「いらっしゃいませ!」
「セナちゃん、あそこのお客さんの注文とってあげて」
「はいただいま!」
あの日を境に空澄は様々なことに取り組み始めた。まずは自分の趣味であるゲームを将来的に活かすことはできないかを考えた結果、色々なジャンルのゲームに触れてみることにした。次に桐谷の実家のカフェで働くことにした。桐谷への慈善活動ではなくあくまでも自分の将来経験のため、ちょうど人手不足で誘われたという縁もあり、二つ返事で了承した。
「セナちゃんもだいぶお仕事慣れてきたみたいだな、店長」
「そうだな、常連であるあなたから見てもそう見える?」
「もちろん、しかし今までバイトなんて取ってなかったのにどういう風の吹き回しなんだい?」
「...気分ですよ、気分」
「まーたそうやって気分って言って誤魔化すんだから。セナちゃんこっちも注文いい?」
「いや俺が目の前にいるんだから俺に注文頼めばいいでしょ」
「華が欲しいんだ。えーと、まあ普通にコーヒーでいいかな」
「だそうですよ、祐介さん」
「はいはい、ご注文承りました」
「めっちゃ個人的な質問するんだけいい?セクハラになんないようにするからさ」
「え、はい」
「セナちゃんって趣味なんなの?」
「うーん、空いてる時間は同級生とゲームしたりすることが多いですね」
「...ゲームかなるほど」
その常連の客はその質問をして以降は自分の世界に入り浸ってしまった。今では持ってきたラップトップと睨めっこしている。空澄は質問の意図がいまいち掴めなかったが、お客の道楽に付き合ってあげた、という名目で合点しておいた。
「...ふう。今日も疲れた。明日は...特にテストも予習もしなくていいし、ゆっくりできそう」
帰路につきながらそんなことをぼやているとスマホが小刻みに震えた。桐谷から通話がかかってきた。
「空澄お疲れ」
「桐谷もお疲れ、今日はどうだった?」
「俺の方は別に変わりは...強いていうならちょっと元気が出てきたから、歩いて屋上まで行ってきた。病院の屋上ってほんとにあるんだな、ドラマのワンシーンでしか見たこと無かったわ」
「良かったじゃん、前は歩くのもしんどいって言ってたもんね。やればできる子YDKじゃん」
「ちょっとバカにしてるよな?」
「全く、私の方は今日も働いてきたよ。そこそこお客さん来てたかな」
「悪いな俺の代わりに働いてもらって」
「別に私が働いてるのはあんたのためじゃないから」
「そんなこと言って、お前がそこそこ優しいことくらいわかってるんだからな」
「勝手にそう思っとけ」
「今日は疲れたからもう寝るわ」
「寝るって、まだ21時すぎだよ?」
「俺にとっては屋上へ行くことは出張と同義なんだ、おやすみ空澄」
「え、あ、おやすみ」
この生活が始まって以来時たま桐谷から空澄へ電話がかかってくることがあった。決まって夜遅く、と言っても21時から22時にかけてかかってくるため空澄としても少しありがたかった。周りが暗いせいか、少しもの寂しさがあった。
「ねえセナ」
「どうしたの?」
「その机の中に入ってる手紙なに?ずっと気になってたんだけど」
「手紙ってなに?」
「ほらそこ」
屈んで机の中身を覗くとそこには身に覚えのない白い封筒が出てきた。面白半分で橘にも見せびらかすように空澄は封筒を破いた。
「セナこれってさ」
「もしかしなくてもラブレターってやつだよね、信じられないんだけど」
「とりあえず行ってみれば?」
「...あんまり気は乗らないけど、無碍にするよりかは面と向かって断った方がいいか」
「なんで断る前提なのさ、試しに付き合ってみるとかっていう選択肢はないわけ?」
「桐谷とかみと、その他もろもろのメンツとしか喋らないし第1あいつらはそういうタイプじゃないでしょ?だとしたらきっと私とあんまり面識がない人だと思うし」
「ふ〜ん、まあ会ってから決めれば?」
そして放課後空澄は橘の説得もあり渋々、手紙に記載されていた場所に向かった。今日はバイトもなく、桐谷の見舞いに行ったあとゆっくりゲームができる日だったため、早く終わることを祈った。
「空澄...さん?」
「え、うんそうだよ。この手紙の主であってる?」
「うん、手短に言うね...」
その後は空澄の思い描いた通りのことが起こった。手紙の主は隣のクラスのサッカー部の子だった。空澄の耳に少し入るくらいにはかっこいいと噂のある人で高飛車な感じかと空澄は思っていた。しかしそんなことはなく謙虚だった。
「で空澄はそいつの告白を断ったと」
「うん、面識もないし」
「それだけの理由かよ」
「桐谷に言わなかったっけ、私は清潔感がある人が好きなの。あの子の制服にはしわがあったし、髪もケアされてる感じじゃなかったから」
「女子って意外とそういうとこ見るんだな、でもサッカー部だったっけ?多少は見逃したりするもんじゃないの?」
「今のは建前。本当は単純に好きでもない人とは付き合えなくない?。それこそその人の思いを無碍にしてる感じがする。せっかく相手が好きでいてくれるのに私は好きじゃないなんて嫌だ」
「試しに付き合うとかもできないのか?」
「もちのろん、私の話聞いてたわけ?」
「聞いた上で話してんだ。空澄は今まで告白されたこととかあったのか?」
「う〜ん、告白って言えるかわからないのも含めれば3回くらいじゃない?今日の入れて4回」
「結構モテるんだな」
「桐谷だけには言われたくない。ひなのから聞いたけどあんたすっごい告られてるらしいじゃん」
「おいおい勘弁してくれよ、でも付き合ったことはねーよ全然」
「何回付き合ったのさ?」
「1回さ、その1回も...またやり直せたらいいなって最近まで思ってた。でももう決めたんだ、くよくよしてる時間なんてないしな」
「そうだね。それで今日の学校であった話なんだけどさ...」
空澄はいつものように一通り学校であった出来事を話したあと、夕焼けが沈む前に帰宅した。もう少し話す予定だったが、今日は来客が桐谷の元に来るとのことだったのだ。
「ああ、のあちゃん」
「歩夢君」
「久しぶりだね」
「...」
「...って泣かないでよ、ほらまだ元気だから」
「嘘つかへんでよ。見るからに前よりも痩せてる、顔だって窶れてる」
「これはもうしょうがないよ、うん、しょうがないんだ」
「僕だってわかってるよ、しょうがないことくらい。頭ではわかってる、でも昔からずっと一緒にいた君が、こんなになって、もういなくなっちゃうって思うと...止まらないよ」
「...」
桐谷はかける言葉が見当たらず行き場のない手をただひたすらにいじり、それを見ることしかできなかった。目の前にはそばにある椅子にすら座らずただ呆然と泣いている胡桃がいる。なにか喋らなきゃ、沈黙を破らなきゃいけないのは桐谷にもわかっていた。しかしこの場に適している言葉を紡ぐことができずただひたすらに時間だけが流れていった。たかが数分が何時間も経ったように感じた頃、桐谷は胡桃に意を決して話しかけた。
「...あのさ、のあちゃんと俺が初めて会った時のこと覚えてる?公園で遊んでたらのあちゃんが来て、一緒に泥遊びして二人で泥まみれになって叱られた時さ。家近いから暇さえあれば遊んでさ、今振り返るとすっごい楽しかった」
「...うちも」
「あの時からのあちゃん面倒見が良かったなって思って、少しのあちゃんの弟が羨ましかったな。こんな姉ちゃんいたら毎日だって楽しいって思っていた時期もあった」
「...」
「でもさ、あたりまえって続かないんだって思った。なんか俺色々幸せすぎたのかもしれないなって。暖かい家庭で育って周りにはあすみとかかみとみたいな仲いい友達もいて、そしてのあちゃんみたいな頼れる人もいて...。幸せすぎたんだ、きっと。でも最近は幸せなまま死ねるな」
「死ぬなんて軽々しく言わないでよ!まだ歩夢君が死ぬなんて決まった話じゃないでしょ?!僕はまだ、歩夢君とのお別れなんて考えられないよ、だってずっと一緒にいたのに...次の目が覚めた時歩夢君がいないなんてことが起こったら。僕は考えられないよ」
「嬉しいな、俺のことこんなにも考えてくれるなんて。やっぱり幸せだ。のあちゃんのこと好きになれてよかった」
不器用ながらにはにかむ桐谷は子どものころと全く変わっておらず、むしろ懐かしさすら覚えた。あの日の思い出に照らし合わせた時の彼と全く同じだった。
「そんなこと言われたら忘れられないよ...また好きになっちゃう」
「え?」
「学校祭の日からずっと、また、よりを戻せないかなって考えちゃった時があってさ」
そうすると胡桃は花芽すみれとのできごとを話し始めた。