銀鏡イオリ、倫理観ゆるふわ概念 作:雛烏
『――しかし、貴様もすっかり染まってしまったものよ。初めて会ったとき、人を殺めたと縮こまっておった貴様が、最早懐かしいわい』
轟々と、瀑布の流れ落ちる音が周囲に鳴り響く山中。岸壁と川、新緑が生い茂るそこは、まるで絵画の中の世界のようで美しい。
重力に従って落下する大量の水と、淡い日光によって形成された虹を愉快そうに見つめる、カマキリを思わせる細身の、70代ほどの男。
腕を組み、嘗てを懐かしむように呟く彼は、人ならざるオーラを撒き散らしている。
調子に乗った若いチンピラは疎か、数十年武術・武道・格闘技を経験した猛者でも、彼を倒すことはできないだろう。
『…師匠のお陰です。この心と身体があるのは』
『くはは…!嬉しいものよ。だが、幼気な少女に教えてやるのは、これで最後にしたいもんじゃわい。儂には女心ちゅうもんが分からんからの、やり辛くてしょうがないわい』
銀髪をツインテールに結った、160もない背丈の少女の謙遜気味な言葉に、彼は気を良くしたように、それでもどこか悲し気に応答した。
本来、少女は強気で真っ直ぐな性格の持ち主であり、普段の言動にもその片鱗が見え隠れしているのだが、今の彼女は何処か達観したような、悪く言えば感情が死んでいるように見えた。
『もう、行くのか?』
『はい。もう、師匠たちには数え切れないほどお世話になりましたから。…行き場のない私に居場所をくれたこと、心身を鍛えてくれたこと、全身全霊を以て感謝します。…今まで、お世話になりました』
漆黒の装いに身を包んだ少女の一礼に、しかし男は振り向かなかった。
『…よいよい。あの時、見捨てるのも心苦しかったからの。儂も、久々に若い教え子ができて楽しかったぞ。…死ぬなよ。無事、故郷へ帰れるよう祈っておいてやる』
師の言葉を受けた少女は再び一礼すると、踵を返して歩き始めた。
「…故郷が
男の独り言は、大自然の中へと溶けていった。
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「委員長!!イオリ…イオリが…!!」
「…!!」
行政官の天雨アコが、息を切らせて風紀委員会の執務室へ飛び込んできた。
安堵と驚きの混じったその言葉。主語のない報告を咎めることを私――空崎ヒナはしなかった。
「見つかったの!?」
「はい!今、救急医学部に搬送されました!」
――3週間前、我が風紀委員会の突撃隊長銀鏡イオリが行方不明になった。
いつも通り、不良生徒の鎮圧に向かっていた彼女が帰還しなかったことが、すべての始まりだった。
最初こそ、不良たちの仕掛けた罠にハマって動けなくなっているのではないかと思い、さらに書類整理やら前線勤務で忙しく、放っておいてしまったのだ。
彼女が直率する中隊が一息に全滅するとは考えにくいし、2~3時間もすれば部下や後輩に助けられて帰ってくるだろうと思っていた。
しかし、中隊の次席指揮官である第一小隊隊長の切羽詰まった報告が、私たちに冷水を浴びせた。
不良集団の鎮圧自体は直ぐに終わったらしいのだが、現場の事後処理の最中に、イオリは忽然と姿を消したのである。
連絡もなしに、誰にも気付かれることなく。
無論、風紀委員会はあらゆる手を以て彼女の捜索にあたった。
任務地域の捜索は無論、ゲヘナ全土、果てはキヴォトス全域にまで。そして各学校や連邦生徒会、連邦捜査部『シャーレ』の先生まで巻き込んでの大捜索。
意外にも万魔殿が早期に動いたため、連邦生徒会長の失踪による治安悪化の影響が響いている中、多くの組織が協力してくれた。
考えてみれば、自校の生徒が行方不明になって動かない生徒会など、内外からの批判に晒されるのは確実だ。マコトはそれを嫌ったのだろう。
ミレニアムには劣るだろうが、ゲヘナも情報社会だ。捜そうと思えば、全ネットワークを駆使して足取り程度は追えるはず。
そう思っていたが…無情にも見つからなかった。何処を通ったか等々、そんな些細な手掛かりすらも。
もう、イオリ自身が自らの意思で、何らかの方法で消えたのではないか…と思えてくるレベルである。
キヴォトスの外へ、何者かに拉致された…そんな結論に至るまでに時間はかからなかった。
――だが3週間後、イオリは唐突にゲヘナの路地裏へ現れた。
「運ばれたイオリさんを診たとき、一瞬最悪の事態が過りました」
「そ、そんなに…?」
救急医学部の病棟にて、イオリの病室へ案内されながらセナの話を聴いていたが、発見時の状況はかなり異質だったらしい。
まずは服装。
金のモールで飾られた黒のシャツと白いネクタイ、黒色のミニスカート、そして黒い革製のロングコートを羽織っていたという。
そして何より…身体中が血に塗れ、夥しい数の傷があちこちに刻まれていたのだ。
既に塞がっている古傷の数も尋常ではなく、それらを含めれば百は軽く越えるであろう。
「あれほど傷を負った患者は見たことがありません。…不謹慎であることは承知ですが、本気で死体なのではないかと疑いました」
銃撃や弾片が直撃する程度では、痛みこそあるものの傷痕が残ることはない。
それが当たり前なこのキヴォトスにおいて、異常と言える現象がイオリの身に起きていた。
あの子の身に何が起きたのか、あんなことをしたのは誰か、何故そんなことをしたのか…疑念と怒りは増すばかりだ。
途中、イオリの経過観察を担当していたチナツと合流した。
「チナツ、イオリさんの様子は?」
「あ、委員長にセナ部長。ぐっすり眠っています。傷が開く様子もありません。ですが…」
言い淀むチナツを見て、セナも重い口を開いた。
「あれだけの傷を負わされたのです。精神面への影響も無視できません。治療は気長に行うしかないでしょう」
「そう…なのね」
血塗れで傷だらけだった…という報告は聞いたが、詳しい容体は不明だ。傷はどの程度深いのかは、見てみなければ分からない。
セナやチナツがそう判断する位なのだから、相当傷だらけなのだろう…と想像するだけだ。
暫くイオリがいなくても委員会を回せるようにしなければと考えている間に、イオリの病室にたどり着いた。
セナが解錠し、引戸を開ける。
「…え?」
「…!」
部屋に足を踏み入れたチナツが頓狂な声を発し、次いで入室したセナは顔色を厳しいものにした。
「イオリ…!?」
足を止めた2人の横を通り部屋を覗く。
先程までベッドに寝ていたらしいイオリが、窓際へ立っていた。
病衣を纏った彼女は、ただゲヘナの街並みを眺めている。
「…起きたのですかイオリ!ちょっと…勝手に点滴を外しては…!」
チナツが駆け寄り、イオリの左腕を優しく掴む。
点滴を行っていたようだが、起きる際に邪魔だからと自己抜去してしまったらしい。
「…え?」
点滴の自己抜去をすれば、少なからずの出血は免れない。
だが、何故かイオリの腕から血は一滴も滴ることはなかった。血を全部抜かれたのかと思わされるほど。
そんな彼女は、呆然としているチナツを他所に、何やらブツブツと独り言ちる。
「ゲヘナ…そっか、帰ってきたんだ…」
病み上がりというのもあるだろうが、私が知っているイオリの声より低く感じた。
故郷へ帰ってこれた嬉しさも何もない、淡々と現状を把握する言動。底冷えするような、冷たい声色だった。
「…イオリ」
言葉にできない違和感を感じつつ、私は呼び掛ける。
彼女はゆっくりと私の方を向き、久々に見るその顔が露になった。
「っ…!?」
思わず目を見開いてしまった。
左目を縦に横切るように、顎にかけて一直線の傷痕が刻まれていたのだ。
両目は共に細まり、目付きがいつになく鋭い。冷酷な印象を醸し出している。睨んでいるわけではないのに、背筋が震えそうになるほどの視線を私に浴びせている。
傷が横断している左の赤い瞳は、若干濁っているように見えた。傷を付けられた際に、眼球もダメージを受けたようだ。
「…委員長、久しぶり。ごめん、何も言わずにいなくなって」
「そんなこと…一体何が――」
「ヒナ委員長…」
この1分足らずの間でも、豹変と言えるレベルでイオリが変わってしまったのは分かる。
何があったのかを訊きたかったが、精神面での消耗を危惧したセナが止めに入った。確かに、トラウマを呼び起こす可能性は十分にある。無神経だと反省した。
(…あの顔の傷は、相当前から付けられたものかと。検査はこれからですが、恐らく視力はもう…)
「…」
セナの耳打ちに、身体から力が抜けそうになる。
もう、イオリの左目は見えないのだ。
「…あぁ。私の左目、もうほぼ見えてないよ」
聞こえていたのか、イオリは自身の左目について補足する。
しかし、何故そんな他人事のように言うのだろう。
「い、イオリ、貴女、もう目は見えないんですよ…!?」
震える声で、チナツが私の心を代弁してくれたが、そんな後輩の声すらイオリには響いていないらしい。
「目なんてもう1個ある。大丈夫」
「「「…!?」」」
片目の失明など問題ではない、心底どうでもいい――言外にそう言っているようだった。
「…と、とにかくです。イオリさん、勝手に点滴を抜かれては困ります」
「…わかった。刺して」
ほぼ聞くことのないセナの戸惑った言葉に、イオリは素直にベッドへ腰掛け、腕を差し出す。
きっと、負傷によりメンタルが不安定になっていたことによる一時的な精神異常なのだろう。すぐに元へ戻る…そう自身へ言い聞かせる。
すると、思い出したようにセナへ訊いた。
「…私の荷物ってある?」
「荷物…あの鞄のことですか。現場に落ちていまして、回収しました。私たち救急医学部の方で預かっています」
イオリが行方不明になった日、彼女の愛銃である"クラックショット"が担当区域に落ちていたと聞いている。
キヴォトスの外にはほぼ身一つで放り出されたはずだ。もしや、発見時に着ていた見慣れない服共々、外で入手したものだろうか?
「今日にでも、万魔殿が今回の騒動の証拠として回収に来るかと――」
喋りながらも手際よく代わりのカテーテルを準備するセナがそう言いかけた途端、病室の扉が大きな音と共に開け放たれた。
「キヒヒヒヒッ!漸く帰ってきたようだな、銀鏡イオリ!」
「マコト…」
「マコト議長、院内はお静かに願います」
五月蠅い奴が来てしまったものである。
万魔殿議長の羽沼マコトだ。護衛の生徒を4名連れ、ニヤニヤとした笑みを浮かべつつイオリが腰掛けるベッドへ如何にも偉そうに歩いていく彼女は、黒い鞄を持っていた。
イオリは相変わらずの無表情で嫌な上司を見る。前のイオリなら分かりやすく「うげ…っ」とでも言いたげな表情を浮かべるところだが、視線と顔を向けるだけで、眉一つ動かさない。
「…随分と醜悪な顔になったものだ。それに、前の方がまだ可愛げがあったぞ?」
「ちょっと、マコト…!」
常日頃から風紀委員会を見下す発言が目立ち、もうそれらにも慣れているが、流石に傷だらけで帰ってきた後輩に対してのこの物言いは見過ごせない。
きっと、イオリが行方不明になった際の混乱で各方面に出向かざるを得なかったこと、有力な風紀委員の1名がいなくなったことでチンピラやヘルメット団、著名なテロ集団の犯罪行為が活発化したことへの嫌味だろう。
ただ、言われている本人は露ほども気にしていない。寧ろ、マコトの持つ鞄の方を気にしている。
「…それ、返して」
「何?」
「返して」
相変わらずの無表情で鞄を返すよう求めるイオリだが、これで大人しく返すようなマコトではない。ただでさえ風紀委員を下に見、独占欲も強く、欲しいものはどんな手を使ってでも手に入れるような奴だ。
「キヒヒヒヒッ!返すものか馬鹿者!何が入っているかは知らんが、此度の騒動に関する物品は、全て我が万魔殿の管理下に――」
マコトが言いかけた途端、ベッドへ座っていたイオリが
――ドガッ!!
「――がふぉっ!?!?」
マコトの1歩前にいた護衛の万魔殿生徒の胸のど真ん中*1に、イオリの右拳――正確には人差し指の第一関節*2がめり込んだ。
完全なる不意打ちで喰らった生徒は苦悶の声を上げて吹っ飛び、薬が仕舞われた棚に背中から叩きつけられて動かなくなった。
「「「――え?」」」
棚が崩れ、ガラスの割れる音が部屋に響く中、私を含めた一同は頓狂な声を上げてしまった。
唐突な暴力行為――それも上位組織の一員に対してあまりにも躊躇なく――にも驚いたが、攻撃の初動が全く見えなかった。
訓練では、イオリの攻撃は速いし威力も大きいが、初動の動作が大きいため、避けるのは私からすれば容易いものだった。
しかし、今の攻撃は言葉通り『気付いたら相手が吹っ飛んでいた』。
「な、何を――げふっ!?!?」
次いで横薙ぎに腕を振り、右横にいた生徒の腹部へ手首を思い切り叩き込んだ*3。
此方もまた吹っ飛んで壁に直撃し、壁面へ大きな罅割れを生じさせた。
吹き飛ぶ瞬間、生徒の持つ
――ズドォッ!!
「「ぐあぁっ!?!?」」
「ひ…っ!?」
横腹を思い切り振り抜かれた生徒がもう一人を巻き込んで吹き飛ばされた。こちらは壁を突き破って隣の空き部屋へ入室。瓦礫に埋もれた生徒の惨状にチナツが怯えたように声を上げた。
イオリの持つ小銃は銃身がひん曲がり、木製のストックが途中で砕けていた。相当の力で振られたのだろう。
「…きっ、貴様正気か!?万魔殿のメンバーに手を上げるなど、このマコト様の権限で貴様を退学に――」
何やかんや、マコトは万魔殿のメンバーに気を遣ういい上司だ。…風紀委員会からすれば悪印象しかないが。
護衛を蹴散らされた彼女が見るからに狼狽え叫ぶものの、イオリは意に介さずにマコトを床へ押さえつけた。
「――んごぉぉぉっ!?!?!?」
いつの間にか手に持っていた擲弾発射器――セナの持つグレネードランチャー。近くにいた彼女のホルスターからくすねたようだ――を、なんとマコトの口の中へ突っ込んだ。
えげつない攻撃に、止めに入ろうとした私は思わず足を止めてしまう。流石に口内へグレネードはマズい。
「…っ!!イオリやめて!!」
グレネードを持つ右手にしがみ付き引き剥がしにかかるが…。
(…っ!?!!何、これ…!?)
直ぐに取り押さえられると思っていたが、微動だにしない。膂力が私を上回っているというよりも、体幹や身体の使い方が異常に優れているように感じる。
力任せに引き剝がそうとしてもその力を流され、上手く伝わっていないらしい。
「だ、ダメですイオリ!やめて…やめてください…!!」
チナツがマコトの首を掴んでいる左手に掴みかかり引き剝がそうとするが、戦闘が本職ではない彼女の制止など意に介さない。
「手荒ですが…仕方がありません」
――プシュ…ッ
セナが麻酔液らしい液体が充填されたシリンジをイオリの首筋へ打ち込んだ。
かなり即効性があるものらしく、イオリの動きが若干鈍り、その隙を衝いて何とかグレネードランチャーをマコトの口から引き抜き、膂力にものを言わせて取り上げた。
だが、それでもイオリは止まらなかった。
――ガリッ!!
「んな…っ!?」
押さえつけていた彼女の右腕が、唐突に私の手からすっぽ抜け、振りほどかれた。まるで急に掴み所がなくなったかのように。
戒めがなくなった右腕を容赦なく振り、人差し指と中指を結んだその先端*4で、マコトの顔面――それも眼球を抉ろうと薙ぎ払う。
幸いにも、麻酔の影響で目測が狂ったのか、イオリの指はマコトの顔の横を掠め、大理石の床を線上に抉った。
(…っ!イオリ、なんて攻撃を…!!)
床を抉ったイオリの指の威力を見、背中に冷たいものを感じた。
今のを眼球に喰らえばかなりの痛みが襲うだろう。人によっては失明もあり得る。
たかが指先の威力にも驚きだが…そんな危険な攻撃を躊躇なく繰り出すとは、性格だけでなく倫理観すらも変わってしまったのか。
「…」
床に崩れ落ちたマコトが落とした鞄を拾い上げると中身を漁り、手際よく武器を取り出す。
「げほ…!?ひっ…な、何だそれは…!?」
「え…!?」
銃か…と思ったら、イオリの手には湾曲した刃渡り30センチ程の片刃の剣*5が握られていた。
肉厚で、鋭く研がれた見るからに相手を容易く断ち斬れそうな、銃撃戦ばかりなキヴォトスではまず見ることのない刃物。
しかし、鈍く輝く刃が醸し出す殺意・威圧は、銃のそれを上回る。
それを軽く回して遠心力を稼ぎながら、腰が抜けてへたり込むマコトの脳天に…
「――ダメッ!!」
――ガキィンッッ!!
叩き込まれる瞬間、私は両者の間へ割って入り、振り下ろされる凶刃を"終幕・デストロイヤー"で受け止めた。
予想以上の剣戟の重さに思わず顔を顰める。
「イオリ、これ以上はダメッ!!貴女、下手したら人殺しになるかもしれないのよ!?」
大袈裟かもしれないが、そう言ってイオリの戦意を削げれば…と思った。
実際、銃撃が痛いで済む程度なのだから、あの剣でも殺めることはできないだろう。…死ぬほど痛いだろうが。
「…だから?」
「「「……っ!?!?」」」
だからどうしたと、「何でそんな今更なことを訊くのか?」と言いたげな顔で、イオリは言い放った。
今までと変わらない無表情で、人を殺めることに何の感情も抱いてないように見える。
異常に強くなったこと以前に、そんな思考を持っていることが恐ろしくなる。まさか、イオリはもう既に誰かを…。
「――一体何の騒ぎですか、マコト先ぱ…!?」
状況に似合わない気怠い声と共に、新たな訪問者が病室を訪れる。
モップを思わせるフワフワとした赤毛が特徴的な万魔殿の生徒、棗イロハだ。マコトとは違って、何やかんや話ができる人物である。大方、マコトの付き添いで来たのだろう。
普段通りの声色で、表情も面倒臭そうなものだったが、病室の惨状を見た途端に固まった。
「え…と、イオリさん…がやったんですか?ヒナさんではなく?」
「…私だってここまではしないわよ」
恐怖のあまり白目を剥いて気絶しているマコトの前に立って守っている私という構図から、病室の惨状はイオリによって作られたと察したイロハは、信じられないと言いたげにイオリを見る。
「私は荷物を返してほしいだけ」
当の彼女は、剣を下ろして端的にそう言うだけだ。
「……まあ、いいでしょう。そうまでして取り戻したいのでしたら、荷物はお返しします」
「え?そんな簡単に?」
あまりにもあっさりと引き下がったイロハに面食らう。万魔殿では比較的話の分かる生徒とはいえ、欲がないわけではない。
「マコト先輩の事です。『風紀委員の私物だから』とか、そんな理由で取り上げようとしてるだけでしょうし。まぁ、今回の件で何があったのかを確認したいというのは本音でしょうが…私の一存で返却します。マコト先輩には適当に話を通しておきますので」
これ以上喧嘩騒ぎを大きくするわけにはいきませんし、と話を締め括る。
その言葉を聞き、イオリは黙って鞄を肩へかける。威嚇するように、ただでさえ鋭くなった目付きをさらに鋭利なものにして、ただ無言でイロハを見つめる。
(((…っ!!)))
『その言葉、反故にしたらただじゃ置かない』…そう言っているような気がした。殺気が途轍もない。心臓を握り潰されそうだ。
イオリの威圧は、私含めたその場の全員を圧していた。
「…取り敢えず、私たちは失礼させてもらいますよ。病棟の修理は万魔殿が手配しておきます、セナ部長」
この場所から早く立ち去りたい一心なのか、やや早口でそう言ったと思ったら、気絶したマコトを万魔殿生徒に回収させ、そそくさと退出していった。
「…」
無言でその様を眺めていたイオリは、鞄をベッドへ置いて自らも腰かけた。
恐る恐るといった様子で、セナが話しかける。
「そ、その、イオリさん。その鞄の中身を確認させてもらっても…」
イオリの鞄から出てきたナイフ。病院内に持ち込むべきではない危険物がまだ中に入っているかもしれない。
それを確認しなければならないのだろう。
「…」
「…ッ!!」
セナをキッと睨みつけ、ナイフを握る手に力が籠められる。鋭い視線を浴びたセナは背筋をピンと張って後退った。
「………わ、分かりました。何が入っているかは分かりませんが、最低でも院内で武器を振り回すのは止めてくださいね…?」
(…というかイオリ、打ち込まれた麻酔は…?なぜ平然としてるんですか…!?)
断るものならまた暴れるかもしれない…そう考えたセナは、身長に言葉を選んでそう伝えた。
チナツは、即効性の麻酔を打ち込まれたにも関わらず、眠らずに平然としているイオリに目を剥いている。
「…」
セナの答に一定の満足を示したのか、相変わらずの無表情のまま、興味を失くしたかのように彼女から視線を外す。
鞄から棒ヤスリのような器具――ナイフシャープナーを取り出し、先程のナイフを研ぎ始めた。
死んだ目をしながら、無言で、黙々と。
(イオリ…一体何があったの…?)
その様子に、私は何も言えなかった。
ブルアカキャラが闇落ち(テラー化に非ず)というか、死生観や倫理感が歪むシチュ、最近ハマッています。
他作品の執筆もある為遅筆ですが、何とかやってきます。
ちな、Youtubeで武術の動画見てエグイ技とか参考にしてます。
後、どうでもいい情報かもしれませんがこのイオリちゃんは非処女です。←(!?!?)