冬空の異邦人、春を待つ   作:あいいろのふとん

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幕間 その3

 その夜も、シオはいつものように部屋の隅で、硬い床の上に薄い毛布を敷き、そこに丸まろうとしていた。それが彼にとって、この家での当たり前の光景になりつつあった。サルサの寝台はそこそこの大きさがあるにも関わらず、シオがそこで寝るという選択肢は、彼の頭には最初から存在しなかった。命の恩人とはいえ、見ず知らずの男を自分の寝床に招き入れるほど、サルサもお人好しではないだろうと、彼は勝手に解釈していたのだ。

 

 しかし、その夜のサルサは違った。

 ここ数日、あれほど自分を苦しめていた父親の記憶や、翼竜に仲間たちが蹂躙された凄惨な悪夢が、部屋の隅で眠るこの少年――シオの存在によって和らいでいることに、彼女ははっきりと気づいていた。彼の静かな寝息、そこにいるという確かな気配が、不思議とサルサの心を落ち着かせ、深い眠りへと誘うのだ。

 

 それと同時に、別の感情も彼女の中で大きくなっていた。シオは、アタシの命を救った。それなのに、こんな冷たい床の上で、満足な寝具もなしに……。彼自身がそれを望んだのだが、サルサの良心がそれを許さなくなっていた。

 

「……おい、シオ」

 

 床に横になろうとしていたシオの動きが、サルサの低い声で止まった。彼が訝しげに顔を上げる。

 

「なんだ、サルサ?」

 

「アンタさ……」

 

 サルサは寝台から音もなく立ち上がると、数歩でシオの傍らまで歩み寄った。そして、彼が何かを言う間もなく、その細い身体を、まるで仔猫でも抱え上げるかのように、いとも簡単に抱き上げた。

 

「なっ……!?」

 

 突然の浮遊感に、シオが驚きの声を上げる。サルサは、その腕の中の存在のあまりの軽さに、思わず目を見開いた。

(…………!)

 

 彼の年齢を考えれば痩躯で、体重がなさすぎる。こんな軽い命を、自分は床に寝かせていたのか。サルサの胸に、チクリとした痛みが走る。

 

 シオはサルサの腕の中で、されるがままに固まっていた。その顔には困惑と、そしてほんの少しの怯えが浮かんでいる。過去の経験が、不意の身体拘束に対して警鐘を鳴らしているのかもしれない。

 

「サ、サルサ……? 何するんだ……?」

 

「今日からは、ここで寝ろ」

 

 サルサはシオの言葉を遮るように、しかしその声には有無を言わせぬ響きと、どこか切実な響きを込めて言い放った。彼女はシオを抱えたまま寝台へと戻り、彼をこれまで彼女一人で使っていた空間の片側に、そっと、しかし有無を言わせぬように横たえさせる。

 

「……え……?」

 

 シオは状況が飲み込めないまま、サルサの顔を見上げた。その瞳が、不安そうに揺れている。

 

「いいから。アタシがいいって言ってんだ」

 

 サルサはぶっきらぼうにそう言うと、自分もシオの隣に滑り込んだ。寝台は、二人が寝るには少し窮屈だったが、それが逆に互いの存在を強く感じさせた。

 

 シオはまだ身体を硬くし、サルサから距離を取ろうとしているのが分かる。その反応に、サルサはまた胸の奥が痛んだ。

 

「……大丈夫だ。何もしねぇよ」

 

 できるだけ優しい声で囁く。

 

「ただ……アンタが近くにいると、よく眠れるんだ。それだけだ」

 

 それは紛れもない本心だった。そして、命の恩人に対する当然の配慮でもある。

 

 シオはしばらく何も言わなかったが、やがて身体の力が少しだけ抜けていくのが分かった。それでもまだ緊張は解けていないようだったが、少なくとも抵抗する素振りは見せない。

 

 サルサは、隣で息を潜めるシオの気配を感じながら、ゆっくりと目を閉じた。獣人の鋭い聴覚が、彼の心臓がまだ少し早く打っているのを捉えている。

 

(……まあ、こいつも色々あんだろうな)

 

 だが、それも今夜だけかもしれない。この温もりと、誰かがすぐ隣で息をしているという安心感は、何物にも代えがたい。

 その夜、サルサは久しぶりに、朝まで一度も目を覚ますことなく深い眠りに落ちた。隣で眠るシオの、か細いが規則正しい寝息は、どんな守りよりも確かな安らぎを彼女に与えてくれたのだった。

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