〈……───さん、……。……藤田さん!! 藤田さん!?〉
………………、───あ。
……。…………。
「プロデュー……サー……」
〈藤田さん!! よかった……! 大丈夫ですか? 急に通信が途切れて……!〉
「……だい、じょうぶ。あたしは……大丈夫……」
胸がズキズキする。
心臓の鼓動がまだ続いているのを自覚して、涙が溢れてきた。
「───う……う、ぁ……。……あぁ……、うぁぁぁぁぁ……!!」
『ことね』の笑顔を見た次の瞬間、あの子はもうそこにいなかった。
そして、世界を焼き尽くす光も消えていた。
〈藤田さん……!? ───まさか〉
〈プロデューサー! ことね、どうしたの? やっぱり怪我して……〉
〈……、……っ! ……いえ……咲季さん、藤田さんは無事です。しかし……〉
通信の向こうで、咲季が息を呑むのが聞こえた。
咲季もプロデューサーも頭がいい。もう気づいているだろう。
「───ことね」
不意に、近くから声が聞こえた。
アリュゾホート・マグサリナス。ちっちゃいアザラシのぬいぐるみみたいな、あの子と瓜二つの姿。
「アリュゾホート……さん」
「見ればわかる。頑張ったんだな、あいつ」
アリュゾホートさんの声は優しかった。そこに玉座でのぶっきらぼうで気怠げな態度はない。
「……ことぬいは」
「……?」
「本来、さほど力のない個体だった。言葉も話せず、擬態……変身の精度は甘い。体格には恵まれていたがそれだけだ。真に優れた“白き闇”は、柔剛あらゆる力に通じていなければならない」
「……、……」
「あいつは───キミのために、限界を超えた。本当の戦士だ」
アリュゾホートさんなりの……“白き闇”流の慰めだろうか。
……胸の痛みは、まだ消えない。でも─────。
「アカシャ!」
「は〜い♡」
アリュゾホートさんの声かけで誰か来た。狐のお面で顔を隠した女の人。服装はどことなく和風な感じだけど、よくあるイメージの魔女みたいに、ホウキだか杖だかに腰掛けて宙に浮いてる。
「代わりの護衛だ。好きに使え」
「よろしくね、ことねちゃん!」
何か返事をしようとしたけど、言葉が出てこない。頭の中はまだぐちゃぐちゃで、考えらしい考えが浮かばない。
「ことね。キミと過ごした
はっとして、顔を上げた。
あの子とそっくりのアザラシの目が、あたしを覗き込んでいる。
「───だから、生きろ。ことぬいの分まで」
言って、アリュゾホートさんは去っていく。
その姿が、あたしの前に立つあの子の背中と重なる。
〈……ことね〉
「咲季……」
〈痛い……よね。……苦しいよね。遠くから見てるだけのわたしに、ことねの気持ちがわかるなんて言わないけど……でも〉
咲季の声は、どこまでも優しい。
あたしを傷つけないように、ひとつひとつ言葉を選んでいるのが伝わってくる。
〈アリュゾホートさんの言う通りよ、ことね。あなたはまだ生きてる〉
〈───えぇ。続けましょう、藤田さん。ことぬいもきっと、それを望んでいるはずです〉
プロデューサーの声で、『ことね』が最後に言ったことを思い出した。
アイドルの基本がどうこう、なんて付け足されてはいたけれど。あの子はたぶん、あたしに、ずっと─────。
〈話は聞かせてもらいました〉
……? あれ、リーリヤちゃん?
……なんで?
〈歌うんです、ことねちゃん……! 悲しみも、怒りも、喜びも───想いのすべてを歌に乗せて!〉
「……───!!」
全周囲から爆発の音が聞こえて、狐のお面をした女の人がふわりと降りてくる。
えーと確か……アリュゾホートさんが呼んでくれた護衛の、アカシャさん。
「これ、必要?」
アカシャさんがパチンと指を鳴らすと、あたしの身体が七色に光り輝いた。
驚いたのは一瞬で───そこにあったのは、カルルラハル星のパーカーではなく、学園のステージでいつも着ている衣装。
「───はい」
首から下げた宝珠を握る。それはあたしの手の中で不思議な輝きを放ち、1本のマイクに変わった。
〈コトネエエェェェェェ!!〉
そしてそこに……味方のはずのエイリアンたちを踏み潰しながら、ビルみたいな大きさのロボットが現れる。
ジブリの映画に出てきそうなシルエットだけど、ビジュアルから感じられる殺意は段違いだ。両手のレーザー砲、背中に見えるたぶんビームの剣的な武器の取っ手、ドクロみたいな顔に真っ赤な目。
機械の兵隊……アリュゾホートさんが言ってた『ゴーレム』に違いない。
〈さっきはよくもやってくれたなァ!! 今度こそテメェをブッ殺して、俺が100億クレジットをいただくッ!!〉
レーザー砲の発射口に、赤い光が灯った。
「プロデューサー。いける?」
〈もちろんです〉
宝珠を介して、曲のイントロが流れ始める。
戦場に、マルチバースに、あたしの心に。
声はまだ少し、震えてるけど。
悲しみも怒りも喜びも───『ことね』の笑顔、みんなの想い、すべてを乗せて。
「ぜったい……いっぱい、輝け……!」
─────未来を明るくしよう!
◇ ◆ ◇ ◆
同じ頃、至天の奈落の戦場には、壮絶な光景が広がっていた。
バロディックの航空戦艦と宇宙戦闘機が空を覆い、『混沌の王の鎖号』のソーラーセイルが不気味に揺れる。
それらとほとんど同数と言って過言ではないマルチバース連合の戦力は果敢な反撃を続けているが、状況は未だ膠着状態にあった。
「喜べ劣等種ども。貴様らは我が同胞に流血を強い、僕の心を砕いた。掛け値無しの称賛に値する」
そんな中、同胞の遺志に突き動かされ、アリュゾホート・マグサリナスは立つ。
小さなアザラシ型ぬいぐるみの姿は戦場の混沌に埋もれそうだったが、その瞳に燃える炎は、至天の奈落そのものを焼き尽くさんばかりだ。
「故に─────貴様らの末路は、絶滅を置いて他にない」
“白き闇”の王とその眷属、外道十一神将が咆哮した。
燃え滾る戦車が地上を轢き潰し、百本の腕を持つ巨人の振るった刃が戦闘機を叩き落とす。無数の禽獣が寄り合わさったかのような異形が毒と炎の息を吐き、翼の生えた蛇が雨の如く雷を降らせる。砂嵐と紛うほどの蝗の群れがあらゆる生命体を貪り喰らい、猫の頭を持つ巨大な蜘蛛は夢と幻の中にすべてを溶かす。黒い太陽としか形容し得ぬ不可解な球体は万物を蒸発させながら飛び回り、角と翼の生えたジャガーの骸骨が戦艦を串刺しにする。影の虎はその爪牙で海賊たちの喉笛を引き裂き、黄金の飛竜の放つ吐息が時空間を粉砕する。
「カアァァッハハハハハアアァァァ!! テメェらみたいなゴミの寄せ集めにィ、俺様の艦隊が止められるかよォ! 全艦、突撃イィ────!!」
ンゴロミィの哄笑と共に、バロディックの旗艦艦隊が一斉に突進した。
色とりどりのレーザーが吹き荒び、マルチバース連合の数十隻が一瞬で爆炎に包まれ宇宙塵と化す。
「調子に───乗るなッ!!」
アリュゾホートのヒレから解き放たれた分厚い光と熱の帯が、幾度となく空間を薙ぎ払った。
破壊のエネルギーはバロディックの艦隊をバターのように焼き切り、数百隻が制御を失って墜落。戦場の大気が、爆炎と光で揺らめく。
「退け雑兵ども!! 貴様ら如きに用はない!」
「高熱源体、急速接近───ンゴロミィ様ぁ!! 甲板にヤツが……、来ます!」
「見りゃあわかる! 行くぞォテメェらァァ!!」
『混沌の王の鎖号』の甲板で、ついに両勢力の首領が対峙した。
「ようやく会えたな、無頼漢気取りの蛆虫め。代償を払う準備はできているか?」
「いいねぇ。威勢の良いバカは嫌いじゃない、後で吊るす時の楽しみが増えるから───なァ!!」
ンゴロミィが言い終わるよりも速く、左手の義手が火を吹いた。銃剣めいてワイヤーフックの備わった12.7mm機関砲。
アリュゾホートの小さなヒレが幾度となく振り下ろされ、破断した鉛玉の残骸が積み重なる。
「さァァ野郎どもォ!! ボーナスタイムだァ───刀傷ひとつで20万! 風穴ひとつで50万! 首を獲ったヤツにゃあ、
「「「「「オオオオオォォォォォォォ!!」」」」」
サメ頭のエイリアン・バズドロトが3人、小さなアザラシに躍りかかった。アリュゾホートは振り下ろされたカットラスを横殴りにして叩き折り、返す刀で鼻っ柱を殴り潰す。
8本足のエイリアンがそれぞれの足に光線銃を携え、一斉に撃ち放った。“白き闇”の王がヒレをかざすと、亜光速で飛翔していたレーザーが中空で停止。そのまま不可視の力で薙ぎ払われ、そちら側に居合わせた戦闘員たちを甲板から吹き飛ばした。
全方位から襲い来るレーザーの弾幕をかわし、弾き、撃ち返す。あらゆる角度から叩きつけられる斬撃を避け、防ぎ、押しのける。
「なるほど。丁度良い、寄越せ」
「え? ギャッ!!」
太ったオレンジ色のレッサーパンダのような獣人がレーザーナイフを奪われ、王が逆手の小太刀二刀流となってからはより早かった。
それはもう戦闘ではない。蹂躙だ。よほどモンスターパニックのゾンビの群れのようだったバロディックの軍勢が、凄まじい速度で削られていく。
「……チッ」
故にンゴロミィは───目の前で自分に背を向けていた、味方であるはずの男の頭蓋骨を撃ち抜いた。
「───え?」
「無能どもが。テメェらじゃ話にならねぇ」
フクロウの頭を持つ熊のような大男が倒れ、人垣が割れる。
『混沌の王の鎖号』の甲板に、深紅のカーペットが敷かれていく。ンゴロミィの義手の機関銃は、確かにアリュゾホートを照準してはいた───その射線上にあるすべての味方を巻き込んでいるだけで。
隻眼の大海賊が弾薬のカートリッジを交換し終え、白き王の眼前に踏み入れた時には、周囲で動いている影は20にも満たなかった。
「ったく、厄日だぜ。どいつもこいつも俺様の期待を裏切りやがる。不愉快だ」
「奇遇だな。僕もちょうど似たようなことを考えていた」
「そうかよ。だったら───大人しく死ねよやああァァァ!!」
ンゴロミィはただでさえ大柄なバズドロトの種族平均をも上回る、5m級の巨躯を誇る偉丈夫だ。
その得物───船の錨を模した歪んだ刃の剣斧もまた巨大であり、刀身を包むように生じる赤いビーム刃が見る者すべてを威圧する。
「おおぉッ!」
「キエアァァアアァァァァァ!」
恐るべき体躯と獰悪極まる言動に反し、ンゴロミィの剣技は驚くほど華麗で洗練されている。巨大な剣斧を片手で振るい、アリュゾホートの小太刀二刀流による猛攻を捌きながら、舞い踊るように反撃を繰り出す膂力と技量。
マルチバース最凶の宇宙海賊、バロディックの首魁の座に君臨する実力は伊達ではない。
「───
アリュゾホート・マグサリナスが跳ぶ。自由落下の速度と重力を乗せた回転剣舞。
必殺を期して放たれた、その奥義を、
「シイィィィ……」
金の歯列をぎらつかせ、男は
身体を限界まで捻り、得物を地に突き立てる面妖な構え。剣斧の切っ先が甲板を抉り、ガリガリという音を立てながら満身の力を溜め込む。
「チェストオオオォォォォォォォォ!!」
───地から天に向かって放たれた最高速度の一撃が、アザラシを迎え撃った。
アリュゾホートの顔が驚愕と苦悶に染まり、裂かれた胴体から鮮血が迸る。
「俺様の勝ちだァ」
ンゴロミィは嗤う。
今日は良い日だ。航海は成功し、かつてマルチバース全土を恐怖に陥れた“白き闇”の王が自分に傅いている。
『バロディック』は無敵だ。この旗を見て畏れぬ者は、もはや三千世界のどこにも存在しない。
◇ ◆ ◇ ◆
─────信じたら。
「ぜったい、いっぱい、輝け」
未来を明るくしよう───。
「……するぞっ!」
だから、
「Campus Modeでもういっちょ───ッ!!」
◇ ◆ ◇ ◆
ンゴロミィの左手の銃口がアリュゾホートを照準した瞬間、小さなアザラシの姿が掻き消えた。
刹那、腹部に衝撃。筋肉と脂肪の層を貫き、内臓に走る激痛。開かれた顎から唾液が漏れる。
〈高まるぞ!!〉
〈ぜったい、いっぱい! 輝けっ!!〉
〈人生は一度きりなんだ───〉
アリュゾホートは出鱈目に振り回される剣斧の斬撃を真っ向から受け止め、弾き返す。
胸の傷は致命傷、どう見てもまともに動ける状態ではない。ンゴロミィは戦慄し、しかしすぐに気を取り直す。虚勢だ。長く続くわけがない。
〈そう君が勇気をさ、元気をさ〉
〈くれたんだよ───何度も何度も何度も、ありがとう!!〉
左手の機関銃を乱射しながら、ンゴロミィは一歩下がった。
12.7mm弾の雨がアリュゾホートの頬を掠め、虚空に赤い花を咲かせる。“白き闇”の王は止まらない。
〈『できる!』って叫ぼう〉
〈『できる!』って笑おう〉
〈『できる!』って走り出そう!〉
〈いざゆけ乙女!!〉
裂帛の咆哮と共に繰り出された大上段の一閃を、王は真正面から受け止めた。
そのヒレには超新星爆発めいて極限まで圧縮された光と熱が宿り、衝突の刹那、マルチバース中の血と悲鳴を啜ってきた大海賊の剣斧を完膚なきまでに粉砕した。
「これで終わりだ、ンゴロミィ!!」
〈Stepping now! ワタシスピードで───〉
〈邁進nowですっ〉
剣斧を失ったンゴロミィ、されど戦意と殺意は衰えない。
「笑かすなババタレがアァァァ!!」
「ぐっ……!?」
左手の義手が唸り、鞭か蛇のように伸び上がったワイヤーフックが、アリュゾホートをしたたかに打ち据え縛りつけた。
「ハハ!! バハハハハハ! そうだ! 俺様は宇宙海賊バロディック首領、キャプテン・ンゴロミィ!! 誰にも媚びねぇ、
「───吠えてンじゃねェぞ三下がァァァ!! ナメやがってよオオオォォォォォッ!!」
全身全霊の腕力と
高分子ケーブルがピンと引き伸ばされ、ンゴロミィの巨躯が宙に浮く。重力に裏切られ支えを失った男の肉体は、もはや慣性と遠心力の虜囚でしかない。
〈───Stepping now! ワタシスピードで!〉
〈一緒に駆けてこう!!〉
『混沌の王の鎖号』の中世的な帆船の意匠はンゴロミィの趣向によるものだが、その特徴である“帆”は恒星からの太陽風や星間物質を分解・吸収し、推進力に変換するソーラーセイルとしての機能を持つ。
「おおおぉぉぉぉ……おぉ!? あぁぁああああぁぁぁぁぁぁぁ……!!」
あらゆる物質やエネルギーを吸収する機構上、通常兵器での破壊は困難であり─────。
「じゃあな、クソ野郎」
「アリュゾホートォォォ……マァグサリナスウウゥゥゥゥゥゥ─────!!」
それは自身の機能を忠実に果たし、触れたものすべてを平等に消滅させた。