Arcaea BEYOND   作:KARAKUREない

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そして少女が目覚めてからも、世界が変わることはない。

この世界は、始まりから終わりまでその役目を変えることも、また変わることもない。

 

尤もこの世界は、たった今、不変とともに始まったのだが。

 

 

目を開ける。少女にとって、初めての行為であった。

それを喜ぶほどの感情を持たぬまま、その命を灯し始めた。

 

純白と呼ぶにはあまりにも空虚で、退廃と呼ぶにはあまりにも綺麗だった。

一つ分かるのは、それが”静か”だと形容される場所だということ。

ただ、少女の好奇心を満たすには十分な場所であった。

その好奇心を以て、少女はようやく目覚めた。

 

この崩れそうなものが大地か。

 

あの手の届きそうにもない空間が空か。

 

少女にとって、目に見えるもの総てが知らないものであった。

 

 

さて、あらかた満足した頃合いであろうか。

少女は、全て初めからわかっていたように、立って、歩きだした。

なにも急成長を遂げたわけではない、”そう”あるように生まれただけのことである。

 

大地と言うには、平らではない道だった。そもそも道ですらなかった。

そのような場所を少女は歩いた。

歩く度、少女は転んだ。

その度に体を覆う痛みすら、少女にとって好奇心を満たすものの一つでしかない。

歩く度に、また転んだ。何度も、何度も。

それに飽きて、転ばない方が速く前に進むというのもまた、少女の新たな学びであった。

 

 

やがて初めての脚の動きは止む。

歩く行為よりも好奇心の向くものが、そこにはあった。

 

欠片だった。

見たことはないが、透き通るとは正にこれの事だろう、少女は考えた。

 

「きれい______」

 

そう言って、初めての声を聞き取れなかったことを少しだけ後悔した。

しかし硝片と好奇心の前では些末なことであった。

 

五感で感じたい。

 

そう願った少女は、硝片に触れる。

それと同時に、硝片は輝いた______

 

 

 

_______綺麗な記憶だった。

花に囲まれていた少女は、笑っていた。

太陽の下、その暖かさを全身で受けながら、色どられた花に包まれていた。

 

少女に親はいなかった。兄弟も、姉妹もいなかったと思われる。

彼女を覆う花が母であり、父であり、姉であり、兄であり、妹であり、弟だった。

 

少女の周りに、同じ形のものはいなかった。

だが自身の姿すら知らない彼女は、自身を花の一つだと思っていた。

ちょっと大きくて、ちょっと複雑で、ちょっと賢い、そんな花が自分だと思っていた。

 

 

______目が覚めた少女の手には、一輪の花が握られていた。

くすり、と微笑む。

 

「______よかったね、お花さん。」

 

それが彼女ではない少女の記憶であったのは知っていたが、それでも少しは共に生きた身、その幸せの成就を喜びたかった。

 

柔らかな大地のない世界に植えることは叶わなかったため、比較的綺麗な地に花をそっと置いた。

 

 

それは偶然だったように見えた。

花を置くためにしゃがんで見えた景色。

崩れ積み重なった瓦礫の大地の隙間から見えた景色。

 

異質なものが一つ、うごいていた。

 

さっきからずっと見ている。

あれは手、あれは足、あれは…髪。

 

______同じだ。

 

そう、感じた。何と?決まっている、私と。

 

立ち上がる。

アレは消えなかった。

けれども瞬く間に、地に溶けてしまいそうだ。

視線をうっかり逸らさないように、逃げてしまわないように近付いた。

 

一歩ずつ。

 

一歩ずつ。

 

思ったよりも、その形はすぐに見られた。

やっぱり、同じだ。

少女とは真逆のような茶髪だけれど。

ちょっとだけ少女よりも大きいけれど。

固そうな服をまとっているけれど。

同じだった。

 

少女はそっと触れた。

そこに、何の温度も感じなかった。

何にも入ってない空っぽの体は冷たい、そうどこかで教わった気がする。

けれど目の前の躰に冷たさもなく、また温かさもない。

 

少女は自分に触れてみた。

同じだ、何の温度も感じない。

私が空っぽじゃないなら、同じ感触の躰にも、何か入っているはず。

 

少女は、もっと近くでこの人を眺めたかった。

眺めるだけじゃない。同じであるなら、きっとこの人と会話ができると思った。

生まれて間もない孤独の少女には成し得ないと思えた行動が、できると思ったのだ。

話したい。

声を聞きたい。

 

___そうだ、こういう時なんて言えばいいんだっけ?

 

「______起きて」

 

刹那の静寂の後、異変は起こる。

大地が揺れる、天空は吠える、硝片は一際光る。

全ての祝福、あるいは呪いを経て。

やがて、目が開かれる。

 

「____________ひか、り?」

 

 

ここに、誰もが想像し得なかった1人が、産声を上げることもなく証明された。

 

 

______________________

 

 

 

 

「………っはぁ……は、はぁっ……」

 

元来動物とは、置かれた環境に適応するため、まずは逃げる術を与えられるものだ。

或いは、守られる術を与える動物も存在する。

 

「…んく……っ……はぁ………ぅああ、は……」

 

だがこの世界であれど、日の落ちる前に生まれ日の落ちる前に逃げる行動を取るような動物は見たことがない。

そもそも敵はおろか味方すらいない世界だ。それだけではない、何もない世界では生きる術を得るより生きることを捨てる方が容易く楽。

死の恐怖が深層に張り付く少女たちに、それが可能であるかは定かではないが。

閑話休題。

ではこの少女はなぜ逃げるのか。

 

解は予想より早く訪れる。

 

「____!」

 

___来た。

 

少女の視線の先、集合体が光る。

“Arcaea”。少女が生まれながらにして得ていた知識の一つ、世界に漂う硝片。

硝片の集合体は少女に視線を向けた矢先___我先にと飛翔してきた。

 

___逃げなきゃ。

本能が告げる。

 

アレは敵ではない。

だが脅威だ。少なくとも、少女にとって。

 

咄嗟に振り返って走る_____

 

「_____あ」

 

体が宙に浮く。

 

どさっ。

そう鳴った音と、硝片が少女の体にぶつかるのは、ほぼ同時であった。

 

 

 

 

痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。

暗い路地裏、私は歩く。

最後に物を口に入れたのはいつか。最後に喉を潤したのはいつか。

誰か。お母さん。誰か。お父さん。誰か。誰か。

助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。

破れた布一枚の衣服の隙間から入り込む雪が痛い。

でこぼこで所々凍った道が痛い。

呼吸のたびに胸を押し上げる肺が痛い。

何も見えないし聞こえないのに歩くことを強要する脳が痛い。

知らない皆と一緒に消えていったお母さんが痛い。

紙切れを持って消えていったお父さんが痛い。

唐突に訪れる顔の痛みと冷たさと痛みで、自分がもう歩けないことを悟る。

恐怖はなかった。もう痛くないって思えば、笑顔すら浮かべられた。

でも、強いて言うならば。

私の中にあるもう一つの命がずっと痛い。

さいごまで、さいごまで_____________

 

 

 

 

「はあっ____!?」

目が覚めた。

体中が冷え切っているのに、あつくてたまらない。

胸の痛みは”記憶”よりずっとマシだが、それでも耐えられない。

だからなんだ。うずくまるのは楽だ。だが立ち止まれば、またさっきみたいに___

 

「焦らなくても、Arcaeaは近辺にないよ」

 

それは、夢でしか聞かないはずの音であった。

 

「_____!」

 

思わず立ち上がろうとしたところで…何かが、少女の動きを阻害した。

その方向、すなわち自身の体を見ると___

 

「______なに、これ」

「布団だよ」

 

布団。少女に掛けられた薄い布は、嘗て見た夢で窓越しに見えたもの。

この世界にこれほど肌触りの良いものがあるとは、少女は想像もしなかった。

 

「ほら、また汗をかいたなら拭かないと。」

 

人間、と思われるものは、少女に柔らかそうな白い布を差し出す。

タオル、だったっけ。自身の体を拭くためのもの。

自身の体を改めて見ると、少女は一枚も着ていなかった。

 

「汚れていたから軽く洗ったんだ。それに、酷く汗が出て魘されていたからね。そろそろ乾く頃だと____」

 

吊るされた服を見て、少女の見ていた夢がフラッシュバックされる。

ぼろぼろの少女を見て、笑っていたのは”男”と呼ばれた、人だった。

 

今目の前の人は、近づいてくる人は、”男”によく似ていて______

 

「___来ないでっ!」

 

少女は初めて、この世界で大声をあげた。

 

「___分かった、そら。」

 

男は、タオルを少女へと投げた。

慌てて両手で受け止めたソレは、温かくしっとりとしている。

 

さて、こちらの要望にさっと答えてくれる、という経験は少女にはない。

そもそも急に大声を出されて、困惑もあるだろう。

それなのに、目の前の男はおくびにも出さない。

生まれてから、優しい人と夢ですら関わることのなかった少女にとって、未知という好奇心と、恐怖があった。

 

その一方で、やはり少女にとって”男”とは恐怖の象徴である。

 

「____見ないで」

 

夢で見世物にされてきた少女の、精一杯の抵抗であった。

その意図を汲み取ってか___あるいは、興味がないのか___男は。だまって後ろを向いた。

 

「___あ__えっと____さん、きゅ?」

「お礼?…こういう時は、”ありがとう”って使うんだよ。」

「__ありがと…」

「どういたしまして。」

 

温かなタオルで自身の体を包んでいく。

冷え切っていたのは体の中だったようで、じわりと溶けていくのを感じていた。

 

布を通って、ようやく自身を飾り終えた。

生まれた時から少女を包んでいた黒い服は不格好だ。

生まれた時から少女を覆う黒い髪は垂れ下がっている。

少女自身は何も不快感を抱いていなかったので、外で見ている者達が口を挟む事柄ではないが。

 

「____貴方は、誰なの?」

 

落ち着いた少女がまず抱いたのは、純粋な疑問。

この地で少女と似た体を持つ生物は、否、そもそも生物すら居なかった。

割れた土地、はるか遠くで光を飲み込む空、そして不気味に煌めくArcaeaがこの世界の全てだと思っていた。

何度でも言おう、未知なのだこの男は。

 

「そうだな……まあ、僕も自分が何者かは知らないよ。目が覚めたら、この世界にいたからね。」

 

___ただ、一つ言うなら。

そう言った男は、しばらく思索を行う。

やがて口を開けた男の心情など、少女には分からない。

 

「_____僕の名前は、”対立”だよ。」

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