銀鏡イオリ、倫理観ゆるふわ概念   作:雛烏

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風紀委員として活動復帰するイオリちゃん。しかし、ヒナをはじめ風紀委員たちとの感覚の"ズレ"が生じ始めます。
ただ、ある1人を除いて。

感想いただけますと幸いです。


屑相手に容赦は不要

――チナツside

 

 …思えば、あの日搬送されてきた時点でイオリは異質だった。

 キヴォトスに存在するいずれの学園のものとも一致しない変わった服装、傍に転がっていたらしい謎の荷物、全身が血塗れ・傷だらけ、左目を横切る傷跡。

 そして…。

 

「は…!?な、何ですかこの手…!?」

 

 イオリはヒナ委員長に次いで、ゲヘナ中でも屈指の実力者だ。だが簡単な罠に引っ掛かったりして、しょっちゅうチナツの世話になることが多い。

 その際、手の傷を処置したこともあるのだが…その時のイオリの手とは全く違った。

 

 年頃の少女らしいしなやかな手…ではある。しかし、明らかに肉が分厚くなっていた。

 人差し指、中指、薬指の根本にある拳面はセピア色に変色し、痛々しいタコができている。各指の第二関節にも小さめだが同じものが見られ、更に指先もやや潰れていた。

 触診してみたが、その拳ダコは途轍もなく硬く、切除は容易ではなさそうだ。

 

「セナ部長、これは…」

「…拳面部を繰り返し打ち付けていたのでしょう。それも故意的に。それにこの脛や足の甲も…」

 

 病床へ寝ているイオリの脚に目をやれば、明らかに発達している腓腹筋が2人の目を射た。脛を軽く触り、指で軽く押してみるが…こちらも途轍もなく硬い。

 足の甲もまた、明らかに肉が分厚くなっており、手術で鉄板を埋め込んだのかと言わんばかりの硬さである。

 

「一体何でこんなことを…」

 

 硬いものを殴ったり蹴ったりすることで骨を損傷させ、修復の過程で生み出されるカルシウムが骨被膜を形成、それが追加装甲のように積み重なり、結果その部位が硬くなる――医者である私とセナ部長がその結論に達するまで、そう時間はかからなかった。

 しかし、こんな身体になるまで硬いものを殴り続ける理由が全く理解できない。

 そして、イオリが目覚めてからも…。

 

「イオリ、口を開けてください。傷が無いか見ますから」

「口の中は別に怪我してないけど…分かった」

 

 大人しくベッドに座る彼女が口を開け、顔に近づいて中を覗き込む。

 

「――ひ…!?」

 

 イオリの口内にあったのは、まるでピラニアを思わせる白く鋭い歯の羅列。奥歯を除いた前歯と犬歯が、ナイフを思わせる鋭い凶器と化していた。

 見るからに命を刈り取る形をしているそれが並んでいる様。いきなりそんなものを見せられたら声も出てしまう。

 

「…?どうしたの、チナツ」

「は、え、ど、どうしたのって…何ですかイオリ、この歯…!?」

「研いだ」

「研いだ…っ!?何故そんな…!?」

 

 何てことないと言わんばかりに「歯を研いだ」と宣うイオリ。自分で鑢を掛けてこんな鋭くしたのだろうか?一体なぜ…。

 

「武器は1つでも多い方がいいし」

「武器って…貴女…!!」

 

 イオリは風紀委員会の突撃隊長として、日頃から訓練や武器の手入れを入念に行い、戦術教本も読み漁る等、規則違反者を独房へ叩き込む為、自らを磨くことを惜しまない少女だった。

 しかし、流石にこれはやり過ぎだ。まさか、これで相手に噛みついたりするのだろうか?

 

「…い、色々言いたいことはありますが、歯を削ったなら治療をしないと…!!」

向こう(・・・)でそれは色々やっておいた。虫歯も痛みもないし、強度も問題ないから。終わったならちょっと散歩してくる」

「っ…!?ちょっと、イオリ…!?」

 

 呼びかける間もなく、イオリは私の視界から一瞬で消えた(・・・)。いつの間にか開けられている扉から出て行ったらしいが、廊下を何度見回しても彼女の姿は見えなかった。

 

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――イオリSide

 

「申請書の件は置いておいて…イオリ。流石にあれはやり過ぎよ。1人は前腕が粉砕、1人は背中強打で暫くベッドの上、1人は大火傷の上首を捻るだなんて」

 

 甘い。

 目の前の執務机に腰掛けて私に苦言を呈している風紀委員長に、私はそんな印象を抱いた。

 風紀委員に復帰して早々、食堂での捕り物を咎められることになろうとは、先が思いやられる。

 

「…別にそうは思わないけど。憩いの場の食堂を逆恨みで滅茶苦茶にしようとした不良なんて、あれくらいしないと抑止にならない」

 

 ゲヘナの規則違反者共は、普通に叩きのめして牢獄に入れるだけでは懲りない。

 「悪さをしたらこれ程痛い目に遭う」ということを、奴らに見せつけなければならないのだ。現に、食堂で私が不良を叩きのめした様を見た違反者共は、大人しく私に罪を告白してきている。

 暴力による抑止は必要だ。それに、委員長だってゲヘナ中の不良から恐れられ、現在進行形で『暴力による抑止』を実施している。文句を言われる筋合いはない。

 

「…あんな取り締まりを常にやっていたら、風紀委員会は「ただの暴力集団」に成り下がるわよ」

「その「ただの暴力集団」みたいな真似をさせるようなことをしてるのはどこの誰?何度も何度も、反省しないで」

 

 理不尽極まる理由で銃を抜いて暴れ、あまつさえ私に武器を向けてきたのはあいつらだ。

 

「そんな連中を手心を加えて取り締まったところで、また同じことをやらかす。委員長も見たでしょ?一度取り締まった奴らが反省もなく暴れて、また牢獄に叩き込まれるのを。だから私はこうやって進言してるわけ」

 

 そう言い切り、申請書を委員長の目の前で突き付ける。

 「規則違反者への罰則強化案について」と題名が振られた書類には、今までとは比べ物にならない厳しい罰則案が記載されている。

 今までは、問題を起こしても数日牢獄で過ごせば釈放される温いものだったが…。

 

「…!?何よこれ!?こんなのを、大々的に導入しろっていうの!?」

 

 条項をさらりと確認した委員長は、目を見開いて私の手から書類を引ったくる。

 

・規則違反を犯した者は、これまで同様風紀委員の牢獄へ収監。ただし、期間は最低半年に延長。規則違反の動機により、期間の延長・短縮を行う。

・収監した違反者はブラックマーケット等の内部情報を聞き出した上、教育を施して一定期間風紀委員会で勤務させる。

・尚も規則違反を続け、釈放後に再逮捕された際は更正の余地無しと判断しゲヘナから永久追放処分。

・追放された生徒の情報はゲヘナ全土の店舗、組織、施設で共有し、処分後にゲヘナへ無断侵入した場合、不法侵入者として拘束・処罰する。

 

 数ある条項の中でも、委員長が一番反応したのはこれだろう。

 

・規則違反者捕縛の際、相手の命を奪わなければあらゆる手段を用いてもよしとする。四肢欠損や精神異常は考慮しない。

・規則違反者は、露天のトラックへ積み込んで護送すること。敢えて護送の様子を周囲へ見せつける為。

 

「ただ銃で撃ち抜いて捕まえるだけじゃ、奴らは懲りない。寧ろ、私たちにやり返そうとまた悪さをする。…だから、そいつらの心を根本から壊す」

「っ…!?!?」

 

 何てことないように言うが、委員長は絶句するだけだ。

 数秒間をおいて、絞り出すようにこう言ってきた。

 

「…駄目よ。こんな人の心が無い規則を承認なんて、できるわけないわ」

「人の心をなくしてるのはあいつ等だから。『自由と混沌』を免罪符にして、正しく学校生活を送っている生徒や民間人…そいつ等を隅に追いやって、誰構わず迷惑かけてる。…何でそんな獣共の心情を考慮しなきゃならないの?」

 

 ゲヘナ学園の校訓は『自由と混沌』。

 では、『自由』とは気に入らない飲食店を爆破することだろうか?誰彼構わず迷惑を顧みず、自分たちの為だけに温泉を掘ることだろうか?

 違う。『自由』とは、相手を尊重したうえで成り立つものだ。

 

「委員長は面倒事が嫌いみたいだけど、その割には面倒事の根絶を怠ってるね。湧いてくる違反者を1人ずつ潰すつもり?まぁ、そいつ等は潰したとしても暫くすればまた湧くけどね。…"外"で色々と勉強したけど、面倒事は元から絶たなきゃいけないでしょ?」

「…っ!?で、でも!!その手段が正当化されたら、私たちはその規則違反者と同じに…!!」

 

 ――ザザッ!

《此方第8中隊!温泉開発部の戦力が想定以上で戦線が膠着状態!至急応援を!》

 

 無線から流れる報告が、私と委員長のやり取りを遮る。…またいつもの連中だ。

 

「…此方イオリ。第1中隊を率いてそっちに向かう」

「え…!?ちょ、イオリ…!?」

《おぉイオリ!イオリが来てくれるなら安心だ!待ってるから!》

 

 安堵の声と共に無線が切られる。ヘカートⅡを担ぎ踵を返して部屋を出ようとすると、その進路を委員長の小さな体躯が遮った。

 

「…何してるの?」

「行かせない…!イオリ、"外"で何があったのか知らないけど…貴女は私の大事な後輩なの。先輩が後輩に、あんな凶悪犯みたいな取り締まりをさせるわけにはいかないでしょ…!!」

 

 悲壮感を漂わせながら、MG42汎用機関銃――『"終幕"デストロイヤー』を向けてくる委員長。

 …この委員長は何を言ってるんだろうか。ゲヘナでも有数の問題児、特に被害規模に関しては右に出る者はないだろう、超絶犯罪者集団の取り締まりを妨害してきているではないか。

 こうしている間にも模範生、民間人が奴らの手によってその身や財産を吹き飛ばされているかもしれないのに。

 

「…正しく生きてる生徒や民間人よりも、委員長は治安を乱す問題児のことを考えるんだね。被害者には『悪いけど泣き寝入りして』って、適当に補償金を撒いてお茶を濁すの?何で治安維持側の委員長がアウトロー側の肩を持つの?間接的にゲヘナの治安を乱してることになるけど。…だから委員長は何も守れないんだよ」

「…っ!?!?」

 

 目を真円に近い程に見開く委員長。恐らく彼女の脳裏には…エデン条約のゴタゴタで自らが守り切れなかった先生の姿が映っているだろう。

 それについて精神状態はマシになってきてはいたが…私の言葉でトラウマが刺激されたか。

 膂力や頑丈さは特筆している委員長だが…心は脆弱だ。師匠のメンタルトレーニングを是非とも受けさせてやりたい。

 ――そして、委員長は私に銃を向けてきた(・・・・・・・・・)。私に銃を向ける意味は…前に話した通り。

 

「…うっ!?」

 

 箭疾歩(せんしっぽ)…"蟷螂拳"の歩法で委員長との距離を一気に、悟られることなく詰める。相手の時間感覚を狂わせつつ接近するこの技は委員長にも有効らしく、意表を衝かれたような珍しい表情を拝むことができた。

 そのまま、MG42の銃口を右の蟷螂手の指先で掴み上げる。

 

「くっ…!?」

 

 卓越した握力と体幹により、掴まれた銃を振りほどこうとする委員長の馬鹿力をその場で耐える。

 そして、腕力は使わずに体幹を使って下方向へ引っ張る。"蟷螂拳"の崩しの技術だ。

 前のめりに体勢が崩れ、ガードが下がった委員長の無防備な腹へ…必殺の後ろ蹴り(ティッチャ・チルギ)を叩き込んだ。

 

――ドゴォッ!!!!

「がはっっっ!?!?!?」

 

 後ろ蹴り(ティッチャ・チルギ)の技術は、組織でハプキドー――韓国の合気道。合気道をベースに打撃、寝技、武器術を加えた実戦武道――を得意とする幹部から教わったが、牽制のジャブを打つと同時に蹴りを放てば、当たる確率は格段に高まる。それにこの威力。

 空気と唾液を吐き出しながら、執務室の本棚へ叩きつけられた。夥しい木屑と本が小さな身体を埋めている。

 

「…今ので数秒無駄にした」

 

 今の数秒で凶弾に斃れ、爆炎に焼かれる者がいたら委員長はどう責任を取るつもりなのだろうか。

 騒ぎを聞きつけて執務室にやってくるであろう委員たちに出くわさないよう、私は手早く部屋を出た。

 

「ま、待って…イオリ…!」

 

 小さく叫ぶような声が背後から聞こえたが、勿論無視した。

 

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「やぁ、イオリ隊長。騒がしいけど、何かあったの?」

「ジル。…別に。委員長と言い合いになって、ちょっと手が出ただけ」

 

 足早に廊下を歩くイオリに掛けられた声。

 その方へ目を向けると、壁に寄りかかって腕を組みながらイオリを見る少女がいた。

 

「へぇ。委員長に手を出して?あんな大きな音出して、シレっとここにいるってことは…え?委員長ぶっ飛ばしてきたの?」

 

 細まった目、飄々とした態度は、嘗てイオリが列車内で出くわしたトリニティの正実部員と似ている。巨大なリボルバーを2丁背負っており、予備の弾丸が入っているのだろうウエストポーチを着けている。

 何よりも特徴的なのが、イオリよりも20センチほど高い身長。この身体でテコンドーやカポエイラといった足技主体の格闘技をやらせたら化けるだろう…とイオリは思っていた。

 

「…というか、服変えたの?制服は?」

「え…?あぁ、ゲヘナは制服なんてあってないようなものじゃん?ま、隊長のカッコいい服をパk…リスペクトしたんだよ」

「パクったんだな。まぁ別にいいけど」

「いつも気になってたけど、その服って"外"の?」

「あぁ…世話になった組織の人から予備と一緒にもらって、そのまま使ってる」

 

 緋脚(ひなし)ジル。イオリが率いる第1中隊所属の第1小隊長。イオリ不在時は彼女が中隊を仕切る。

 風紀委員の制服――強制着用しなければならないという義務はない――をピシリと着用していた彼女は、今は漆黒のロングコートを纏い、同じ黒色シャツとスリット入りロングスカートの装いでスラリとした肢体を包んでいた。

 

「それで、何の話をしに行ったらそんなことになるわけ?」

「…ん」

 

 スタスタと歩きながら、イオリはジルに申請書のコピーを見せた。受け取ったジルは上から下まで軽く読む。

 イオリは、『どうせ委員長と一緒で反対するんだろうな…』と半ば諦観の念を抱いた。

 しかし…。

 

「へぇ。いいじゃん。寧ろ今まで何でやってこなかったんだろうね」

「!」

 

 まさかの好感触。規則違反者相手とはいえ、生徒の心身を著しく侵害するような内容であり、そういった行為に慣れないキヴォトス人には受け入れ難いものだと勝手に思っていた。

 だが、ここに例外がいた。

 

「そりゃあ、さ。確かに内容がえげつないのは分かるよ?でも、ゲヘナの取り締まり活動なんてこれ位が丁度いいんじゃない?何といっても」

 

 書類から目線を外し、ジルは上司の顔を見る。

 

「私たちは治安を…正く生きてる生徒と民間人を守らなきゃいけないし。その為には、やれることを全部やらないと」

「…そう」

 

 ごく短く返答するイオリだったが、そんな彼女の心中は晴れやかだった。自身の考えに賛同してくれる仲間がいるという事が、それほど嬉しかったのだ。

 

「…それはそれとして、ジル。小隊を全部集めて。8中隊の援護に行くから」

「8中隊…あ~、温泉開発部?懲りないね、あいつ等も…殺してやりたいよ」

 

 相変わらず飄々とした態度のジルだが、その裏には黒いものが見え隠れしている。

 

(…あぁ、ジルは…そうだったな)

 

 横目でその様子を確認したイオリは、彼女の過去に起きた出来事と風紀委員に入った経歴を思い出す。やはり、あいつらのようなゴミ屑は生かせてはいけないと考え直すが…ここはキヴォトス。殺人はどんな罪よりも重い為、残念ながら大量殺処分はできない。

 

「…行くよ」

「は~い♪」

 





急に思い立ってイオリちゃんに相棒枠生やしてみました。

ジルちゃん、純キヴォトス人の癖に倫理観ゆるふわ化イオリと同じ価値観な時点でヤベー奴感凄いかもですね…。
彼女の過去何があったかはまた後程本編で。

ジルちゃん(AIイラスト)↓。
ヘイローがないのはご愛敬。ヘイローのイメージは後でアナログのイラスト載せようと思います。

【挿絵表示】
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