「のあちゃんはもし急に、誰かが勝手に自分に寿命を決めたらどう思う?」
「...」
桐谷にとって胡桃は頼れる幼馴染で一人っ子の桐谷にとってはほとんど姉と言っても過言ではなかった。今でも困ったら助けを求め、差し伸べてくれたと握って共に歩んできた。胡桃は答えを桐谷に伝えなければならなかった。しかし中学二年生の彼女にとってこの問題の答えを探し出すことは到底不可能だった。
「もしかしたら大学ものあちゃんと一緒に行けると思ってた。だって今までずっと一緒だったしさ。暇な時は外で遊んでたまには一緒に登下校してさ。でも俺の未来に20歳なんて訪れないんだ」
月夜に照らされている桐谷は今この世で1番儚げだった。全てを諦めてしまった表情をしていた。そんな彼を胡桃は赤ん坊をあやすかのように抱きしめてあげることしかできなかった。
「のあちゃん、恥ずかしいよ。俺らもう中学生なんだからさ」
「...ごめん。でも今はこうさせて」
「...はいはい。もう、どっちがどっちなんだかわかんないや」
「歩夢君はなんでそんなに冷静なのさ!まだ生きたいとか思わないわけ?!悲しんでる僕がおかし...あ」
ふと顔をあげると目の前には涙のダムが決壊したかのように大粒の涙を流す桐谷がいた。彼の中の何かが切れてしまっていた。病室中を埋め尽くすかのように2人で泣いた。泣いて泣いて、泣いた。一頻り泣き終えたあとはふと我に返ったかのように恥ずかしさが込み上げてきて。クスッと笑いあっていた。
「とりあえず色々やりたい。例えば旅行したり、腹いっぱい焼肉食べたいしょ?あとはあとは」
「僕はいっぱいお寿司が食べたい!」
「いいねお寿司。中学生のうちはまだ早いから高校生になったらのお楽しみだな〜。あと俺さ、このことはみんなに伝えないようにする」
「え?!なんでや」
「気を使われたくないし、そんなこと言ったらみんな遠慮しちゃうでしょ?それだったら隠して今まで通りみんなと過ごしたい」
「一理あるけど、もし本当に寿命がそれだとして、いなくなっちゃったみんな後悔しちゃうよ?あんま遊べへんかった、とかそれだったらもっと遊んどきゃよかったとかさ」
「それは盲点かも」
「もーてんってなんや?バレーボールで有名なメーカー?」
「それはモルテンね。でも後悔させてやるようなそんな人にならんきゃいけないじゃんそれは。俺は自分にそんな価値ないと思ってるから大丈夫だよ」
「もう歩夢君は自分を下に見すぎや、みーんな歩夢君のこと大好きだよ」
「...そうだったらいいな」
「空澄!ちょっとこれ手伝って!ひとりじゃできないわ」
「セナ、旦那が呼んでるよ。助けて愛しのセナ〜って」
「うるさいな、そんなんじゃないから。うん、わかった今行く。じゃあひなーのはかみーとと仲良くね?全世界の厄介があんたたちを待ってるわよ」
いじられると途端にしおらしくなるのを空澄は知っていた。案の定そうなった橘を背に空澄は声の主の方へと向かってった。
「で、何を手伝えばいいわけ?」
「ん」
「え?」
「だから、これさ」
目の前にあるのは白と黒の装いが特徴のあの服、そうメイド服である。
「私がこれ着るの?もっと他の人がいるじゃん、ひなーのとからむちとかリーちゃんとかさ」
「俺が空澄に着て欲しいから頼んでんだよ。それに橘に着させたらどうなると思う?かみとが泡吹いて倒れるぞ」
「...まあそんなに言うなら着てあげてもいいけど」
「じゃあ、はいこれ...。ってなんで止まってるの?」
「あんたが出てかないと着替えられるわけないでしょバカ!」
「うわそうだったごめん!」
空澄は最近、桐谷が少し抜けていることに気がついていた。表面上は落ち着いた装いで抜け目がないのだがところどころおっちょこちょいだった。弁当の箸は忘れる、体操着は反対向きに履く、小テストに名前を書き忘れるなど様々だ。そこが彼がみんなから愛される理由のひとつなのだろう。
「おお、着替え終わったか、って」
「...なに黙って、なにか言ってよ」
「...まあいいんじゃね」
「まあってなによ、まあって」
「いやごめん!すごく似合ってる!」
「なにその取ってつけたような感じ...もう二度と着ないからね」
「マジごめんって!」
しかし空澄は満更でもなかった。初めて着るメイド服に少しだけ浮かれていたのだ。
「じゃあこれも着てくれない?」
「え?もう1着あるの?」
「もう1着っていうかもう一パターンあるからさ」
「まあいいけど...え?」
「どうしたの?」
桐谷は不敵な笑みを浮かべていた。
「...さいてい」
「おお、これはこれで」
「これってあんたの趣味?だったらまじで引くんだけど」
「いや俺じゃなくてだな...山下がこの丈がええ!って言ってきたから試作で作ってもらったんだ」
現在空澄が身につけているものは、先程とは打って変わって丈が短い所謂ミニスカメイド服だ。ニーハイを履きスカートとの間からは絶対領域が見えてしまっている。他の女子に見せたら確実に悪趣味だと罵倒されること間違いなしである。
「...俺的にはなしだな」
「似合ってないとでも?着てあげたのに」
「いやそうじゃなくて、さすがに風紀的にまずいだろ。第1こういうのを売りにするわけじゃないんだからやっぱみんな最初のやつに統一かな」
「でもひなーのとかは普段からあのくらいの丈で制服着てるよ?」
「...それでもだ!空澄みたいにそんなに短くない人もいるだろ」
「そうだね。まあ、あんたがまだまともな思考を持ってる人でよかった、じゃあ私はこれで」
「お、おう。協力ありがとう。あとさ!」
「なに?」
「...どっちとも似合ってた、と思う」
「...ありがとう」
空澄は前髪をわざとらしくいじり教室を後にした。彼らもまた学祭の雰囲気に呑まれてしまっているのかもしれなかった。
「セナおかえり、なんの用事だったの」
「服の試着かな」
「え?もうメイド服できたの?はっや」
「まだ試作の段階だけどね、まあ悪くはないって感じかな」
「へー、ミニスカだったりした?」
「...」
「セナさん?聞いてます?おーい」
「まさかそんなわけないでしょ、学祭なんだし、あと私にそんなの履かせたら普通に許さないけど」
「さすがにかー」
「もしかしてひなーのミニスカが良かったの?」
「かみーとは黙っててとりあえず、もっと手を動かしなさい手を」
空澄は口が裂けてもミニスカメイド服をさっきまで着ていたなんて言えなかった。少しだけ太ももの辺りスースーしているような気がしていた。
その後は何事も無かったかのように教室内の装飾品を作り上げていった。学生たちにとって学祭は楽しいものというだけでなく合法的に授業をサボれる機会でもあった。午前は通常通り授業をするが午後は学祭準備に充てられる。つまり午前さえ頑張れば午後はやりたい放題というわけだ。
「セナ、携帯鳴ってるよ」
「ん、誰からだろ。親からかな」
忙しなく動いていた手を1度止めメールを見ると桐谷からメールが来ていた。
「どのジュースが好きって言われてもな...」
「なんの話ー」
「ひなーのには関係ないよ」
どうやら先程のお礼をしたいという旨の連絡が来ていた。空澄自身は見返りを求めてはいなかったがせっかくならとそのご好意に甘え、お茶、ついでに季節感溢れる美味しいアイスを桐谷に注文した。もちろん少し高めのやつをだ。
「うん、やっぱり美味しいねこれ」
「...お前は遠慮って知らないのか」
「奢るって言ってくれたのはそっちでしょ?じゃあお言葉に甘えるのが礼儀でしょ」
「そんな礼儀あってたまるかよ」
桐谷は予想外の出費に財布の中身を1回2回と繰り返し見つめていた。4桁のお札は残り2枚となってしまっていた。
「はい、少し分けてあげるから元気だしてよ」
「...美味しいわ。うん美味しい美味しい...」
「噛み締めて食べるべきだね...あ」
泣きながらほっぺを落としている桐谷の横で空澄は自分が今何をしてしまったかを振り返っていた。スプーンは2人いるのに1本しかない、その1本を共有して食べた。つまり彼女たちは関節キスをしてしまったのだ。
「空澄顔赤いぞ、熱でもあるか?今暑いししょうがないか」
「ま、まあそうだね」
「っておい!味わって食べろよ!」
自分だけ恥ずかしがってることに少しムッとした空澄は残っていたアイスをかき込んだ。
「ふう、ご馳走様」
「ったく、もうちょっと味わって食べろよな。高いんだから」
「それはあんたが悪いから、私は悪くない」
「はあ?そんな理不尽なことあるかよ」
「ちょ、ちょっと待ってこっち来て!」
「は?!」
やけに焦った表情の空澄は、捕まえた桐谷諸共掃除ロッカーへと身を潜めた、桐谷はあまりに突然の出来事だったため未だに状況を把握できずにいる面持ちだった
「なんでこんなことするんだよ。変なドラマでも見たのか?」
「静かに!」
「あ、ここ誰もいなさそう...」
「そうだね、ここにしよっか」
2人は空き教室にいた。しかし突然の来訪者に気がついた空澄が咄嗟の行動に出たためこのような状況となってしまった。男女二人が入るには少し狭い掃除ロッカーは少し動いてしまえば物音がたってしまいそうなくらいだった。
「...」
「...」
「...なあ空澄」
「静かにして...なにか喋ってる」
桐谷は少しでも自分の気を紛らわそうと話しかけた。2人の距離は自ずと近い。そんな状況に桐谷は限界を感じていた。恋仲ではない2人の距離としてはあまりにも近かったからだ。空澄の匂いが桐谷の鼻腔をくすぐり変に意識してしまっていた。
「...告白してるよ」
「そうみたいだな。学祭前に告るんだな」
「ね、どんな感じのカップルなのかな」
一方外では男子生徒による一世一代の挑戦が始まっていた。声高らかに好意を口にする姿は周りに誰もいないと踏んでの行動なのだろう。しかし掃除ロッカーには辺鄙な2人組が身を潜めていた。
「...ようやく行ったみたいだな」
「ええ、ってホコリくさい...。あ、桐谷動かないで、ホコリついてるから取ってあげる」
2人は猿のノミ取りのように互いに着いたホコリを取ってあげた
「やっぱり学祭は偉大だな。なんとなく雰囲気で告白しちゃおうってなるんだろうな」
「そうかもね。桐谷も恋人欲しいんでしょ?誰かに告白すればいいじゃん」
「欲しいけどな。でもお前ならわかってくれるでしょ?」
「...まあね」
そう笑っている桐谷の目には悲しみの色が隠れていた。強がってるんだろうということも空澄は知っていた。2人は何事も無かったかのように教室へと戻り?再び各々の輪の中へと溶け込んでいった。