冬空の異邦人、春を待つ   作:あいいろのふとん

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第15話 他愛のない話その2

 またしてもアタシは、自分の「不運」ってやつに真正面からぶん殴られる羽目になった。

 ちょっと装備を一新しようと思ってな。いいモンは高い。当然、金がいる。そんな時、あるパーティーから臨時の斥候として誘いを受けたんだ。なんでも、若くしてBランクに到達したっていう魔剣士が率いるパーティーで、正規の斥候が大怪我を負ったらしくてな。腕の立つ斥候を探してる、と。

 アタシは、それまで何組かのパーティーを渡り歩いちゃあ問題を起こしたり巻き込まれたりして、結局ずっとソロで潜ってた。だから、たまには人と組むのも悪くねぇし、何より金払いがいいってんなら断る理由はなかった。臨時なら、あの面倒くせぇ人間関係のもつれも起きねえだろう、なんて高を括ってたんだ。

 

 そのパーティーは、アタシが今まで組んできた中でも、かなりまともな連中だった。若くしてCランクの壁に躓かねえ奴らってのは、やっぱり人間ができてる。アタシとは大違いさ。リーダーの魔剣士は的確に指示を出すし、盾役もヒーラーも、それぞれが自分の役割をきっちり理解して動く。アタシの斥候としての仕事もちゃんと評価して、労ってくれた。お互いにダメ出しをしても、雰囲気が悪くなることもねえ。

 

(……これが、高ランクパーティーってやつか)

 

 正直、居心地は良かった。だから、今ここにいないっていう正規の斥候に、多少なりとも嫉妬しちまったくらいだ。

 でもな、やっぱり神様ってもんはいねえんだ。アタシみたいな奴に、そうそう甘い夢は見させてくれねぇらしい。

 冒険者は、仲良しこよしじゃやっていけねぇんだとよ。

 

 本当に、一瞬だった。あの、クズ親父が死んだ時みたいに、あっけなく。

 

 セーフティエリアを出てすぐ、アタシたちは翼竜(ワイバーン)の群れに囲まれた。嘘だろ、と思ったね。こいつらは、もっとダンジョンの深層に出るはずの魔物だ。飛びながら遠距離攻撃をちまちま撃ってきて、集団で狩りをする。アタシみてぇな斥候が一番役に立たねぇ魔物の一つだ。

 アタシたちの中で、翼竜に有効な攻撃手段を持ってるのはリーダーの魔剣士だけだった。盾役が必死に攻撃を防ぎ、ヒーラーが回復を飛ばす中、リーダーが魔剣から魔術を叩き込む。だが、それで簡単に撃退できるようなら、翼竜はもっとそこらのゴロツキにだって狩られてる。

 段々とリーダーの動きが悪くなり、ついに奴の魔剣から放たれる魔術が、翼竜に届かなくなった。アタシたちも何とか翼竜の攻撃を捌いていたが、それも限界だった。ついに防御が突破される。

 

 一瞬のことだった。

 

 風の刃が、リーダーの両足をいとも簡単に切り落とした。

 

「ぐあああっ!」

 

 盾役のヴォルキアが、血を噴き出して崩れ落ちるリーダー、アレスを抱えて走り出そうとする。だが、そんなもん無謀でしかねぇ!

 

「何やってんだ! アレスは置いていけ! どの道その傷じゃあ治らない!! おいヴォルキア!! レナも何か言ってくれ! アタシ達にそんな余裕はねぇ!」

 

 今考えても、あそこはアレスを置いていくのが最善手だった。それが、アタシが今まで生き延びてこられた「果断」ってやつだ。

 

 だけどなぁ……あの時のアタシは、こいつらに、つい情が移っちまった。いつもなら確実にそうするはずが、こいつらに死んで欲しくねぇって、そう思っちまったんだ。

 

「あ〜ッたく! ヴォルキア! 今から10秒後、アタシがこいつらの攻撃を全対応する! その間に飽和攻撃の範囲から出ろ! レナは薄くてもいいからとにかく障壁を張ってくれ!」

 

「でもそれじゃあサルサが!」

 

 レナが悲鳴みてぇな声を上げる。

 

「ツるせぇよ! それ以外あんのかよ! アタシとレナはアレスを担いでここから逃げれない。それが最善手だ!」

 

「さぁ行けッ!」

 

 もう後ろを見る余裕なんて無かった。付き合いはほんの数日。それでも、アタシは全員で生き残りたかったんだ。

 

 翼竜は賢い。離脱しようとする獲物を、奴らが逃がすはずもなかった。アタシたちへの飽和攻撃が僅かに減り、アレスを担いで森へと逃げるヴォルキアたちの方へ、攻撃が集中し始めるのが分かった。

 

 もう、どうしようも無かった。

 

 アタシたちへの攻撃が止み、ふと後ろを見た時には…………既に二人は、ズタズタに切り裂かれ絶命していた。

 

 ここで、振り返ったのがいけなかった。

 

 アタシに釣られるように、レナも後ろを振り返ってしまったのだ。

 

 一瞬。これも、本当に、一瞬だった。

 

 翼竜から意識を離し、彼女の張っていた障壁が消えた瞬間、風の刃が、レナの華奢な腹を無惨に貫いた。

 

「……あ……」

 

 アタシは、もう助かりっこねぇレナを抱えながら、ただひたすら背走した。両手が塞がった状態で、次々と襲い来る風の刃を捌ける訳もなく、一本の鋭いそれが、アタシの左手を根元から断ち切り、そのまま勢いを殺さずに首筋へと直撃する。貫通はしなかったが、いつ意識が飛んでもおかしくない重傷だ。

 

 結局、アタシはレナを捨てて敗走した。

 

(何が果断のサルサだ! 何もかも後回しで、みんな死んじまったじゃねえか!)

 

 そう心の中で叫びながら、ダンジョンを駆け上がる。ありったけのポーションを飲み干し、眠気覚ましの豆を全て口に放り込み、何とか意識を繋ぎながら、アタシは一人、ダンジョンを後にした。

 

 うちの都市スリムリンには、いくつかスラムの診療所があるが、欠損みてぇな重傷に対応できるなんて話は聞いたことがねぇ。薄れ行く意識の中、どうにかこうにか教会に辿り着き、受付でギルドカードと有り金全部が入った貯金情報を叩きつけるように渡すと、アタシはそこでぶっ倒れた。

 

 あの時の、クソ修道女(シスター)の下卑た笑顔は、忘れようにも忘れられねぇ。今でもたまに夢に出てきやがる。

 

 まぁ、あれだ。さすがに交渉もできねぇ死にかけが、金だけ放り出して意識を飛ばしたんだ。いくらでも言い訳はできるわな。その言葉通りに、後で聞かされたのは、

 

「最善は尽くしましたが……手遅れです……」

 

 なんて、ふざけたセリフだった。ただ、そこについてはアタシが悪かった。腹は立つがな。

 そのままアタシは、真冬の寒空の下にゴミみてぇに放り出された。ああ、ここで終わりか、と。

 

 だが、次に気付いた時、アタシの左手は元に戻っていた。あれほど酷かった身体中の裂傷も、綺麗さっぱり消えている。

 

 そんな感傷に浸る間もなかった。

 

「さて、そこの猫耳さん? 全部差し出すって言ったよね? なんか寒さ凌げるところ無い?」

 

 目の前には、ひょろっとした、場違いなくらい綺麗な顔立ちのガキが一人、アタシを見下ろしていた。

 アタシはそこで、人生で初めて、神様とやらに感謝したんだ。

 

 そこでシオに出会えたこと、それだけでアタシは今からでも修道女(シスター)にだってなれるくれぇ、神様ってもんを信じてるぜ。

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