その帰り道、彼の電話が懐かしい名前を映す
【No account】
若干ルール違反なスピードで車を走らせ、都会の波を泳ぐこと約十五分前後。
地図には載っていないような裏道を駆使し、有象無象の壁を潜り抜けた俺は、ギリギリ十分前で会社にたどり着く。
総合電子機器メーカー、レクト。
その名はとっくに海を渡っている。
先刻も触れたが、CEOを務めるのは結城彰三氏。
京都を中心に地方銀行を経営している名家の三男にして、明日奈の実父である。
妻であり大学教授である京子女史と同じく家庭を顧みない仕事人間だが、彼なりに家族への愛情は持ち合わせている。
本人から直接聞いた俺が、その生き証人だ。
本来なんの関係もない庶民である俺が結城兄妹と良好な関係を築けていることや、ここの社員となることが出来たのは、実のところ半分以上は彰三氏のおかげである。
特に後者に関してはコネと言ってしまえばそれまでだが、こちらもそれなりの成績を収めた上で各書類を提出しているので、軽い侮蔑ぐらいなら返り討ちにする自信はある。
まぁこんな時間に来ておいて、先輩方から物凄い視線の数々を向けられていては、説得力ゼロだが。
「お……おはようございます」
どうにか絞り出した声は我ながら情けなく、必要もないほどよく通る。
大企業だけあって腕の立つベテランばかりの中、四月に入社したばかりの若造はやはり目立つのだろう。
「おはよう、晴輝」
そんな空気の中、声をかけてくれたのは、俺の次に若い浩一郎さん。
中学生時代から懇意にしている先輩であり、先にも触れていた明日奈の実兄。
当時は妹ともども、やんちゃだった自分の世話を焼いてくれた。
直前まで赤点を辛うじて取らない程度の成績が、短期間で学年上位にまで登り詰めたと言えば、二人がしてくれたことの大きさが伝わるだろうか。
「すみません浩一郎さん、こんなギリギリになっちまって」
「大丈夫さ、まだ遅刻の時間じゃない。
さっさと打刻して、今日も仕事頑張ろうぜ」
「へへっ、はい!」
頭を掻き撫で、周囲の微妙な空気を打ち消すほど元気に答えた。
大企業レクトの子会社【レクト・プログレス】。
俺の勤め先であるここでは現在、あるプロジェクトが進行している。
先月の終わり際に発売された、世界初のVRMMORPG【ソードアート・オンライン】。
それに次ぐ、新たなゲームの開発だ。
今年五月に発売された新たなゲームハード、ナーヴギア。
《ソードアート・オンライン》、通称SAOを動かすためのマシンだ。
その構造は既存のインターフェイスとは何もかも異なる。
平面のモニターを別途用意し、コントローラーを握って遊ぶ【据え置き型】。
もしくはその両方を内包し、持ち運びが容易な【携帯型】と言うのが、ゲーム機の一般的な括りだった。
ところが新世代のハードは、頭から顔まですっぽり覆うヘッドギア一つのみ。
画面やコントローラーに相当するパーツのないマシンで、一体どうやってゲームをプレイするというのか。
五感、より正確に言えば脳だ。
無数の信号素子が生み出す多重電界によって、ユーザー自身と直接繋がるのだ。
これにより人間は現実ではなく、機械がダイレクトに送る情報を見聞きすることになる。
触覚に味覚、嗅覚も当然、本物と遜色ないレベルだ。
事実上の魂の転移、人の脳そのものをゲーム機とする革新的な技術。
まさに仮想世界へのフルダイブである。
それを実現したのが、かの天才こと茅場晶彦だ。
ところがその発明は、あまりにも先鋭的すぎた。
いや、早すぎたのだろうか。
当たり前のことだが、どのゲームハードにも専用のソフトが存在する。
しかし今までのどの作品も、ナーヴギアの持つ機能を活かしきれなかった。
合わせて発売されたローンチタイトルはもちろん、あとに続くパッケージすら。
それほどまでに難航していたのだ。
だがSAOが発表されたことで、人々の興味は一つとなった。
約十万人もの応募者から千人を集めて行われたベータテストによって、あらゆるRPGを過去のものにしてしまったのだ。
行けども行けども無限に広がる世界、どこまでも続く空。
己の意思で大地を駆け抜け、武器一つで魔物と戦い、先を目指す。
オープンワールドだとか、
文字通り、その世界で生きるのだ。
日常生活と同じ要領で仮想の身体であるアバターを動かし、実際に物事を見て聞いて、感じるのだ。
爽やかなそよ風も、美味な飲食物も、獰猛な獣たちも、剣を斬り結ぶ激しさも、金属音の鋭さも、すべてそこにある。
現実と遜色ないレベルの、夢のような時間を思う存分味わえる。
多くのゲーマーたちが待ち望んでいたMMORPG、それこそが《ソードアート・オンライン》なのである。
すでに全世界が注目しているそのゲームは、明後日正式サービスを開始する。
この仮想世界ブームにあやかろうと、多くの企業が日夜議論を重ね、開発に注力している。
我々もその一つだ。
話が長くなったが、要は便乗しているだけである。
少なくとも俺はそう思っているのだが、もし当たっていたら二枚ぐらいカードを引けそうだ。
なんのことは判らなければ、とりあえず永続罠でも調べてみて欲しい。
幸か不幸か、一番新人の俺にも、新たなゲーム関連の仕事が回されている。
SAOは身体や得物を実際に動かして戦えるフルダイブ環境を最大限に体感させるため、RPGでは定番となっている魔法を廃している。
ならばこちらではその魔法と、あともう一つを前面的に押し出そうということになった。
完全に物理のみのあちらには絶対にない要素とは何か、それだけで多くの社員たちが頭を悩ませた。
すでに娯楽が飽和した現在では、純粋なオリジナリティを表現するのは難しいからだ。
だが自分たちが作ろうとしているのはフルダイブ環境を利用したゲームであり、既存のものとは根本的に異なる。
RPGとしてよりも、実際に体験出来たら楽しいものとは何か。
最終的に行き着いたのは、
人間という種族は、単独で空を飛ぶことは出来ない。
飛行機に乗ったとしても、ジェットパックを背負ったとしても、それらは結局外付けで、自分自身で飛翔したとは言えない。
しかし仮想空間でなら、己の意思で自由に飛び回れる。
走り屋のように爆速で空を舞うのも良いし、優雅に踊るのも良い。
現実ではあり得ない体験だからこそ、アバターに翼を与えるという発案が通ったのだ。
結果、恥ずかしながらその提案をした俺は、その飛行能力の調整を任された。
ゲームの根幹とも言える部分なのでもちろん一人で担当しているワケではないが、最も思考を巡らす立場であることは想像に難くないだろう。
そんな仕事をしていればあっという間に時間が過ぎていくのは道理で、気がつけば俺は浩一郎と向かい合い、テーブルを挟んで座っていた。
「晴輝、お前またコンビニか。
確かに楽だけど、栄養とか大丈夫か」
「仕方ねェでしょ、準備する暇なかったんだし。
それにコンビニ弁当も日々進化してるんス。
実際美味いっすよ、この肉」
「ほぅどれどれ、試しに一つ……
じゃなくて、どうせなら作ってもらえば良かったじゃないか。
明日奈のやつ、来てたんだろ?」
その言葉を否定せず、俺は無言で桜漬けと米を口に運ぶ。
「あいつ、今朝母さんからキツく当たられちゃってさ。
そういう時は大抵、お前のところに行ってるし」
「……近所だし登校のついでだって、アイツは言ってました。
メシの代わりに、学校まで送ることになりましたけど」
「それで良いんだよ。
実の兄としては悔しいけどさ、お前や深澄ちゃんといる時のあいつは、物凄く楽しそうなんだ。
ありがとうな、明日奈の相手してくれて」
浩一郎さんの表情は、言葉通り複雑なものだった。
実兄なのに支えてやれない、いやだからこそ出来ないことにもどかしさを覚え、同時に家族として妹の笑顔を素直に祝福する気持ちに嘘はない。
中学時代からこの人を見ている俺には、それが判る。
「そんなの、今に始まったことじゃないですよ。
どうせこれからも向こうから来るんでしょうし、いくらでも構いますって。
そう言っとけば、安心して出張に行けますか?」
「さすが晴輝、俺の言いたいことをよく判ってるな。
……ちょっとの間、明日奈のことを頼んだぞ。
あ、言っておくけど手は出すなよ?」
「大丈夫っす、中坊に欲情なんかしませんって」
「なんだそれは、まるで明日奈に魅力が無いみたいじゃないか!」
また始まった。
言っちゃあ悪いが、この人は妹のことを溺愛している。
本人はそこまででもないと否定しているが、少なくともアイツを映した大量の写真をホームサーバーに保存している時点で言い逃れは出来ないだろう。
「ってか、かかっても精々三日ぐらいでしょうし、一応俺SAOやる予定なんで。
時間が空いたら声かけるぐらいですけど」
「ぐぬぬ……」
今度は純粋に悔しがっている。
もう間もなく訪れる正式サービス開始の日、十一月の六日、午後一時。
その時にナーヴギアを被れない自分を呪っているのだろう。
「こうなったら晴輝、俺の分まで強くなっとけよ!
ベータテストじゃあ10層までしか上がれなかったって聞くし、ログイン出来たらしっかりキャリーしてもらうからな!」
「なんすかそれ……
けどまぁ、おっけーです。
さすがにテスターどもにゃあ負けるかもしれないですけど、浩一郎さんが来る頃にはがっつりレベル上げときますね」
「言ったなこの野郎。
なら一月で十五だ、行けるな?」
「だいぶキツそうっすけど、まぁ頑張ってみますよ」
男同士らしい気安くもバカな会話をして、互いに笑い合う。
そうしている間にも食事は進んでいき、昼休みも終わりへと近づいていく。
「そうだ晴輝、知ってるか?
SAOには、ベータテストの時に無かった武器があるかもしれないってこと」
あと十分もすれば仕事に戻らなければならない時に、浩一郎さんがこんなことを言っていた。
「そりゃあ正式サービス前ですし、一部の武器しかないとかは普通ですけど。
ちなみに、どんなヤツなんです?」
「カタナだそうだ。
10層までたどり着いたプレイヤー曰く、その層のモンスターが使っていたらしい。
所謂必殺技、ソードスキルまで引っ提げてな」
「カタナの技があるなら、プレイヤーもそれを使えるのが道理ってことですか。
確かに、可能性はありますね」
「どうやら店売りの武器の中には無かったみたいだし、条件付きなんだろうな。
例えば、何かクエストを達成するとかさ」
弁当を食べ終わるのとほぼ同時に、一つの説を唱える浩一郎さん。
あり得ない話ではないが、そもそも俺はベータテスターではないため一切否定出来ない。
知り合いに一人いるにはいるが、果たしてどこまで答えてくれるか。
車の中で明日奈に伝言は伝えたが、なんだか個人的に聞きたいことが出来てしまった。
「それも含めての攻略ですよ、RPGゲームですから」
「だな。
じゃあそろそろ戻ろうぜ。
先はまだまだ長いからな」
気さくな先輩の背中を追いかけ、時計の針が昼休みの終わりを告げる。
その瞬間からまた俺たちは、果ての見えない仕事に追われ続けるのだ。
まだまだ新米ながら、こうしてゲーム制作に関わらせてもらえることは非常に僥倖だ。
会社では作る側として、プライベートではSAOのプレイヤーとして、二つの側面から
もちろん忙しいし大変なこともあるが、それもまた満たされた時間だ。
学生の時とはまったく違う、だが大人としての充実した毎日。
それは願うまでもなく、砂時計よりも早く終わってしまう。
退勤時間が来たのだ。
「ふぃー」
我ながら軽い声を吐いたものだ。
どれだけ楽しいことをしていたとしても、それが終われば当然疲れは来る。
まして、それが仕事なら余計にだ。
胸ポケットのスマートフォンを取り、画面を眺める。
表示された内容の中には、見知った人物からのメッセージがあった。
「明日奈からか。
そんなに前じゃないな」
「屋上で深澄ちゃんとゲーム、まぁここまではいつも通りだな。
んで……車停めてた場所に一緒にいるから来てほしい、と」
そこまで読んで、俺はそれまでゆっくり動いていた足を止めた。
「迎えに来いってことなんだろうなぁ。
まぁ、ちょうど深澄ちゃんに聞きたいことあったから良いんだけどさ」
朝飯も頂いていることだし、断る理由は無い。
それにこういったことは前にも何回かあったし、今更ではある。
なので俺はたった三文字だけ、『あいよ』と了承OKの意思を見せた。
「んじゃあ、行きますかね。
あんな裏道に女の子二人を、いつまでも待たすワケにゃあいかねェし」
大きな任務を達成した傭兵のように、はたまた前人未到の地を開拓してみせた探検家のように、仕事を終えた達成感とその余韻に浸りながら、俺は静かに歩を進める。
脱いだ上着を肩に背負い、小さく身を揺らしながら。
車に戻るまでの僅かな時間だが、俺にとってこれは細やかな楽しみの一つ。
このあとはどうしようか、たまには洒落たお店で外食でもしてみようか、或いは普段使わないルートから時間をかけて帰るのも良い。
そんな思考を巡らせるために、あえてゆっくりと歩くのだ。
「残光君、お疲れ様」
だと言うのに、今日はゲストが来たようだ。
頼んでもいないのに、特に会いたくなかった最悪の人物が。
「……なんスか」
「やだなぁ、ただ労っているだけじゃないか。
新規プロジェクトの件、まだ一年目の君には大変だろう?」
「お気遣いどーも」
大層辛辣かつ、愛想のない答え方だろうが、この人に対してはこれが正解だ。
フルダイブ技術研究部門の研究員にして、彰三氏の腹心の息子。
東都工業大学の重村研究室を出た、本社きっての絵に描いたような優秀な好青年。
それがこの男の表向きの顔。
だが、その下卑た本性を知る者からすれば、あまりにも滑稽な肩書きだと言えよう。
「ところで、今日は出勤がギリギリになってしまったようだけど、何かあったのかな?」
心の中で舌打ちした。
この男、妙に勘が鋭い。
優男の皮を被った彼は、明日奈に対し異常な執着を持っている。
本人や兄から直に聞いたのはもちろん、何度も顔を合わせるうちに、瞳の奥に宿る濁った感情に気付いてしまったのだ。
ちなみに、彼女たちの母もこいつのことをよく思っていないらしい。
「……渋滞に捕まっちまってね。
苦労しましたよ」
当然、俺もこの人のことは最大限警戒している。
明日奈から話を聞いた時点で、特に親しくしている自分が何かしら標的となることは判っていたからだ。
「それは大変だったね。
どうか、気をつけて帰りたまえ」
露骨に声のトーンを下げながら、ヤツはこちらの肩を叩いて去っていった。
「……そっちも頑張ってください、須郷さん」
皮肉を込めた上辺だけの激励を飛ばしつつ、異様な雰囲気を放つ背中をしばらく睨みつけていた。
触れられた肩に残った感触を、何度も手で祓いながら。
女の子二人を待たせているのもあって、俺は真っ直ぐに車を走らせる。
先ほど須郷に楽しみを邪魔されたのもあって、またしても違反ギリギリのスピードではあるが。
だが少なくともコイツを走らせている間は、嫌なことを忘れられる。
上手く表せないが、風が悩みを和らげてくれるのだ。
尤も、その冷たさを感じているのは俺ではなく相棒の方なのだが。
それにこのあと、車内は華やかになると考えれば否が応でも盛り上がるというもの。
特にもう間もなく、しばらく会えていなかった少女にも会える。
ルームミラーに映る灰色の瞳は、ワクワクを灯していた。
ハンドルを握り、ペダルを踏むこと約二十分。
私立エテルナ女子学院の近くまで戻ってきた俺は、少し離れたパーキングに車を停め、今朝に明日奈を降ろした場所へと向かう。
「いたいた、おーい!」
「あっ、晴輝さん!」
職場を立ち去る直前とは打って変わって、慣れ親しんだ可愛らしい声が俺を出迎える。
待っていると言っていた場所からすでに離れていた二人が、こちらに向かって来ているのが見えた。
「もう、遅いよ」
真っ先に駆け寄ってきたと思ったら、開口一番に笑いながら文句をぶつけて来た。
やはりと言うか、我が妹分は
「悪ィ悪ィ、面倒なヤツに捕まってな。」
「なるほどね。
大丈夫なの?
何もされてない?」
かと思えば、今度は本気で心配して来た。
ふざける時は全力で、しかし大事な時はお互いの意思を尊重し合う。
本音で語り合える仲とは、そう言うものだ。
「軽めの探りを入れられただけだ。
あの野郎、変に勘が良いっつーか。
表向きは親切にしてくるから、余計にタチ悪ィよ」
「本当にそれだけ?
あの人のことだから、それ以外のことだって」
「落ち着いて明日奈、心配しすぎよ」
少々ヒートアップして来た妹分を窘めてくれたのは、遅れて歩いて来たもう一人の少女。
濃紫混じりの黒い長髪に緑色の目に、明日奈に匹敵するレベルの整った顔立ち。
一回見れば忘れないような儚い印象のその娘こそ、我が妹分の親友である兎沢深澄である。
学年首位常連かつ運動神経バツグンで、一見クールな態度も相まって学校では高嶺の花と認識されているようだが、その実、脅威のゲーマー。
本来は校則で禁じられているはずのゲームセンターに度々訪れ、対戦格闘ゲームに興じる常勝プレイヤー。
その目を引く容姿もあって、まさに天に二物も三物も与えられた娘である。
「でも深澄」
「本当にダメージを受けているのなら、ここに来ている時点で笑えてないはずよ。
でしょ、晴輝さん」
凛とした声で、クールな微笑みで俺の名前を呼ぶ深澄ちゃんは、信頼を寄せる瞳でこちらを見上げてきている。
昔馴染みの明日奈はともかく、彼女とは一年ぐらいの付き合いしかない。
だが、それでタメ口を使われているのは、シンプルに俺が許可したからだ。
最初こそは抵抗感があったようだが、いつからかそれもすっかり無くなったようで、どうして急激に慕われ出したのかは判らないが、とても誇らしく思う。
「その通りだぜ深澄ちゃん、さすがによく判ってるな。
元気そうで何よりだ」
「晴輝さんの方もね。
と言っても、一月ぐらいしか経ってないけど」
「まぁ、今年もあと二ヶ月だ。
少なくともそれまでには、出来るだけ会っときたいんだよ」
なんでもない会話を繰り広げつつ、明日奈たちを連れて車を停めているパーキングへと足を進める。
今年はあと何回、こうして一緒に歩けるのだろうか。
そんな風に考えて飛ばした言葉に、深澄ちゃんが返す。
「それなんだけど晴輝さん。
SAO、ちゃんと買えた?」
「おう、ラスト1個だった。
当然、深澄ちゃんもやるんだろ?」
「もちろん。
向こうの世界で何度も会えるわよ」
VR世界での邂逅に胸を躍らせているこの少女こそ、知り合いのベータテスターの正体。
深澄ちゃんは当時の最前線であった第10層まで登り詰め、踏破率一位の少年に追随する形で二位の称号を得た。
武力によって切り拓かれる世界において、それは疑いようもない強さの象徴。
この娘の上にいるのはたった一人だけで、下には最低でも九百はいると考えれば一発だろう。
そんな深澄ちゃんなら、何か知っているかもしれない。
昼間浩一郎さんから聞いた話をしてみようか。
「それは良いけど二人とも、私がいることも忘れないでね?
晴輝さんと深澄って、一回話し出すと中々止まらないんだから」
と思ったところで、明日奈が頬を膨らませて割り込んできた。
自分を放置してゲームの話ばかりされたのが不服だったのか、それとも深澄ちゃんを取られたことに嫉妬したのかは定かではないが、確かに彼女にとって面白くない時間だったと自省した。
「わ、悪ィ。
じゃあ深澄ちゃん、この話は明日にでもしようや。
まぁ、そっちの都合が合えばだけどさ」
「午後からなら大丈夫よ。
場所はまた送るね」
「りょーかい、んじゃ気を付けて帰るんだぞ」
交差点を渡り切ったところで二手に分かれ、それぞれの帰路を辿る。
俺と明日奈は小さく手を振る深澄ちゃんの背中を見送る。その後、今朝の時とほぼ同じ道に車を走らせようと、ドアに手を掛けた時だった。
「んあ?」
突然電話が鳴った。
さっき深澄ちゃんは去っていったばかりだし、明日奈はここにいる。
となれば相手は職場か浩一郎さんぐらいのものだが、表示されていた名前は俺にとって驚きを隠せないものだった。
「悪ィ明日奈、先乗っててくれ」
「判ってる、出て良いよ」
さすが明日奈、物分かりが良い。
一足先に助手席に座る彼女の姿を確認すると、俺は即座にスマートフォンを操作する。
「……もしもし」
なんだかぎこちない声が出てしまった。
正直やってしまったと焦ったが、電波の向こう側にいる相手はそれに構わず、俺の名を呼ぶ。
「……もしもし、晴輝先生、だよね?
その、覚えてる?」
「あぁ、ちゃんとな。
急にかけてくるたぁ、どういう風の吹きまわしだよ。
篠崎」
その名前を口にするのは、大学生の時以来だろうか。
特にすることもなかった俺は、幸いと言うべきか成績だけは上から数えたほうが早かったのもあり、明日奈や浩一郎さんの勧めで、家庭教師のアルバイトをすることになった。
その時の生徒と言うのが、他でもない彼女なのである。
「確認したいんだけど、今日って、女子校の近くの裏路地に車停めてた?
青色の」
「ん、よく判ったな。
まさか近くにいたとか……」
そこまで言いかけて、今朝の記憶が脳裏に去来する。
明日奈を見送ったあと、俺は一人の少女と出会した。
なんとも言えない淀んだ空気をまとい、元気のなかった娘だ。
彼女と、記憶の中にある篠崎の顔が今、頭の中でピッタリと一致する。
「……待て、あの時か。
あのピンクのカーディガンの娘、お前さんだったのか」
「うん、あの時は気付かなかったけど。
久しぶりだね、先生」
あの時とは違う、活力に満ちた声。
それは己の存在が少しでも励ましになったからだと思うと、少々誇らしい。
「あぁ、そうと判ってたらもっと話したかったよ。
つってもあの時は、出勤時間ギリギリだったんだけどさ」
「ふふ、もう社会人だもんね。
ねぇ先生……って今呼ぶのも変だけど。
明日、時間ある?」
END
あとがき
プランプ
「やっほーみんな、プランプだよ!
閃光瞬く剣の世界【SAO-XD】の第3話、どうだった?
晴輝君の日常が2話連続で展開されたわけだけど、年頃の女の子三人と親しいとかちょっとズルい気がするよ。
まぁ僕も明日奈ちゃんと深澄ちゃんに可愛がられてるから、なんとも言えないんだけどね。
あ、ちなみに現実世界の話はもうちょっと続くみたいだよ。
SAOへのログインまではもう少しかかるから、気長に待ってくれると嬉しいな。
じゃあ今回はここまで!
みんな、また見てね!
次回【再会=かつての教え子】」