ダ・ヴィンチちゃんにお小遣いを貰った日から五ヶ月ほどの月日が経過した。これくらいの時間が経つとなると、カルデアが達成した成果というものもそれ相応に増えてくる。
現在は2015年の3月。現時点で藤丸立香らカルデアは、第三特異点オケアノスを制覇し、そして第四特異点ロンドンの修復に成功していた。
第四特異点には、魔術王───ソロモンと初遭遇するという重要なイベントが配置されており、FGO一部の折り返しとも言える地点に我々カルデアは立っていた。
魔術王との初対面をしたマスターであったが、相手は冠位の英霊を騙る大災害だ。無事で済むわけがない。実際、あの時点で藤丸立香は生命こそ取られはしなかったものの、実のところ彼女は魔術王の邪視による呪いを掛けられていた。
あの場で魔術王がマスターを見逃したのは、「どうせ邪視による呪いにより遅かれ早かれ死ぬから」という、なんとも酷い理由だったのだ。あいつは、立香を"既に終わったもの"として見ていたのである。こいつぅ………
そして、彼女に掛けられた呪いを起点にして、魔術王が藤丸立香を殺す為に配置した"とある英霊"の暗躍がそこから始まる。
そのような特異点ならざるマスターの危機にビクビクしながら、ぼくはカルデアにて食堂務めのサーヴァントとして今日も今日とてカルデアのみんなにご飯を振る舞っていた。
本日の食堂の営業を終了し、後片付けと掃除を完遂する。そうして業務を終えてマイルームへと戻ろうかな……と思っていると。
「ネオス。ちょっといいかな?相談したいことがあってさ」
「おや。どうされましたか?ブーディカさん」
第二特異点セプテムの攻略により結ばれた縁により召喚されたライダーのサーヴァント。現在はカルデア食堂の同僚であるブーティカさんが、ぼくに話しかけてきた。
彼女は、ローマ帝国に叛逆した1世紀ブリタニアの戦闘女王ブーディカ。
ブリタニア……ブリテン島を愛し、それを侵す者と戦ってきた彼女はブリテン、英国等々……ブリテン島にまつわる後世の英霊たちを我が子の如く可愛がる。
そして一応ぼくもまた、今もブリテン島の地下深くで生き続ける生命の一つ。そもそも人間ですらなく、ブリテンの大地を踏み締めたこともない怪物たるぼくは、彼女にどう思われてるのかな……?と少し不安に思ったりもしたが。
『ねぇキミ、もしかしてブリタニアの子だったりしない?』
……といった具合で、彼女は気前よく面倒を見てくれていた。どうやら彼女にとって、ぼくもブリテンの子の一人ということらしい。
確かに、ぼくは彼女が活躍した時代よりも"後に"製造された生命だったので、人外であっても、ブリテン出身の後輩であることには間違いはないのだろう。実際、他の竜たちにとって見ればぼくはペーペーの若造だし。
竜としての稼働期間を反映したぼくの霊基は少年として形作られていたので、どうやら彼女はぼくのことを。世話のし甲斐がある「子ども」として扱ってくれていた。
それに、ぼくと彼女はカルデア・キッチンの同僚だ。故に共にキッチンに居る時間も多く、調理場という戦場にて五ヶ月も共に戦えば、いつの間にか以心伝心の戦友と言ってもよい仲になっていた。
食堂の業務の合間には、同じ同僚から新しいレシピを学んだり、お菓子を一緒に作って子どもサーヴァントのみんなで食べたり、ぼくの
業務の外でも、ブーディカさんは色々とぼくの面倒を見てくれていた。
そんな彼女が、ぼくに一体何の相談だろう。
「サーヴァントの部屋についてなんだけどさ」
「あー……もしかして、メフィストが持ち掛けてきたアパートの契約についてだったりします?」
「あら?ネオスも知ってたんだ」
あー、メフィストフェレスが動き始めたのか。
サーヴァント・キャスター。真名メフィストフェレス。彼はカルデアに召喚される前の時間軸に実は魔術王によって召喚されており、魔術王の命を受けてカルデアに潜伏しているサーヴァントなのである。
彼は生前に、恨み辛みを持って死んだカルデアのサーヴァントたちを「新居の勧誘」という体をとって、とある場所へと招き入れていた。
カルデアでは各サーヴァントにマイルームが提供される。しかし、その部屋は元が絶命した職員のものということもあり、利用にはかなりの注意点があった。
例えば、部屋にペットの持ち込みを禁止していたり、壁に張り物は御禁制であったり。そもそも職員用であるため、巨体のサーヴァントにとっては、部屋のサイズが合わず悶々とすることもあるのだとか、ないのだとか。
そういったサーヴァントの不満をうまく利用して、メフィストフェレスは"ある男"の指示通り魔の塔へとカルデアサーヴァントを閉じ込めていったのである。
彼の口車に乗ってしまったサーヴァントには申し訳ないがぼくから言わせると、そこにカルデアより好条件な部屋なんぞ存在しない。そもそも、特異点として成立する前からあの物件は入居者の精神をすり減らし、心を荒ませるために作られた文字通りの「変な家」なのだ。
うーん。
この物件、どこが変なのかなぁ……?
……それは控えめに言って全部だ。
内部の模様や塗装、ところてん型エレベーターだったり地下にヤベーモンがあったりと変な場所が多すぎる。なんせ、此処は空の境界のラスボスが作成した神殿だ。ロクな場所ではない。
つまり、このアパートメントの勧誘はメフィストによる圧倒的詐欺なのである。
甘い言葉で釣っておきながら、塔に閉じ込めサーヴァントを悪鬼として変性させる。
悪魔の名を冠するメフィストというホムンクルスは、あのにっくきマーリンを上回る悪質さを持った詐欺師なのだ。
もし、娘と国を蹂躙され、その怨みの果てに大義までも投げ捨て戦い続けたブーディカさんがこのマンションに入ってしまえば、確実に悪鬼として変性してしまう。そうなれば、敵味方の区別も付かず全てを蹂躙しようとする彼女に味方出来る者はいない。そのアパートで変性したサーヴァントを救おうとしたマスターに、介錯されるのがオチだ。
……というワケで、彼女をワザワザそんな場所へと送り込む必要はない。親しい人が怨念全開で狂ってるところなんて、見たくもないし。
そうだな……取り敢えず、断るようにアドバイスしておくか。
「ブーディカさん。うまい話というものには、裏があります。本当に敷金礼金ゼロで、マイルームよりも好条件の物件なんて提供してもらえるのでしょうか?ちょっと胡散臭くないですか?」
「うぅ……それもそうだ。でも、部屋は広い方がいいし。此処のマイルーム、私の国の城の自室より窮屈で少し落ち着かないし」
「確かにお城よりはマイルームは小さいでしょうね……」
あっ……そうでした。ブリタニアの傑物ブーディカさんは一国の女王だった。
それそうだわ。国の女王様が、一般人の自室程度の広さしかないマイルームを狭く感じるのは当然のことだ。それはしょうがないわ。
まずったな。王族と庶民の感覚とのズレとなると、こればっかしはしょうがなく思える。どうしたものか。
……と、考えていると。
突如、ぼくの顔の両側面に柔らかい感触が襲いかかってきた。その衝撃と共に、ぼくの視界は綺麗な茶色の毛並みに包まれる。
「ウム。とはいえ、オンネの言うこともワン・トルゥース。犬の
「……キャット?!」
「
ぼくの視界を手の平の肉球で包んだのは、ブーディカさんと同じく第二特異点攻略後に召喚された
彼女は知性と野生味に溢れたバーサーカーであり、その言動は理解困難。まるでネコじみた思考をする彼女の真意を悟ることは不可能に近いだろう。どうやら最近は、ぼくの顔面を手でむにむにするのにハマってるらしい。
彼女曰く、「時には月を。月には愛を。愛にはキャットを。キャットにはジャラシを。だが、時代はレッドガーデン。デンジャラスな刻こそ、竜の頬に教会を立てるべき」とのこと。
あーっ何言ってるかわかんないよ。
でも、肉球が心地よいので悪い気はしない。
それどころか、カルデアスに対する激情で荒み掛けた心が、この優しい触れ合いによって癒されている自覚すらある。
……とりあえず閑話休題。
ブーディカさんが目を伏しながら腕を組み、「うーむ」と唸る。
「でも、ネオスもキャットもそう言うなら、アドバイス通りにした方がいいんだろうなぁ。……なんせ、ブリタニアの『地平』を守護してきた冠位の竜のお告げだもの」
「キャットが聡いことだって、よく知ってるし」とも、彼女は付け加える。
「決めた。あのサーヴァントの誘いに乗るのはやめておくよ」
「
「ん?どうしたの?」
タマモキャットが、何か思いついたようだ。
「ネコの手でよければ、貸すのが道理。呪術はEだが本気を出せば奥義すら吐けるキャット故にな。空間拡張の術理ぐらいはできるぞ」
「え、部屋の空間を広げてくれるの?ありがとう、キャット!助かる〜!」
手を合わせて、ぱぁっと笑顔になったブーディカさん。どうやら、玉藻由来の呪術を使ってブーディカの部屋の空間を広げてるらしい。たしか、シャドウ・ボーダーとかもこうやって内部空間を確保しているのだっけ。
でも、よかった。彼女の悩みは解決したみたい。………にしても、スゴイなタマモキャット。バーサーカーなのに呪術も使えるとは。
本当にスキルが最低ランクまで下がってるのかと疑問に思ってしまうのは仕方ないだろう。
なんでEランクなのに、キャスター玉藻の奥義使えるんです?まぁ、キャットだからしょうがないか、うん。
「オンネ」
「ん?」
「虹色列車と運命をバックに詰めて背負ったとて、駆ければ獣は疲れる。それはしょうがない。荷物の中身はアタシも聞くまい。だが、休みたいトキはこの肉球に集合すべきともいう。だから、我が双峰の酒池肉林で午後休みでもアテシ的にはKOなのでそこの所よろしく」
………うん。彼女の言葉文面全てを理解することは出来ないが。それでも、どうやら彼女がぼくを真剣に心配してくれていることぐらいは、理解できた。
「ありがとうね、キャット」
「うむ」
柔らかいふわふわの手で、キャットが満足気にぼくの頭を撫でてくる。
正直彼女が狐なのか、ネコなのか犬なのか、五ヶ月経った今でも不明なのは事実。それでもこんなに心地よいのであれば、そんなことは些事に思えてきた。
──────さて。恩讐の男による試練が始まる日も近い。
キャットのアニマル?セラピーも効いてきた所だ。ぼくも、ぼくなりに出来ることをしよう。我が、親愛なるマスターのためにも。