螺旋階段を軽やかに降りる少女がいた。
彼女に苦笑を浮かべながらも、またこの少女も軽やかに螺旋を下った。
この塔にも、少女らが望むものは無かった。
一つ、代わりにもならないが、生き別れの兄弟が必死に抗った中に生まれた抱擁は見られた。
何度繰り返したのだろうか、この光景を。
幸福も見た。愛も見た。キスも見た。
だがそこに輝きは見えなかった。
あの時のような美しさを持つ硝片を、文字通り全く目にしなかった。
単純に光るアーケアは、最早少女らの心を動かすに値しない。
「ほら来て、導!」
「はいはい、急がなくても欠片は消えないよ。」
まだ良かった点は、今の光に”飽き”がないことだろう。
一度空虚を見たことによって、少女は硝片を充実したものと再認識した。
今ではあらゆる硝片を均等に愛する一人である。
その空虚のせいで硝片程度じゃ心を動かさなくなった、という皮肉な話が含まれるが。
塔の外に駆け出した光は、虚空へと手を伸ばす。
これだけの単調な指示だろうと、硝片は光の下に易易と集った。
光がロングブーツで瓦礫を鳴らせば、硝片は音の鳴る方へ、鳴る方へと光の足元に押し寄せる。
足元に集う硝片たちは、くっついては広がっていく。
平面的に、立体的に。
広がる硝子はやがて、少し狭い劇場を形作った。
どうせどこに行こうが大地は凹凸だらけだ、と感じた光が最終的に取った手法だ。
こうして足場を滑らかにしないと、碌に舞うこともできない。
彼女が転んだ回数は、光の指では数えられない。
彼女もその痛みを含め舞を楽しんだことはあった。
が、当然ながら何度も経験したい代物だとは思えなかったのだ。
「それで、また新しい動きを思いついたの?」
「うん。アーケアさん達がなだらかに流れる感じをイメージしたの。」
そういって、直ぐ様に光は動き始める。
導の端末に「九番目の迷路」と記された。
二人が最初に共に舞ってから、随分長いこと経ったように導は感じた。
その間に世界が変わることはなかったが、その地に生きる者たちは大きく変化した。
まず何より、光が成長した。
身体的変化はないものの、その表現力は著しく増加した。
決定的な変化と言えば———————アーケアと調和できるようになった。
いつというと具体的な答えは出ないが、ある時から彼女は、アーケアを引き連れるようになった。
彼女が歩けば硝片は背後を漂う。
彼女の髪や服が揺れれば、喜んだように周りを飛んだりその固い体でなでたりしている。
時には、そのままの形を保ってペンダントになった。
また別の時には、薄く引き伸ばしてウェディングヴェールのようにもなった。
不定期的に、一つまたは複数の硝片が組み合って、様々な装飾へと変貌した。
光は止めない。ただ身にまとったものをすこし愛でた。
その姿は、光がアーケアの女王であるようだった。
導には明確な変化がない。だが随分と軽やかに舞えるようになった。
どんな動きを要求されようと対応した。
少女の舞は、重力も止められなかった。
才のあるものがそれだけの娯楽しか持たないという状況は、導の領域を激しく引き上げたのだ。
光が一つ息を吐いて、硝片の劇場がたちまちに崩れ消える。
後に残された一人へ、導は手を小気味よく叩いた。
「いつもみたいに綺麗だった」と声をかけたら、光は顔に赤色を宿して笑った。
「えへへ…ずっと体を大きく動かしてたから、ちょっと不安だったの、ちゃんと踊れてるかって。」
導は、堪らない気持ちが増していくのを感じる。
光の姿勢は、舞とアーケアを愛する志は、導にその美しさ、面白さをまっすぐに伝えてくる。
「—————私も!」
突然一歩を踏み出す導に光は驚かされた。
周りの硝片が、恐る恐る少女に近づく。
少女が一つ触れてやると、それは瞬く間に天に消える。
舞の型が一つ切れるごとに、硝片が弾ける。
やがてその面白さに気付いたアーケアは、怒りか喜びか、少女を囲み始める。
一点の大輪と取り巻く蕾が、一つの音を通じて大地を揺らし共鳴した。
導を網膜に移す光は、最初はそれすら一つの芸術と為っていた。
だが、それだけで終わるに足りえないほどの感情を、少女は旅路で得ていた。
芸術の少女はパートナーの舞を見るにつれて、その笑顔を消していく。
劇場の一つ満足に作れない導だが、しかし彼女の舞った地は安定した。
突き出た瓦礫も、彼女の足の間を避けていた。
記憶を見ることも叶わない導だが、しかし誰よりも彼女と硝片は意気を投げ合った。
アレの名前を少女は識っている。
アレは、才だ。
——————————ずるいなぁ
光は既に十分楽しんだ。
楽しむことに飽きようが楽しんだ。
その先で見つけた楽しみ方は、極めることであってしまった。
少女は、人には才能があると身をもって知った。
少女は、人には格差があると身をもって学んだ。
新たな娯楽は、目の前のパートナーに折られそうになっていた。
「すごいね、光。あの踊り方、すごく楽しい。」
「ありがとう、導。」
終わった直後であったが、導に息の乱れはない。
些細だが、それすら今の光には毒に見える。
光は、この世界の欠陥に苛まれていた。
それは才の格差なんて分かりやすいものではない。
この世界に、悪感情は不要とされた。
しかし光が考える者である以上、その誕生は止められなかった。
この世界に存在しない名もなき感情は、考える者の根幹にある思考————あとから「嫉妬」と識るもの。
識らぬものは消化できない。だがそれを教える世界はこの場にない。
光は、この先得体のない邪を咀嚼することも能わずに蝕まれていく運命を背負ったのだ。
たとえ、視線の先に居るのがたった一人の大切な人だったとしても。