銀鏡イオリ、倫理観ゆるふわ概念 作:雛烏
『う…あれ?ここは…?』
何時間倒れていたのか判然としない。
いつも通り、不良の鎮圧の為にゲヘナ郊外へ部隊を率いて出向いた筈が、私――銀鏡イオリは廃墟の中で横になっていた。
任務で向かった区画も廃墟が建ち並んでいるが、そことはまた趣が異なる造りである。
『う゛っ…!?何だ、この臭い…!!』
思わず鼻を摘まむ。
まず飛び込んできたのは硝煙の臭い。これは、日に最低1000回は手榴弾が爆発しているゲヘナ出身の私からすればいつものこと。
それに混じって鼻腔を刺激する臭いが問題だった。
例えるなら…日向に一週間放置した生肉の臭い。それに混じって鉄の臭い、何故か生イカのような臭いもする。
気を抜いたら胃の中のものを全て吐き出しそうだ。
『…って、銃無いのか…』
取り敢えず、情報収集の為周囲の散策をしようと思ったが、愛銃"クラックショット"が手元に無い。
サイドアームのワルサーP-38ハンドガンは太もものホルスターに収まっていたが、やはりメイン武器の喪失は痛い。
『さて、どうしよ…ん?』
手元に残ったハンドガンを構え、姿勢を低くしたまま、部屋の扉を開けようとしたとき、その向こうから声がした。
男性の怒声と女性の悲鳴。か細いあまり内容は分からないが、壁を叩き、床を踏み鳴らしているような物音もすることから、取っ組み合っているのかもしれない。
だとしたら、風紀委員として見過ごせない。
「お前ら何して――」
蹴破るようにドアを開け、怒声を発しながらP-38を構える。
「――え?」
目に入ったのは、レッドウインターでよく見られるアサルトライフル――AK-47を持った2人組の男。連邦捜査部"シャーレ"の先生と同じ、ヘイローのない人間の男性だ。
2人は下半身を脱いでおり、下種な笑みを浮かべて息を荒げている。
彼らの足元には、中学生程度思われる少女が寝転がって怯えていた。胸元の衣服が引き千切られたかのように開けられており、下着が見えていた。
明らかに強姦の現場。
キヴォトスでも、主に獣人系列の大人によってこういった犯罪が起きている。
女としての本能が危険信号を発しているのか、声に気付かず獲物を堪能しようと試みる男2人を、ゾワリとしながら暫し見つめる。
というのも、性犯罪の現場に出会したのは今が初めて。仮に、あの男たちがすぐ制圧できるほど弱いとしても、本能的な恐怖で身体が固まってしまう。
(…っ!!呆けてる場合じゃない!!)
少女を救わねば…その結論に至った私は、P-38の照準を男の肩に合わせて発砲し、隣で俺が先だと言いかけた相方の二の腕にも撃ち込む。
『う゛っ!?』
『があっ!?』
射撃と同時に飛び出し、2人の間を抜けて少女の元へ滑り込む。
『大丈夫!?』
『…え?え…??』
少女の顔を覗き込む。服を剥ぎ取られただけで殴られたりはしていないらしい。状況に追い付いていないらしく戸惑っていた。
有無を言わさず彼女をお姫様抱っこで抱え上げ、廃墟から脱出を図る。
規則違反者を銃片手に追いかけてきた身だ。この程度は容易い。というか、この少女が軽すぎる。しっかりと食べているのだろうか?
(追ってきたらマズいか…)
撃たれた男たちが体勢を立て直して追撃してくるのを警戒し、先程9ミリ弾を撃ち込んだ2人に目をやる。
『あっ…痛ぇ…!』
『畜生…っ!あぁ…っ!』
2人とも、血を流して崩れ落ちていた。
『え…っ?』
性犯罪の現場へ遭遇した衝撃で忘れかけていたが、彼らは"シャーレ"の先生と同じ、ヘイローを持たない人間だ。
小口径の拳銃弾でも致命傷を負う程、身体は脆い。それは彼らにも共通している。
止めどなく流れ落ちる鮮血。
未成年に対して性的暴行を働く輩とはいえ、銃撃戦での流血などない、そして殺人を何よりも重い罪としているキヴォトス出身者である私は、足を止めずにはいられなかった。
もし、頭や心臓を狙って撃っていたら…。
『お…お姉さん…?』
『…はっ!?』
腕の中で、私を見上げる少女が呼び掛けてきた。未だ状況が追い付いていないらしく、ポカンとした表情を浮かべている。
…まずは、彼女を安全な場所に運ぶのが先だ。
『何だっていうんだよ…』
目が覚めたら明らかにゲヘナとは違う地で、強姦の現場に遭遇し、ヘイロー無しの人間に発砲して出血を負わせしまい、成り行きで少女を助けた…短時間で数多の出来事を体験し、罪悪感やら使命感やらで頭が一杯になった私は、そう独り言ちるのが精一杯だった。
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「…」
窓から差し込む朝日で覚醒した私は、ベッドの上で身体を起こす。
「…元気にしてるかな、師匠たち」
キヴォトス屈指の犯罪都市とは思えないほど端正なゲヘナの街並みを眺めながら、嘗ての記憶を掘り起こす。
唐突にキヴォトスの外へ飛ばされたと思ったら、荒廃したその世界で生々しいモノを見る羽目になり、行き場のない自分を拾ってくれた組織の世話になった際は、あの世界を生き抜くために多くの事を――座学をはじめ戦う術を学んだ。
人の死に耐性のないキヴォトス人が放り込まれれば、1日で精神崩壊してしまうであろう世界だし、組織での戦闘訓練も地獄だったし、やりたくもない仕事に手を出したりしていたが、師匠と先輩たちの存在もあり、何やかんや充実した毎日だった。
…何度叩きのめしても懲りることのない、規則違反者たちをひたすら追いかけていたときと違って。
「美食研究会、温泉開発部、便利屋…懲りない奴らだ」
キヴォトスへ帰還してから1週間で怪我は完治し、各種検査も終了。明日から学校へ通うことになり、風紀委員への復帰は1週間後だ。
タスク表を確認してみれば、そこらの木っ端不良集団に混じって活動する、取り分け注意が必要ないつもの連中の名前が映っている。
思わず溜息をついてしまうが、どれだけの悪徳集団が跋扈していようと、ゲヘナは私の愛すべき故郷である。その治安を守るのが責務だ。
…そんな場所で治安維持活動を行ったところで意味はあるのか?という疑問は尤もであるが。
「…委員長に直訴してみるか。罰則強化」
正気で戦いはできない。頭のおかしい奴を相手にする際は、こちらも相応におかしくならなければならない。
外での生活で学んだことだ。
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「おぉ、いらっしゃいイオリちゃ…!?」
私行きつけのガンショップに入店し、客の姿を認めたロボの店主は相好を崩し、だが直後に"ギョッ"とした表情を浮かべた。
「久しぶり、店長」
「あ、あぁ…。心配したんだよ?いきなり3週間もいなくなって…」
以前より一層鋭くなった目つき、そして左目を分断する傷に驚いているのだろうが、そこは触れてこなかった。
店主も学園の皆も、私が3週間いなかったと言っているが、私はあの地獄で数年過ごしてきたはずだ。夢ではない。
もしや、キヴォトスの中と外では時間の進みが違うのだろうか?
「ちょっと新しい銃を選びたいんだ」
「ん?その銃じゃ足りなくなってきたかい?」
私の愛銃である"クラックショット"は、7.92ミリ×57ミリ弾を使用するそこそこ強力なボルトアクションライフルだ。銃床部に棘付のアクセサリーを追加することで、近接戦闘にも対応している。
…だが、クレイジー極まる規則違反者共には威力が不足している。倫理観が終わっているだけでは飽き足らず、連中は無駄に戦闘力が高いのだ。
「ふーん…やっぱり狙撃銃かい?」
「…うん。見させてもらう」
無難にアサルトライフルにでもしようかと思ったが、やはり使い慣れたボルトアクション方式のスナイパーライフルがいい。
「へぇ…これいいな」
目に留まったのは、"クラックショット"と比べれば随分と大きく、無骨なライフルだった。銃口に備えられた筒状のマズルブレーキは、銃口から撃ち出される破壊力を物語っている。
『PGM ヘカートⅡ』。12.7×99ミリ弾を使うボルトアクション式対物ライフル。
「なかなかマニアックだねぇ…。そいつは手強いけど、いいのかい?」
「うん。丁度火力が欲しかった。後、銃剣をつけられるようにしてほしい」
「じゅ、銃剣?対物ライフルに?」
取り敢えず店主に渡す。追加で高倍率スコープとスリング、予備弾倉を箱買いしておいた。ついでに、銃剣を装備できるオプションを特注で頼み、さらに銃床に棘のアクセサリーを取り付けてもらうよう依頼。
アクセサリーは"クラックショット"でも取り付け依頼しているためそれほど驚かれなかったが、流石に遠距離戦で真価を発揮する対物ライフルに銃剣装備オプションは異様に映ったらしい。
そもそも、キヴォトスの生徒は戦闘において刃物をはじめとした近接武器などほぼ使わない。斬りかかるよりも撃った方が遥かに早いから。ただの錘としか認識していない者が大半だ。
「…無理ならいいけど。あと、一番性能のいい高倍率スコープもお願い」
「あぁ…いや。そもそも銃剣装備オプションが全く売れないからさ。対物ライフルに付ける人が来るとは思わなんだ。…取り敢えず、カスタムはこっちでやっておくから他の武器を見ていくかい?」
次いでサイドアームのハンドガンを見る。
オードソックスな9ミリ弾、45.ACP弾を用いる拳銃が並ぶ中、私が気になったのは…。
「…じゃあ、これ」
「ほー、こりゃあまたマニアックなチョイスだ…」
少し迷ったが、木アッパ・ライノ DS60に決めた。.357マグナム弾を使用するリボルバー拳銃である。アンダーバレル設計の恩恵で命中精度は勿論、威力も折り紙付き。規則違反者を叩きのめすには十分だ。
「うん。これに決めた。弾と予備マガジンもお願い。序でに手榴弾も何個かもらう」
「ははっ。今日は店仕舞いかな?」
久々に気前の良い客が来たことに嬉しそうにしながら、店主は手際よく銃器の梱包を始めるのだった。
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久々のゲヘナ学園校舎内を歩きながら、腹ごしらえの為食堂へ赴く。
授業は受けない。既に必要な単位は全て取得しているから、留年の心配はない。面倒なことを先に済ませてくれた過去の自分に感謝だ。
「あ、イオリっち~~!」
「確か…キララ」
話しかけてきたのは、如何にもなギャル。胸元を開けたブラウスとタイトスカートを身に着けている夜桜キララだ。ピンクに黒と、目が痛くなりそうな塗装が施されたアサルトライフルをスリングで肩に掛けている。
「心配したんだよ~~!?急に行方不明になったりして~~!!」
「煩い。大袈裟。くっつくな」
「えぇ!?こんなに心配してるのに!?」
あまり接点はないどころか話したこともない関係だというのに、この少女はそんなこと知らんとばかりに私を心配して抱き着いてくる。
「それに何、この傷!?誰にやられたの!?どこの誰がやったのか知らないけど、私とヒナっちが黙ってないんだから!」
さり気なく風紀委員長が巻き込まれている。いや、あの人なら部下の敵討ち位やりそうではあるのだが。
私の左目を覗き込みながら、怒りと哀しみが混じった大声を出す。顔が近いしうるさいし周りの目線が痛い。
「後でお化粧教えてあげる!傷も隠せるから!」
「別にいい」
「あ、そのコートカッコいい~!ブラウスも黒だしネクタイは白色…あ、金色のモールもゴージャスで似合ってる!イメチェンしたの?」
「関係ない」
…本当に煩い奴である。化粧の話題や、組織で貰った制服に興味深々な彼女の言葉をすべてぶった斬ると、食堂に足を踏み入れる。
――ガシャァァァン!!
「おい、ここの給食ホントどうなってんだよ!?あぁ!?!?」
「くっそ不味いじゃねぇか!」
「ちょっと!散らかさないでよ!!」
「た、大変です、どうしましょう…!」
…これがゲヘナクオリティである。
組織の食堂は、厳しい訓練や汚れ仕事後の疲弊し切った心身を休める場であり、喧嘩したり絡んだりするのは厳禁されていた。
「食事の場で凶器を手に暴れてはいけない」…そんな当たり前とは無縁だった当時の私は、ただ静かなだけの食堂に感動してしまい、先輩たちから好奇の目で見られたものだ。
「はぁ…」
「あれ、イオリっち?今は風紀委員じゃないんでしょ?」
「あれじゃ静かに食べられない」
「んまぁ、そうだねぇ…気を付けてね?」
調理場の給食部…愛清フウカと牛牧ジュリに銃を向け、脅しとばかりにコップが仕舞われている棚を引き倒す生徒たち。
ガラスが割れる不愉快な音が食堂を支配するが、周囲の生徒はいつものことだと言いたげな反応をするだけだ。
重い腰を上げた私は、給食部と生徒の間に割って入った。
「…おい」
「あん?何だ…銀鏡イオリ!?」
「生きてたのかよ!?」
「生きてたら悪いか?」
昨日購入したヘカートⅡを軽く担ぎ、生徒たちを牽制するように話しかける。彼女らは私の姿を認めるや"ギョっ"として驚いた。
こいつらは覚えがある。以前、私が取り締まった奴らだ。それでも反省することなくこんな騒ぎを起こすとは、あのときの「もうしない」という言葉は嘘だったようだ。
「味がよくないのは…まぁ否定しない。けど、ただでさえ数千人分の給食を2人で作ってるんだ。多少グレードが下がるのは仕方ないだろ」
「はぁ!?だってこの目玉焼き、醤油じゃなくてラー油がかかってんだぞ!?辛くて食えねぇよ!」
「いや、ただのかけ間違いだろそれは」
メニューである目玉焼きに味付けはされてない。個人で卓上調味料をかけることになっているから、ただこの生徒が間違えてラー油をかけただけである。
もちろん、給食部の2人に非は全くない。理不尽もここまで来たら最早清々しい。
「いーや、卓上調味料にラー油が含まれてるのがそもそもおかしい!」
「そもそも、醤油とラー油間違えるか?…くっだらな過ぎて吐き気がする」
「んだとぉっ!?!?給食は学校で一番楽しい時間だろ!そんな時間を台無しにしやがったんだぞ!!」
ゲヘナの生徒はいつもこれだ。自分本位、自己中心的。こちらの正論が全く通じない。"自由な校風"も考え物だ。
「…取り敢えず、騒ぐなら捕まえなきゃならないけど」
「あぁ!?だったらやってみろよ!」
「お前にも散々痛い目に遭わされたからな!ちょっと位は痛い目見てもらうぜ!」
銃を構えて好戦的になる生徒たち。…結局は暴力に訴えるのがゲヘナ、というかキヴォトスの生徒である。
外で戦いに明け暮れていた際、ゴミのように命が消えていく瞬間を嫌ほど見てきた身だ。「目玉焼きにラー油がかかっていたから」という理由――しかも完全なる逆恨み――でいとも簡単に銃を抜く彼女たちを、どこか冷めた目で見ていた。
「…私に銃を向ける意味、分かってる?」
「はぁ?」
連中はただ喧嘩の延長線でしているだけだろう。しかし、銃弾どころか破片一つで死ぬ人間しかいない外で戦ってきた私にとって、銃を向けられるということはそれ即ち…相手は此方を殺す覚悟、自分が殺される覚悟があるということだ。
要約すると「遠慮なく叩きのめせる」。
――ボキッ!!
ハンドガンを向けている不良。その小手を掴み、握力を強めると同時に捻ってやれば、幾度となく聞いた骨の折れる音が響いた。
「…?――あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁぁっ!?!?!?」
骨という芯を途中から粉砕された前腕の半分から先が、重力に従ってダランと頼りなく下向く。
一瞬何が起こったのか分からなかったようだが、直後に襲った激痛と、自分の腕の惨状を目の当たりにしたことで絶叫を上げ、床を転げ回った。
「ひぃぃっ!?お、お前何しt」
こんな攻撃を目の当たりにしたことはないのだろう。仲間の様子に見るからに狼狽えたもう一人が抗議の声を上げるが…隙だらけだ。新品ライフルは疎か、コートの裏地に仕込んだ各刃物の出番もない。
――ドゴォッ!!
「げふっ!?!?」
その場で一回転してから打つ右手のパンチ――『日本』という国の武道の一つ、『躰道』の突き技である『旋体突き』。
組織には様々な国の出身者がいた。無論ヘイローがない者ばかりだったが、そのどれもがキヴォトス人と正面切って殴り合えると思わせる強者ばかり。
『そう、そうですイオリさん!パンチを打つときは振りかぶるのではなくて、身体の中心から出すんです!』
『前回し、後ろ回し…とにかく蹴りはモーションを小さく、脚を大きく振り回さないことがコツです!壁のすぐ横で練習するといいですよ!』
その強者の内、躰道を得意としていた人物から指南を受けていた記憶が一瞬だけ過る。鍛錬の内容自体は厳しいが、怒鳴ったりはしない優しい、物腰の低い、笑顔の素敵な人物だったな…と、懐かしさに浸る。
真っ直ぐに伸びる私の突きは狙い通り生徒の水月を撃ち抜き、苦痛に呻く彼女は十数メートル先の柱に激突。石材が砕け散り、クレーターができた。
食堂を傷つけてしまったが、銃撃戦になって爆発物まで持ち出されればこれどころじゃ済まないだろう。スマートに無力化できて何よりだった。
残りは1人。
「う、うわぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
ガタガタと震え、半狂乱になって近くの椅子を私の後頭部にフルスイング。
――バキッ!!
衝撃が脳を揺らす…が、脳震盪には程遠い。
『イオリよ、儂は今からお前を本気でぶん殴る。お前はただ耐えろ』
『はぁ!?何だそれ!?』
『それも修行のうちよ。多少の打撃じゃ怯まない、強靭な心を…精神力を身に着けるのじゃ。受け技で威力を散らすなよ。ほれ』
『ほぐぅっ!?!?』
『これが終わったら滝の下を泳いで潜ってもらうからの。これも強い心を作る為じゃ。戦闘センスは悪くはないんじゃから、これを達成すればお前は無敵よ』
『えぇ~~っ!?!?』
思い出したくもない精神鍛錬だったが、あのお陰でこの身体と精神力がある。
椅子でフルスイングされた位では、私は絶対に怯まない。
「…痛いな、お前」
「ひぃ…!?!?」
木屑を振り払いながらギロリと睨みつけてわざとらしく痛がると、その生徒は怯えた声を上げるが…容赦はしない。
――ガシッ!
手首を掴むと、丁度近くに置いてあったワッフルメーカーの熱された型へ押し付けてやった。
――ジュワァァァァァ…!!
「――ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁっ!?!?!?」
煩わしい絶叫を上げる彼女に構わず、さらに力を込めて灼熱の鉄板へ掌を押し付ける。
「や゛っ、止め゛て゛ぇぇぇぇぇっ!!止め゛でぇぇぇぇぇっ!!熱い゛ぃぃぃぃぃっ!!!!」
顔から出る液体を全部出しながら叫び続ける彼女。そろそろ五月蠅く感じてきた。
――ゴキ…ッ!!
「あ゛…っ??」
首に腕を回して力を込めてやれば、これまた聞き慣れた音が首から発生し、脱力して崩れ落ちる。
死んではいない。息はある。
「風紀委員です!またですか…っ!?!?」
騒ぎを聞きつけた風紀委員が食堂にやってきた。2個分隊8名。率いるのは後輩の火宮チナツだ。
既に制圧されてしまった生徒を前に、呆然と立ち尽くしていた。
「あぁ、チナツ。偶々居合わせたから、制圧しておいた。後はよろしく」
「え?イオリ…?あ、ありがとうございます…?…ひぃっ!?!?」
取り敢えず、チナツに生徒を任せて配膳の列へ並び直す。怪我人を診ているチナツの小さな叫びが聞こえた。
また最後尾から並び直そうと思っていたのだが…。
「ひぃ!?ゆ、譲りますから!」
「ごごごごめんなさいっ!!この前宝石店に盗みに入ったの私なんですぅっ!!自首しますから腕折らないでぇぇぇっ!!」
「こ、この前1年生をカツアゲしたの私です…!!しょ、正直に言いましたから、あの子にも謝るから、や、焼き入れだけはどうかご勘弁を…!!」
「はぁ…?というか、お前らだったのかよ。取り敢えず食べ終わったら連行するからな」
なぜか、その場の生徒全員が化け物を見るかのような視線を向けてきており、中には自ら犯した犯罪を暴露して自首してくる者もいた。
反応からして、嘘をついて逃げるようなこともしないだろう。腹も減ったし、食べ終わってからこいつ等を牢獄に叩き込んで仕舞いだ。
そいつらを他所に、トレーを持っておかずを取っていく。
「ん…?キララは食わないのか?」
さっきまで五月蠅い程絡んできてたギャルは目元を震わせ、私のことをまじまじと見つめながら、その場に立ち尽くしていた。陽キャの典型ともいえる先ほどまでの態度は、見る影もなかった。
(…変な奴。殺したわけじゃあるまいし)
自らのトレーに取り分けた料理を摘まむ。
味はそれほどよくないが、文句は言わない。外での仕事中、食糧に困ってコヨーテや野兎を獲り、敵にバレるのを防ぐ為に火を起こさず生で食っていたときに比べれば全然美味い。
因みに、その場で獲った肉は極めて新鮮な為、生食をしても腹を下すことはない。また、血を飲むことで喉を潤すこともできる。
――そんなイオリの食事シーンを、食堂に詰めていた生徒全員が背筋に冷たいものを感じながら見つめていた。
・"外"より帰還後イオリの戦闘スタイル
組織幹部から『躰道』を学んでおり、それをベースにした体術を用いる。『運足』と呼ばれる独特なフットワーク、低い軌道から繰り出される変則蹴りや絡み技、突き技が特徴。基本は足技主体。
躰道の他、蟷螂拳の歩法と崩しの技術、ハプキドーの投げ技、シラットの関節破壊の技術、骨法による骨格操作の技術も取り入れ、極めて殺傷能力の高い戦闘を行う。
新しく購入した対戦車ライフル『ヘカートⅡ』に銃剣を取り付け、近距離では槍のように扱う他、各種近接武器をコート裏地に仕込んでいる。
今作キヴォトスは体術が体系化されておらず(SRTは除く)、生徒たちは基本素手での殴り、蹴り合いは不慣れという設定。イオリにとって相当なアドバンテージである。
また、殺害用の技を多数持ち、躊躇なく…というかただの通常攻撃感覚で使用する。
・"外"での修行
イオリを拾った師匠は「イオリは戦闘センスはピカイチだから心鍛えた方がいいな」と、精神鍛錬を重点的に行わせた。
結果、常に恐ろしい程落ち着いている。戦場を冷静に俯瞰し、トラップや伏兵の存在を見逃さずに戦術を組み立てて戦闘を行う。どんなに理不尽、不利な状況に陥っても瞬時に解決策を見つけて実行する臨機応変さを身に着けた。
・組織について
お察しの読者もいるだろうが、殺しを含めた汚れ仕事を請け負う組織。『SAKAMOTO DAY’S』における殺連みたいなポジション。
外に飛ばされて行き場のないところを拾われたイオリは、その恩を返す為、そして弱肉強食の典型ともいえる世界を生き抜く為に腕を磨き、その手を血に染めた。
組織では唯一の未成年であり、妹のように可愛がられていた。訓練も仕事も心身共に地獄だったが、人に恵まれた為、風紀委員をやってた頃よりも充実していた模様。
時折「帰りたい…」とぼやいている。