成したんじゃなくて?』

『これ何の時の写真? ピース下手くそなの可愛すぎか』

『俺には分かるぞ。これは急にカメラ向けられて、慌ててピースしたものの、表情まで作るのが間に合いませんでした、って写真だ。計算じゃなくて天然だから可愛いんだ。俺は詳しいんだ』

『いやそれ以前に素材がレベチだろ。基本ステで可愛いがカンストしてる。さっきの子といい、マジで沖縄って何なの。神界?』

 

大絶賛である。

緊張しすぎて笑顔もポーズもうまく出来なかっただけなのだが、それがかえって好印象となったようだ。

「すげーな。東京の奴ら、ベタ誉めじゃねーか」

「やったなぁ、かーなー! 東京の奴らをコテンパンだ、俺も鼻が高いぜッ!」

いさおーとてんすけーからも賛辞を受け、かーなーは顔を赤くして恐縮している。嬉しいと言うよりホッとしたってところか。

ふと、かーなーとてーるーの目が合った。

てーるーは驚いていた。「え、比嘉さんってこんなに絶賛されるような女の子だったのか」って、初めて気が付いた感じ。それを視線で感じ取ったか、かーなーは今度こそ耳まで赤くなり、全力で目をそらす。

その光景を見た瞬間。

ブワッと、私の心に高揚が湧き上がった。

かつてない確かな手応えを感じた。これはてーるー、確実にかーなーのこと意識してる!

ああもう、ああもう! バカねてーるー、やっと気付いたの? そうよ、可愛いのよ、かーなーは! その節穴の目をかっ開いて、良く見なさい。わが沖縄の至宝・比嘉夏菜を! 下手くそなピースやってても可愛いの。何をやらせても可愛いの。ぶっちゃけ芋食わせてても可愛いのよ、うちのかーなーはッ!!。

ああ、いけないわ。悔しいけど今ならみさきーの気持ちが分かってしまう。私も今、言いたいもの。「愉悦」って!

予想以上のビックチャンス到来に、私が張り切って援護射撃しようと口を開きかけた、その時だった。

「わ、わんも!」

まるでその流れを遮るかのように、ひーなーが声を上げたのだった。

一瞬、場がシンと静まりかえる。

「……え?」

間抜けな声を上げるてーるー。

そのてーるーに食ってかかるように、ひーなーはズイッと迫って言った。

「わんもやってみる! てーるー、写真撮りゃー!」

「ええっ!?」

てーるーだけでなく、その場にいた全員が、思わずひーなーに注目してしまった。ついさっきまで「わったー見世物あらんどー」とか言ってたのに、一体どういう心境の変化なのか。

「やーえーもかーなーもやったんなら、わんも試してみたくなったさー。ほら、ちゃーはーえー!」

よく見ると顔が赤い。恥ずかしいは恥ずかしいらしい。

戸惑いながらも、さすがに3回目ともなれば、てーるーもだいぶ抵抗心が薄れたらしい。「じゃ、じゃあ……」と言って、ひーなーに向けてスマートフォンのシャッターを切る。

すぐに送信。

「ど、どう? どうね?」

「いくら何でも、そんなすぐには……あ、来た」

そして東京の友達の評価は。

 

『元気っ子かわいい』

『元気があってよろしい。花丸をあげよう』

『ああ~和むんじゃ~。こっちまで元気になるぅ~』

『元気な笑顔いい。お菓子とか与えたい』

 

「わん、元気だけー!?」

ひーなーはショックを受けていた。

まあ何て言うか、ペットとか幼い子供に対する評価よね、これ。でも本人には申し訳ないけど、妥当と言わざるを得ないのも正直なところ。

「きゃ、喜屋武さんは活発さこそが魅力なんだよ!」

てーるーが、フォローになってるんだかなってないんだか分からないようなフォローを力説していた。

 

 

そんなことがあった。

いつもの賑やかな日常と言えば、その通り。笑って済まそうと思えば済ませられる。

だけど何かが引っかかった。……違和感。そう、違和感だ。

それが気になって、私はうまく笑うことができなかったのでした。

 

 

 

 

 

 

――――――ふと、思い出した。あの日のことを。

 

「まあ、でも。私はずっと……今のままでいいし」

 

あの時、かーなーはそう言った。

それは下校前の掃除の時間。階段の踊り場でのこと。窓から差し込む西日が、やけに鮮明だったのを覚えている。

私には持論があった。人が「今のままでいい」と言う時は、大抵の場合、そこがピークの時なんだっていう持論が。

いちばん良い時なのだから、そりゃ「今のままでいい」に決まっている。

でも、変わらないものなんてない。ピークを通り過ぎたなら、その先に待っているのは下り坂だけだ。

なら、どうするか。

ステージそのものを変えるしかない。今いるステージとは違う、新たなステージへ移るしかないのだ。1つの山を登り切った登山家が、また別の山の頂上を目指すように。

だからあの時、私はかーなーに言ったのだ。

「あのねえ。変わらないものなんて無いんだから」って。

 

 

「ホント……どの口で言ったのやら」

机に突っ伏したまま、私は独りごちた。

違和感の正体。

それが何なのか、本当は私は最初から分かっていたのかも知れない。

気付かなかったのではなく、気付きたくなかった。だって気付いてしまったら、何かが決定的に変わってしまうという確信があったから。

本当に自分が情けない。あの時かーなーに、あんなに偉そうに言っておいて、自分はこの体たらくなのだから。

だけど、いいかげん認めなければならない。

違和感の正体 ――――――それは、ひーなーだということに。

そういえば違和感の始まりも、かーなーと話したあの日からだった。てーるーがひーなーにミンサー織りのハンカチを渡して、そしてひーなーの様子がおかしくなり、教室を飛び出して行ったあの日。あの時の、あの異様な緊迫感。

幸いにもアレはちょっとした誤解があっただけみたいで、結果的には事なきを得たのだが。

 

「焦らせんでよ……もう」

 

そう呟いたひーなーの横顔を、私は今でも鮮明に覚えている。

無意識に気付かないようにしていた、最悪の可能性。

ひーなーが、てーるーのことを好きになってしまうという可能性。

「シャレになんないって……」

ひーなーとかーなー。物心ついた時からの、唯一無二の親友同士が、同じ人を好きになってしまう。こんなに残酷なことがあるだろうか。

ああ、本当に嫌だ。このまま何も気付かなかったフリをして、明日もあさっても、いさおーやてんすけーと一緒に、かーなーをからかって「愉悦」とか、バカなことをやっていたい。

 

ピークを通り過ぎたなら、その先に待っているのは下り坂だけ。

 

知った風な顔をして。

我ながら、なんて偉そうな持論を抱いていたのか。上っ面の言葉だけで、そこには痛みが伴うんだって事も知らなかった未熟者のくせに。

「けど……何とかしなきゃね」

私は顔を上げる。

未熟者だろうが上っ面だろうが、分かっているのなら動かなければならない。これから確実にやってくる下り坂の未来を回避するためには、ステージを変えるしかないと、私は知っているのだから。

ステージを変えるとは? そんなの決まっている。

かーなーとてーるーの関係を、次へ進めるのだ。これまでの友達関係から、次の関係に。

手遅れになる前に。

……ひーなーが、自分の気持ちを自覚する前に。ひーなーが自覚してしまったら、たぶん、かーなーに勝ち目はないから。

 

 

「……というわけよ。事態は一刻を争うものだと、私は見ているわ」

翌日の昼休み、いつもの中庭にいさおーとてんすけーを呼び出し、私は包み隠さずに状況を説明した。

「遊びは終わりよ。これからは、本気であの2人を恋人関係にするために動くわよ」

「よし分かったぜ!」

てんすけーが力強く拳を突き上げる。

「ついに最終決戦か……思えば俺は、ずっとこの時を待っていたのかも知れねえ。さ、ひーなーのことは俺に任せて、お前達はかーなーの所へ行くんだ!」

「まさかお前、一人で()るつもりか!? バカな、死ぬぞ!」

「へへっ、いさおー。俺の晴れ舞台が羨ましいからって、邪魔すんじゃねーよ。いいから行けよ。後でたっぷりと、俺の武勇譚を聞かせてやるからよ!」

「くっ……バカヤロウ、これで死んだら殺すからな! 覚えとけ!」

いつものように、てんすけーといさおーが、わけの分からない寸劇を始めて。

「フハハハハ! 聞いたぞ安慶名八重、ようやくやる気になったらしいではないか。ついにお前の本気の愉悦が見られるというわけだな!」

さらに、呼んでもいないのに、どこからかみさきーまで現れて。

「うおおおお、自爆するしかねえ! いさおー、俺の妹に伝えてくれ! 兄ちゃんは最後まで勇敢に散ったってな!」

「てんすけー! このバカヤロー!」

「ククク、心が震える! お前には何かを期待せずにはいられない! やはり貴様こそ、我が野望に欠かせぬ逸材……欲しい、欲しいぞ、安慶名八重!」

「うっさいわよあんた達! 真面目な話だって言ってるでしょっ!」

せっかくちゃんとやろうとしてるのに、男どもは相変わらずで。

けっきょく私が大声上げて、このフリーダムな仲間達を取りまとめるため奔走することになって。

 

 

――――――そんな想像をしていた。

それでもいいと思っていた。

何だかんだで、彼らは頼れる仲間達。彼らの協力があれば、きっとうまく行くと思っていた。

だけど、現実はそうじゃなかった。

「遊びは終わりよ。これからは、本気であの2人を恋人関係にするために動くわよ」

私がそう言うと、いさおーとてんすけーは無言になった。

「……………………」

「……………………」

最初は驚いた顔。そして次に浮かんだのは、何だか白けたような顔。

え、何その反応。

「あー」

しばらく言葉を探したが、結局いい言葉が見つからなかった。そんな様子で、頭をポリポリかきながら、いさおーが言った。

「悪いんだけどよー、やーえー。そういうことなら、俺はパスだわ」

「え?」

「俺も俺も。ひーなーがてーるーのこと好きかも知れねえって言うんならよー、それをどうこうしようって気にはなれねーわ」

いさおーだけでなく、てんすけーも冷めた様子で言う。当然ながら、みさきーが都合良く現れるということもなかった。

「な、なんで? だって、このままじゃかーなーが」

予想外の反応に、私は動揺を隠せなかった。

何とか言葉を絞り出そうとするが、それを遮っていさおーが言う。

「世界中の誰が相手でも、俺はかーなーの味方する気でいるけどよー。でも、ひーなーだけは話が別なんだわ」

「ひーなーだけは?」

「お前も分かってるだろ? やーえー。俺らはひーなーに恩がある」

「そーそー。ひーなーがいなきゃ、そもそも俺らはこうして友達になることは無かった」

2人の言葉に、私の言葉は封じられてしまった。

「思い出してみろよ。高校に入って、お前と俺らって、どうやって友達になった?」

「………………」

「ひーなーが引き合わせてくれたからだ。そうじゃなきゃ、俺が自力で女友達なんか作れるわけがねえ。それが今じゃ、お前と、ひーなーと、かーなー。3人も友達がいる。俺さ、ひーなーにはマジで感謝してるんだよ」

それは、そうだった。

今はてーるーも含めて、仲良し6人グループ。私もこれが自力で作れたか? と聞かれれば、答えはNoだ。

「俺達の中心はさ、ひーなーなんだよ」

いさおーの言葉。

「そのひーなーが、てーるーのこと好きってんならよ。俺はそっちに付くわ」

「俺も俺も。悪いな、決してかーなーが嫌いなんじゃない。本当に、ひーなーだけは話が別ってだけなんだわ」

返す言葉がなかった。

「話はそんだけか? 悪いな、じゃあ俺らはこれで」

2人は私に背を向けて、教室へ帰るため歩き出す。

「ちょ、ちょっと……」

話すセリフも思いつかないまま呼び止めようとするけど、2人は足を止めてくれなかった。

中庭に1人、残される。

「……………………」

 

どうしよう。

情けないほどに、何も思いつかなかった。

 

 

 

 




最終回の1歩前。
いやあ、ここまで来ると感慨深いものがありますな。

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