03.ドキドキ!モンスター・バスター特異点
「───はぁっ、はぁっ」
腕を振り上げ、大地を蹴り上る。
ここ一、二ヶ月でよく行うようになった走るという行為。それを私は、ただ懸命にし続ける。
背後を振り返れば、三匹の小型の恐竜のような生物が私の背中を追い続けている。
「な、んでこんなコトに……!」
私、藤丸立香の運命は、献血に行ったことによって、あらぬ方向へと爆進してしまった。
ただ献血に行っただけなのに、茜沢を名乗る胡乱な男に拉致され。見当も付かない雪山の中にある地下施設に連れて来られ。そうしていつの間にか。世界を救う戦いの中心人物となってしまったのである。
冠位指定、グランドオーダー。
全焼した世界を取り戻すため、カルデアが発令された指令。未来を取り戻すための決意。
そんな壮大なスケールで執り行われるミッションに、ただの一般人である私は置いてかれないよう必死だった。
『なんで私こんなことになってるんだ…』と一人嘆く時もあった。『……家に帰れるのかな』と日常の日々を恋しく思う時もあった。
しかし、巻き込まれてしまった可哀想な被害者にいつまでも甘んじるワケにもいかない。
なぜなら。こんな私を「先輩」と慕ってくれる人がいたから。
殆どの同胞を失いながらも、人々の未来を取り戻す為に、日夜懸命に働く22名の人々がいたから。
───目の前で、手を掴むことができなかった人がいたから。
だから、未熟な私でも彼らの一員として、カルデアの冠位指定を達成するため、頑張ろうと思うことが出来たのだ。
そうして当初、半ば壊滅状態であったカルデアは、一ヶ月の修復作業、そして準備を経て。
第一特異点:オルレアンを修正することに成功した。それは、7つの特異点のうちのたった一つであったが。「私たちが気張れば、この調子で世界を取り戻せる」と私たちに希望を抱かせるには十分であった成果だった。
そうして、第一特異点修復から一週間後。
いつものようにマスターとしての訓練、タスクをこなしながら、私はカルデアで生活していた。私がカルデアに来てから優に一、二ヶ月が経ったものの、それでも私はペーペーの新人マスターだ。
少しは生活に慣れてきたが、やはりマスターとしてのトレーニングは結構キツイもので。そのままマイルームでグッスリ寝てしまった。
そうして、目が醒めると。
私は。どこであるかも分からない、謎の林で横になっていたのである。??????
今、私は夢を見ているのか。それとも、どこかの特異点へカルデアの命でレイシフトし、そのまま、その記憶を失ってしまったのか。
何が何だか分からず、ちんぷんかんぷんな状況だ。カルデアの制服は着ていたので、取り敢えず礼装を用いてカルデアに通信を試みたものの、全く繋がらない。
それどころが、何処からともなく現れた2、3mはある小型の恐竜の群れに襲われるハメになっていた。───なんで!?
訓練で行っていたように、自身の魔術回路を賦活させ、全身に魔力を流す。
初歩的な自己強化魔術すらままならない私ではあるが、実は、魔力による身体能力の活性化ぐらいは出来るのである。必死に頑張った、トレーニングのお陰だ。ぶい。
ただ、そんな貧弱な自己強化で怪物から逃げ切れるほど、現実は甘くはなかった。
土地勘もないまま、ただ林を必死に疾走する。そうして生存のために全力を尽くしていると、自身の身体は林を突き抜けていった。
林を抜け、眼前に緑以外の光景が広がる。
しかし、私には絶望的に運がなかった。
なんせ、林を抜けたその先は、文字通りの断崖絶壁だったのだから。
「………っ!嘘でしょ。逃げ道が」
首をおそるおそる振り返ると、そこには先程から追って来ていた小型恐竜たちが、「もう逃がさないぞ」と言わんばかりに私を追い詰めていた。
後ろに退路はなく、眼前には複数の敵。
隣には、私の頼れる後輩もいない。契約したサーヴァントもいない。
悔しいが……万事休す、という状況だ。
しかも、これだけでも私に都合の悪いことばかりだというのに、最悪なコトというのは立て続けに起こるのだ。
小型恐竜たちが這いずる地上から、ふと視線を移すと。
「────ワイバーン?」
2本の後ろ脚に、一対の翼を持った亜竜。
ワイバーンが、空から私と恐竜を目掛けて急降下して来ているではないか。
にしても……アレ、ワイバーンにしては大き過ぎない?!
小型恐竜たちの5.6倍ほどの大きさはありそうな大型ワイバーンが、空に軌道を残しながら、私たちへと迫る。
「────っ!
制服に備えられた限定礼装を起動する。本来はサーヴァントに付与する筈の、回避誘発魔術。それを自身にギリギリで掛ける。
魔術を掛けられた私の肉体は、ワイバーンの巨体による突撃を間一髪で回避する。横目に見ると、先程追って来ていた小型恐竜たちが、いとも簡単に押し潰されしまっている様子が見えた。
もし、礼装を起動してなかったら。もし、回避に成功してなかったら。自身が辿り得た未来を想起してしまい、背筋を冷やし、顔を歪める。
だが、自分が辿る可能性に怯える程の余裕は私にはなかった。なんせ、私は今。
巨体の突撃を回避した代償に、崖から真っさか様に落下していたのだから。
「───うわああああ!
やばい、やばい、やばい!」
非常にまずいことになった。
いつものように、マシュに着地を任してもらうワケにはいかない。私の持つ礼装では、私の貧弱な魔力では、落下の衝撃から生命を守り切ることは不可能だ。
しかも、この高さの落下だと、首を折る程度では確実に済まない。確実に息の根は止まる。
何か。何か、生き残るための術はないのか。
なけなしの頭をフル回転させても、その答えは出て来ない。
────ようやく、特異点の一つを修復出来たのに。まだ、残りは6つもあるというのに。
こんな、ワケの分からぬ場所で一人でおっ死んで。私は……私たちの旅は、ここで終わるのか。人類最後のマスターは、こんかところで野垂れ死ぬのか。
私は、生存を手放すのか。
「────そんなの、許して、たまるものですかぁ!」
その瞬間。
迫る地上ではなく、遠ざかる青空から。ふと、青空よりもなお蒼い、光の輝きが見えた。その蒼い輝きは一条の流星のように、私へと徐々に迫っていく。───そして、いつの間にか。私の目の前には差し伸べられた手の平があった。
「───そこの君、手を!」
「───────!」
何がなんだか分からない。だが生憎。
コレまでの修羅場を経て、採るべき決断を私は知っていた。
こういう時は、差し伸べられた手を、迷いなく掴み取るべきなのだ────!
掴んだ手の平が、ぐいっ、と空中で引き寄せられた。そうして私の身は、手を差し伸べてきた主によって抱き抱えられる。いわゆる、お姫様だっこというやつだ。両手で抱えられながら、私たちは空中から落下していく。
不思議なことに、その落下の速度も徐々に落ちていき。なんとか、無事に地上に降り立つコトが出来た。
「……はぁ、なんとか間に合いました。どうですか?ケガはありませんか」
私を抱き抱える主は、私に話しかけてきた。
「……それは、なんとか。でも、ちょっと腰が」
「なるほど。了解です」
そうして、私を抱えていた人は、私を地面へとゆっくり下ろす。その控えめな動作からは、「身体を痛めないように」という、その人からの細やかな気遣いを感じた。
私は地面へと座り込んでから、ようやく私を救い出してくれた人の姿を見ることが出来た。
私を助けてくれたのは、白髪と碧眼を携えた少年であった。背丈は、私よりやや低いぐらい。そんな彼は、白い衣の上に黒い鎧を纏っており、まるで少年騎士じみた出立をしている。
装備の意匠としては、どこか特異点Fで見たアーサー王に少し似ている気がしなくもない。……まぁ、永遠の少年たることを定められ、鎧を着込んだ騎士王のイメージに、私が引っ張られているだけかもしれないが。
その少年騎士は、両膝を地面に"ちょこん"と付けて、ちょうど私の視線と目が合うような位置になるように、しゃがみ込む。
座り込んだ人に上からの目線を向けるのではなく。相手と対等な位置で接しようとする態度には、彼の確かな誠意が見えた。
「では、改めて自己紹介をば。ぼくはセイバーと申します。以後お見知りおきを」
セイバー……!
やはり、彼はサーヴァントだった。
「助けてくれてありがとう。私は、カルデアの藤丸立香です……あっ、カルデアというのは、えーっと」
どうしよう。どこから説明すべきか。
「あぁ、すみません。カルデアの説明については大丈夫です。貴女達の現状については予め予習済みですから」
「えっ。カルデアを知ってるの?」
「はい!ぼくは、マ…人理から派遣されたサーヴァントですから。ぼくは、この特異点を攻略し、貴女を無事にカルデアへと帰すために召喚されたのです」
「そうだったんだ…」
「……まぁ、特異点に侵入出来たはいいんですけど、あくまでぼくは逸れのサーヴァントに過ぎません。出来ることも限られます。
────なので、リツカ。一つお願いがあります。この特異点限りとなってしまいますが、ぼくと仮契約をして貰ってもいいですか?」
「わかった」
令呪を脈動させ、彼と仮契約を結ぶ。
「うぉ……決断が早いですね、マスター。
ですが、契約の前に、何か聞きたいこととかはありませんでしたか?ほら、ぼくの真名とか」
「即断即決が、私の信条だからね。……といっても、カルデアに入るまではここまで思い切りは良くなったのだけど。……でも、セイバーのような戦力がないと、私は確実に死んじゃうじゃん?だから、契約しないという選択は実質ないようなものじゃないかなーって契約させて頂きました。
……どうかな?セイバーは、もっと慎重なマスターの方が良かった?」
「───まさか。テンポの良い方は嫌いじゃないです。よく考えて、その上で的確で早く決断を下す。そういう方と一緒なのは心強い。
では、改めて。ぼくのクラスは、セイバー。これより、我が身は貴女の剣となりて、貴方に立ち塞がる障害を切り伏せます。よろしくお願いしますね、マスター」
「うん。よろしく、セイバー。
じゃあ、はい。改めての握手を」
さっき彼が差し伸べた時とは逆に、私が先に手を伸ばす。そうすると、彼は微笑んで私の手を握ってくれた。
────その瞬間、大気を震わせる咆哮が、私たちの身体に襲いかかってきた。
「■■■■■■■■■!!!」
「っ、今のは」
「……さっきの、ワイバーン!」
空を見上げると、私たちの頭上の上に黒い影が空を舞っていた。先程、小型の恐竜たちを軒並み屍へと変えた張本人。ワイバーンが、こちらへ向かって来てるではないか。
ワイバーンはこちらへ堕ちるように向かってきていた。あれと私たちの距離は、ぐんぐん近づいていく。人間の手が届かぬ領域から、私たちに襲いかかるまであと3秒。
その刹那、目の前にいたセイバーが消えた。
いや……実際に消えたワケじゃない。彼は地面を蹴り上げ、恐ろしい速度で跳んだのだ。
空を駆けるように飛び上がるセイバーと、地へと堕ちるように飛来するワイバーンが交差するその瞬間。全長15mはある筈の亜竜が、大地へと吹き飛ばされた。叩き落とされたワイバーンは、私が座り込んでる場所から100mほど離れた座標へと衝突し、砂塵が舞う。
今、何が起きたのか。
彼のマスターになった今だからこそ、なんとか理解出来た。あの時、セイバーは身体を捻り、回して、亜竜へと蹴撃を打ち込んだのだ。
あの細い体躯から、どこからそんな力が湧いてくるのだろうか。……といっても、彼は魔術世界最強の使い魔たるサーヴァントだ。人のカタチをしながら、人智を超えた剛力を発揮するのはおかしくはない。
「馬鹿な仔だね、お前。
仮にも竜種の末席を汚すなら、誰に歯向かっているか理解し……って、そうだった。知覚できないのも無理もなかった。
……でも、わかったでしょう。これで懲りたら、疾く失せなさい」
「■■■■■■■■!!」
「あくまで、殺る気ですか」
セイバーもまた大地へと舞い降り、わたしを守るために前に立つ。その際、私の視界が、彼のステータスの一部を捉えた。
『魔力放出:A』
魔力放出スキル!
私とほぼ同じ体格の彼が、ここまでトンデモない力を発揮したのは、このスキルのお陰だろう。
……分かったぞ。彼はまず、魔力のジェット噴射で飛び上がり、そしてそのまま魔力放出で脚部にブーストを掛けて、ワイバーンを蹴り飛ばしたのだ。……だが、それは偶然だろうか。彼のそれは、かつて特異点で戦ったアーサー王の戦法と似通っていた。
「上空より堕ちた亜竜の生命境界を捕捉。
これより、あれを敵性生命体と設定します。
────マスター、戦闘許可を!」
「許可します!ぶっとばせー!」
「了解!」
少年騎士は、腰に差した鞘から剣を抜く。
右手に剣を握り、空いた左手の五指を軽く曲げる。そうすると、彼の籠手から黒い鉄の鉤爪が生成された。
だが、堕とされたワイバーンも黙ってはいられない。亜竜は私たちを焼き尽くすべく、口を開いて火球を飛ばす。
当たったら絶命は必然の暴火。飛ばされた火球は私の方へと向かっていく。しかし、それが私に届くことはなかった。
なんせ、セイバーが左手で火球を受け止め、そして、鉤爪で握り裂いてしまったのだから。
得体の知れない存在に、怪物たるワイバーンが慄いた。
「■■■■■■■■?!」
「さて、次はこっちの番だ」
そうして準備運動は万端だ、と言わんばかりに、セイバーは再び魔力放出でかっ飛び、ワイバーンへと強襲する。
そこからの戦いは、あっと言う間であった。
すれ違いざまに左手の鉤爪で、まず左足をズタズタに破壊する。歩行が困難になったらその瞬間、空中への逃走を抑えるべく、次は右手の剣を左翼へ剣を魔力を込めて叩き付ける。
無垢な雪山のような髪に、澄み切った青空のような碧眼。そんな麗しい容貌とは裏腹に、彼が行われているのは、遊びを入れない合理的な戦闘だった。
地上最大の生物たるアフリカゾウの2倍以上の体長を持つ筈のワイバーン。彼は戦闘を始めて10秒ほどで、その脳天に剣で貫かれ、生命を終了してしまった。
話の途中だがワイバーンだ!