桐谷の人生ははっきりと言って順風満帆であった。暖かい家庭で両親の愛情を注がれながら育ち、学校では苦楽を共にしてきた友達に囲まれながら人生を送っていた。
「...俺が病気、ですか」
そんな彼に告げられたのは余命5年というあまりにも残酷な一言だった。両親は絶句し母親に至っては人目を気にせずに泣きじゃくっていた。本体なら自分だって泣く立場だが妙に落ちついていた。
「5年だよ、5年。その中で人生楽しむって!まだ絶対5年以内に死ぬって決まったわけじゃないんだから大丈夫。それ以上に生きてみせるから!」
意気揚々と発せられたその言葉に意味なんてなかった。両親を元気づけようと口任せに出した言葉がそれだったのだ。桐谷自身も両親がこんな上辺だけの言葉で安堵するなんて思ってもいなかった。
「...5年か。...5年しかないのか。それ以上に生きるってなんだよほんとに」
病室に1人取り残された途端、桐谷の目からは大粒の涙がこぼれ落ちた。余命5年という言葉を噛み締めた途端にだ。その事実だけが今はただ桐谷の頭の中を錯綜していた。元々不撓不屈なタイプではなくこれでも挫折してきた方だと桐谷は自負していた。
「...歩夢君!...歩夢...」
「...のあちゃん」
「ねえ!どういうことや!余命5年って!いったい...」
「言われた通りだよ。それ以上もそれ以下でもない、5年だよ。俺にもよくわからない」
日も落ちた頃病室には桐谷の幼なじみで1個年上である胡桃が息を切らしながらやってきた。白色のパーカーに黒色のショートパンツと見るからに家をそのまま飛び出してきた装いだった。部屋の沈黙は1人から2人へと変わろうと以前変わらなかった。ただ静かに互いを見つめ合う時間が過ぎていった。
「じゃあ今年の学校祭何やりたいか決めます!」
「桐谷的には何がやりたいんだ?」
「うーん俺の独断で決めるわけないだろ、まあとりあえずみんなから意見集めて多数決で決めようかな。じゃあみんな周りの人とでも1人でもいいから案考えて!後でまた聞くから」
空澄は先日あったことは夢なのではないかと思ってしまっていた。彼女の目に映る彼は余命を宣告された若者にしてはあまりにも眩しすぎた。
「セナは何がいいと思う?」
「うーん僕はやっぱり」
「あんたに聞いてるわけじゃないから黙ってて」
「酷すぎません?」
「いーからそういうてぇてぇのは、他所でやって」
空澄の周りにいるのはチョコレートブラウンとピンクのハーフサイダーが目立つ橘ひなの。もう1人は白黒ツートンの坂本かみと。2人セットでいることが多く2人の髪色になぞっておれあぽなんて呼ばれたりしている親しい間柄だ。みなが口を揃えてあそこはできていると言ってはいるが本人たちいわくそんなことはないらしい。
「ちなみに僕はメイドカフェがいいですね。やっぱりこう...男のロマンというか」
「オタク君が出てるぞかみーと。そんなに橘のメイド服が見たいの?」
「え?!あーうん。見たくないって言ったら嘘になるかも」
「は?!そんなストレートに言われても困るんだけど...ま、まあかみーとが言うなら...」
空澄はそんな尊い会話を遠くから眺めていた。会話に入ることは諦めてただひたすらに2人を見つめていた。
「じゃあメイドと執事のカフェってことで決定な!期間近づいてきたら色々係とか決めるから何やりたいかだけイメージしといて」
お化け屋敷や脱出ゲーム、カジノなど様々な意見が飛び交ったが最終的にかみとの考えたメイドカフェ兼執事カフェが採用された。クラスの雰囲気もどうやら満更ではないようで進行を務めていた桐谷も揉め事がなく決まり安堵していた。
「空澄さん、弁当もって屋上来て」
「え、私?」
「そう、空澄さん」
「え?セナって桐谷君とそういう関係?」
「違うから!」
桐谷は困惑した表情の空澄の手を取り屋上まで引っ張ってきた。空澄は教室を出る時のクラスの視線が気になってしまい、屋上に着いた今も少しだけ顔が赤かった。
「それでなんでここに来たわけ?私が桐谷君の病気を知ってるから?」
「もちろんそれもそうなんだけど、単純に俺が空澄さんのこと気になってるから」
「は?何言ってんのいきなり!」
「?俺はただ単純にこの機会だし空澄さんのこと知りたかっただけで...。あ!いや、そういう意味じゃないから!ほんとに」
空澄が驚いている意味を理解した途端、桐谷は赤面してしまった。
「ま、まあ俺だけが秘密知られてるの嫌だしなんか空澄さんのことも教えてよ。ほら俺もう死んじゃうんだしさ」
「それ引き合いに出されたら何も言えないんだけど...」
「ごめんごめん!これも何かの縁だからさ、お願い!」
空澄自身、桐谷のことを嫌いでも好きでもないしそういうことならと自分の素性を明かした。
「なるほどね。ゲームが好きなんだ、意外かも」
「そうかな?色んなゲームやるよ」
「生憎俺はあんまりゲームやらないんだよな〜、友達の家行ってなんかみんなで遊べるやつやるくらいで」
「じゃあ普段は何して過ごしてるの?」
「うーん、小説見てるかな。ミステリーも恋愛も幅広く見てるって感じ。入院中も見れるでしょ?暇つぶしにはちょうどいいから病気がわかったあとから読み始めたよ」
「それこそ意外かも、なんというかみんなでカラオケ行ったりいっぱいゲームしたりしてそう」
「そりゃもちろんそれくらいするよ。だけどさ」
すると桐谷は弁当箱と共に持って来ていたポーチを取り出しそれの中身を空澄に見せた。その中には夥しい数の薬が入っていた。生々しい光景に空澄は思わず口を紡いだ。本当にこの人は病気で1年以内には死んでしまうんだと。桐谷曰く飲まないとちょっと危ないかもね、とのことだった。お昼の時間帯ももちろん服用しなければならない。
「...だから昼休みは1人でいることが多いんだ」
「よく見てるね空澄さん」
「うん、あんたとても目立つもの」
「そうかな?俺は普通に過ごしてるだけだよ」
「普通ではないよ」
「みんなからしたら普通だよ。そういう風に振る舞ってるんだからそう思ってくれなかったら俺の作戦は失敗だよ」
桐谷はケラケラと笑った。
「それにやっぱ変に気を使われたくないしな。だから空澄さんも普通に接してくれよ?」
「...わかった」
空澄にとってそれは無理に等しかった。秘密にしてくれと言われてる以上誰にも相談できず自分の中で解決する術しかなかったのだ。
「空澄さんって面白いね、なんか物静かな感じがしたんだけど。橘と坂本の会話を聞いてるイメージがあったからさ」
「それはあの二人がそういうムードにしちゃうからでしょ?あんただってそれくらいわかるでしょ?」
「あはは、間違えない。お似合いだと思う、2人ともツートンだし見てて微笑ましい」
気づけば2人は箸を動かすことを忘れて談笑していた。先程の気まずい雰囲気とは打って変わって会話が弾むようになった。おかげでお弁当を食べ切ることができないまま5時限に突入してしまった。
病院での邂逅から約1ヶ月が経った。学校祭の準備に拍車がかかるのと同時に桐谷と空澄の親睦も深まっていった。最初こそ互いに色んな人に詰められていたが今では昼食の時間は当たり前のこととなりしばらくしたら流行りが過ぎ去ったかのように何も言われなくなった。
「でさ、ここだけの話なんだけど。ギルくんが白波さんのこと気になってるらしい」
「あー、まあらむちは可愛いし、あの二人最近仲良さげだもんね。学祭マジックってやつ?」
「そうかもな、いやー俺も魔法にかけられたい!俺にも色恋沙汰来てほしい!」
「...あんたにもそういう感情あったんだ」
「もちろんあるよ!年頃の男の子ですから」
「そういう話私にしたことあったっけ」
「うーんないんじゃないかな。あんまりしないし、何より恥ずかしいじゃん」
「へ〜そういう感じなんだ〜?」
桐谷の初心な反応に思わず空澄は笑った。きっと彼のことだからそういうものもそつなくこなすと思っていたからだ。
「うるさいな、俺だって照れるし恥ずかしいものは恥ずかしい」
「恥ずかしいんだー、へー」
「ああもうこの話おしまい!早く飯食べて教室戻るぞ」
「はいはい」
2人は急いで昼食を食べ切り5時限の授業に臨んだ。2人にとって昼食の時間はなんやかんや楽しいものになっていた。