Arcaea BEYOND   作:KARAKUREない

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「————ということは、これを取り込むと夢が見られるってこと?」

「うん。まだ、一回しか取ってないけどね。」

 

 

「あれは、なんて言うの?」

「あれは————霧って言うんだよ。」

「いや、霧は前に教えてもらったけど、あれ。」

「あれ?………ああ、あれか。あれは、塔って……え、塔!?建物!?」

 

 

「——————はいこれ、パン。」

「ありがとう、光!……いやあ、お腹が空いても光が硝片から取ってきてくれるからありがたいよ。」

「えっと…どういたしまして。」

「はい、よくできました。」

 

 

「—————ここの建物にも、誰もいないね。」

「そう、流れだねー…。結構歩いたと思うんだけど、やっぱり私達以外居ないのかな。」

 

 

2人の少女が世界を巡り始めて、数多の時間がた。

2人は途中から時を数えることを辞めた。そのことすらも記憶から消える程の長い時が過ぎていた。

 

2人は既に硝片に興味を示さない。時折捨てられた硝片を拾い上げては、その中身をちらと見る。見る気が失せればまた捨てる。

十百千の欠片を覗いた辺りから、直接体験することは止めた。

理解するだけのことに、視覚以外は要らなかったと気づいたのだ。

 

それよりも、隣の少女と共に歩く方が、彼女らにとってよほど有意義だった。

次はどっちへ行こう、とか、そろそろ休憩にしようか、とか、あれは見たことないね、とか。

自分たちしか経験しない、その対話への嬉しさが幸せの視認より楽しかったのだ。

 

これを優越感と称するのは少し先の話になる。

 

ある時、2人は類を見ないほど虚無の溢れた空間へと入った。

幸福な記憶を見ることも、知識欲を満たすことすらもできない空間だった。

 

“故に”、そこは目立った。

建物の、大地の、硝片の残骸をかき分けるが如く歩んできたこの世界で、現状唯一”何も無い”。

地は平たく、一切の凹凸も傷もない。

障害となるものは全く見えず、塵の1つもない。

極めつけは、空だ。その領域に、青空だけが広がっていた。

つまり、雲も硝片も無い穴があるのだ。

漂う硝片がその領域だけを避けて通っていた結果、こうして空虚に支配されている。

ただ、期待外れであるが、最早2人に驚愕の思いはなかった。

崩れた地と建物の欠片を目に入れなくなってから、実体があるかどうかはどうでもよくなったからだ。

 

しかしこれで終わりならば空虚である意味は無い。

則ち、世界は急変する。

 

中央を2人が通ろうと足を踏み込んだ次の瞬間—————花が、何輪もの花が踏んだ大地から生えてきたのだ。

それと同時に、硝片が地中からゆっくりと姿を現していく。

幾つも、幾つも、たえまなく。

花は大地と空の領域を広げて、

硝片は広がる領域の中で踊り、

そして光に照らされた花畑が生まれた。

 

ここまでの過程を経て、ようやく2人は事態を認識する。

最初に抱くのは忌避感?恐怖?恍惚?

否—————興味。

なぜなら、少女の見たことがない形状の硝片がそこに大量にある。

荒削りの残骸ではなく、宝石のような形状の硝片。

二人を囲むように、何個も、何個も———。

 

「————つまんない」

 

二人の第一声がそうであった。

なぜかというと、そこに記憶がないからだ。

硝片———欠片一つ一つが、ただそこにあるだけの無意味なものなのだ。

 

その空虚さに、光は惹かれた。

無意味な意味あるものは見飽きた。

だが既に無意味なものは初めてだったからだ。

 

一方、導はその無意味さを愛さない。

意味のある万物だけを見てきた彼女に飽きはなかった。

だがその他方で、無意味なものという未知を恐れたのだ。

 

光が、前へ出た。

「え、ちょっと、危ないよ光!?」

そう止める導の声は開けた空に流れた。

 

近くで見たそれは一層綺麗であった。

硝片の奥の現実が見られる。

透明を初めて目にした彼女はその現象に吸い込まれた。

光は硝片を手で掬おうと試みる。

宙に浮かぶ硝片はするりと手を避けて流れていく。

それが少女には面白かったらしい、滑り落ちた硝片をまた手で追いかけた。

少し遠くへ行けば手を伸ばした。後ろに回るなら体をひねった。

何度も繰り返して、光は自身が操られていると気づく。

だがそこに不快感はない。

ただ、取り憑かれたように体を動かした。

 

導には芸術が分からない。

だが光を前にして、”舞う”という芸術の到達点を見た気分になった。

硝片が、空間が光と共に動いている。

透明な欠片が、空が光の遊びを彩る。

そうして、そうあることが自然であったかのように空間は開かれた。

導には分からない。

いつ光が舞うことを覚えたのか。硝片もどうして光の周りで舞っているのか。そもそも何の空間であるのか。

 

考えた末、導は考察を放棄した。

意味なんて、なかった。

客観的に、光が美しいことだけを信じることにしたのだ。

解決に至ると、新たな欲求が生まれてくるのを感じた。

 

私も。

 

その瞬間、世界が少しずつ騒ぎ出した。

同時に、自身の四肢に強い力を感じる。

騒ぐ世界は、透明な硝片を幾つも生んでいく。

やがてそこに一際大きいもの、欠片3つは複合されているであろうものが創られると、風もないのに導へと運ばれる。

ただ大きいだけの空虚な———————アノマリーというには中身の伴わない宝石が、導の目を捕らえた。

 

初めて、導は空虚に美しさを覚えた。

触れる。硝片はゆっくりと光沢を放つ。そこから徐々に、景色が映されていく。

導の見てきた景色だ。

それらが、日記を書くように硝片の中を埋めていく。

 

溢れそうになって、硝片は導と調和した。

ゆっくりと、導の中に溶けていく硝片。それに連れて導の四肢が光り、色がついた。

右は情熱のごとく赤い色。

左は神秘のごとく青い色。

 

奇妙なことに、左腕だけに光が収束していく。やがて一つのデバイスとなり、左腕に巻き付く。

画面には、以下の事が記されている。

 

パートナーは光。

ゲージは0。

与えられた名は”PRAGMATISM”。

 

音楽が、聞こえ始めた。

 

音楽を以て、初めて、導は宙を舞う硝片が一つの譜面を形成していると知った。

それを綴るさまは、舞というには不格好だった。

だが硝片の行方に沿えば、少女自身が音楽を表現している気になれた。

 

硝片の密度は変動する。

時には、一欠片ずつ近づいてきた。別の時には、数多の欠片が一斉に飛来した。

だが、その差はあれど導の舞に差はない。

増えれば体を捻って硝片に触れていき、減れば自ら一手間を加えた。

 

硝片は、指先で触れればあっという間に光になって弾けた。

少し遅れて手首が触れれば、砕けて地面に落ちた。

 

全く触れられなかった硝片は、導の身体にぶつかって消えた。

その度に痛覚が襲う。

しかし導の舞に、衰えはない。

痛みなんて、何かに夢中になった少女を妨げるもの足りえない存在だったのだ。

 

光は、彼女自身が目の前の少女に無意識に”導”の名を与えた由を、少しだけ理解した。

 

こうして、二人はただ踊り続けた。

少し離れて赴くままに。

時には手を握りあって、絡めあって回った。

少しずつ、想いが強くなるのを感じる。

強くなれば強くなるほどお互いのことが分かっていくようで、それが2人には嬉しかった。

 

 

 

少しの間踊ったと思えば、周りの硝片はみな割れていた。

導の体の輝きは薄れ、いつの間にか完全に消えた。

全て無意味なものしか残っていなかったが、2人は充実していた。

死を、初めて見たのだ。

幸福しか見なかった2人にとって、一生は無縁であり終末は妄想だった。

 

それは、やはり美しいものだった。

己が役割を、意味を全うした、全ての輝きがそこにあった。

ばらまかれた欠片は、その証だと感じた。

 

「綺麗だったね」

どちらかがそう言った。

言葉が咄嗟に出たことに。聞いた言葉がまさに言おうとしていたものだったことに。

2人は笑った。

 

ひとしきり笑った後で、導は手を伸ばす。

 

「また、見に行こうよ!」

「あるの?」そう問われれば、「分からない」と返した。

 

「———でも、きっとまだあるよ。あんなに綺麗だったんだから。ううん、無いとおかしい。」

だからね。導の伸ばした手は、光に差し出されていた。

 

光は手を握る。その瞬間、強い力で2人は惹きあった

 

「—————ありがとっ」

 

この瞬間の輝きを超えるものは、少女の生の中であと1回だけである。

 

 

 

————————————————————

 

早朝、少年と少女は歩き始める。

時間のない世界に「時間帯」を付けたことで身体に規則を入れていた事が功を奏したようだ。

だが一人で動いていない関係上、必ず想定外は誕生する。具体的には————背負う人が居るか否かである。

 

「……はぁ……はぁ……」

 

勘違いしてはいけないが、黒い少女は非力ではない。

しかし彼女は、対立と会うまでずっと逃げ続けてきた。

結果たまった疲労が、少しの休息で回復するわけがないのだ。

 

大丈夫か、そう対立が問えば、大丈夫、と黒が答える。

このやりとりも既に10回は行われた。

11回目に差し掛かるとき、遂に対立はしびれを切らす。

 

「休もう。かなり遠くまで来たから、しばらくは追いつかれないはずだよ。」

 

でも、という対立の脚は震えている。

 

このとき対立は知りえないのだが、黒と対立とでは歩幅が明確に異なる。

故に、付いていくことに必死だった黒は体力を浪費していたのだ。

 

結果、一度止まった黒はその場に座り込むしかなかった。

こんな開けた場所で立ち止まるわけにもいかないからと、対立は黒を無理矢理持ち上げる。

 

「———いつまで、これが続くの?」

「分からない。終わる場所なんて、無いかもしれない。」

「その場合、あなたはどうするの?ずっと、逃げ続ける気?」

「そんな場合はないよ。」

 

対立は微笑む。

 

「この世界は、広い。一人で全部を見られないくらい広い。

 だから、どれだけずっと探しても、見つからないかもしれない。けれど、無いと決まったわけじゃない。

 だから、ずっと探し続けるよ。自分が終わるまで、僕は歩き続けるんだ。」

 

私とは大違いだ、黒はそう思う。

 

少女は白という単調な色は散々見てきた、だが対立という白は見たことがなかった。

だが、もしこの夢が終わった先に白色があるとすれば、それはきっとこんな色をしているのだろう、そう黒は確信した。

 

「———私もついていくわ。」

「……良いの?止まらないよ、僕は。」

 

「このまま不快な場所で隠れて生きるなんて嫌だもの。」

その言葉を聞いた少年が何を思ったか、どのような表情をしているかは少女には分からない。

 

少しだけ悲しそうに、笑う表情なんて。

 

 

少し歩いた後、歪に広い空間があった。

何もない。割れた破片も、尖った大地も、痛々しい星もない。

気持ち悪さはない。だが面白味もない、呆れた空間だった。

 

ここなら良いだろう、と対立の背から降ろされた黒は、安心感を得ていた。

幸を知らない少女の判断基準は、害の有無だった。

故に此処が、少女にとっての楽園だった。

 

「————アノマリーは無いか。」

対立が空間の中心へと歩いていく。黒もそそくさと背後に並ぶ。

 

「ここは安心するわね。もしかして、対立が探していたのはここ?」

「いや、残念だけど違うね。

 ここは一時的なものなんだ、いつかはあの硝片に襲われて消える。」

 

君と会うまでに既に何回も見たものだ、そう対立は告げた。

 

「じゃあ、また歩くの?」

「そうだね。———だけど、やることはある。」

そういって彼は止まる。その地点は、空間の中心。

困惑する黒に、彼は離れないでと忠告した。

 

刹那、透明な欠片が数多、周りに浮き上がった。

黒に恐怖心はない。ただ困惑が大半を占めた。

何もない。

極寒の中一人街を彷徨う少女の記憶も、すべての家の罪を一身に受ける少女の記憶も、とにかくあらゆる記憶が一切ない硝片。

それが一面に大量に広がったからだ。

 

「よし、数は十分だ。来い、アーケア。」

 

対立が左腕を伸ばせば、硝片は一斉に渦を描き始める。

そのまま、渦が左手首へと収束していく。

 

「対立っ!?」

「大丈夫、そっちこそ下手に動けば傷つくよ!」

 

轟音を立てて硝片が押し寄せる左手首に、光が集まっていく。

やがて最後の硝片がぶつかり、光が収まった時。

「———ようやくこれで、僕も好きに動ける。」

そこには、腕時計のようなデバイスが巻き付いていた。

 

画面に映るのは、以下の通り。

対立という名前。

パートナーという項目に表示された黒。

そして————”100”と示された、美しくも不気味な赤い線。

 

「それって?」

「僕も詳しくは知らないな。知ってることは…これで”戦う”ことができるってくらい。」

 

“戦う”。少女には聞き慣れた単語。

だがあくまでも硝片の見せる記憶の中の話だ。

現実では逃げることだけ考えていた黒にとって、戦うという手段は初めての思考だった。

 

「————ほら、そんな話をしてたら来たよ。」

 

対立の声で振り向いて、少女はそこに迫る大量の硝片を見た。

無理だ。少女は経験則で察する。

速い。逃げたところで、記憶にとらわれるまでの猶予が少し伸びる程度だ。

ただ、それが分かってても逃げることしか頭にないのが黒である。

 

「逃げましょう、対立!————対立?」

 

「———必要ないよ、黒。…そこから動かないでね。」

瞬間、対立は地を蹴って硝片へ迫る。

 

もう一つ、黒が考えていない要素がある。

対立の”戦う”力だ。

 

対立が腕を左右に広げる。その手は、赤く、また青く光っている。

これが、対立に与えられた戦う力だ。

 

ただ、この少年、素手での戦い方は心得てない。

そういったものを一切見ることがない世界なのだから当然だ。

———では、どうやって戦うのか。

 

単純な話だ、戦いやすい力にすれば良い。

少年の思念のままに、赤く青い光が手から外れていく。

それは外に出た瞬間から、形を変えていく。

硝片に立ち向かえるほど強く、もっと広い場所を守れて———もっと鋭い武器。

 

二種の光は、それぞれ赤と青の剣を形成した。

 

幻想的な創成とは裏腹に、硝片はいまだ対立へと迫る。

 

「———”Sheriruth”か、丁度いい。」

 

その予想が当たったのか。はたまた、たった今名前が付けられたのか。

デバイスには、”Sheriruth”の文字が—————

 

黒と対立、双方はどこからか流れる音楽を聞いた。

 

剣を硝片の一つにゆっくりと滑らせれば、音もなく裂けて地に落ちる。

今度は勢いに任せて剣をぶつけると、硝片は勢いのまま砕けて、そのまま虚空に消えた。

 

「——なるほどね」

 

そう呟くや否や、少年は飛んでくる硝片を次々と叩き落とす。

 

黒は少年の動きが何か知らない。「舞」すら知らない少女に、これを表現する語彙力はない。

だが、美しさは感じていた。

まるで全ての動きを把握しているように……あるいは、そもそも最初から対立が仕組んでいたかのように、硝片と少年とが一身となって芸術と成っていた。

それは戦いというより、寧ろ協調のようで————

 

戦い、というのは確かに間違いかもしれない。

これだけの数の硝片が襲いながら、対立には焦りも動揺もない。

どれもが対立に触れられないのに、対立は次々と斬り砕いていく。

 

つまりは、勝負ではなく蹂躙なのだ。

そもそも、この硝片を捌くのに必要なのは、斬り落とすタイミングである。

そのタイミングがどこかから流れる音楽と一致しているのだから、見切るのは容易だったのだ。

 

ふと、ある一つの硝片が赤く光り始める。

次の瞬間、その硝片が砕けるとともに、赤い光線が対立をめがけて放たれた!

 

「”だから”か。」

 

しかし、その未知すら対立は見破る。

赤い攻撃には赤い刃を、青い攻撃には青い刃を。

彼には最早妨げるものが無い。

舞うように、暴れるように、全てを裂いていった。

 

 

全ての欠片が動かなくなったところで、対立はようやく刃を止めた。

地に落ちた欠片ですら、既に影もない。

純粋な大地と二人の少年少女だけが、この場に存在した。

 

全てを理解できることもなく、黒はただその場で瞳を揺らす。

やがて咀嚼し終えた頃、対立が手を伸ばした。

 

「怪我は無い?」

 

その一言を聞いた後、少女は高揚感が徐々に高まるのを感じる。

 

“対立”という名が付いている理由を、少女は理解した気になった。

逃げないといけないとずっと思っていた硝片の嵐。

それに真っ向から立ち向かい、見事全てを斬った少年。

それが黒という少女の光であり、理想だったのだ。

 

「————私もそうなりたい」

少女がそう呟くと、対立は苦い笑みを浮かべる。

「別に構わないけど、あまり勧めたくないね。ほら、そろそろ行こうか。」

 

「やっぱり、ずっと付いていくことにしたわ。…いや、あなたと一緒が良いの。」

「強くなりたいからでしょ。…でも、マイナスな理由よりはずっとマシか。」

「べつに、それだけのつもりはないわよ。…ああでも、あわよくばあなたの技術を取り込みたいわね。」

「じゃあまずは剣を生成する所からだよ。」

 

黒白の二人は、今もまだ楽園へと歩き続ける。

荒廃した世界には似つかない、軽い歩行で—————やがて疲れて止まるまで。

 

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