転生アルビオン二号機 in カルデア   作:楼ノ卦

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1.花のお兄さんの裏工作

 

 

 

 

 この地に生を受けた時から、ぼくの視界の全ては暗闇に包まれていた。

 世界の何処よりも暗い、まるで冥府のような場所。それだけが、ぼくにとっての世界の全てだ。

 

 右を見ても、左を見ても、全てが闇。

 殺風景極まりない………いや、「風景」と言うのも烏滸がましいレベルのひどい景色である。

 しかし、それは仕方のないことだった。

 

 なんせ、此処は地下400km。

 この空間は地底の奥底の、さらに奥底とも言うべき場所に存在していた。しかし、この地下400kmというのは、本当に異常な深さだった。

 

  世界で最も天に高いと謳われるエベレストの標高が8.8km。つまり、人類がこの場所にまで到達しようとすれは、エベレスト45個分の深さの穴を掘らなければならないのだ。

 

 ………うーん。実に現実感の湧かない数字だ。現実感が無さすぎて、逆に、尺度としてピンと来ない。

 

 では、日本人に馴染みの深いもので例えてみよう。400kmという長さは、大体スカイツリー(634m)650本分くらいであり、富士山100個分にも換算できる。

 

 ……数字があまりにもデカ過ぎて、比較対象を身近なモノに変更しても、逆に比喩として機能していないなコレ。

 

 あれか?

 長さで比較しようとするからいけないのか?

 

 ……じゃあ、趣向を変えて、一番世界で最も深い場所。マリアナ海溝の深さを挙げてみよう。

 マリアナ海溝の最深部、チャレンジャー海淵。その深さは、水面下10,920mにも及ぶのだとか。

 

 つまり、地下400kmに住まうぼくは今、"地球で最も深いとされる場所"の何十倍も深い地点に居るのである。

 この手の度を過ぎた「深い場所」というのは、人間にとって未解明要素で満たされた未知の領域だ。その極まった神秘性は、我らが住まう星の彼方、「宇宙」という究極の探究対象にも並ぶとも言われている。

 

 人々は実感がないかもしれないが、実は、「深い」とは、ただそれだけで驚くべき事なのだ。それを突き詰めるだけで、「深さ」とは、この星における最高の神秘足り得るのである。

 

 地下400km。この地には、地表を照らす陽の光が差すこともないし、植物が生み出す酸素なんてものは一ミリもない。此処では、遍く生物が持つ筈の"ただ呼吸をする"という権利すら禁じられてしまっている。

 総じて、生き物が住むべき場所ではない。そう断言することができるほどの、過酷な世界であった。

 

 では、そんな地獄じみた世界で生存しているぼくは何者なのであろうか?

 

 勿論、マトモな生命体ではない。

では具体的に何処が真っ当ではないかと言われると、困ってしまう。なぜなら、その真っ当じゃない部位とは、言うなればぼくの全てであったから。

 ぼくの頭から尻尾までの全ては白亜の鱗で覆われており、四肢の指先には鋭利な鉤爪が伸びている。

 そして鱗が覆う顔の先、つまり頭に当たる部位には立派な角が生えていた。コレだけを聞けば、……新種のトカゲかな?ともまだ思えたかもしれない。しかし、最もおかしい箇所は、ぼくの背中にあった。

 

 地下400kmという、青く美しい大空に、最も遠い世界。

 そんな地の果てで生きるぼくの背中には、大空に羽搏くための巨大な翼があった。

 

 全身を包む鱗に、角と牙と爪、尾に翼。

 そう。ぼくは、空想における最強の生き物。ドラゴンであった。

 ……では、そのドラゴンは何故こんな地底の深くに居座っているのだろうか。その理由はただ一つ。この惑星最大の神秘を守護するためだ。

 

  「深い」という神秘の果て。その果てには、「星の魂が座す場所」へ続く大坑道があった。

 

 星の魂とは、惑星……つまり世界の核とも言える場所だ。

 しかし、これは星にとって恐ろしい事実でもある。なんせ、もし何者かが此処に至る事が出来れば、この「星の魂」へと王手を掛けることが出来るかもしれないのだから。

 

 ぼくは、それを危惧した「地球の意思」により生み出された星の守護者。かつて大坑道を進む中で力尽きた「最強の竜」をモデルケースにして作成された(ガイア)の怪物であり、星の最終防衛線を守護する生物兵器。

 

 言わば、星の門番(ゲートキーパー)だ。そんなぼくの使命に課せられたたった一つの使命とは、"坑道に侵入して来るものが来れば、それを完膚なきまでに屠る"こと。ただそれだけだ。

 

 だが、そのたった一つの使命と侮ってはいけない。このシンプルな使命はただそれだけで、ぼくという巨大な生き物を完全に此処へ縛り付けているのである。

 

 そうして勤めさせて頂いているこの門番の仕事、実は休憩も休暇も給与も存在しない。……すごいでしょう?

 どんな百戦錬磨のブラック企業従業員であっても、戦慄すること間違いなしの労働条件だ。でも、これも仕方のない事だった。

 なんせ、ぼくは兵器として生まれた生き物だ。企業での立ち位置として考えると、ぼくは労働者ではなく、あくまで備品として考える方が正しい。

 

 ぼくは会社で働いたことがないからわからないのだけど、会社の備品に休日がないことぐらいは知っている。

 それに、ぼくは備品として扱われることに特に嫌悪を感じることはない。

 なぜなら、ぼくという生き物は予めそういう風にデザインされているから。その使命こそが、最も優先すべき行為なのである。

 

 ……申し遅れたけど、ぼくはいわゆる転生者というやつだ。日本人の前世の記憶を持って生まれたぼくの来世は、地底の門番ドラゴンという、「なんともまぁ……うん」な転生先であった。  

 なんやかんや前世から引き継いだ現代日本人としての知識は上手く作動しているとは感じるが、前世通りの思考回路を完璧に保っているかと言われると、それは怪しいどころか……おそらく保ってないのではないか。

 

 

 なんせ、今のぼくは人外の生物兵器だ。もし前世の思考形態を維持していたら、ぼくは確実に地球に対しストライキを仕掛けている自信がある。

 

 ……確かにそう考えてみると、素朴な人としての感覚が麻痺し、前世から変質しまくった今のぼくは、まるで血も涙もない非人間的な機械のように思えるかもしれない。

 けれど、残念ながらそれは違う。今のぼくも、ちゃんとした生き物なのだ。

 ずっと同じ場所に座ってずっと同じ光景を見ていれば、退屈で欠伸だってしてしまうし。生きていくためには、毎秒の呼吸だって欠かした事もない。

 

 ………酸素のないこの地底でなんで息を吸ってるんだっていうツッコミは無しでお願いします。人間たちにとっては意味のない行いかもしれないけど、ドラゴンにとっては大切な行為なのです。

 

 そんなこんなで、ぼくはなんとか生きている。生と死、現実とユメ、新世界と星の内海。そんなあやふやな境界で、永遠に虚空を眺めているのは退屈ではあるが、別に気が狂うわけでもない。だから、今のぼくはこの生き方に概ね肯定していた。

 

 それでも、ぼくの心は完璧に満ち足りていた訳でもなかった。

 

 ぼくの人生に刻まれた唯一の心に残った蟠り。それは、孤独による寂しさだった。

 世界と星の内海に横わるこの境界に存在する生命体は、ぼく以外に誰も居ない。ぼくは生まれてこの方、ぼくは暗闇の中ずっと一人ぼっちだった。

 

『………』

 

 その事実は、ぼくの胸に、ずっと強く突き刺さっていた。この坑道にぼく以外の生命体は居ない以前に。そもそもこの惑星に、ぼく以外の純血の竜は存在しない。この惑星に生まれた竜は死滅し、生き残りは既にこの世界から離脱している。

 今やぼくは、この世界にたった一人遺された、最後の竜なのである。

 

 この世界に、同胞は居ない。

 それどころか、種族の壁を超えて友人たり得る生物すら居ない。

 

 その事実は、ぼくにとって本当にこたえた。横を向いても、上を向いても、下を向いても、そこには誰にもいない。この世界には、竜も、ヒトも、微生物すらも存在しなかった。

 

 ぼくは別に、ここから解放して貰いたいと思ってるわけじゃない。誰かに愛して欲しいワケでもない。

 ただ「この場所ってほんっとうに、退屈な場所だよね」と言えば、「それな」と一緒にぼやいてくれるヒトが欲しいだけだった。

 

 竜じゃなくてもいい。人じゃなくてもいい。

誰か。誰かいないのか。

 

『……淋しいな』

 

 しかし、想いを言の葉に出したとしても、現実は変わらない。ぼくはずっと一人ぼっちであり、これからの生涯でどんなに足掻いても、友の一人も得ることはない。

 

『……』

  

 しかし、人生というのは何が起こるか分からないものだ。

  僕が抱いていた 「一生このままなんだろうな」というぼんやりとした考え。ぼくがこの生で掴んだ唯一の成果たる諦観は、ある日を境にして、突如として崩れ去った。

 

 暗闇のみで構成されていた世界が、ふと薄紅色に煌めく。この生涯ではじめて目の当たりにした光。それはまるで、"夢"のような輝きだった。

 

 

「よっこらせ、と。……うん。上手く行った、上手く行った。ここは生と死、現実と夢の狭間。あやふやなこの空間は、私の領分にも近しいからね。空っぽの境界には、手を加えやすくて助かったよ」

 

 薄紅色の煌めきが消えた後、ぼくの目の前に不意にして現れたのは、白い外套を羽織った、まるで花のような男だった。

 その男は微笑を浮かべて、僕へ言葉を投げかける。

 

「というわけで。やぁ、はじめましてだね。名もなき竜の君。」

 

『───あ、あなたは』

 

「私かい?なぁに、ただの悪戯と女の子が大好きな、見ての通り、素敵なお兄さんさ」

 

『───。一介の人間が、こんな魔境に来れるワケがないでしょう。それは、素敵なお兄さんの範疇を超えてます。【人類史に名を刻むレベルの偉大なお兄さん】に改名すべきですよ。魔術師マーリン』

 

 

 ぼくの眼前に現れたのは、アーサー王伝説に登場する宮廷魔術師であり、世界屈指のキングメイカー。冠位の資格を持ち、星の台から今も世界の全てを見つめ続ける賢人。

 

 偉大なる大魔術師マーリン、その人であった。

 

「偉大なお兄さん……か。すまない、そこだけもう一回言って貰ってもいいかい?」

 

 前言撤回。なんですかこのナルシスト。

 

『…すみません。遠慮させて頂きます』

 

「そうか……残念だ。しょぼん。」

 

 萎れた花のようにしょぼくれてしまった眼前のイケメン。……言い過ぎてしまったか?

ちょっと彼が可哀想に思えてしまって、ついぼくは口を開いてしまった。

 

『……人類史に名を刻むレベルの偉大なお兄さん』

 

「おぉ……!いいね!話がわかるじゃないか、竜の君!」

 

 外套をバサァッと翻し、芝居がかった仕草で喜ぶ花の魔術師。

 なんだこの男……?

 

「ははーん。……さては今『なんだこの男……?』って思っただろう?」

 

『すごい。当たりです。でも、脈略もなく初対面の人にいきなり押しかけられてきたら、そう思うしかないでしょう』

 

「まぁ、そうだろうね。ごもっともな感想だ。……しかしまぁ、凄いよ、キミ。縄張りを踏み抜かれても尚、ここまでノリのいいやり取りをしてくれる寛容な竜がいるなんて。そんなの世界広しと言えど、キミぐらいだよ」

 

 "この舐めた話し方、普通の竜種だったら即殺されてもおかしくないんだぜ?"。飄々とした態度をとりながら、結構物騒なことを言うマーリン。ちょっと怖い。

 

『……そもそも、貴方を排除する理由なんて、ぼくには無いじゃないですか。だって、貴方は別に侵入者でもなんでもないですし。それどころか、門の内側(星の内海)の立派な住人です。ほら。城に住んでる貴人を血眼で排除する気を違えた城番なんて、貴方の宮廷生活にはいなかったでしょう?それと同じですよ』

 

「まぁ、それはそうなんだが。酔っ払いじみた因縁を付けてきた初対面の男に、ここまで対応してくれるタイプの城番はキャメロットには居ないかったからね。ちょっと面食らったのさ」

 

『酔っ払いじみた因縁を付けている自覚はあるのですね……』

 

 キャメロットの城番を務めた兵士は、自分たちの王を育てた宮廷魔術師にこんな絡み方をされていたのだろうか?だとしたら、兵士たちには同情を禁じ得ない。

 

「………星の番人、ガイアの怪物が一角。或いは、境界竜の後継機。そんな超存在が、ここまで穏やかな心を宿してるとは。うん。私の"目"に狂いはなかったようだ」

 

『……?なにか言いました?』

 

「ん?なんでも。こちらの話さ」

 

『はぁ』

 

 そんな調子で、このグランド酔っ払い絡み老人(お兄さん)と取り留めのない会話をして小一時間が経った。

 会話の相手は、世界に名高い賢者で在る筈だが、中身のある話をしている覚えがない。話の内容としては、実にくだらないものばかりであった。しかし、不思議なことに語り合う時間は自然とすぐに溶けてしまったのである。

 

 ずっと立ちっぱなしで話をするのはアレだったのか、話の途中から座り込んでいたマーリン。

 そんな彼がいきなり、ふと立ち上がる。

 

 

「───さて、そろそろ潮時かな」

 

『どうされました?』

 

「どうやら、そろそろ戻らなくてはならないらしい。いや、ほら。私って結構忙しい身だからね。塔に幽閉され身動き出来ないこの身だけど、やるコトだけはいっぱいあるのさ」

 

『アヴァロンから星の大坑道まで来ておいて、身動きが出来ないって、何のギャグです?』

 

 それに、やるコトがいっぱいだって?星見の塔で自らを幽閉し、閉じこもった彼にやるべき事なんてあるのだろうか。

 

「んまぁ…此処にいる私は本体じゃないからね。こうして分体を飛ばせば、神代にだって行けるのさ。まぁ、そうするには裏技が必須なのだけど。

……さーて、次は何処で油を売ろうかな」

 

『オイ。忙しいって話どこに行ったのです』

 

「あははは。それもそうだ。

……じゃあ、そうだね。仕事が山積みなのは確かなんだ。君の言う通り、そろそろ仕事の方に取り組むとしよう」

 

 そう言ってマーリンは杖を掲げると、彼の足元は淡く光る粒子となって消えていく。

 その様子を見ていると、彼が本当にこの場から消え失せてしまうという事実を否応でも理解出来てしまった。

 

 彼はずっとおちゃらけていたから、それに反応してやや辛辣めにぼくはツッコミを入れ続けた。その様子を側から見れば、ぼくはずっと不機嫌そうに見えていたかもしれない。

 しかし、本音を言うと。

 ぼくはマーリンと話せて、すごく楽しかった。

 

 なんせ彼は、「取るに足らない話がしたい」というぼくが長年に渡って(こいねが)った切望を、彼はさらりと叶えてくれたのだ。

 人生で絶対に叶わないだろうと思っていた願い。それをいきなりぶらりと現れて、いとも簡単に齎した彼は、間違いなく絵本に出てくるような「魔法使い」に違いなかった。

 

 地上の人間社会では何処にでもありふれている、取るに足らないであろう雑談。くだらない話。価値のない、中身の無い語らい。

 

 されど、これはぼくにとって、何よりも価値のあった黄金のひとときだったのだ。

 

 でも、それももう終わりだ。彼はもう消える。

この世界に、ぼくはもう一度ひとりぼっちとなる。

 

『………』

 

 

「おや。どうしたんだい?そんな浮かない顔をして」

 

 ならば。ぼくがすべき最後の言葉は────

 

『マーリン。別れの挨拶はさようならじゃなくて。これって、また明日でもいいやつでしょうか?』

 

 

 

 勇気を出して口に出した言の葉。

 彼は、どう答えるのだろうか。

 おそるおそる彼を見ると、淡く消えていく彼が微笑んだのが見えた。

 

 

「あぁ勿論だとも。また明日、だね。うん。それじゃあまた。

明日をお楽しみに!名もなき竜の君」

 

 

『───また明日!』

 

 

 そうぼくが答えると、淡く光っていた「魔法使いの姿」は、この空間から消え失せていた。

 

 あの消える一瞬、彼の顔は見えなかったけど。心なしか彼も、ぼくに「また明日」を言われ、少し嬉しそうにしていた。

 都合のいい妄想かもしれないけど、そんな気がした。

 

 




マーリンが打算抜きで忙しい中こんな魔境に来るワケねぇです
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