11.錬鉄の剣、竜の鉤爪、そして黄金の輝き
「〜〜〜♪」
全ての生命に、終わりがあるのに〜。
鼻歌を口ずさみながら、車輪付きのゴミ箱を引きながら、カルデアの廊下を歩いていく。目的地はゴミ処理区画。ぼくは今、食堂で生じたゴミを廃棄するためゴミの運搬していた。
カルデアの敷地はかなり広く、処理区画までの距離は結構ある。しかし、ぼくはサーヴァント。この程度の距離くらいはヘッチャラだ。少し早歩き気味な歩行速度によって、目的地の区画までの距離はどんどん縮んでいく。
そうして、すぐにゴミ処理区画に到着した。
先輩カルデアサーヴァントに教えて貰った通りに施設のパネルを操作し、ゴミ処理のための作業をする。……よし。これで大丈夫だ。
タスクは完遂した。ゴミ処理区画に踵を返して、食堂へと赴く。
「エミヤ。ゴミ捨て完了しました。他に何かやれる事はありますか?」
黒いボディアーマーを着た男が、こちらに顔を向けた。
「む。そうか、お疲れ様。……実は、ちょうどこちらの作業も終わった所でね。我々がこなすべきタスクは、これで全て終了した」
「………と、いう事はぼくとエミヤはこの時点で今日フリーってことですね」
「そういう事だ」
ぼくがカルデアに召喚されてから、一週間が経過した。人理焼却がなければ、今は西暦2015年の九月中旬に当たる。カルデアが真っ赤に染まってから一ヶ月半である。
あの憎きレフ爆弾によって職員の数百人が逝き、カルデアの運営は大きな打撃を受けた。今や、カルデアの残存職員は22名しかいない。生き残った者たちの尽力で組織機能は辛うじて生きているが、それでも一、二割程度の人員でこの規模の施設を運営は無理がある。
全身の血液の八割を抜き出されて、残された二割の血が悲鳴をあげながら全身に酸素を届けているようなものだ。このままでは、人理焼却の解明も果たせず、単純な人員不足でカルデアは自滅してしまう。
そこで、カルデアは守護英霊召喚システム・フェイトによって召喚されたサーヴァントに、運営の為の一助を託した。現在カルデアに召喚されたサーヴァントは大体三十騎程度。彼らに、彼ら自身の適正に合わせてカルデアの業務の一部を委託したのだ。
その委託は、一週間前に召喚されたぼくにも当て嵌まる。先の特異点ではマスターに食事を用意していたという事がカルデアに伝わっていたらしく、ぼくはカルデアの食堂係として配属された。
………カルデア・キッチン組だ!
すごい!カルデアの食堂というのは、椅子と食卓が数多く配備されており、食事の時でなくともサーヴァント達が多く
個人的に馬、子供鯖たちで構成される「ちびっこ王国」と並ぶと思う。
いやー!これはかなり嬉しいぞ!
カルデア配属部署ピックアップガチャSSRと言っても過言ではないだろう。なんせ、ここに配属されれば、最低限の出番が保証されているのだから!
「ネオス。このキッチンに君が配属されてからちょうど一週間が経ったが、どうだ?カルデアの環境には慣れてきたかね」
「そうですね………個性の強い英霊たちが闊歩するカルデアに、少々戸惑うところはありましたが。今はもう慣れちゃいました。やっぱり生物というのは、生きてる環境に適応する存在なんだね、って実感します」
「フッ。英雄になるような輩は畢竟、クセの強い者たちばかりだからな。私も含め、相対すれば面食らうのは当然だろう。……だが、順調に馴染んでいるようで何よりだ」
しかも、何より部署の先輩が優しい!
現段階でキッチンに配属されているのは、エミヤ、そしてぼくの二人だ。少なっ。しかもぼく来る前は、ある程度手伝ってくれる人員は居ただろうが殆どエミヤのワンオペだっただろう。
このカルデアはまだ第一特異点を踏破した直後となってるため、マスターと縁を結んだサーヴァントの総数が少ない。そのため、キッチン組のサーヴァントが殆ど召喚されていないのだ。しかし、もし第二特異点をクリア出来れば、カルデア・キッチン組のメイン人員であるブーティカさんとタマモ・キャットがカルデアに来る。そうすれば、サーヴァントの顔ぶれが大所帯になっても、食堂は対応出来るようになるだろう。二週間後に予定している第二特異点攻略が待ち遠しく思う。
………さて。今日のぼくに食堂の仕事はない。晴れて自由の身である。仕事を終えたサーヴァントには、行動の自由が認められるのだ。
そこからは、食堂で誰かと駄弁ってもいいし、体育館で運動をしてもいいし、レクリエーション室で遊戯に興じてもいい。
しかし、ぼくがやりたい事は既に決まっていた。
「エミヤ。今日の予定は何かありますか?」
「ないが。どうかしたのかね」
「実は、そろそろ微小特異点での資源回収当番の順番が回ってきそうでして。戦闘に慣らしたいのです。……模擬戦に付き合ってもらっても良いでしょうか?」
「シミュレータ戦か。いいとも。此処では私が先輩だ。折角出来た後輩には快く胸を貸そう」
「ありがとうございます!」
シミュレータによる模擬戦である。あの特異点以降、ぼくは戦闘をせずカルデアの業務に徹していた。だが、ずっと裏方に徹し続けている訳にもいかない。そろそろ出番がありそうなので肩慣らしを兼ねて、初めてシミュレーション・ルームを使ってみた……のだが。
「負けたぁ………」
「ふむ」
ぼくは四つん這いとなり、赤き外套の弓兵の前に首を垂らし無様を晒していた。
負けた……?!筋力Cが、筋力Dに?!
馬鹿な。スペックでは圧倒してる筈なのに……!実際、魔力ステ以外の全てをぼくは上回っていた。
「……君の本能に身を任せた肉弾戦は非常に強力だった。
だが、正直に言わせてもらおう。君の剣術の腕前については未熟も良い所だ。戦闘で剣を使うのは些か合理的ではないだろう」
「うぐっ」
……やっぱ駄目か、うん。
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エミヤとの模擬戦闘は、何回か繰り返し実践させてもらった。最初はどのように行おうかと彼と相談し。まずは、最初からお互いフルスロットルで戦い実力を確かめ合うことに決めた。
ぼくは両手の鉤爪と魔力放出と直感をフルで活用し、エミヤは竜種、幻想種特攻の武装を駆使しぶつかり合う。
その戦いでは経験、戦術、手札でエミヤが凌駕し。力と速度はぼくが上回っていた。
人生初めてのサーヴァント戦である。だが、初心者だからと言って負けるワケにはいかない。ぼくは全身全霊で彼を向かい合った。しかし………それ以上にエミヤも結構大人気ない手を使ってきたのである。
『
………ちょ!鶴翼三連だと?!それは、エミヤが編み出した彼だけの必殺剣。三対の干将・莫耶の投擲によって繰り出させる必中不可避の斬撃だ。
stay nightのとあるルートで、衛宮士郎がセイバーオルタに振るった絶技。その効果は、竜種の系譜相手にも実証済みである。その剣先は実際に、ぼくと同じ直感持ちたる彼女の肉すら断っていた。────ならば、むざむざ彼の布石に乗る必要はない。
ぼくは、超速で飛来した二振りの剣を鉤爪で"掴む"。壊れた幻想を使う暇さえ許さない。掴んだ刹那、ぼくはエミヤに剣を投げ飛ばした。その剣の投擲速度は音すら置き去りにして、赤い弓兵へと迫る。
『ぬ……!』
鍛え抜かれた鷹の瞳が、超速を越えた神速を以て迫る二刀の投影を解除する。エミヤ自身の投影宝具であれば、回避や防御行動を取らなくても良い。彼は瞬時的に、合理的な選択を選び取り、彼は次に来るであろうぼくの攻撃に備えた。………戦闘中の彼の所作を見てると、一つ一つが洗練されているのが分かる。なるほど。これが、現代人の身でありながら真の心眼に至った英雄の戦闘技能か。
読まれる筈もない、初見の必殺技の流れを"読まれた"という異常事態に直面しながら。彼は戸惑いを見せずに戦闘を続行する。
………エミヤよりも戦闘能力の高い能力を持った英霊は別に珍しくもない。別に、彼自身のステータスは特別高いワケではない。むしろ、接近戦をするには頼りないレベルだ。
しかし、彼の長所はそこではなかった。自身の広い手札と相手の手札を俯瞰し、切り詰られる無駄を全て省いて、文字通り自分が持ちうる力の全てを、戦場で最大限に発揮する。
故に彼の特性は、時に大物喰らいを可能とするのだ。かつて星の加護を帯び、十五の夜を未熟ながらも駆け抜けた衛宮士郎という少年の輝き。それを、エミヤという男は合理と戦術によって擬似再現していた。
……すごいサーヴァントだ。戦いを経て、ぼくは彼の人間としての"強さ"に敬服した。自身の単純性能以上の戦果を発揮する技術は、本能を頼るしかない怪物たるぼくには眩しく見える。
この時ぼくは、この男がぼくの先輩でよかった、と心から思えた。ぼくは、エミヤという英霊を心から尊敬したのだ。
………すごい!
人間の戦闘技術、超カッコいい………!
あれ、ぼくもやってみたい!
「すみません!
次、純粋な剣術勝負にしませんか!」
─────故に、ぼくは調子に乗った。
エミヤの術理に感化され、ぼくもあんな感じで戦ってみたい!と叫ぶアルビオン・ネオス。後輩に胸を貸すつもりで戦闘訓練に協力してくれたエミヤは、その頼みを快く了承してくれた。
……しかし、その結果は散々だった。自分の技量も把握出来ず、憧れだけで生じた勢いに任せぼくは剣を抜いてエミヤと対峙する。
そうしてぼくは先程の戦闘力がまるで嘘かのように、エミヤの双剣によってさらりと倒された。
「負けたぁ……」
それはそうだ。彼の振るう剣は、長年の研鑽と執念によって成り立っていたモノ。
素人がブチ上がったテンションで襲いかかっても軽くいなされて終わるのは、当然の結果といえよう。確かに理屈は分かるが、心根では納得し切れぬ……!
「……そう落ち込むな。魔力放出能力に、未来視じみた直感。そして、天賦を通り越して怪物と称せる程の異常な身体操作センス。君には、確かに剣の英雄として大成出来る素質はある」
「え……ほんとですか?!」
「………といっても、それは君がサーヴァントでなければの話だ。サーヴァントに成長という概念はない。所詮、我々はただの記録帯───
「え、でもぼく生きてますよ?」
「?!」
エミヤに、ぼくの召喚事情を説明する。
「─────なるほど。人理焼却というタイミングのみで成立した存在。生き霊としてのサーヴァントということか。………全く。そこは彼女と同じなのか」
死者は成長が出来ない。前に進めない。
彼らに出来る事があるとすれば、きっと今を生きる人々の背中を力いっぱい押す事だけだ。
故に、現在の危機との対決は、今を生きる人類に委ねられるべきなのだろう。
「アルビオン・ネオス。………君は強くなりたいのか?戦うのであれば、それこそ君の現状の戦闘スタイルであっても十分だろう」
それはそうだ。実際、あの特異点でもぼくは鉤爪と四肢の脅力だけで十分に戦えた。それだけで、ぼくはカルデアの戦力足り得ている。
マスターがぼくの剣士らしくない在り方を認めてくれた以上、わざわざ慣れない剣の道を行く必要はない。
「でも……鉤爪だけじゃなく剣でも戦えたら、なんかちょっとカッコよくないですか?」
もし、ぼくが剣を使ってダサい姿を見たマスターに、自在に剣を操って戦う姿を見せる事が出来たら。出来ないことが出来るようになったら、きっと彼女は驚くだろう。
"え、なんでネオスが剣使えてるの?!"
"それは、当たり前じゃないですか。ぼく、セイバーですよ?"
彼女の面食らった顔が見えたら、それはどれだけ痛快だろうか。彼女の顔を想像するだけで自分の胸が弾んでくる。僕が強いセイバーではなく、いつの間にか鬼のように強い剣士になっていたら、それはきっと面白いだろう。想像するだけで、自身の口に笑みが浮かんでくる。
エミヤはそんなぼくの口元を見て、ぼくの笑みに釣られて笑う。それは、皮肉屋な弓兵としてのニヒルな嗤いではなく。まるで、かつて少年だった男が、思わず漏れてしまったような笑みだった。
「ふっ。カッコいい………か。なるほど、それは重要だ。分かるぞネオス。男児たる者、秘密兵器や隠し球の一つや二つ、持っておくべきだ」
「……!そうでしょう!」
腕を組み、目を伏せて「うん、うん」と頷くエミヤ。さっすが、アーチャー!話が分かる。
「乗り掛かった船だ。此処はオレが君の面倒を見たいところなのだが………」
「?」
「君が剣を学ぶのであれば、師として適した者が居る。君と打ち合ってみて、剣のクセを見て確信したよ。君は彼女に師事するべきだ。
………なに、彼女の指導はオレには合わなかったが。君には噛み合うだろう」
「は、はぁ」
エミヤには、何か名案が思い浮かんだようだ。後方理解者がしがちな仕草をしながら、彼はずっと、笑みを浮かべ続けた。
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「えーっと確か、このシミュレーション・ルームだっけ」
エミヤとの模擬戦闘を行ってから、翌日。
彼から教えられた時刻と部屋番号を確認する。
どうやら、この指定された部屋にぼくの師範になってくれる者が居るのだという。
エミヤが推薦し、それを快く請け負ってくれたヒトか。おそらく、剣の心得がある者なのは確かだろうが一体誰なのだろう。
シミュレータのドアロックを開ける。
「すみません───」
ドアを開けると、そこは日本の道場が再現されていた。床には弾力性の高い木材が用いられており、奥には二本の掛け軸と鉢が飾られていた。
道場なんて行ったことない筈だが、この場所に、ぼくはきっと見た事がある。─────そう思ったのは、おそらく。この道場の真ん中で仁王立ちをしてる人物のせいだろう。
「あ、貴方は─────」
獲物の先端を床に付け、自身の前で両手を柄に組んだその姿。見間違える筈もない。
青い衣に、銀の鎧。そして竜が如き剣気。
「………アルトリア、ペンドラゴン」
キング・アーサー。ブリテンにおける伝説的君主。円卓の騎士を率い、数多の外敵から国を守護した理想の王が其処に立っていた。
「アーチャーから、剣を教えて欲しいと頼まれました。私はセイバー、アルトリア・ペンドラゴンと申します」
「は、はい。ぼくはアルビオン・ネオスと言います。剣の指南の件、承諾していただきありがとうございます」
そう言って、ぼくはお辞儀をする。
マジか!まぁ………アーチャーのツテがある剣士と言えば、当然彼女なのだが!アーサー王に剣術指南して貰えるとかカルデア、どれだけ贅沢なんだよ!
「………実を言うと、剣の指南を彼に頼まれてから、この時を楽しみにしていましてね。実は昔、とある人物の剣の修練を手伝っていたことがあったのです。今回はその経験を貴方の鍛錬に生かしたいと思います。………では、ネオス。よろしくお願いしますね」
「よろしくお願いします!」
その日、ぼくは剣の師匠に出会った。