閃光瞬く剣の世界【SAO-XD】   作:神矢レイラ

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渋谷にある行きつけの喫茶店を訪れた三人。
互いに親睦を深め合い、つかの間の時間を楽しむ。

【No account】


第5話【休息=つかの間の平和】

 眠らない都、渋谷。

常に発展を重ねるこの地は、どこに目を向けても活気に溢れている。

 

 人が人を、そして街を盛り上げ、訪れる者すべてに尽きぬ話題を提供してくれる。

 

 そう、この場所は生きている。

我々人類とともに変化を続け、永遠に成長を繰り返す。

 

 そんな渋谷の中心に、周囲の喧騒から隔絶された、静寂と共存している領域がある。

 

「ん〜、美味しいっ!」

 

 喫茶店ベルファイア。

元教え子の篠崎里香、明日奈の親友である兎沢深澄、そして俺が現在訪れているお店である。

 

 ちなみにたった今ホットケーキを頬張って喜声をあげたのは、かつての生徒のほうだ。

 

「ふんわりやわらかくて、甘さも絶妙……

これならいくらでも食べられるわ!」

 

「さすがにいくらでもは止めてくれな?

俺のお財布にも限界があるからさ」

 

 傍らのコーヒーを口に運びつつ、懇願の目で篠崎を抑制する。

いくらこの店がお手頃価格と言えど、現役女子学生、しかも二人分の朝食を奢るのは中々のダメージだった。

 

 幸い予算はまだ残してあるので、もっと引き出しておけば良かっただろうか。

そう思考した直後、そのくらいならあとでも出来ると己を律しつつ、シナモントーストを一つかじる。

 

「まぁ、そう思うぐらい美味しいのは確かね。

里香、良かったら一口くれない?

私のもあげるから」

 

 テンションを途絶えさせることなく、首をブンブンと振る少女に対し、深澄ちゃんがイチゴのジャムトーストを差し出す。

 

 目の前で行われているのは、お互いの食べ物を一口ずつ分け合うという定番のやり取りのはずだが、何故かかぶりつかれたものは三角形になっていた。

 

「篠崎、あのなぁ」

 

「良いじゃない、ちゃんと一口だけよ」

 

 ハムスターのように頬を膨らませながら篠崎が言う。

その可愛らしくも太々しい様子に、俺は呆れながらも首を振る。

 

「じゃなくて、深澄ちゃんの分が無くなるだろ」

 

「大丈夫よ、私もそれ以上に頬張るから」

 

「はしたないから止めなさい」

 

 クールビューティーな学年首位とは評判ばかりで、実際の深澄ちゃんは結構冗談を言ったりする娘だ。

その本気なのか嘘なのか判らないテンションには、しょっちゅう困らされつつも楽しませてもらっている。

 

 先ほど篠崎に向けて放った【特別な関係】発言や、たった今のもその一つなのだが、不思議と明日奈に対してはあまり使わない。

深澄ちゃんが彼女のことを親友としているため、下手なことは言いたくないのだろうか。

 

「そう言えば晴輝さん。

このお店、学生時代から利用してるんだっけ?」

 

「あぁ、二十歳ぐらいからだな。

オープン初期からそれなりに来てるし、マスターとも親しくしてるぜ」

 

 不意に深澄ちゃんが聞いてきたことに対し、俺はコーヒーをテーブルに置いたあとに返答した。

 

 ちなみに、先ほど篠崎がジャムトーストを半分食してしまった件についてだが、彼女の皿に乗った二枚の内一つのホットケーキを寄越すという形で終結した。

 

「さっき会計してた時の人?

遠目にしか見えなかったけど」

 

「……H(8番目)I(9番目)だったわ」

 

 

 

「誰がHかIだって?」

 

 

 

 包むような声でこちら側に寄ってきたのは、噂されていた張本人。

このお洒落な喫茶店によく似合うナイスバディな女性こと、マスター逆月焔(さかづきほむら)だ。

 

 名前の通り炎を連想させるような淡い茶髪をエアリーボブにしており、やや吊り上がった紅っぽい瞳とやや幼い顔立ちを持つ。

キュートなマークをあしらったエプロンの下には、白のカッターシャツと黒のスラックスを着用している。

このお店における正装だ。

 

「焔さん」

 

 嬉々としてその名を呼ぶ俺とは対象的に、右手側に座る深澄ちゃんはビビり倒していた。

何かのサイズに対し言及した途端に本人が現れたからだろう。

まぁ、なんのとは口が裂けても言わないが。

 

「ハァイ、晴輝クン。さっきぶり。

そっちのお嬢さんたちは、はじめまして。

この喫茶ベルファイアのマスター、逆月焔よ。

どうか心行くまで、ココの空気を堪能していってね」

 

 見惚れてしまうほどの笑顔で、焔さんが礼儀正しくお辞儀をする。

いくら慣れ親しんだ人物の友人だとしても、いや、だからこそ手を抜かない、彼女の接客に対する姿勢が見える。

 

「篠崎里香です!

ここには、晴輝先生の紹介で連れてきてもらって」

 

「兎沢深澄です。

私の要望で、ここに連れてきてもらいました。

それと、さっきは失礼なことを言ってすみません」

 

「大丈夫よ、そう言うのにはもう慣れてるから。

それに、サイズには自信があるもの」

 

 まさか自分から言ってくるとは思わなくて、俺は思わず気恥ずかしくなった顔を逸らした。

直後に焔さんが『えへん』と言わんばかりに腰に手を当てたため、彼女の大きなものが揺れたことにより、さらにコーヒーやトーストに着手しづらくなった。

 

「って、てか焔さん。

なんでこっちにいるんすか?

仕事の方は?」

 

「あぁ、花に任せてあるから大丈夫よ。

私は今から休憩なんだけど、よろしければご一緒しても良いかしら?

お礼にそれぞれ一杯分ぐらいはサービスさせてもらうから」

 

 花ちゃんとは焔さんの妹のことで、現在高校生だ。

機械科の学校に通いながら姉のお店でアルバイトをしており、少々特殊な語尾で聞く人を癒してくれる。

ちなみに俺もそれを受けたお客さんの一人だったりする。

 

「先生、ぜひとも座ってもらいましょ!

ドリンクもう一杯よ!」

 

「篠崎、お前さんそれが目的だろ。

俺は構いませんけど、深澄ちゃんは?」

 

「全然迷惑じゃないし、大丈夫ですよ」

 

「決まりね」

 

 明るいテンションのままそう言うと、焔さんはその身から外したエプロンを空いていた最後の椅子にかけ、そのままその席に腰掛けた。

俺の左隣で、篠崎の右側だ。

 

「それじゃあ、お邪魔しちゃうわね。

里香ちゃんと、深澄ちゃんで良いかしら」

 

「はい、それで大丈夫です」

 

 元気に返事をする篠崎と、笑顔のまま頷く深澄ちゃん。

さすがは焔さん、女子二人からすでに注目の的だ。

 

「なら里香ちゃん、さっきから晴輝クンのコト先生って呼んでるケド。

良かったら、そうなったお話を聞かせてもらえる?」

 

「確か、中学二年生の途中まで家庭教師をしてもらってたって話よね」

 

「まぁ、お母さんたちが勝手に心配して、いつの間にか来てたって感じよ。

今となってはそれが凄く嬉しかったんだけどね」

 

 篠崎の話を聞いて、俺も当時の記憶を掘り起こし始める。

中学一年生の時のこの娘は、今思えばかなり迷惑そうな表情を浮かべていた。

今となっては可愛いもんだが、我ながらかなり邪険にされていたものだ。

 

「じゃあ深澄ちゃんはどうなの?

見たトコロ学生なのに、晴輝クンと仲が良いみたいだケド、もしかして悪い関係だったりするのかな?」

 

 嫌らしい顔で、からかうように焔さんが笑う。

それに対して深澄ちゃんは、涼しい表情を返した。

 

「そんなんじゃないですよ。

私と晴輝さんは、まだ友だちです」

 

「‘まだ’……?」

 

 『ただの』とはきっぱりせず、あえて『まだ』と断言したのが篠崎には強く引っかかったようで、光の速さで目を細めていた。

 

「私には凄く仲の良い親友がいるんですけど、彼女が晴輝さんと知り合いだったんです。

友だちの友だちみたいな形で紹介してもらって、それから良くしてもらっているような感じですね」

 

「そうかそうか、つまりアナタはあの学校の娘なのね。

その親友、明日奈ちゃんでしょ?」

 

 いきなり出てきた親友の名前に、深澄ちゃんは目を見開く。

それとは真逆に篠崎は、暢気にいちごミルクを飲んでいた。

 

「そう驚かないで。

晴輝クンと仲の良いアナタぐらいの歳の娘って言ったら、明日奈ちゃんしかいないからね。

その娘のことは、晴輝クンから何度も聞いて知ってるわ」

 

「まぁ何度か話に出してるだけで、直接連れてきたことは無いけどな。

いつかそうしたいではあるが」

 

「その時はぜひとも歓迎させてもらうわ」

 

 この人なら本当に、心からの手厚いおもてなしをしてくれるだろう。

たった二年かもしれないが、この場で最も付き合いの長い俺は、少なくともそう信じている。

 

 深澄ちゃんと明日奈が一緒にここへ来て、仲良くお喋りしながらお茶をして、そこに焔さんも加わる。

そんな風景を想像しながら、遂にトーストを食い終えた。

 

「そう言えば晴輝さん。

今日は、昨日の話の続きをするんだったわよね」

 

 それぞれが落ち着いて来た頃、不意に深澄ちゃんが切り出してくれた言葉によって、ようやく本題を思い出した。

篠崎との意外な再会や焔さんの参戦もあって俺自身も浮かれていたが、今回の目的は彼女にある内容を聞くことだ。

 

「やべ、そうだった。

別に続きってほどじゃあないが、深澄ちゃんに聞きそびれたことがあってよ」

 

「聞きそびれたこと?」

 

「あぁ。

明日遂にサービスを開始する、SAO内の‘ある武器’について」

 

 その瞬間、深澄ちゃんの眼の色が明らかに変わった。

お嬢様学校の生徒としてではない、重度のプロゲーマー顔負けの最強プレイヤーにして、元ベータテスターの一人【ミト】としてのものに。

 

 俺は元々、この状態の彼女に聞きたいことがあって昨日顔を出しに行ったようなものだ。

もちろん、明日奈を迎えに行くのも本題ではあったが。

 

「SAOの話なら、私も聞いてみたいわね。

まぁ休憩が終わるまでにはなっちゃうケド」

 

 眼の色を変えたのは深澄ちゃんだけではなかった。

そう言えば焔さんは、自身の作るコーヒーと同じぐらいゲームも好きだと、花ちゃんから聞いたことがある。

 

 自家栽培して採った豆から作ったこのお店の看板メニューにかける情熱と自信など、特に詳しくない者からしても明らかだろう。

実の妹がそれと同等だと述べるのだから相当なものだ。

 

 果たしてこれは、ゲーマーの血からなる興味本位か。

それとも流行の情報を常に持っておきたい、カフェのマスターとしての矜持か。

少なくとも、隣の席で異様に真剣な瞳をしている元教え子よりは予想しやすいだろう。

 

「……まぁ、なんだかギャラリーが増えちまったが。

構わないか、深澄ちゃん?」

 

「こっちは問題ないわ。

里香の方は大丈夫そう?」

 

「うん、ちょっと聞いてみたいし」

 

 ややぎこちない声に聞こえたのは気のせいだろうか。

俺から見た篠崎の眼は、興味津々な少女のそれだ。

 

「なら、そろそろ追加のドリンクが必要ね。

みんな注文を聞かせてくれる?」

 

 全員が少しだけ思考を回した後、焔さんが席を立った。

ほどなくして戻って来た彼女の手にはそれぞれが頼んだドリンクを乗せたトレーがあり、すぐにテーブル上に移される。

 

「じゃあ改めて晴輝さん、聞きたいことと言うのは、SAOの武器についてよね」

 

「より正確に言うと、特定の武器だな。

どのRPGにも武器っつー概念はつきものだが、大抵は装備しちまうだけで使うことが出来る。

だが聞いた話によると、店売りにすらない敵だけが使ってきた得物があるそうじゃあねぇか」

 

「店の商品に無く、敵だけが使ってきた武器……

なるけど、カタナのことね。

えぇ、確かに存在するわ。

実際に私は、カタナスキルを扱うモンスターと戦っているもの」

 

 さすがは元ベータテスター、こういった内容についてはハッキリと自信を持って言ってくれる。

まぁ実際目で見て感じて刃を切り結んだのだから、当然ではあるが。

それに自画自賛ではないが、俺がある程度気を許した相手というのもあるのだろう。

 

「βテストにおける最前線は第10層だったようだが、肝心のカタナスキルが確認されたのは、どの辺りだったんだ?」

 

「まさにその10層よ。

私含め、多くのプレイヤーが目をときめかせながら挑んでは翻弄されていたわ」

 

「ってことは、本当に上位層のプレイヤーしか覗けなかった領域なんだな。

下層連中には気の毒だが」

 

「えぇ、ぜひこの目で見てみたかったわ。

まぁ肉眼で見るワケじゃないケド」

 

 一体どうしてか、焔さんがバツの悪そうな顔でシュガーたっぷりのコーヒーを飲み込んだ。

深澄ちゃんはそれに何か違和感を覚えつつも、小さくカフェオレを口に含む。

 

「なら深澄ちゃん。

自分の目線からで良いんだが、そのカタナを使ってたヤツは一人でもいたかぃ?」

 

「ううん、一人も。

そもそも10層で初めて確認したものだし、下層の人たちには知る由もないから、私たちが見てきたものがすべてだと思う。

もしかして晴輝さん、カタナを使う予定なの?」

 

「んにゃ、そこはまだ考え中だよ。

ただ条件があんなら、今のうちに知っときたいと思って。

けどそんな感じなら、何も判ってないってことか」

 

「少なくとも言えるのは、10層以降のどこかに条件が隠れてるかもってことね。

中にはすべてのクエストをくまなくクリアしてた物好きもいたし、情報屋だっていた。

これだけは確かだと思うわ」

 

 つまりカタナを使えるようになるには、相当のフロントライナーが自力で習得するか、誰かが10層を解放した上で、条件を見つけてもらうしかないということになる。

まぁこの手のオンラインゲームにおいて、そう言った情報を流布するメリットがあるかどうかは別の話だが。

 

「あと、これは私の予想になるんだけど」

 

 思考していると、深澄ちゃんがさらに言葉を紡ぎ出す。

間隔にして、ちょうどカフェオレを一口飲み込めるほどだ。

 

「もしかしたら条件というのは、エクストラスキルのことかも」

 

「エクストラスキル?」

 

 その時、初めて篠崎がこの話に入り込んできた。

ここまで素人でも多少用語を知っていれば理解出来るような会話の中、急に慣れない単語が飛んできては無理もないだろう。

 

「本来スキルというのは、その習得条件がある程度開示されているものだけど、エクストラスキルは文字通り、シークレット扱い。

その時になってようやく判明する、特別なスキルよ」

 

「そりゃゲーマー魂をくすぐるこって」

 

「えぇ、このゲームの醍醐味よ」

 

 その一言は、今日一番の上機嫌で放たれた。

言いたくて仕方なかったんだろうか。

 

「んで深澄ちゃんよ。

そのエクストラスキルが関わってるって疑うってこたぁ、何か心当たりがあるな?」

 

「さすが晴輝さん、話が早いわね。

第2層で習得出来る【体術】っていうエクストラスキルがあって、それがあると武器無しのスキルが解放されるの。

おそらくカタナも、似たような感じなのかなって思って」

 

「なら片っ端からクエストだったりダンジョンなりを調べて、習得条件を満たすしかねぇな。

つっても、ベータの時とは違ってるかもしれんが」

 

「まぁね。

それでも経験で勝る分、私たちのほうが恵まれてるけど」

 

 一切そんなつもりはないのだろうが、なんだか少しだけマウントを取られたような気がする。

尤も俺は明日からSAOの世界にお邪魔する正真正銘のニュービーなので、何も言い返せないのだが。

 

「そりゃあそうだ。

色々ありがとな、深澄ちゃん。

めっちゃ参考になったよ」

 

 だから俺は素直に、知り得る限りの情報を提供してもらったことへの感謝を告げる。

 

「えぇ、どういたしまして。

晴輝さんは明日、何時頃にログインするつもりなの?」

 

「まぁ、仕事のあとだから早くても六時過ぎぐらいかな。

ちょい遅れる形にはなるが、しっかりと追随させてもらうぜ」

 

 渾身の笑顔で言い切ってみせたその言葉を最後に、焔さんは仕事に戻った。

深澄ちゃんや篠崎のことも気に入ってくれたようだし、逆も然りだったので、また連れてきても良いだろう。

 

 全員がまた集う日はいつになるかは判らないが、きっとその時はやって来る。

そう信じて、俺たちはベルファイアをあとにした。

 

 

 

 篠崎と深澄ちゃんをそれぞれの住所周辺まで送り届け、ゆっくりと帰路につく。

流れ行く景色に目を向けながら車を進め、自宅への道を走ること数十分。

我が家の近くまで戻って来た際、玄関前で可愛い天使と遊ぶ見知った顔を見つけた。

 

「よぉ明日奈、わざわざプランプの相手してくれてたのか」

 

 車を停め、ゆっくりと歩きながら軽い声を投げる。

ちなみにあっちの方は、エンジンの音を聞き取った時点でこちらの存在に気が付いていた。

 

「おかえり、晴輝さん」

 

「帰りを待っててくれた、とかじゃないよな?

だとしたら随分暇そうというか」

 

「まぁその通りよ、少しだけ話したくなって」

 

 たったそれだけの衝動的な理由で、俺が帰ってくる時間ちょうどにやって来ること自体凄い気がするが、ここでは言わないほうが良いだろうか。

ともあれ我が妹分の願いを叶えるなら、いつまでも立たせておくワケにも行かないだろう。

プランプのご飯だってあることだし。

 

「なら、とりあえず上がれよ。

俺も結構長いこと運転してて疲れてさ。

あぁ、お茶ぐらいは出すからな」

 

「フフッ、何よそれ。

ちゃんとお菓子ももらいますからね」

 

 相変わらず遠慮のない態度で、明日奈は俺に笑顔を向けた。

篠崎や深澄ちゃん、焔さんや浩一郎さんと話していても楽しいが、やはり彼女といる時が一番安心する。

 

 長年の付き合い故の慣れだろうか、それとも妹分として溺愛しているせいか。

とりあえず同年代の少年だったなら、確実に恋心を抱いていたとだけ断言しておく。

 

 あと七年、せめて五年くらい生まれるのが遅れて欲しかった、というのはワガママか。

尤も、俺の春はとっくに過ぎ去ってしまっているのだが。

 

「今更だけど、ごめんね。

急に押しかけちゃって」

 

 マイホームの一室、レトロなソファに腰掛けた明日奈が笑う。

残念ながらというかやはりというか、そこに反省の色はない。

なんならプランプの背中をさすりながら話しているくらいだ。

 

「あのなぁ、お前さんそれ何度目だよ。

形式上の礼儀なんか、俺たちには必要ないだろ」

 

「それもそうね」

 

 だが俺もこの関係が心地良くて、ついつい許してしまう。

この娘に世話を焼かれるのも悪くないし、逆に彼女の面倒を見ることもたくさんある。

もう十年にもなる間柄だ。

 

「明日からだっけ、ソードアート・オンライン。

晴輝さんもやるんだよね」

 

「まぁ、仕事終わりとかにはなるけどな。

ちゃんと言ってくれりゃあ、予定ぐらい空けるよ」

 

「判ってるよ、だって晴輝さんだし」

 

「おうどういうことだコラ」

 

 いつも遠慮のない物言いをして、少しだけ感情を込めたツッコミを入れる。

当たり前のやり取りに、お互い小さな笑みが溢れる。

 

「……でも、それなら安心かな」

 

 しかし直後、明日奈が神妙な顔を浮かべた。

 

「なんかね、晴輝さんも深澄も、これからゲームにかかりきりだって思うと、寂しくなるなぁって思っちゃって」

 

「……なるほどな。

明日奈はやらねぇんだもんな、SAO」

 

「うん、受験があるからね」

 

 そう。

これまで長い間隔たりなく付き合ってきた俺たちだが、明日ついに明確な壁が生まれる。

 

 元よりヘビーゲーマーな深澄ちゃんはともかく、明日奈は名の通った家のお嬢様。

常に良い成績を求められ、やがては一族のための礎となる立場なのだ。

俺のような平民とは、住んでいる世界があまりにも違う。

 

「……なぁ」

 

 長い沈黙の末、ようやく言葉を絞り出す。

 

「お前さんさえ良けりゃあ、家庭教師でもやろうか?」

 

「ぇ?」

 

 その時、プランプを撫でる明日奈の手が止まる。

別に今になってバイト時代が恋しくなったとかではない。

これは俺なりの励まし方であり、時間の作り方だ。

 

「お前さんなら必要ないかもしれんが、先の範囲を知るには手っ取り早いはずだぜ。

一応経験者でもあるし、慣れた顔なら安心だろ?

まぁ、まずは京子さんに許可を取らなきゃだが」

 

「……晴輝さん」

 

 それまで寂しそうな表情を浮かべていた明日奈は、安心してくれたのか笑ってくれた。

やっぱりこの娘には、この方が似合う。

美人なら笑顔が一番。

可愛い妹分なら、尚更に。

 

「うん、ありがとう。

お母さんに話、通してみるね」

 

「おぅ、頼むわ」

 

 それから夕闇が世界を包むまで、俺たちは他愛ない会話をして時間が過ぎるのを待った。

もうすぐ訪れる、SAO正式サービス開始の時刻。

すべてのプレイヤーたちがそれぞれの思いを胸に、今か今かとその時を待ちわびているだろう。

 

 その時俺は、自らの運命を受け入れることが出来るのか。

後の自分に問いかけることも、過去の自分に警告することも、何も叶わない。

 

 とりあえず、プランプの餌を用意しないとな。

明日奈が帰ったあとに食べたはずなのに、おかわりを要求されてしまった。

さすがに今日はこれで打ち止めだからな。

 

END




あとがき

プランプ
「デリシャスなメモリーいっぱい!プランプだよ!
閃光瞬く剣の世界【SAO-XD】第5話、どうだったかな?

焔さんの作るスイーツ、僕も食べてみたいなぁ……
猫用のメニューはないの!?ねぇ晴輝君!
いつものご飯も美味しいけど、もっと豪華なものも食べてみたいよ!
今度明日奈さんにおねだりしてみよーっと。

物語の方はと言うと、あの日が近づいてきたね。
二千二十二年の十一月六日。
そう、ソードアート・オンラインの正式サービス開始日だよ!

次回、【予感=災厄が訪れる日】」
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