「...ねえ桐谷」
「なに?」
「なんで私たちは北海道にいるわけ?」
「なんでって言われても、遊びに行くぞって前もって言っといたじゃないか」
「いや遊びに行くって範疇超えてるんですけど...」
話は2週間前に遡る。空澄は自宅でいつも通りゲームに勤しんでいると、ピコンとメールの届く音がした。送り主は桐谷、たまに連絡し合う中ではあったためなんの疑問もなかった。
『連休の時暇?良ければ遊ばない?』
その日はちょうど暇をしていたし断る理由もなかったため、いいよ、その代わり予定はそっちが組んでね、と全ての計画を桐谷に委ねまたゲームへとの世界へと誘われていった。
当日、空澄は白のオーバーサイズのカットソーに黒色のショートパンツ、そしていつもより少し念入りに化粧をし目的地へと向かった。そこで待っていたのは明らかに自分よりも大きな荷物を持った桐谷だった。空澄は少し嫌な予感がしていた。だって普通に遊ぶだけなのに大きなキャリーケースが彼の隣にはあったからだ。
「...桐谷は遊ぶ時そんなに荷物必要なの?前カフェ行った時とかファミレス行った時はそんなこと無かったじゃん」
「別に普段遊ぶ時は手ぶらに近いよ。サプライズしてやろうって思ってさ、行先は言ってなかったんだ」
「...どこよちなみに」
「ほっかいど」
「馬鹿じゃないの?!私お母さんに何も言ってないし、だいいち何の準備もしてないしチケットもとってないんだけど!」
「まあまあまあ落ち着いてって、空澄のお母さんには許可取ってる。そしてチケットもほら、2枚」
桐谷はスマホを取り出して空澄のお母さんから言質は取ってあることをアピールした。空澄はなぜ自分の母親の連絡先を持っているかを聞こうとしたが、ツッコミどころが多すぎてそれどころではなかった。
「とりあえず急ぐよ、一応余裕を持った集合時間にしてるけどなんかあったら嫌だろ?お金は俺が払うから安心して」
空澄はもう何も考えず、ただ彼について行くだけだった。
そして無事何事もなく北海道について今に至るわけだ。空澄は本当に北海道に来てしまったという驚きと桐谷の奇想天外さに呆れていた。優柔不断なんてただの空言なのではないかと、そう思ってしまった。
「今日はちょうど暖かくて良かったな。本州とこっちじゃ結構気温違うから」
「そうね。この服装でも過ごせるくらいには暖かい」
「ところで空澄は北海道来たことある?」
「いーや、ないよ。まさか初めての北海道がこんな形になるなんて思ってもいなかった」
「それなら良かった」
「いや良くないから」
「ま、新千歳空港無事ついたわけですし、ラーメンが食べたいな。札幌味噌ラーメンって有名なんだよ?」
様々なラーメン屋が並んでいてどれに入ろうか2人は悩んでいたが、最終的に1番人気店に並んだ。舌鼓を打つほど美味しかったラーメンのおかげで最高のスタートで旅を開始することができた。JRに揺られること約1時間、目的地である小樽に到着した。空澄は小樽のことなんてほとんど知らなかったが電車の中で下調べしたり、桐谷が教えることをインプットしなんとなくだが理解することができた。
「小樽は観光スポットとしても有名なんだ。なんかすっごいテーマパークがあったりものすごいショッピングモールがあるってわけじゃないんだけど、なんとうか由緒正しいって言うのかな?趣がある」
「よくお母さんは許可出したね」
「一応地元だしね、万が一があっても空澄がいる」
「突然連れてこられた私の身にもなれ、バカ」
「タダで美味しいもの食べれるって考えれば得じゃない?」
「...まあそうだね」
まず初めに硝子館へと足を運んだ。小樽といえば小樽ガラスで有名なのは言うまでもない。これが桐谷の言っていた「趣き」のうちの一つだった。全てのものに目移りしてしまいそうなくらい綺麗な硝子製品に空澄は釘付けだった。特にコップに目が惹かれていて、家にある普通のコップには見られないような繊細さを感じていた。空澄は衝動買いしてしまった、考えるよりも先にレジへ向かっていたのだ。後悔はしていなかった、今後訪れるかもわからない小樽の地に踏み入れた証拠にもなるからだ。
「俺は空澄これを買いたくてここに来たんだ」
「私に?なにさ」
「それは帰ってからのお楽しみ、絶対開けるなよ?」
そう言われると開けたくなるのが空澄であったが、なんとかこらえるのであった。
「うーんやっぱり水族館っていいよな。泳いでる魚見るだけで心落ち着くっていうか」
「あんたにもそういう感情があるのね」
「あったりまえだろ、あと見てるとお腹が減ってくる」
「もう私はツッコまないわよ?」
次にやってきたのは水族館。小樽にある水族館は北海道で1番でかいため、1度行ってみたいと桐谷は思っていた。
「あ、空澄。アザラシの餌って書いてあるぞ、もしかしたら餌やりできるんじゃないか?」
どうやらこの水族館ではアザラシの給餌体験ができるらしい。せっかくだからと空澄はそのアザラシの餌を買って人生初となる給餌へと挑むのであった。
「うわすごい!結構豪快に食べるんだね」
「なんかあれだな。転校してきた猫汰に群がる男子みたいだな」
「あの時はみーんなねこたつに夢中だったよねってそういうたとえ出さないでくんない?なんか気持ち悪いんだけど」
「ああ!空澄、アザラシみんなこっち見てるよ。餌持った瞬間みんなの視線が空澄にいってるわ」
「うん、今私アイドルの気分」
「オーディエンスはアザラシしかいないけどな」
「私は将来アイドル的なことするつもりでいるからお客さんは誰だっていいの。動物だって人間だって画面の前の人たちだってなんでも」
「へ〜、そういう職業もあるんだな」
「まあ適当に言っただけであるかどうかなんてわかんないけどね、でも朧気ながら浮かんできたんです」
「アイドルという文字が?」
「...うん」
「自分で俺に振っといて笑うんじゃねーよ」
桐谷と空澄は交互に餌やりをした。その後はお土産コーナーでお菓子やキーホルダー、ぬいぐるみを物色。桐谷は意外にもぬいぐるみを集めることが趣味らしく、訪れた観光地になにか可愛いぬいぐるみがあればその都度買っているようだ。今回は青いペンギンに惹かれ、間髪入れずにレジへと持っていった。
「このペンギン可愛いな」
「桐谷にもこういう趣味あったんだね。意外」
「妹いるからな、可愛い物好きになったのかも」
「妹いたの?!まあ、言われてみればなんとなく面倒見良さそうだし長男ぽいけど」
「言ってないからな、一個下にいるしなんなら同じ高校」
「すみませんお客様、実はこのペンギン2種類ぬいぐるみがございまして、青いペンギンの他にピンクのペンギンもいるんです。個人的にお2人がすごくお似合いなので良かったらお揃いで買いませんか?」
「え、あ、私たちそういう関係では」
「う〜んなんかそういう言われると買いたくなるんで、買います!」
こうして青いペンギン、ピンクのペンギンが2人の手に渡った。
「私がお金払うよ、ピンクの分」
「いいよ、俺が衝動買いしたんだから。旅の思い出として貰っといて」
空澄は彼の温もりが残っているペンギンを無言でバッグに入れた。
「小樽運河の夜景は綺麗なんだ。空澄も1回は写真で見たことあるんじゃないか」
「わあ!なんとなくだけど見たことあるかも。本当にこうやって写ってるんだ」
目の前に広がるのは赤レンガでできた倉庫がライトアップされている光景だった。運河と織り成すロマンチックな雰囲気は見るものを魅了し、桐谷と空澄も例外なくそれだった。桐谷たちが立っているのは特に「映え」を
得ることができる中央橋脇だった。そのためよりその雰囲気が際立っている。
「ねえ桐谷!あそこのカップルキスしようとしてる!」
「バカはしゃぐな!聞こえるから」
ノストラジックな雰囲気が初々しいカップルの背中を押しているようにも見えた。ここにいる2人を除いて。
「疲れた...。全然近場で遊ぶつもりできたのに今北海道にいるなんて未だに信じられない。ほんっとどういうつもりなの、誰かにこれを共有することができない私の気持ちも考えろー」
空澄は自分自身満更ではないことくらいわかっていた。しかし素直に楽しんだ自分に少し腹が立っていた。少しくらいいじわるしてやっても良かったのではないかとホテルの部屋に入って考えていた。
「桐谷のやつ私に合鍵なんて託しちゃって、何かあった時困るって言っても異性にこれを渡すかな」
ジャラジャラと合鍵にしては目印のつきすぎているそれを空中に放ってはキャッチするを繰り返していた。度重なる金属音に嫌気がさし、その無駄な行いは1分と経たずに終わった。
「信頼しすぎだっつーの、私のこと。嬉しいけどさ」
空澄は頼られることが好きなタイプだと自負している。しかし時たまにそれが重荷となり自分の体を蝕んでいることも知っていた。彼女の知ってしまった秘密は1人の女子高校生が背負うには重すぎたのだ。感情的になってしまった空澄は桐谷を自分の部屋へ招いた。
「どうした空澄、寂しくなったか?」
「桐谷はさ、どうして私なんかにこんな」
「私なんか、とか言うなよ空澄」
空澄が聞いてきた彼の声の中で1番穏やか声だった。
「俺は空澄がいいからこうやって一緒に旅行に来たんだ。思い出作りも兼ねて。この際だから言うけど最初は不安だったさ、今だって思ってる。死を目前にしたクラスメイトと一緒に生活するってどういう心情なんだろうって」
「私だって、あれは不慮の事故で知っちゃったから...桐谷は不本意でしょ?」
「でもその不本意に、俺は今も救われてるんだ。もしこのまま誰にも打ち明けず1人で海に沈むように静かに死んでいったらって。最初はそれが正解だと思った。でも空澄がそれを知ってくれてたおかげで俺は、もう一度俺が俺であれたのかも知れないって考えたんだ」
「でものあ先輩も知ってるじゃん。私じゃなくてものあ先輩が」
「のあちゃんは確かに俺の良き理解者だ。ずっとそうだった。だけどずっとそうだったからこそ空澄とは違う。今まで俺のことをあまり知らなかった人に知ってもらうことが最初は怖かった。」
1度息をおいて続ける。
「でもそれが逆に良かったんじゃないかって思ってる。坂本とか山下とか白雪に伝えるっていう手も考えた。でも最初に話したしょ?心配させるのは嫌だから。逆に突然知られたのが俺の中では良かったのかもしれない。そしてそれが空澄だったから良かった。ちょっと他の人は怖いかもな」
「...なにそれ、あんた1人だけ満足して完結しちゃってさ」
「それは...」
「私は最初、私なんかには荷が重いって思ってた。あんたの秘密を背負って生活できるのかって、今だってそう思ってる。でもずっと一緒にいて、同じ空気吸って思った。それもまたいいなって思っちゃって、でもそれは私じゃなくてもいいって。この際だから聞く、1回しか言わない、私のどこがいいの?」
「物事に真摯に向き合うとこだな、なんとなくそんな感じしてたんだけど確信に変わった。だって俺のことでそんだけ考えてくれてるんでしょ?それって俺からしたらすごい嬉しい。だからこそ空澄に知ってもらえて良かった。無碍にされるよりはやっぱ一緒になって考えてくれる人に知ってもらった方が俺も...なんかいいな」
「...ふ〜ん」
「どう?これで満足ですか、良ければ感想を」
「...素直に嬉しい。って言わせんな...。あとこっち向くな今だけは」
「照れてるな」
「照れてないから」
「俺も恥ずかしいから...ちょっと自分の部屋戻る。夜だからか柄にもないこと喋っちゃった。なんかあったらまた連絡して!」
そういうと足早に空澄の部屋から出ていってしまった。空澄は桐谷の残り香がやけに鼻から離れなかった。
その後小1時間ベットで悶々としたのち空澄はそれを洗い流すためにシャワーに入った。すると時刻は深夜の1時を回っていた。空澄は言いくるめられたことに少し腹が立っていた。何か桐谷に仕返しをしてやりたかった。彼には喜ばされてばかりで癪だった。
「桐谷...って寝てる」
部屋に忍び込むと案の定泥のように眠っている桐谷がいた。年相応の可愛い寝顔に空澄は少しだけ目移りしてしまった。
「...ばか、歩夢」
空澄は桐谷の布団へと忍び込む、距離はもうゼロに等しかった。
「...ん、もうこんな時間?ってなにこれ...」
「...おはよう桐谷」
「は?!空澄!お前なんでここに!ってなにその格好早くなんか着てくれまじで!」
「...昨日あんだけすごかったのに」
「まーじでしてない!すぐ寝た!絶対に違うから!」
空澄はニヤリと笑った。