「新たな扉が開かれてしまいます!」
「わたしのセキュリティは難攻不落の要塞ですよ」
「ボクと戦争をしたいのかな?」
世界の行く末は、一人の少女に託された。
・・・・・・などということは一切なく、作者の妄想を文章化することでさらにこじらせたSS的な産物です。
あまり脳みそを使わず一気呵成に書き上げたので粗いところも少なくないと思いますが、大目に見つつ楽しんでいただけたら幸いです。
ゲームにおける世界観、キャラクター、用語などについて、勘違い、解釈違い、妄想による都合の良い改変など多分に見られるかと思いますが、それを考慮したうえで読んでいただけると幸いです。
世界には数多くの謎がある。
スターエネルギー、神の存在、そして、あるかもわからぬ星の意志。
星の数ほど数多に遍く謎に挑む人類。その最先端を走るのが、ここバベル。
世界が誇る天才たちの、その叡智が集結した、人類最高の神へと至る頂。
その頂にある、研究室の只中で。
今日もまた一つ、精鋭たちは世界の謎と格闘し、そしてまた、新たな謎が産声をあげる。
それはなんだかとっても、可愛らしい産声だった。
「ねぇ、シャープ。ちょっと頼みたいことがあるんだけれど」
デュカリオンは研究室に入るなり、開口一番に言った。それまで間断なく響いていた端末のキーを叩く音が止み、代わりに椅子の軋む音が響く。
「・・・・・・またですか、デュカリオン先輩。今度はなんです?残業ならお断りですよ」
心底嫌そうに振り向くシャープの顔色は悪い。それもそのはず。彼女は残業ばかりを課せられる苦労人である。バベル随一の天才、デュカリオン。その直属の部下にして苦労人。それがシャープという少女である。
「
その苦労を知ってか知らずか、デュカリオンは心配そうに言った。
「いえ、昨日は定時に上がりました。私用でちょっと、難問に直面してしまって、眠れなかったんです」
「なに、その難問って。ボクが聞いてあげてもいいよ?」
デュカリオンは心優しき先輩である。部下である愛すべき後輩が悩んでいる問題があるとすれば、それに助力は惜しまない。というか単純に興味があるから、と言った方が正しい。
自分に興味があることにしか興味がないシャープと、自分に興味がないことにも興味を撒き散らすデュカリオン。対照的な二人は、しかしそのどちらも研究者として必要、あるいは必須とも言える素質を異なる形で持ち合わせていた。
「おぉ!バベルの叡智そのものと言っても過言ではないデュカリオン先輩の知見を授かれるとは光栄の至り!」
身振りも含め、大げさに――まるで彼女が愛読する騎士小説の登場人物のように――感謝の意を表明しながら、シャープはその深遠なる問いを口にする。
「では聞きましょう。解釈の話です。騎士小説には円卓というものが出てきます。騎士たちは円卓を囲み、議論を戦わせたりするわけですが、この『円卓を囲う』という表現、何か深遠なメタファーが隠されているとは思いませんか?円卓とは騎士たちにとって、そして王にとってもっとも神聖で尊いもの。円卓を囲うということはそれすなわち尊い営み。それが夜な夜な行われている。これはつまり、
「ボクにはキミが何を言っているのか時々わからないことがあるんだけど」
バベル擁する天才の中の天才、デュカリオンにもわからないことはある。この世界はそれほどまでに広いのだ。
わからないことがあれば嬉々として飛び込む。そんなデュカリオンだが、その本能が、その世界には飛び込んではならないと大音量に警鐘をならしていた。一歩でも踏み込み、扉を開いてしまえば、お前はもう二度と元の世界には戻れなくなるぞ、と。
「そのわからない謎を追求するのがあなたの仕事でしょう?デュカリオン先輩。さぁ、早く、バベル随一の頭脳による見解をお聞かせください」
「それでね?この前遺跡の調査に行った時に拾ったデータがあるんだけど、復元出来ないかな?」
だからデュカリオンは、扉が開かれる前に一歩退き――つまりはシャープが回答をせっつくのを無視し、自分の用事を済ませることにした。
デュカリオンがシャープに差し出したものは、前文明の遺跡を調査していた時に発掘されたデータの一部が保存されている記憶媒体である。
一緒に持ち帰った他のデータは、特に損傷もなかったため復元は容易だった。しかしこれだけは、何者かの意志によるものか、おそらく人為的なものと思われる損傷が激しく、また厳重にセキュリティが張られていたため、さすがのデュカリオンも手を焼いた。時間をかければデュカリオンにも解析は可能だが、データの分析・解析を専門とするシャープに頼んだ方が早い。デュカリオンは早くデータの中身を見たくてたまらないのだ。
話題が逸れたことに若干の不満をにじませていたシャープの表情も、デュカリオンに手渡されたデータを前にして真剣なものに変わった。いや、おもちゃを前にした子供のようになった、と言った方が正しい。彼女も研究者の端くれ。それも自分が専門とし、その好奇心全てを注ぐ対象とあっては無理もないだろう。彼女は自分の端末にそのデータを躊躇いなく接続させ、表示された画面を見てにやり、と口角を挙げた。
「ほぅ、これは・・・・・・。中々に解析し甲斐のありそうなブツですね」
「どう?頼まれてくれる?」
「もちろん。というか、わたし以外の誰かに頼むようなことがあれば、わたしはそいつを生かしておける自信がありません」
「こっわ。まぁいいや、それじゃ、お願いするよ。ちなみにセキュリティの方は大丈夫?」
「あまり舐めないでもらいたいですね。わたしのセキュリティを舐めないでください。電子戦における要塞の名は伊達ではありませんよ」
「おぉ!さすがに頼もしいね!」
というわけで、デュカリオンは当初の目的通り、データの解析をシャープに依頼することができた。
それがこの世界に喜劇、あるいは悲劇をまた一つ生み出すことになるという事実を、彼女はまだ知らない。
データの解析を行うシャープの後ろのソファで、デュカリオンはごろごろしながらハンバーガーをかじり、「世界とはどうしてこうも争いが絶えないのかなぁ」などと人類史上最大の難問に適当な思考を以て取り組んでいた。
「・・・・・・ふぅ。終わりましたよ、デュカリオン先輩」
「むぐ?お、早いねぇ。さすがはシャープ。バベル随一の解析者だけのことはあるね」
「お褒めに預かりどうも。というか、またジャンクフードですか?もっと健康にいいものを食べたほうがいいですよ?」
「む。ジャンクフードを馬鹿にしちゃいけないよ」
デュカリオンは食べかけのハンバーガーを行儀悪く振って示し、レタスの欠片を辺りにまき散らしながら言った。
「これは早く安く、そして手軽に片手で食べ物をお腹に入れられる人類が発明したものの中でも最高峰の代物だよ。そういうシャープだって、いつもシリアルバーとかゼリーばっかりだよね?」
「デュカリオン先輩のジャンクフード擁護論をそっくりそのまま引用し、かつ補足しましょう。これはジャンクフードと違って健康にもいい。わかりますか?デュカリオン先輩。これこそが世界に遍く有象無象の産物の中でももっとも偉大な至高の発明品ですよ。あなたの大好きなハンバーガーと違ってね」
「うん?なんだい、シャープ。もしかしてキミは、ボクと戦争をしたいのかな?」
このようにして、世界にはまた一つ争いが生まれるのだ。それなら仕方ないか、とデュカリオンは頭の片隅で思い、平和への祈りを一億光年の彼方へ投擲した。
「それもいいですが、データの中身はいいんですか?」
「あ!そうだった!ほら、早く早く!」
「その変わり身の早さは尊敬に値しますよ・・・・・・。そうなりたいとは思いませんが」
ぴょいん、とソファーから飛び起き、俊敏な動作でこちらに駆け寄ってくるデュカリオンは猫のようだ、とシャープは思った。気まぐれに好奇心を発露させ、そして飽きてはまた別の何かに興味を持つ。しかしその全てに対して一定以上の――もっと言えば最高水準の――結果を出してしまうデュカリオンのことを、シャープは当たり前に尊敬していた。とはいえそれを口外することも当たり前にありえない。彼女に対する尊敬心は、絶対に墓まで持って行くと誓ったのは、バベルに入って彼女に初めて会った、その日だった。
「それで、一体どんなデータが入っていたのかな?猫型ロボットの設計図とか?」
さらっと言われた失礼な言葉も意に介さず、デュカリオンはシャープの横にしゃがんでその腕にしがみついた。彼女は周りにどう見られているか、というようないわゆる自分の評判にはほとんど興味を示さなかった。唯一、天才と呼ばれるよりも、探求者と呼ばれることを好むくらいだ。そんなところも尊敬に値する部分ではあったが、シャープはそれをおくびにも出さない。代わりにあくびを一つして、早く早くとせがむ愛すべき先輩を見やる。
「そんなの要ります?というか腕、放してください。端末が操作できません」
「おっと、ごめんごめん」
言われてぱっと手を放すデュカリオンに、ハンバーガーのソースが付いた服の袖を見ながら思う。まったく、この先輩は。本当にどこか、子どもみたいなところがある。そういうところもまた・・・・・・。
「――このデータなんですけど、やっぱり先輩の見立て通り、何者かによって幾重にもセキュリティがかけられていました。ただし、そのどれもがデータが作られたのと同時代の技術のものだったので、現代の、あるいは現代に至るまでの誰かがこのデータを見られることに不都合があって保護をかけた、というわけではなさそうです」
「ふぅん?じゃああくまでも当時の人間が、このデータを他の誰かに見られたくなかったってことか」
デュカリオンが呟くと、シャープは小さく首を振った。
「いえ、少し違います。セキュリティの目的は、どちらかというと文字通りのデータの保護です。データを見られたくないから、というより第三者による改ざんや破壊、あとは経年劣化による損失を防ぐためにこれほどのセキュリティをかけたみたいです」
やはり興味深いですね、前文明の技術は。
途方もない歳月による風化さえ耐える奇跡を前に、シャープは目を輝かせた。
「へぇ?ということは、このデータの作成者か所持者かは、それほどまでにこのデータを後世に残したかったってことか。それは俄然、興味深いね」
そしてデュカリオンもまた、その目を子どものように輝かせる。
二人はそれぞれに研究者、あるいは探求者としての性に抗うことなく端末の画面を凝視する。シャープが端末を操作し、解凍済みのデータファイルを開封する――その「ぽん」という無機質でどこか滑稽な響きを持つ電子音はそう。
新たな世界が開かれる、開闢の音となった。
『みんなの幸せを壊しちゃうような悪い子は、グミフェアリーがグミグミにしちゃうんだから☆』
それは端的に言えば女児向けのアニメだった。ランドセルという古を生きる幼気な子どもたちが画一的に背負わされていた耐久性に優れた装身具を背負った女の子たち。なんてことはない日常の一幕に突如として現れる目的のいまいち不明な、悪い子と称される得体のしれない黒っぽい生命体。周りのお友達が夢とか希望とか、あとは幸せだとか、なんかそんな感じのポジティブかつ曖昧で本当に存在するかも不明瞭な何かを奪われ正気を失っていく只中で、主人公の女の子――ルミは可愛らしいステッキを振り、叫ぶ。
『変身!』
すると少女の姿は一瞬にして、乱舞する謎の光に包まれる。その光は少女の服を分解し裸にひん剝いた後、新たな衣装を再構成しその身の各部位にポップな音を鳴らしながら纏わりついていく。いつの間にか衣装と同じパステルなピンク色に変色した髪をふわりと靡かせ、意味もなく宙に浮いていた少女はすとん、と着地する。ポーズを決め、ウィンクをすれば星が舞うのはこれ必定。
そして宣言する。高らかに。煌びやかに。天に祝福されし、その御名を。
『愛と勇気のお菓子な正義!ときめき天使☆グミフェアリー♡』
「わぁ!すごい!かわいい!いけぇ!やっちゃえ!グミフェアリーっ!!!」
呆気にとられ、言葉を失っていた二人の代わりに、画面の中の尊き天使だか妖精だかはっきりしない存在に声援を大音声に送る者がいた。
「うわぁっ!?びっくりしたぁ!ベータちゃん、いつからいたの?」
「いつからって、最初からいましたよ?部屋の隅で膝を抱えていたのでデュカリオン先輩は気づかなかったのかもしれませんが」
「・・・・・・なにかあったの?話ならいつでも聞くよ?」
「いえ、大丈夫です!わたしはいつもこんな感じですから!」
元気よく両手でむん!と拳を握り、ネガティブなことをポジティブに表明するベータの一体どこが大丈夫なのかはわからなかったけれど、デュカリオンは一旦そういうことにしておいた。だって、ねぇ?本人が大丈夫っていうんだから。それに、深い闇にはあまり踏み込み過ぎないことも賢明な探求者として大切なのだ。深淵を覗き込むとき、深淵もまた、というやつだ。踏み込み過ぎれば、帰ってこられなくなる。
しかしデュカリオンは、いつの間にか開かれた扉の向こうに吸い込まれ、後戻りできないところに立っていることに気づいていなかった。
「それよりなんですか?これ。先輩の趣味ですか?」
「断じて違うよ。これはこの前の探索で前文明の遺跡から持ち帰ったデータの一つ。ボクの趣味じゃあないからね」
「そうですか。デュカリオン先輩も大きなお友だちだと思ったのに、残念です」
しょんぼりと肩を落とすベータを前にすると何か悪いことをしてしまった気になるが、むしろ適当に話を合わせてぬか喜びさせてしまうほうが気の毒だ。そもそもデュカリオンには、大きなお友だち、という表現の意味がわからない。が、少なくともその響きからしてろくなものではなさそうだ、と適当にあたりをつけた。
「というかベータちゃん、こういうの好きなの?」
「好きじゃありません!大好きなんです!」
「・・・・・・はぁ」
細かく訂正しながらこちらにぐっと身を乗り出すベータを、デュカリオンはのけ反って距離を取りながら意外な思いで見ていた。
いつも何かにおびえるようにオドオドし、人と相対するときも距離を取り、声は小さく伏し目がちで目も合わせない。戦闘訓練でも普段の仕事でも本当によく――本当によく――ドジを踏み、ほんの些細な失敗を気にして謝ってばかり。はっきり言って目立たないというか、影が薄いというか。そんなベータが、こうも声を大にして憚らない、ということは余程好き――もとい、大好きなのだろう。
ベータが少女趣味であることは、噂には聞いていたけれど。
これほどの熱量を持ち合わせていたとは、知らなかった。
「へ、へぇ、そうなんだ。これまでずっと探求を続けてきたけれど、まだまだボクの知らない世界が広がっているんだねぇ」
「素晴らしいですよ!この作品は!デュカリオン先輩!このデータって、後でもらったりできませんか!?」
「ちょちょちょ、落ち着いて、ベータちゃん!」
いつになくぐいぐいと前のめりなベータにデュカリオンはたじたじだった。
「このデータそのものはあげられないけど、コピーなら大丈夫だよ」
「わぁ!ホントですか!?ありがとうございます!」
「コピーガードもシャープなら問題なく解除できるだろうし。あ、そうだ」
そう言って、デュカリオンはベータの圧から逃れるように、先ほどまで自身が寝そべっていたソファへと移動した。その足元に置いておいた紙袋をひょい、と持ち上げる。紙袋の中からがさがさと音を立てて取り出されたのは、端的に言えば服であり、それはウィンクを放ったまま画面内で停止しているグミフェアリーの衣装に酷似していた。
というかまさに、そのものだった。
「そ、それはまさか・・・・・・グミフェアリーのコスチューム!?」
「うん、このこのデータと一緒に厳重に保存されていたから持ち帰って来たんだけどね。どれだけ調べても特に危ないエンチャントがかけられてる様子もなかったし、何なんだろうなぁとは思ってたんだ。でもこれでわかったよ。この服は・・・・・・えっと、グミフェアリー?のものだったんだね。はい、これはベータちゃんにあげるよ」
「そ、そんな!?いいんですか?」
「もちろん。特に希少性のある代物でもなさそうだしね」
「そんなことないです!グミフェアリーのコスですよ!希少も希少、大希少です!」
「そ、そう・・・・・・」
デュカリオンは再び圧をかけられ、後ずさりを余儀なくされる。
「ま、まぁそれだけよろこんでくれるなら何よりかな。データのコピーもあげるからね。シャープ、頼まれてくれる?」
「・・・・・・」
「シャープ?」
デュカリオンは声をかけても反応がないシャープを見やる。そういえばデータを開封してからこっち、彼女は沈黙を貫いている。もしかして彼女もこの世界に飲み込まれてしまったのか、と思ったが、考え込む様子の彼女は画面を見ていなかった。
その視線の先にあるのは、デスクの一角に盛られたお菓子の山。
もっと言うと、スポンサー契約を結んでいるお菓子屋さんの新商品、「フェアリーグミ」の試作品だった。
「先輩、いいことを思いつきました」
「・・・・・・なんだろう?あまりいい予感はしないんだけど、一応聞こうか」
「はい。ここにですね、グミがあります」
シャープは淡々と当たり前の事実を口にして、そのお菓子の山からひょい、と可愛らしくデザインされたグミを一袋摘まみ上げた。
「これは我らがバベルの貴重な金蔓――もとい、親切な資金援助者である大手お菓子メーカー『リリカル☆ポップ』の試作品です。このグミの味についてはデュカリオン先輩もご存じのはずですよね。そしてグミは歯ごたえがあって、集中したい時に食べるお菓子としては最適解の部類に入ります。――さておき、ではなぜここにその『リリカル☆ポップ』の試作品があるかわかりますか?」
「えっと、確か、広告塔を頼まれたんだよね?なんでお菓子の宣伝をボクたちに依頼するのかはよくわからないけれど」
「その通りです。つまり」
そこでシャープは振り返り、デュカリオンに向けてにやり、と笑む。
「グミフェアリーもまた、このグミの広告塔に立つ存在として最適解なのではないか、とわたしは愚考いたします」
「ふぅん?・・・・・・まぁ確かに、それは悪くない考えだね」
シャープの提案に、デュカリオンは試案を巡らせる。新商品・フェアリーグミの広告塔としてグミフェアリーを最前線に送り込むことに異論はない。・・・・・・異論はないのだが、その場合、一つ考えなければならないことがある。
「でもその場合、この衣装は一体誰が着るの?」
「誰って、それはもちろん・・・・・・」
言いながら、シャープはおもむろに立ち上がり、一歩、また一歩とデュカリオンに近づく。
「・・・・・・え?」
じり、と思わず後ずさりするデュカリオンだったが、その背中にやわらかいものがぶつかった。
それは見たこともないほど満面の笑みを浮かべたベータだった。
「
「え?・・・・・・え?」
やばい、これはとてもまずい。デュカリオンは困惑しながらもその明晰な頭脳により一瞬で状況を把握した。
このままでは、グミフェアリーにされてしまう。
デュカリオンは思考をフル回転させ、この状況を打開するための策を練る。
「なんでボク?ていうかベータちゃん、これ欲しいんじゃないの?着たいよね?なりたいよね?グミフェアリー!」
「はい。ですが、わたしなんかよりも似合いそうな方が
「くっ!?で、でもほら、ボクは忙しいし!あ、そうだ!この前の探索結果の分析、まだ終わってなかったよね?上から早くしろって言われてるから、それどころじゃないなぁっ!」
「あぁ、それならもう終わらせましたよ。デュカリオン先輩が楽しそうに探索に赴いている間に、残業に残業を重ねてね」
「なっ!?そ、それは助かるというかごめんなんだけど、今はその有能な苦労人スキルは封印して欲しかった!」
「大好きな先輩のためですからね。ひと肌脱がせてください」
「それはもっと別のところで脱いでくれないかなぁ!?」
「ぬ、脱ぐ!?あわ、あわわ!もしかしてわたし、お邪魔ですか!?部屋の隅に戻った方がいいですか!?」
「キミは一体どんな勘違いをしてるんだい!?あと仮にキミの想像通りだとしたら、部屋の隅に行ってもなんのか解決にもならないよ!」
「その通りよ、ベータ。それにこれからひと肌脱ぐのは、デュカリオン先輩なのだから」
そして論理的にも物理的にも追い詰められたデュカリオンは、最後の打開策として強硬手段に出ることにした。
二人の呼吸を読み、一瞬の緩みを見計らって呼び動作なく地面を蹴る。スターエネルギーで強化した四肢は人のものとは思えない速度で彼女の身体を研究室の出入口へと運んだ。
しかし肝心のドアが開かない。
「え!?嘘、なんで!?」
生体認証はデュカリオンを認識せず、入力したパスコードにもエラーが帰ってくるだけ。もちろんガチャガチャと揺らしても、目の前の扉はうんともすんとも言わない。
ようやくデュカリオンは理解した。ここは扉の内側なのだ。後戻りなど、もうできない。
「どうして逃げるんですか?デュカリオン先輩?ベータ、デュカリオン先輩をこちらへお連れして」
「ふふふ、先輩?怖くないですから、こっちに来ましょうね?」
「う、うわぁぁぁぁぁぁ!!」
デュカリオンの悲鳴は、研究室の外に出ることはなかった。
「うぅ、どうしてこんな目に・・・・・・」
デュカリオンは二人の少女によって裸にひん剥かれ、そしてそこに現れたのはグミフェアリーそのものだった。
ピンクとブラウンを基調とした、これファンシーそのものと言うべき衣装に、それこそグミのように艶やかなパステルピンクの妖精の羽。まさに女の子の甘い夢の体現。自身に起こった変革に、しかしデュカリオンは肩を落とし、嘆きの声を漏らした。
これは夢だろうか。いや、夢であってほしい。確か東州の文献に「胡蝶の夢」というものがあったはずだ。蝶になった夢を見た男が目覚めた後、どちらが本当の夢なのかは判然としないことに気づく、著名な故事。だけどデュカリオンはグミフェアリーになりたいなどとはそれこそ夢にも思わなかったはずだ。今はむしろ、蝶になりたい。蝶になって、グミフェアリー化された自分とはおさらばしたい。でも蝶になったら考えることもできなくなって、大好きな探求も研究もできなくなってしまう。なら仕方ないか。割り切って、デュカリオンは現実を受け入れた。もうどうにでもなれ、の精神で。
「これは・・・・・・想像以上ですね。前文明のイマジネーションの底力を垣間見た気がします。お金取れますよ」
「きゃー!かわいいかわいいかわいい!グミ先輩!とってもかわいいです!」
「・・・・・・悪い気はしないけど、とりあえずそのグミ先輩ってのはやめようか」
「わかりました!ではグミ先輩、写真撮ってもいいですか!?」
「うん、すがすがしいくらいにわかってないね。写真撮るくらいなら、まぁいいけど」
「やったぁっ!」
撮影許可を得たベータは水を得た魚のように生き生きとカメラを取り出し、身体をデュカリオンの足元、研究室の冷たい床へと投げ出した。そしてローアングルからA.O.D.S『カルバリン』の機関銃もかくやという速度でシャッターを切る。
そんなベータを、デュカリオンはゴミを見るような目で見下ろした。
「あぁっ!その軽蔑しきった見下した目!たまらないです!だ、ダメです!このままでは新たな扉が開かれてしまいます!」
「その扉の奥に一生引きこもっていればいいよ。そうすれば、世界はまた一つ平和になる」
「さすがグミフェアリー!いつだって世界の平和のことを――」
「これはそういうんじゃない!」
「ベータ、落ち着きなさい。ちょっとコーヒーを淹れてきて」
「わ、わかりました!」
あたふたと、危な気な足取りで研究室の奥に引っ込むベータを見送り、さて、とシャープはデュカリオンに向き直る。
「それでですね、グミ先輩」
「・・・・・・なに」
何か色々と諦めたデュカリオンは、シャープのグミ先輩呼びを無視した。
「グミ先輩をグミ先輩にしたのは別にベータの目の保養というわけではないことは覚えてますよね?」
「うん、まぁそれは覚えてるけど。ていうかやっぱりボクなの?」
「それはそうでしょう。グミ先輩にしかグミ先輩は務まりませんよ、グミ先輩」
「キミ、もしかしてグミ先輩って言いたいだけじゃないの?」
「そんなことはありませんよ、でゅ・・・・・・グミ先輩」
「言いたいだけじゃんか!もう!」
やっぱりグミ先輩呼びは無視するべきではなかったかもしれない、とデュカリオンは若干後悔したが、やめろといったところでどうせ聞きやしないだろう。シャープは多分意図的に、ベータはおそらく悪気なく、デュカリオンをグミ先輩と呼び続ける。となれば何事も諦めが肝心。というか、諦めなかったところで向こうも諦めないだけだ。不毛な戦、勝利のありえない戦いに身を投じるほどデュカリオンは愚かではなかった。
「で、話を進めますけど。『リリカル☆ポップ』の宣伝大使としてグミ先輩をグミフェアリーとして派遣するのはいいのですが、そのためにはなりきる必要がありますよね?グミフェアリーは良い子たちをグミの楽園に招待し、甘い夢の世界で心温まるひとときを届けてくれる存在です。それはもうご存じですね?」
「・・・・・・いや、全然。初耳なんだけど。そんな設定なの?この子」
「設定ではありません、事実です。ほら、ここに資料が――」
「これ、今キミが書いたやつだろう!?」
「それでですね――」
デュカリオンの指摘を無視してシャープは話を進める。言葉が届いていないのか、デュカリオンはコミュニケーションの断絶を深刻に憂いた。それがここ、バベルで起こっているとあらば、皮肉が利きすぎていて笑えない。
本当に、笑えない。
「今のグミ先輩に足りないのは女の子らしい仕草です。ソファにだらしなく寝っ転がってジャンクフードをぱくついてる暇があったらウィンクの一つでも練習してください」
そう言ってシャープは何度かぎこちなく瞬きをした。訝しむデュカリオンはしばらくしてそれが出来損ないのウィンクだ、ということに気づいた。
「・・・・・・なんですか?どうせグミ先輩だってウィンクなんてできないでしょう?」
「む。馬鹿にしてくれちゃってるね。あまり舐めないでくれるかな?ボクだってウィンクの一つや二つ、どうってことないさ」
そう言って、デュカリオンは片手を腰に当て、ぱちり、と星の瞬くようなウィンクをした。その圧倒的かわいさ満点のデュカリオンを前に、シャープは得心したように頷く。
「ふむ、やはりグミ先輩は本物の逸材ですね。これは高く売れますよ」
「あ!図ったな!?ていうかいつの間に動画を!」
「いつからっていうなら、最初からです」
「この・・・・・・っ!」
嫌らしく笑みを浮かべながらぎこちない瞬きを繰り返すシャープに、デュカリオンは掴みかかる。
「消せ!今すぐそれを消せ!」
「ふふん。この端末はバベルの叡智の結晶!いかなでゅか・・・・・・グミ先輩でもこのセキュリティは――ちょ、ちょっとグミ先輩!いきなりそんな・・・・・・っ!あぁっ!」
「え、えっち!?今えっちって言いました!?ていうか二人してナニをしてるんですかぁっ!?」
「キミはちょっと黙っててくれないかなぁ!?」
全くもって意味不明な聞き違いと勘違いと芳醇な香り漂うコーヒーとを携え乱入してきたベータに、デュカリオンは叫び返す。いろいろな意味で脳内がピンク色に塗りつぶされている後輩の勘違いをこのまま助長するのも面倒くさいと考え、シャープから端末を奪い取ることは諦め解放してやる。まぁさすがに、この映像を自分の許可なく流布することはしないだろう、と信じながら。
「や、やっぱりわたし、お邪魔でしたね・・・・・・。大人しく部屋の隅に戻りますので、どうぞ続きを・・・・・・」
「邪魔じゃないし、だから部屋の隅じゃ意味ないんだってば。いいからこっち来なよ。せっかく淹れてくれたコーヒーが冷めちゃう」
「いいんですか?よかったぁ・・・・・・あぁっ!」
ほっとした様子で返しかけた踵を返しかけたその瞬間、ベータの足がもつれた。そのままものの見事に踊るがごとくすっころぶ、かに見えたが。
「危ないっ!?」
その身体は、グミフェアリーにやさしく受け止められた。さすがはグミフェアリー。心優しき妖精――あるいは天使――もしくはバベルの天才――もとい探求者である。
「ベータちゃん、大丈夫?」
「は、はいぃ。幸せですぅ」
グミフェアリーにお姫様抱っこされたベータは恍惚の表情で頷いた。
「・・・・・・うん、ケガとかなくて、よかった」
デュカリオンはその意味をあまり深く考えず、ベータをそっと床におろした。
「はっ!?す、すみません!わたし、コーヒーこぼしちゃって!すぐに代わりを、あ、でもその前にお掃除――あぁっ!?」
「・・・・・・なに?今度はどうしたの?」
「でゅ・・・・・・グミ先輩の服にコーヒーが!」
「・・・・・・あぁ、そのぐらいは、まぁ。ていうか済まないと思うならそのグミ先輩ってのをやめてもらって――」
「すぐに洗いますね!」
「聞いちゃいないや」
デュカリオンのため息を背に、ベータはデュカリオンの服を抱え、再び奥へと消えた。そしてすぐに白い布を持ってきて床を拭く始める。
その姿を見ながら、デュカリオンは小さく身震いした。むろん、ベータが床を拭く姿に興奮を覚えたから――ではなく、単純な生理的現象としての尿意だった。
「えっと、とりあえずトイレ行ってきてもいいかな。ていうかもうこの格好もいいよね?あぁ、でも服が・・・・・・」
デュカリオンは絶望的に自分の格好を見下ろす。この研究室内にトイレはなく、用を足すためには部屋の外へと出るしかない。しかしさすがにこの格好では・・・・・・と思い始めた途端、若干の危機感と共に尿意が増した気がした。
「そのまま行けばいいじゃないですか。何を恥ずかしがることがあるんですか?ちゃんと似合ってるんで大丈夫ですよ、グミ先輩」
「他人事だからって適当に言わないでくれるかな。そうだ、白衣!白衣があったろう。あれを――」
「白衣って、研究したりするときに着たりする、あの真っ白で機能的、かつベータが今床を拭いているあれのことですか?」
「白衣って言ったらそれしかないじゃないか。いいから白衣を・・・・・・へ?」
「え?」
デュカリオンはきょとん、とした表情でこちらを見るベータと目が合った。そしてその手には、コーヒーに塗れたあられもない姿と化した白衣。
「ベータちゃん!キミってやつぁ!」
「え?えぇ!?なんですか?なんですかぁ!?」
当の本人は何もわかっていない様子で慌てふためき、きょろきょろと辺りを見回す。うん、この子はきっと、悪気はないのだろう。しかし悪気がないからこそ、質が悪い、とも言える。
・・・・・・いや、大丈夫。だって白衣はこの一着限りでは――
「ちなみに他の白衣は今クリーニングに出してますよ。グミ先輩が遠征中にまとめて出したんですが、予定より早いお帰りだったのでまだ戻ってきてません」
「くぅ・・・・・・っ!どんな巡り合わせだよ、それ・・・・・・。あぁ、いや、待って。ちょっとこれ、本格的にやばいかも・・・・・・っ」
デュカリオンは己が不幸を恨みつつ、太ももをもじもじとこすり合わせた。くだらないやりとりをしている暇があったら、さっさとトイレに行った方がいい。そんなことは考えるまでもなくわかっていたが、しかし今の自分の格好がそれを容易には許さない。
なんてったって、グミフェアリーだ。『愛と勇気のお菓子な正義!ときめき天使☆グミフェアリー♡』ときた。そんなものがバベルの廊下をうろうろしているなんて――ましてやそんな格好をしているのが自分だなんて――頭のおかしくなるような狂気を現実化させてはならない。
「グミ先輩!大丈夫です!わたしが!わたしが受け止めますから!」
「なんか別の意味で危ない気がしてきた・・・・・・っ!」
「危ない?そんなの当たり前じゃないですか、グミ先輩。世界とは常に何らかの危機にさらされている状態のものを表す一形式でしかないのですよ?」
「そんな解釈は知らないよ!」
「世界は謎多き場所ですからね。だからこそバベルの中にこのような研究室があるのです。そうでしょう?グミ先輩」
「う、うるさい!今はそんな講釈を聞いてる場合じゃ・・・・・・っ!ぐっ・・・・・・ボクは絶対、グミフェアリーになんかならないぞ・・・・・・っ」
「ふふふ、そういう先輩をどう屈服させるか・・・・・・あぁ、想像するだけでも・・・・・・」
「グミ先輩!さぁ!何もためらうことなんてありません!恥ずかしがらずにすべてを解き放ってください!」
「う、うぅぅぅぅぅぅぅっ!」
デュカリオンは声にならない呻きを挙げながら、苦渋の決断を下した。つまり、彼女はグミフェアリーとしてバベル塔内をうろつき、トイレに行くことを選んだ。
こうして世界に、新たな謎が生まれた。
バベル塔内を人目をはばかりこそこそと駆け回る、なんともファンシーでかわいらしい妖精――あるいは天使。
そしてしばらく後、大手お菓子メーカー『リリカル☆ポップ』の宣伝大使として世界にその名を轟かす、愛嬌塗れの幼気な女の子。
「一体彼女は何者なんだ・・・・・・?」
その正体は、世界においてもっとも重要な謎の一つとなった。
その日――つまりはグミフェアリーが生まれたその日、ベータは洗濯の終わったデュカリオンの私服を彼女の私室に届けに行った。
何かに集中している彼女を邪魔してしまうのは忍びない。そう思っていつも控えめにノックをするのだが、いつでも彼女は応じてくれる。
しかしこの時ばかりは返事がなかった。
よほど何かに熱中しているのだろうか。それでもベータは自分のしでかした失態を一刻も早く謝りたくて、そっと扉を押し開ける。
そう、扉の鍵は、開いていた。
そして、その奥には。
「愛と勇気のお菓子な正義!ときめき天使☆グミフェアリー♡煌めく世界に大☆光☆臨!なんてね!うふふ、なかなかどうして、ボクも悪くないじゃないか?」
紛れもない天使が、あるいは妖精が、顕現していた。
ベータは開かれた扉をそっと閉じ、その神聖なる秘密を守る決意を固めた。
その秘密は、3日を待たずしてバベル塔内を席巻し、世界の夢を守るため超S級の緘口令が敷かれることになるのだが、それはまた別のお話。
「みんなの笑顔はわたしが守る!うふ、うふふふふふ」
世界で一番かわいいグミフェアリーという存在に魅了されたわたしが、このSSを書くことは星の意志によって定められていました。
星の意志には抗えず、いや、抗おうとさえせず、趣味100%で書かせていただいたのが、本SSです。
デュカリオンの「ボクっ娘」設定、シャープの「腐女子」設定、ベータの「ドジっ子・天然・少女趣味」設定については賛否両論阿鼻叫喚であろうかと思いますが、そこはそれ、二次創作のSSにありがちな改変・解釈であると寛大な心で受け止めてください。
前作(現在はnoteにのみ投稿。近日中にこちらでも投稿予定)とは一転したコミカルな空気間の作品を書いてみましたが、いかがだったでしょうか。
少しでも楽しんでいただけたのなら幸いです。
次回は東州組の作品を投稿予定となっております。
前作・イーザーSSとの繋がる作品ですので、今のうちにどんなもんじゃい、とお目汚ししていただけると嬉しいです。
作品の感想、アドバイス、矛盾点などのご指摘もお待ちしております。
最後に、作者のイマジネーション、もとい妄想を喚起しつつゲームとしてシンプルに楽しませていただいている「星之翼(星の翼)」というゲームに最大限の感謝を表明いたします。いつもお世話になっております。グミフェアリーのスキン、再販してください。というか、ください。
それでは、いつになるかはわかりませんが、次回作もよろしくお願いします!