「_____ひか、り?」
目の前の少女はそう言った。
それは、自分を呼びかけているのか。白い少女はそう考える。
____仮にそうだったとしたら、私の名前はずいぶん分かりづらいね。
誰かも分からない名付け親に、少しだけ悪態をついた。
「______起きた?」
そう話しかければ、少女は夢現を明確にしようと目をこする。
続いて、辺りを見渡し始めた。
後ろを振り向けば先程白い少女が祈った花が一輪あるが、それ以外は左右どちらを見ても同じ景色にしか見えない。
というのに、随分長いこと少女は周りを見回した。
好奇心で動いていた白い少女とは対極的に、ゆっくりと咀嚼するように。
「____うん、起きた。」
やがて少女が発した声には、諦観や困惑が豊富に含まれていた。
「あなたは、誰なの?」
少女が問いかけるも、白い少女は答えられない。
かといってその意思表示の仕方なんて教わってもいないものだから、精一杯体を動かした。
「____あ、でもさっきわたしを見て”光”だって。」
「私が?」
全く少女の身に覚えがないわけではない。
無から突如現れた光を追いかけようとして、きらきら光る硝子を追いかけて___気付けば目を覚ましていた。
その視線の先に何かがあったなら、それを光と思うのも致し方ない。
では、目の前の白い少女は光ではないのか?
「____なんでだろ、わたしは”光”な気がする。…こういう気持ちのこと、しっくりくるっていうんだっけ?」
ホントの光みたいに明るくてピカピカじゃないけれどね、そう言ってはにかむ白い少女は、果たして光といえないのだろうか?
否。
少女は、他に新たな人が現れたとして、かの少女以外に”光”に相応しいとは思えないだろう。
今目前で微笑む少女には、それを言わしめる程の可憐さ、美しさ、そして輝きが透けて見えた。
「______いいんじゃないかな、”光”て。似合ってるよ。」
「にあっ、てる?」
「うん。…あっ、似合ってるっていうのは、貴女が光みたいに綺麗ってこと。」
少女の声を、白い少女_______光は胸に閉じ込めるように手を当てた。
「わたしが、光………わたしの、名前……!」
図らずとも、その満面の笑みが少女を”光”たらしめる証明となっていた。
「わたしが、光!…あなたは?」
では、と光は疑問に思う。
「私は______何ていう名前だろう?」
その推察は見事的中。
光と同じように、少女にもまた名前という形はなかった。
「きっと、光のように似合う名前がある……あった、と思う。分からないけど……」
それを光は不公平だと嘆く。
自身に光の名を与えた少女もまた輝く名があるべきだと、一種の怒りを覚える。
「______じゃあ、わたしが名前をつけていい?」
だから、彼女が与えてくれたように、彼女にもふさわしい名を。
「え……いいけど…」
「ありがとう。それじゃあ____」
____では少女にふさわしい名とは何か。
光を”光”とした少女の象徴となる言葉は、何か。
ふと光は、自身にとって少女は何であるかを考えた。
ただ生きていく中で見つけた数多の美しいものの一つ、そうは考えたくなかった。
今さっき自身を”光”と定義したように。
この少女は、また光を定義してくれる。
光を、光として形作ってくれる。
光はそう思わずにはいられないのだ。
____故に、数少ない光の語彙から生まれる名など、とうに定まっていた。
「______”導”」
「…しるべ?」
「うん、導。」
それは、光を導く存在になることを祈ってつけられた名前。
答えた後で、光は独りよがりな決め方だと少し反省する。
つけられる名前は大抵だれかの理想が込められていることなんて、光が知るわけもない。
「___導……いい名前だね。」
導と名付けられた少女は、さっきの光のように胸に手を当てる。
今しがた感じた心の暖かさを、なんとか己に留めたかったからだ。
「分かった。___私は導。これからよろしくね、光。」
「___うん。えっと、よろしくね、導。」
ここに、一つの小さな繋がりが誕生した。
脆い繋がりではあるものの、二人にとっての唯一の繋がりであった。
_________________________________________
「____”対立”?」
「ああ。」
黒い少女は、ついもう一度名前を確認する。
幸いこんな世界に住む二人の知るマナーやモラルなんてない。
「君の言う対立で間違ってないよ。…確かに、この世界じゃ不吉な言葉な気がするけど。」
苦笑いを浮かべる対立という男。
不吉というのも、この世界に漂う記憶は基本、痛い。その中で使われる”対立”は誰かが必ず苦しむからだ。
「____でも、存外悪い名前じゃないよ。」
「対立……わかった、わたしも対立って呼ぶ。」
逆にそれ以外の呼び名があるのか、そういって対立は笑った。
その顔は、いつか夢で見た、少女の入れなかった空間で見た笑顔によく似ていた。
なんとなく気持ちにもやがかかった少女は、ただムッとするだけ。
「悪かった、そんなに不機嫌にならないでくれ。」
「____ふきげん?」
「そうそう。なにか嫌だなって思う気持ちだよ。」
自分でその感情を理解することは難しいが、少なくとも分かりやすく表現してくれるだけありがたい。
この少女とは多少仲良くやっていけそうだ、そう対立は考えた。
「__それと、君の名前は?」
聞かずとも結果はわかっているであろう。
「____多分、ない」
「……ない?」
「うん……ずっと硝片から逃げてたから、確かめることもできなかった。」
なるほど、与えられている可能性はあるがそれを知る由が少女にはなかったということだ。
対立が、僅かに口角をあげた。
「____じゃあ、名前を決めようか。」
「______いいの?」
「良いも何も、名前がないと君をどうやって呼ぶかわからないしね。」
名前。その人をその人たらしめるもの。
人にとって最大の自己表現。
夢の中で様々なことを追体験したからこそ、少女にとって数少ない信じられるものでもあった。
だからこそ。
「____それなら、あなたが決めてほしい。」
自分がまだ何者か分からない少女が、自分を表現なんてできやしない。
「___はあ……文句は言わないでよ。」
一つため息をついたが、その後は少しの間沈黙する。
「_________よし、決めた。」
果たして、対立が見た少女の理想とは_______
「”黒”。」
「…………」
「___文句は言わないでって忠告したけど。」
「…なにも言ってない。」
「この世には”目は口程に物を言う”って言葉があるんだよ。」
名前とは大抵が誰かの理想であるとは言ったが、その例外に当たるのが対立であった。
「___なんで”黒”?」
「そりゃ、どう見たって黒だからね。」
「腕とあしは白いよ。」
「肌だからね。それ以外は黒いじゃん。」
きっと名付けのセンスが無いのだと信じよう。
でなければ、対立は名付けも適当にするくらい他人に愛がない奴になってしまう。
「…変な付け方」
「しょうがないだろ。名前なんて付けたことないし。」
「_____でも」
黒と名づけられた少女は体を丸め込み、視線を対立から外す。
なんだか内側の熱が広がって、心が握られるようであった。
「___嬉しい。ありがとう。」
「……どういたしまして。」
____しかしそれでも苦しさを感じないのであれば、きっと悪いものではない。
黒はこの名も知らぬ気持ちをもう少し知りたくなった。
「__こんな世界で生きても、気恥ずかしく思う時があるんだな。…じゃあさっきのを恥じろよ、いや確かに僕がやったけど。」
対立の言葉は、内側と会話する黒の耳には届かなかったようだ。
「___このあと、どうするの?」
対立がどこかから生成したパンを二人で食べながら、そんな会話が繰り広げられる。
「新たな拠点を探しにいく。できるだけ急ぐから、今のうちにできるだけ英気を養っておいて。」
「___ここに、住まないの?」
黒が問う。
何より危険性を知っているはずの彼女が、まずソレを考慮しないのは信頼できる人がいるからであろうか。
「___さっきから、Ar……硝片がここにぶつかっている。見つかるのも時間の問題だ。」
黒は絶句した。
また、逃げ回る生き方になる。
そんな恐怖から、体が震えだす。
「____いやっ___もう、あんな思いしたくない__!」
「僕だって同じだ、アレは二度と受けたくない。だから次の場所に行くんだ、より快適な場所を求めてね。
」
立ち上がった対立の背は、黒にとっては大きすぎるもので。
「ほら、行くよ。」
でも、目の前に差し出された手は、黒にとっては優しすぎるものだった。
昼夜のないこの世界じゃ生まれてからの時間なんて分からないが、少なくとも黒が誰かの手を取って立ち上がったのは初めてだ。