地球: ほとんど無害
水源が豊かで動植物の多様性に富む標準的な生存可能惑星。文明化はなされているがごく原始的であり、故に独特の文化が根付いている。
───ルクスティウム書房刊『オムニバース・トラベラー』第2^276711版より
◇ ◆ ◇ ◆
こんちはー、藤田ことねでっす!
初星学園高等部アイドル科1年1組所属、未来のトップアイドル候補生だよ〜。
なんて、ちょっと大げさに言ってみたけど、最近はほんとにそんな感じになってきたんだから。個人成績もユニット活動もめっちゃ順調で、やっとアイドルとしての道が本格的に開けてきたかナー? って実感してるとこなのだ。
少し前まではね、バイト三昧の日々だったの。コンビニ、ファミレス、カフェ、果ては夜の清掃員まで、色んな仕事を掛け持ちしてた。
だって、家族のためにお金が必要だったし、誰かに頼るなんて考えられなかったから。
けど───今は違う。アイドル活動に専念するために、バイトはほとんど辞めた。少しずつ、過去の自分と決別してる感じかな。
でもね、辞めたバイト先とかには、ちゃんと挨拶に行ったんだ。
義理堅いってわけじゃあないけど、ただ……なんか、ケジメって大事じゃん?
で、それも少し前に顔を出したサンドイッチ屋さんで一通り終了。思い残すこともすっかりなくなって、絶好調ってのはまさにこのことじゃないかしら。
───初星学園のトレーニング棟は、いつも汗と笑顔でいっぱいだ。
「ワンッ、ツー、ワンッ、ツー……」
こっちの二つ結びの子は花海咲季。うちの赤色担当。
破壊的に良い性格をしており、実際それに見合うだけの実力があるんだから始末に負えない。
「……〜♪ ル、ル、ララ……♪」
こっちの長髪の子は月村手毬。うちの青色担当。
咲季とは別ベクトルで面の皮が厚く、歌唱力と顔面偏差値以外のすべてを母親の胎内に置いてきたような女だ。
実は少し前まで体調を崩しており、長らくベッドから動けずにいたので、ただいま全力でリハビリ中。
根は真面目で良い子だから……、……。……そう、真面目で良い子のはずだ。全体的に出力が変なだけで。
と……ともかく、あんまり思い詰めすぎないようにしてもらいたいところなんだけど……。
なんて、呑気に二人のことを眺めていると、咲季が妙に深刻な顔で話しかけてきた。
「───、ことね。その……もし嫌なことを思い出すようなら、無理に話してくれなくていいんだけど」
「ん? どったの?」
「あなた、もしかして……。───失恋でもした?」
「ぶっ」
は……? なんて???
「いや……だって近頃、ずっと寂しそうな顔してるんだもの。心ここにあらずっていうか……」
「咲季。言いたいことはわかるけど、そっとしといた方がいいよ。未成年アイドルに熱愛報道なんて、嘘でも本当でも笑えない」
「いや違うから、おめーじゃあるまいし。手毬って彼氏できたらたとえ秘密にしなきゃでも絶対言いふらすタイプだよねぇ」
「なっ!? ちょっと、それどういう意味───」
図星だったらしい。まったくかわいい奴め。でも半分くらいは冗談じゃないからくれぐれも気をつけて欲しい。
……それにしても、咲季。さすがの洞察力だ。
実際、文春砲ではないけれど───もとい、いまのあたしには、公安やFBIに嗅ぎつけられたくない種類の秘密があるのだから。
◇ ◆ ◇ ◆
─────結論から言うと。
いまのあたしは、あの2000ウンチャラ年宇宙の旅を、よーく覚えている。
厳密に言うと、あの時、あたしは確かに『猟犬』に記憶を
けれど、それからしばらく経ったある日……あの『宝珠』がピカッと光って、すべてを思い出したのだ。
おじいちゃんが回収しそびれた、マルチバースの遺物の力───まぁ実際はいつの間にかなんか綺麗で高級そうなアクセサリーを持っていたので、さてどうしてやろうかムフフと後生大事に抱えていたらワァびっくりって感じだったんだけど……。
校庭のベンチに座って、首に下げた宝珠を太陽にかざす。
半透明の黒い真球の中に、白いカクカクした結晶が入っている。確か咲季に聞いたら星型八面体とかそういう形だった。
前までは中の結晶が赤く光って遠くの人と話すことができたのだが、あたしの記憶を元に戻してからはその機能は失われている。なんでだろ? ちょっと残念だな。
さて、記憶が戻ってからのことと言えば───しかし、取り立てて何もない。
誰かに話しても信じてもらえないだろうし、いまはこのキレイなだけのアクセサリーに成り下がった宝珠の他に、それらしい証拠もない。恐らく地球で一番の有識者だったおじいちゃんも行方不明だ。
プロデューサーや篠澤さん辺りに話せば適切な伝手を紹介してくれるかもしれないけれど、じゃあ実際にそうしたいかと言われると……。
あたし藤田ことね、初星学園のアイドル候補生。
しかしそれは表の顔───実は、多元宇宙の秘密を守る番人なのだ。
「……なんて、カッコつけすぎかぁ」
「またそのアクセサリーですか?」
うおっびっくりした! プロデューサーか。
そうやって他人に変なタイミングで話しかけるクセ直したほうがいいよマジでー、わざわざ言わないけどさぁ。
「ずいぶんお気に入りなんですね。確かに、高級感はありますが」
「あ、気づいちゃいました? 実はこれ、宇宙から降ってきた宝石なんですよぉ。遠い星空の世界と交信できてぇ……」
「……失礼、それはどこで購入を? その……何かあれば相談に乗りますよ」
「冗談ですって。アメ横でたまたま、なんとなく気に入って買った安物ですー」
あたしは嘘をついた。たぶん、そのうち本当になる嘘を。
「ところでぇ、プロデューサーこそどうしたんですか? あっ、もしかして急にかわいいあたしの顔を見たくなったとか〜?」
「いえ、偶然通りがかったら何やら思い詰めた顔をしていたので。……咲季さんもああいうふうに言ってましたし……。藤田さんのプライベートに立ち入るつもりはないのですが……もとい、率直に言ってプロデューサーとしては見過ごすわけにもいかず……」
「えっ……マジで言ってます? さすがにちょっと傷つくんですケド……」
「正直にお話しいただければ、もちろん秘密は守るよう努力します。藤田さんの決心がついてからで───あぁ。いや……これ以上は不毛ですね」
咲季といい手毬といいプロデューサーといい、みんな早合点が過ぎやしないだろうか。道理で佑芽もあんな耳年増になるはずだ。
「もしくは……、そうだ。藤田さん、ご存知ですか? 最近噂の動画配信者───あなたによく似ているんですよ」
「ふぇ? 何のことですか?」
「おや、そちらでもないと。ふむ……。しかし、いずれ話そうと思っていたところです。良い機会なので、一度見てもらっても?」
「はぁ……」
ふーん、あたし似の配信者ね。
確かにアイドルとしてライバルの存在は気になるけど、別にあたしの
プロデューサーがあたしの隣に座ってスマホを取り出し、配信サイトのアプリをポチポチ。
えーと、チャンネル名は───、……『カワイイ・オブ・ザ・オムニバース』?
〈どうも〜! 全宇宙5000兆人のファンの皆さん、こんにちはっ。
……なるほど?
金髪、三つ編みおさげ、本人的には認めたくないけど八重歯。カラコンでも入れてるのか、目だけは鮮やかな紫色だけど……ほほう、これは似ている。クリソツと言っても過言ではない。
似てるっていうか、
「ことっ───、……!?」
「藤田さん?」
似てるって次元じゃない。目の色以外はほぼそのまんまあたしだ。
どう見ても───
〈え〜今日の動画はね、株式会社クラモトハウススチールさんの提供でお送りしておりますっ。前回もご紹介しましたが、こちらの無双ライスポットボルバルザークはー……〉
うそ……なんで?
……でも。だって……だって、『ことね』は───。
「んっ?」
このユーザーアイコン……デフォルメされたうっすら人型のドット絵。
どこかで……それも最近、見たような気が……。
───きゅう……きゅー?
───擬態……変身の精度は……。
───枝毛だ。もてなした客を下手な格好で返すわけにはいかない。
「ああぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜っ!!」
「!?」
すべてが、繋がった。
例のアザラシ型エイリアン“白き闇”は擬態・変身の能力を持っている。でも、それには何か制約があって───たぶん、擬態する相手の、肉体の一部を摂取しなければならない。
『ことね』はカルルラハル星の神殿であたしが怪我をした時、その擦り傷から血を舐めていた。それであたしに擬態できるようになったんだ。
そしてこの或間ねごと……いや、
「ユーザーIDっ……!」
……案の定だ。『MrGoma682』───
な……なんか不自然だとは思ってたけど、あの時のあたしの枝毛……っ!!
「おっ……も、もしかしてお知り合い……でしたか? ご親戚とか……」
「え? あっ、あぁ……えっと、そそそそそう……です、ね? そんなとこ……かも……」
え!? いや、理屈はわかったけど、何!? 動機がわからん! なんであたしなんだ!
あーもしかして、
「〜〜〜〜〜っ、あ〜……!!」
変な声しか出ない。言ってくれれば正式にコラボでも紹介でもしてあげたのに……あっ、当然ギャラは山分けでお願いします。
「藤田さん……えっと───」
プロデューサーの反応も当然だ。たぶん変な声と一緒に涙も出てる。
目玉の生えた木と、いまにも爆発しそうな毒々しいキノコの生えた異様なセット───ミクノモノモス星の配信スタジオ。
それに、今回コラボしているクラモトハウススチールは地球の企業だ。ミクノモノモス星と地球は何億光年どころか次元の壁を隔てて離れていて、商品をやり取りするなら特別な輸送方法が必要になる。
「マルチバース最高最速の、運び屋」
あたしが過ごしたあの日々は、嘘じゃなかった。夢じゃなかった。
最後の最後は……あんなことになっちゃったけど、それでも。
「……生きてるんだ。元気なんだ、おじいちゃん……!」
校庭のベンチから立ち上がって、あたしたちの
思えば、変な土地にばかり行っていたあの旅路。あたしの頭上で澄み渡る青は、どこの星とも似ていないけれど───きっと、全部繋がっている。
「プロデューサー」
「は……はい……?」
「───“
めでたしめでたし。
ご愛読、ありがとうございました!