儚く散りゆくあなた   作:-つくし-

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全力が大好きだ

「次の種目は?空澄」

 

「え〜っと次は...大縄」

 

「借人競走っていつ?」

 

「これの2個先」

 

「りょーかい」

 

 

 この高校では学校祭の一ヶ月後に体育祭が行われるというしきたりがある。それは行事をいっぺんに行うのではくコンスタントに開催することで学生が常に何かのために頑張れる環境を作りたいためであった。これから大学受験を控える生徒にとってもつかの間の休息として機能していた。

 

 

「にしても暑いな。今日って一応9月だろ?」

 

「ほんとにね。25度くらいまではいくらしいよ。日差しが強いから日焼け止め塗らないと」

 

「そーいうとこほんと抜かりないな、まじで肌白いし。病気かと思うくらいには」

 

「女子はそういう生き物」

 

「お、収集かかったわ。行ってくる」

 

「ん」

 

 

 桐谷は借人競走参加者の集合場所へと向かった。つい先日まで一日の大半をベットで過ごしていた人とは思えないくらいに足取りが軽かった。

 

 

「あ!セナ、桐谷君走るよ!」

 

 

 次走の方を見るとそこには桐谷が今か今かとそわそわしているとうに見えた。案の定好きな人や気になる人はもちろんのこと、メガネをかけた人、1番好きな先生などバラエティ豊かなお題がグラウンドに散らばっているようだった。スターターピストルが鳴るのと同時に桐谷はお題へと駆けていた。まるでお母さんを見つけた幼稚園児のようだった。

 

 

「え!セナ桐谷こっち来てるよ!」

 

「違う人でしょさすがに、いやいやいや」

 

「空澄!来てくれ!お題にお前が必要だ」

 

「え」

 

「ほら空澄はよ行けや、旦那が待っとるぞ」

 

「うるさい山下!」

 

「ほら早く!」

 

 

 ぶっきらぼうに差し出された手を取り空澄と桐谷はゴールテープの方へと走っていった。空澄は自分に向けられている黄色い声援が恥ずかしかった。こんな経験1度もなかったからだ。全校生徒はお題の発表を今か今かと待っている。空澄自身も疲れで息が上がっているのか、はたまた気分が高揚しているだけなのかよく分からなかった。

 

 

「おめでとうございます!1着です!お題は...」

 

 

 空澄は固唾を飲んで司会を見つめた。

 

 

「儚い人!です」

 

 

 お題が告げられた瞬間、会場全体の緊張の糸が解れた。あーあと落胆するものもいれば空澄のようにほっとしている人もいた。なぜこの人を連れてきたか理由を述べるまでがセットだった。

 

 

「座っている空澄さんがものすごく絵になるんです。窓際で座っている時があったんですけど、風に靡かれてる姿がなんというかめっちゃ儚いな〜って思って空澄さんを連れてきました」

 

 

 空澄は儚い人、なんて抽象的なお題にまさか自分が選ばれるなんて思ってもいなかった。そして自分自身がそのように見られていることを初めて知った。空澄と桐谷は全校生徒の視線を浴びながら自分たちの席に戻って行った。空澄は気温に夜暑さとはまた違う火照りを感じていた。

 

 

「いや〜空澄のおかげで1位取れたわ!思い出思い出」

 

「なんで私は儚い人なわけ」

 

「さっき言ったじゃん。そのままの意味だよ、って言ってもお題よく分からんかったからめっちゃ困ったけどな!どういうテンションであのお題書いたんだよ」

 

 

 桐谷は思わず苦笑した。なんで普通のお題こないんだよとクラスの席に戻るまで嘆いていた。

 

 

「次は空澄が頑張る番だぞ。期待してる」

 

「期待もなんもどーせ陸上部がトップをかっさらうんだから」

 

「空澄は全力で頑張る人が好きなんだろ?じゃあ自分も全力で頑張るべきだ。手抜きなんて俺が許さない」

 

「わかったわよ。ちゃんと走る、その代わり1位だったらなんか奢って貰うからね」

 

「は?!それは違うだろ...あ、空澄」

 

「なに?」

 

「後ろ向いて」

 

 

 空澄は言われた通り後ろを向いた。すると桐谷は背後まで距離をつめて頭に巻かれている赤いハチマキに手をつけた。

 

 

「おー桐谷積極的だね」

 

「なんのこと?坂本」

 

「知らないのか?この学校では異性間でハチマキを巻くことは...そういうことを意味するんだよ」

 

「じゃあお前も橘にやるんだな...ってその表情はもうしたってことでいいのか?」

 

「い、いやー。俺の場合はただひなーのに頼まれたっていうか」

 

「照れんなって...ほら空澄、これでいいか?キツくない?」

 

「まあいいんじゃない?少しきついかもしれないけど、まあ...ありがとう」

 

 

 

 

 空澄には苦い思い出があった。彼女は小学校の頃、陸上クラブに所属していたこともあり、クラスリレーの選手に抜擢されることが多々あった。彼女自身も走ることを嫌な顔ひとつせず受け入れていた。ところが中学校のとある日、空澄は嫌な話を聞いてしまった。

 

 

「ねえ、空澄ってさ、なんであんなにマジになって走るんだろうね」

 

「ほんと、たかが体育祭のくせに本気になっちゃって」

 

「わかる〜。男子にいい所見せようと必死なんじゃない?」

 

 

 空澄は驚いた。常に物事に対して全力投球だった彼女にとって人の頑張りを嘲笑うことは理解し難かった。表では何も聞いていない、何も気にしていない素振りをしていた。リレーだって走った。だが、「全力」ではなかったのだ。その子とは疎遠となり、未だその出来事は空澄の心の奥底に残っていた。

 

 

 

 

「桐谷はさ」

 

「なんだ?」

 

「私が全力で走るの嫌だって言ったらどうする?」

 

「どうするって...。うーん難しいな。俺は空澄に全力で走ることを強要できない。だけど見たいな空澄の全力、なんかあったのか?」

 

「いやまあ...」

 

「まあ俺から詮索することはしないよ、だけど話したい時がきたらその時はちゃんと聞く。だけど俺は全力で頑張る人が好きだな、空澄と同じ。だって人が全力を出してる時ってなんか、清々しくて見てるこっちも応援する気になるだろ?手抜いてる人を否定する訳じゃないけどさ」

 

「なるほどね。なんかふざけた回答すると思ったけど少し安心」

 

「バカか、俺は真面目な人を目の前にしてちょける人じゃない。あとさ、これを引き合いに出すのはお門違いなんだけど」

 

「?」

 

「これが最後かもしれないから、全力で走ってほしい。いや!なんかコンディション悪かったり気が乗らなかったら全然いいから!」

 

「ふふ」

 

「何笑ってんだよ」

 

 

 空澄は桐谷らしい要望だと思った。空澄は桐谷が本気のお願いをする時は相手の気持ちも同時に気にすることを知っていた。つまり今はその合図だった。空澄はその場でははぐらかして桐谷を煽った。

 

 

 スタートレーンに立つと嫌な気持ちが蘇った。またあれだけに非難を浴びるんじゃないかと不安になっていた。あれは思春期特有の嫉妬、気だるげにやることがステータス、そう思うことにした。スターターピストルが鳴り響いた瞬間地面思いっきり蹴り上げ加速した。足取りはどんだけ調子がいい時よりも、現役で切磋琢磨している時よりも軽い気がした。

 

 

「どうだった桐谷...満足?」

 

「ああ、かっこよかった。すっげえかっこいい」

 

「1位は取れなかったけどね。まあ案の定って感じなんだけどさ」

 

「まあ頑張りに免じて奢ってあげましょう」

 

「なんでそんな上から目線なのさ、あんたが私に言ってきたでしょ?」

 

「はは、そうだな。空澄」

 

「なに?」

 

「お疲れ様、かっこよかったよ」

 

「...ありがとう」

 

「セナ〜!凄かったよ〜」

 

「空澄さんってあんだけ早く走れたんだ!もっと早く教えてくれよ〜」

 

 

 空澄を迎え入れたのは暖かいクラスメイトだった。空澄が全力で取り組んでもそれを応援してくれる、祝福してくれる仲間達がそこにいた。空澄は周りを見渡したが、自分を奮起させてくれた彼の姿はいつの間にか消えていた。

 

 

 

 

 

 

「...ほんとにごめんノアちゃん」

 

「全然ええって、でも毎回無理しすぎたらあかんって言うてるやん、違う?」

 

「滅相もない」

 

「ほんとにさ、みんな心配するんだからね。みんなの前ではふつーに過ごしてる人がいきなりぶっ倒れたらさ。どう思う?めっちゃ心配しよるよ。ほどほどにせいって毎回言ってるじゃん」

 

「今日はダメなんだ、どうしても」

 

「なんでって...あ」

 

「たかが応援なんだけどな、俺は空澄に全力で頑張れって言ったんだから、俺も全力で、血が上るくらい応援するのが筋でしょ。ノアちゃんならわかってくれるしょ」

 

「やけど...う〜ん。まあ今回は見逃してあげる。だけど!また倒れた時には容赦せーへんからね」

 

「善処します」

 

 

 桐谷は生活に制限がかかっていて、運動ももちろん例外ではなかった。桐谷は運動でもない、他人から見ればたかが応援に全力を注いでいた。結果体調を崩し、胡桃に助けを求めた。桐谷自身こんなことで体調を崩し誰かの手を借りなければならない自分に嫌気がさしていた。

 

 

「こっちの席まで聞こえとったよ、歩夢君の声。なんか聞いたことある声やな〜って思ってたら歩夢君やった。なずちゃんもすーちゃんも笑ってた」

 

「うっわ恥ずかし。そんな聞こえてた?」

 

「体調崩すくらいには声出してたんやろ?そりゃ聞こえるよ。歩夢君のあんな声聞いたの何年やろな」

 

「掘り返さなくていい」

 

「ところでセナには言わんくてええの?今頃心配してるんちゃう?」

 

「う〜ん、迷ったんだけど今頃クラスメイトにもみくちゃにされてるから大丈夫かなって。あと心配させたくないし、理由が恥ずかしいしな」

 

「今回はお口チャックしといてあげよう」

 

「面目ない...」

 

 

 

 

 クラス対抗リレーも無事に終え、年に一度の体育祭は閉幕となった。これから先の1年は目白押しイベントは特になく学生はただただ流れに身を任せて生活するだけとなり少々味気がない。しかしそんなこと今の瞬間は学生にとっては関係なかった。今を楽しむこと、それが彼らの生業だった。

 

 

「ところで桐谷」

 

「なに?」

 

「なんで私が徒競走終わったあと少しいなかったの?」

 

「トイレトイレ、あと薬飲んでたんだよ。今日は長丁場だから適度に取らなきゃいけなくてな。そんなに俺のこと気になってるのか?照れるなー」

 

「自惚れんのも体外にした方がいいよってことだけ忠告しといてあげる、気持ち悪いから」

 

「そんな毒舌酷かったか?!もっと愛情あっただろ」

 

「さあね、元より私はこんな感じ」

 

「信じたくねー、ところで今どこに向かってるんだ?」

 

「どこって?ここだよ、あんたの財布の事情も考えたんだけど、なんか言うことない?」

 

「感謝、まじで感謝」

 

 

 目の前にあったのは安くておいしい、学生にとってそれはそれはありがたい存在であるファミレスだった。学生で溢れかえっているという予想とは裏腹に店で待つことなくスムーズに席まで案内された。

 

 

「それじゃあ」

 

「「乾杯」」

 

「くぅ〜!やっぱメロンソーダが体に染みるね!!」

 

「なーにおっさんみたいな声出してやんの」

 

「出したくなるだろ、ひと仕事終えたあとのジュースは最高なんだから」

 

「まあ私もそれには否定しない」

 

 

 そんなことを言っている空澄は、もう既に1杯目を飲み終えようとしていた。

 

 

「うん、やっぱここのドリアは美味しい!しかも安い!」

 

「コスパいいよね、でも半熟卵の潰し時が難しくない?」

 

「わかるわ〜毎回変なタイミングで割っちゃうんだよ」

 

「なんか桐谷らしい、そこでも優柔不断なんだね」

 

「はいはい、優柔不断ですよ〜俺は」

 

「じゃあ優柔不断な君に、私こと空澄が次のメニューを決めましょう。えーとまずはこの期間限定のチーズケーキでしょ、あとはこのティラミスと」

 

「まてまて!俺の財布を考えるって言ってたやんけ!」

 

「えーと、あとこのチョコケーキ」

 

「おい!馬鹿野郎!」

 

 

 店員に怪訝な目で見られたのは、また別のお話だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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