校庭に作られている銀杏の絨毯を見て空澄は秋の終わりを感じていた。頬ずえを着いてぼーっとそれを見ているだけで軽く1時間は時が過ぎていった。その間、先生の話などまるで頭には入っていなく、指名されてもしどろもどろに答えを言う羽目になっていた。
「もうすぐ冬だねー」
「うん、ちょっとだけ肌寒い感じするよ」
季節が巡ることは避けては通れない、空澄はそのことをわかっていた。冬が近づくごとにまた終わりも近づいてきていることも重々承知していた。それなのに桐谷は顔色ひとつ変えていなかったのだ。空澄はそんな不安に苛まれていたのだ。一重に検査入院と言ったって、今回は検査じゃ収まらないなんてことも十分にありえる時期に入ってしまっていたからだ。
「空澄ちょっといいか」
「はい」
「桐谷の家にこれ、プリントとか色々届けてくれないか?」
「え、いつも先生行ってるじゃないですか」
「桐谷の親御さんから空澄を連れてきて欲しいってお願いされたんだ」
空澄はただならぬそれを感じながら、カフェへと急いだ。
「これ桐谷君にプリントです」
「ありがとうセナちゃん、実は話しておかなきゃいけないことがあって」
空澄は思わず固唾を飲んだ。真剣な眼差しに走ってきた汗とはまた別の汗が流れているのを感じた。
「今回の検査入院は1ヶ月くらいかかるんだ。それは担任の先生にも言ってることなんだけど、セナちゃんにも言っておかなきゃなって思って」
「...ちょっと待ってください、桐谷はいつも通りの検査入院って言ってたんですけど」
「...はあ。そんなことだろうと思ったよ、だからこそセナちゃんに言っておいて良かった。見栄を張ってるだろうって言うのは親にはバレバレだし...俺だってそうすると思う」
「親子揃ってそんな感じなんですか?」
「ああ、俺も歩夢も人を心配させるのが好きじゃないんだ。それは親父である俺がいっちばんわかってる。もし俺が今の歩夢と同じ状況だったら多分...同じことをすると思う。歩夢には悪いが俺の方からセナちゃんには伝えさせてもらう必要があると思ってる」
「他の人には?他の人にもきっと伝えた方がいいと、思います」
「歩夢が言ってなかった?あいつほとんどの人に言ってないんだ。あとはせいぜいのあちゃんに言うくらい」
「...嘘じゃなかったんだ」
「あいつがなんか言ってたのか?」
「はい、心配させたくないからほとんどの人に言ってないって。裏では言ってるんじゃないかって思ってたんですけど」
「あいつは本当に誰にも言ってないんだ。もちろん俺も広めないようにしてる。気が向いたら、何時でもお見舞いに行ってあげてほしい。恥ずかしがるだろうけどきっと喜ぶはずだから。この通り」
「そんな、頭をあげてください」
空澄はまさか自分がこんなセリフを言う立場になるなんて思ってもいなかった。空澄はプリントを桐谷の父親に預け、桐谷がいる病院へとそのまま向かった。夕焼けが差し込む時間なんてどうでも良かった。
「...おお、空澄」
「元気?...まあ元気なわけはないか」
「どうした?なんでそんなしおらしいんだよ、なんか嫌なことでもされたのか?」
「あんたの父親から話を聞いたの、今回は長いってことを」
「...聞いちゃったか〜、心配させるかなって思って言わなかったんだけどな」
「私にくらい言ってよ、私にも心配かけるのが嫌なの?あんな旅行に誘ってくれたくせして、今更嫌だなんて言わせない。ここまで来たら私だって覚悟してるし、全部を和らげるなんてそんな大口は叩けないけど少しだけでも背負わせてよ」
「...面目ないな、ちょっと弱気すぎたかも知れないな」
以前見た時よりも明らかにやつれている顔に生気が宿っていなかった。面と向かって人と話す桐谷が今日だけはずっと顔を下に向けていた。ボサボサの髪の毛を鬱陶しそうに振りほどき虚ろな目で空澄を見つめた。
「最近はあんまり調子が良くない...この際だからこれだけははっきり言っておく。なんか...ずっとだるくて頭がぼーっとしてる、食欲もあんまりない。なんていうか、最近になって自分が病気なんだって実感した」
「そんなに急に、くるものなの?」
「俺だってわからない、わからないんだ。何せ前例があんまりない。どういうふうに自分の体を蝕んていくのかもわからない、もしかしたらもう明日には暗闇の中から一生出てこられないかもしれない。怖い」
空澄が見てきた桐谷はいつでも活力に満ちていた。内から病気なんて跳ね除けてしまいそうなくらいに眩しかった。しかし今はどうだろうか、不安に苛まれ自分の終わりが近づいて来ていると悟った彼は恐怖を前に怯える1匹の子猫のようだった。
「怖いよ、空澄」
恐怖を訴えている桐谷の目にはいつの間にか大粒の涙が零れ落ちていた。空澄は考えを張り巡らせていた。頑張れなんて陳腐な言葉をもらっても嬉しくない、大丈夫なんて保証できない言葉はもってのほか、ありとあらゆる言葉を脳内から引っ張り出した結果は、彼に彼らしさを貫いて欲しいという言葉だった。
「私は...初めてあんたを同じ人間だと思った。こんな時に言うのは絶対間違ってる。それを承知で言う。あんたは病気と常に戦いならがみんなや私に接してきてくれた。私の前で怖いって言ってくれる分には構わない、私もあんたと一緒に背負うって覚悟、できてる、そう決めてる」
しどろもどろになっているのなんて彼女には関係なかった。ありのままの言葉を紡ぐのに精一杯で取り留めのない文章になっていることを空澄は知っていた。口は止まることを知らなかった。
「ここまで来たら桐谷がみんなに心配させたくないっていう願いを、最後まで見届けたい。あんたにどんだけ説得したって私みたいに不慮の事故じゃない限り明かさないなんて知ってるから、だからせめてあんたらしくいてほしい」
「...そうか」
「...ごめん、なんか頑張れなんて言ったって桐谷は頑張ってるんだから違うかなって思って。だからなんかこう、私らしいこと言えないかなって」
「わかってるよ、十分伝わってるよ。握ってくれてるてからも伝わってる」
「握ってるって、え!ごめん私無意識に...」
空澄は自分が桐谷の手を取っていたことを気づいていなかった。慌てて手を話そうとしたが、桐谷の手がそうはさせてくれなかった。僅かながらに力を込めていたのだ。
「そんなのも気がついてなかったのか、でもなんだかすっごい暖かいや。わがままだけど...もうちょっとだけ、その温もりをわけて」
「...小説の見すぎだ、バカ」
「少しくらい優しくしてくれたっていいだろうに。恋愛小説のヒロインは無言で承諾してくれるんだよ、覚えとけ。まあ空澄っぽいや、その不器用な感じが」
曇り空からは一筋の光が差し込んでいた。